第4話:吉村信介
「お二人はどうしてこの仕事に就いたんですか。」
観月がそう尋ねたのは、吉村の運転する一号車の車内でのことだ。助手席には西野が座っている。観月は後部座席だ。
今日は2人が遅滞薬の点検を行うというのでついてきたのだ。初日に出動が入り、予定が消化できなかったため、改めて残りの部分を点検するらしい。
「そうですねー。安定した職業に就きたかったんですけど、俺、頭悪いから普通の公務員は無理かなって思って。で、対策庁なら倍率低いし、3日に1日しか働かなくっていいって聞いたから、これしかないって。」
軽いノリで答えたのは吉村だ。そんな軽い考えで就く職業ではないとは思ったが、職業の選択は人それぞれかと観月は肯く。
ちなみに対策庁の現場職員、いわゆる『処理班』は24時間ごとの勤務で3班体制。当番、非番、週休のローテーションで非番と週休は基本的には仕事がないため、3日中2日休みというのも間違いではない。
週休が金曜日だった場合、自衛隊基地の設備を借りての訓練日に変更されるがそれも精々3週間に1度の割合だった。
「俺はなぁ、所長と昔馴染みでな。会社が潰れちまって、途方に暮れてる時にスカウトされたんだよ。」
顎を撫でながらそう言ったのは西野。こちらの方はなんだかドラマがありそうだ。観月はとりあえず西野側をもう少し掘り下げることにした。
同じ頃、事務室では班長の真田と所長の渡が顔を突き合わせていた。沢村は自分のデスクで金曜日に行う訓練の計画を作成させられている。
二人の議題は吉村についてだった。
「で、どうだい。吉村君は。そろそろ訓練期間も終わりが見えてきたけど、大丈夫かい。」
「大丈夫だとは思いますが、こればっかりはやってみないことには。」
二人の口調が重いのには訳がある。その職務内容から圧倒的に不人気であり、慢性的な人手不足である対策庁にとって、新人の育成は重要な課題である。
その数の少なさゆえに、新人はすべからく金の卵なのだ。当然、育成は慎重になる。一方で適性の有無は常に判定し、適性のないものは精神を病んだりする前に、一般への広報や研修を行う啓発・広報部などへの配置転換を行わなければならない。
大事な新人を慎重に育てるべき、訓練期間。2年におよぶ行程の中の最後の最後に大きな関門が存在する。
「とにかく、次の出動の際は吉村君を処置に回すようにしてくれ。君もフォローを頼むぞ。」
「はい、了解しました。」
訓練期間、最後の関門。それは安楽死の実行。実際に自分で引き金を引けるかどうか。真田の言った通り、こればかりはやってみなければわからなかった。
どうしても、撃てない者。最初のその一回がトラウマになり対策庁から去る者。逆に心凍らせたように淡々と処理するようになる者。
俺は大丈夫だろうか。そんな疑問が真田の心をよぎる。ちゃんと変異者を人間として見ているだろうか。人として彼らと彼らの家族の前に立ち、心を持ち続けたまま、なすべき仕事を成せているだろうか。
声に出されなかった疑問に、当然ながら答えは返ってこなかった。
「あー、信介くんだ!!」
「あ、ほんとだ。なんで、どうしているの?」
観月達3人が後ろから声を掛けられたのは、市内の小学校。各階に据え付けられた遅滞薬の点検作業がちょうど終わった時だった。声の主は女の子2人組だ。名札から3年生であることが分かる。
休み時間に教室から出てきたのだろう。どうやら、吉村の知り合いらしい。
「おー、優香に未来か。今日は仕事だよ。見ろ、この制服を。キマってるだろ?」
吉村がおどけた調子で自分の胸をゆびさすと、女の子たちはクスクスと笑った。
「あ、兄ちゃんだ。」
子供がさらに増えた。今度は高学年らしい男の子だ。
「よお、誠。朝ぶりだな。寝坊してたけど、遅刻しなかったか。」
「うるさいな。兄ちゃんこそ、こんなところでサボってんなよ。」
口調は生意気だが、態度は嬉しそうだ。女の子たちも混じって、西村とキャッキャとじゃれあっている。
横を見ると、器具を片付け終わった西野が苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、休み時間中くらいはな。」
「吉村さんのご弟妹ですか。」
「そうらしい。結構、良い兄貴やってるみたいだな。」
「そうですね。」
吉村も子供たちも楽しそうだった。
「ああ、俺、施設出身なんで。それでですよ。兄弟だけはたくさんいます。」
サラッとそんな風に言われた時、観月は即座に反応できなかった。と、言うか口調と内容のギャップが大きくて、一瞬理解が追い付かなかったのだ。
小学校から次の作業場所への移動中、観月が「ご兄弟多いんですね。」と話しかけた直後のことである。
「今時、そんな珍しくもないでしょう?」
吉村の口調はあくまで軽い。おまけに笑顔だ。
確かにCAMP発生以来、ガクッとさがった出生率とは反対に、児童養護施設の重要性は高まっている。100分の1の確率で恐ろしい怪物に変身する子供。それを乗り越えられない親も少なくない。
「それじゃあ、さっきの子たちもそうなんですか。」
「そうですよ。さすがに俺はもう施設出てますけどね。アイツらも俺の可愛い弟たちです。」
「そうか。弟妹見たのは初めてだが、いいトコみたいだな。お前の施設。」
これは西野の台詞だが、言われた吉村は嬉しそうに笑う。
「実際、良いとこですよ。母ちゃんはおっかないけど優しいし。こんなにナイスな兄貴もいますからね。」
そう言って自分を指さす吉村。底抜けに明るい口調に観月の好奇心が刺激された。
「あの、吉村さん。もしよければなんですが、吉村さんのいた施設を取材させていただけませんか。」
半ば思い付きの提案だったが、吉村の回答は今回も軽かった。
「いいですよー。明日にでも案内しますね。」
この男、もしかしたら何も考えてないのかもしれない。