2.『ガール?』・ミーツ・ガール 【その2】
「──……つまり、行き倒れになっていたナルミさんを先生が助け、しかも記憶喪失になってしまっていた彼女の介抱をしていたと?」
「そうそう!」
そうなんです!」
「……ナルミさんが下着にシャツ一枚というあられもない格好をしていたのも、先生の邪まな趣味なんかではなく、ボロボロだった彼女の服の代わりが見つかるまでの非常時的応急措置の結果だったと?」
「そうそう! そうそう!」
「そうなんです! そうなんです!」
「……本当に、趣味ではなかったと?」
「…………」
「そうなn──って、ちょ、なんで黙っちゃうんですか!!」
……なんだろ、この状況。
僕は今、ヴァンセットさんと共に壊れた人形の如く、マキナさんからの問いかけに首をガクガク振る作業に従事していた……仁王立ちする彼女の前で、二人一緒に床へと正座して。
はたしてこの場合、こういった場面において異世界でも正座による弁明が行われるという、文化の奇妙な相似にまずは驚くべきなのかもしれない。
しかし、その時の僕にとってはそんな事など果てし無くどうでも良く、『早く終わってくださいお願いします』という思いが頭の中をいっぱいに占領していたというのが、正直なところだった。
とは言うものの、僕が正座しているのはマキナさんの命ではなく、あくまで自発的な行動からだ。このまま傍観していると、またヴァンセットさんがボコボコにされそうな気がしてならない。恩人を社会的または物理的な危機から救う為に、頭を下げてそれですむならお安いものである。
……それにしても、マキナさんの半眼から放たれる疑わしげで冷ややかな眼差し。それを頭の上から浴びているだけで、スリップダメージの様にチリチリとHPが削られていってる様な気さえしてくる。
「──先生、私をからかってるつもりなら酷いですよ? ……温情です、グーかパーか選んでください」
「いやー、そういうデッド・オア・デッドな選択肢は温情とは言わない気がするんだけどね、個人的に」
僕の予感はやはり正しかったらしい。
早速とばかり、自ら疑わしさを増すような反応を返してしまったヴァンセットさんは、再びマキナさんから拳をちらつかされている。
そもそも、どこかおちゃらけた様なところのあるヴァンセットさんと、クールで生真面目そうなマキナさん。お互いのタイプが全く違うせいかどうにも話が終息に向かう気配すらない。
しかし、マキナさんの注意がヴァンセットさんへと流れたせいか、急に周囲の空気が和らいだ……ような気がする。その瞬間、ようやく生きた心地を取り戻したようで、僕は誰にも聞かれないようそっと息をついた。
そして。あらためて、上目遣いにおずおずとマキナさんを見る。べ、別に怖くて今まで直視できなかったとか、そういうんじゃないんですからね! 勘違いしないでよね!
……って、誰に言ってるだろう。誰に。
──マキナ=グレイウッド。
それが彼女のフルネームらしい。
ポニーテールにまとめられた、淡い桜色をしたセミロングの髪。綺麗に整えられた真っ直ぐな眉と煌めく様な翡翠色の瞳は、それぞれがマキナさんの実直さと意思の強さを表しているように見える。おそらく同い年位だと思うのだが、その雰囲気はとても凛としていて僕なんか及びもしない程に大人びているように見える。
身長はちょっと高めだろうか。ヴァンセットさんと相対するとさすがに彼を見上げてはいるが、それでも僕とは頭一つくらい差がありそうだった。すらりと長い手脚、しっかりと存在感を主張する胸……胸……。
ふにふに。
そこで、なぜか自分の胸に触れてしまう。
相変わらず奥ゆかしい触り心地だ。
うあー、なんだろう。この心のどこかから去来する言いようの無い敗北感は……くっ。
話が逸れたけど、ともかく。
マキナさんは大人びてクールな雰囲気の美少女さんだったという事だ。…………はぁ。
──マキナさんを見つめながら、人知れず味わう敗北感。そんな僕の視線に何か負のオーラでも感じ取ったのか、不意にマキナさんがこちらへと振り向いた。
がっちり、目と目があってしまう。
「ひゃ!」
情けないことに、そんな小さな悲鳴と共に僕の体は正座したままビシリと硬直してしまった。
そんな僕を見て、額に手を当てながらマキナさんはため息を零す。
「……そんなに変な声で驚かなくてもいいじゃない。怖がらなくても叩いたりなんてしないから」
そう言って手を振るマキナさんが、どことなく傷ついてる様に見えたのは僕の気のせい……じゃないよなぁ。目があっただけで他人から「ひゃ!」とか奇声をあげて驚かれたら、そりゃ傷つくよね、普通。
「あ、あの──」
「それより、先生。母から先生へ荷物を預かって来たんですが。……ナルミさんを見た衝撃ですっかり忘れてましたけど」
「ライラから?」
謝らなきゃ。
そう思って声を出しかけるも、マキナさんとヴァンセットさん達の会話は次へと移って行く。……こういう時のタイミングの悪さは、元の世界にいた時からずっと変わりませんよ、ええ。
結局『ごめんなさい』の言葉は飲み込んで、僕はしゅんと正座のまま小さくなる。
そんな僕を横目でちらりと見やってから、マキナさんは来た時に持っていた包みをヴァンセットさんへと手渡していた。
「どれどれ……ああ、そうだったそうだった! 来たようだね、アレが──」
「「アレ……?」」
怪訝そうな表情で包みを受け取ると、ガサゴソと中を確認するヴァンセットさん。その表情がパッと明るくなりウキウキとしたものへ変わると、僕とマキナさんは顔を見合わせて一緒に首を傾げる。
そんな様子を眺めるようにニコニコしながら、ヴァンセットさんは包みの中身を僕達の前で広げて見せた。
「じゃーーん! ナルミちゃんの着替え一式でしたー!」
ばさり。
広げた包みの中にあったのは真新しい、真っ白な生地の服だ。まだ折り畳まれている状態なので、細かいデザインまではよく分からないけど……って、落ちてます! 下着が床に落ちてます!
「……それが母に頼んでいた物、ですか?」
「そう。ナルミちゃんが着てた服はもう着れる状態じゃなかったから、適当なものをライラに見繕うように頼んでおいたんだよ」
床に落ちた下着を、ヴァンセットさんの抱える衣服の束へ慌ててねじ込む僕の頭上でそんな会話が交わされている。
マキナさんのお母さんはライラさん、か……会ったらお礼を言っておかないと。お陰でこのマニアックな諸兄向けの格好から開放されるわけだし、うん。
「よし。それじゃあ、ナルミちゃん。あっちの部屋で着替えようか♪」
「は、はい。服のサイズが合うといいんですけど」
服を持ったヴァンセットさんの言葉に反射的に言葉を返し、彼に促されるまま一緒に連れ立って隣の部屋へ移ろうとする。
そんな僕の両肩をしなやかな指が掴み、そっと後ろに引き寄せられる。そして、ぽよりとした感触が僕の後頭部n……って。ちょ、こ、これはまさか?!
「……先生、なにをごく当然の様に着替えに同行しようとしているんですか?」
肩越しにおそるおそる振り返ると、じとーっとした目でヴァンセットさんを見つめるマキナさんの姿があった。どうやら僕は彼女に引き寄せられたらしい。ぽよりの正体はもちろん胸のアレだった。
喜ぶべきやら恥ずかしいやら、顔が熱くなるのを感じながら目を白黒させる僕。
対して、マキナさんからじとりと問い詰められたヴァンセットさんはあたかも「やれやれ」とばかりに軽く肩をすくめ、それからキリッとした表情を浮かべなおすとおもむろに口を開く。
「何か問題でも?」
「大アリですよ、この野郎」
……開いた瞬間、マキナさんのグーが気持ちいいくらいに真っ直ぐヴァンセットさんの額に突き刺さる。
「ナルミさんの着替えは私が手伝いますから。先生はここで待っていてください」
呻き声すらあげる事もできずに倒れたヴァンセットさんをそのままに、マキナさんは僕の手を引いて歩き出す。
「あ……あの。ヴァンセットさんはあのままでいいんですか?」
「心配不要です。いつものことですから」
しれっと答えるマキナさん。
いつものこと……。常態的にこんな扱いを受けてるんだ、この人……。
床に倒れ伏したヴァンセットさんの姿を見ていると、どこか残念さと切なさを禁じえなかった。
◇◇◇◇◇
──『着替え』と言葉にすれば一言だけど、実際にはかなりの時間がかかってしまった。
それは何でかと問われれば、もちろん『僕が女の子じゃない』って事に尽きるだろう。なんせ身体が女の子なだけで、中身は目覚める前まで男の子だったんだもん!
マキナさんが、もたもたする僕を不思議そうな顔で見つめている。そして、見つめられていると裸になるのが恥ずかしくて、余計にコソコソもたもたしてしまう悪循環だ。
そんな中で何よりも困ってしまったのは、ブラジャーの着け方。
……今「必要ないだろうに」って言ったヤツは表に出ろ──って、また誰に言ってるんだろう、誰に。
ともかく。
脳内にある儚いイメージを頼りに胸に着けてみるが、どうにもこうにも具合が悪い。
しばし、もたもたと悪戦苦闘を繰り返していると、後ろから伸びてきたマキナさんの手がブラを掴む。
「もしかして、着け方……わからない?」
「は、はい。なにぶん記憶喪失なもので」
ここは素直に頷いておこう。一応、記憶喪失って言うヴァンセットさんの口からでまかせな設定もあることだし、ブラの着け方が分からなくてもなんの問題もない……よね?
実際、マキナさんも特に訝しがる風もなく「ん…」と小さく頷くだけで、手馴れた手つきで僕の胸にブラを装着させてしまう。
それにしても、世の女の子はこんな大変な事を毎日やってるのか……。
上半身を前かがみに、周りの肉を寄せて集めてカップに入れる。これを明日から毎日自分でやらないといけないかと思うと、ちょっとだけ憂鬱な気分になりそうだ。
だけどそのお陰で、下着はきっちりと僕の身体にフィットしてくれた。
ブラを着けたら気のせいか、胸もちょっと大きくなったように見えるし……なんだろ、ちょっぴりうれしい。えへへ。
……というわけで。
心強いマキナさんの協力を得て、そこから着替え作業は大いにスピードアップした。
「──分からない事があったら聞いてね。私でも何か役には立てると思うから」
下着を着け終え、服を着終えた後。曲がっていた装飾のリボンなどを直してくれていたマキナさんが、微笑みながら僕の顔を見つめる。
その笑顔はとてもやわらかで、やさしくて。……とても先程まで、ヴァンセットさんをボコボコにしていた女の人とは思えない。
なんだかその笑みを向けられているのがちょっぴり申し訳なくなって、僕は頭を下げるとそのまま俯いてしまう。
「すみません、何から何まで手伝ってもらって……それに、さっきは失礼な事まで……」
もちろん、さっきの「ひゃ!」と驚いてしまった事についてだ。遅くなってしまったが、ようやく謝る事ができた。
だが、マキナさんから言葉は返ってこない。
……怒らせてしまったのだろうか?
そんな不安に、内心、ビクビクになってしまう。
そんな僕の頬に細い指先が触れる。ハッとして顔を上げると、そこにはくすくすと笑みを零すマキナさんの姿があった。
僕はその笑顔に思わず、見とれてしまう。
「ナルミさんって、そういうとこ生真面目なのね。怖がられるのはいつもの事だから、気にしない気にしない。……って、これは先生お得意の口癖か」
マキナさんの手が両肩に乗り、僕の身体をその場で回す。
「さ、できた。どう? 新しい服の感想は」
「わぁ……」
回された先。そこにあったのは、あの古ぼけた姿見で。
そして、その姿見の中にはシャツ一枚から姿を変えた白髪の少女──僕の姿があった。
これは僕の今の格好だけでなく、ヴァンセットさんやマキナさんにも言えることなのだけれど。
この世界の衣装はどこか、元の世界にいた時にやっていたJRPGのそれに雰囲気が似ている。そのせいだろうか、完全に中世っぽいわけじゃなく、そこまで違和感を感じない。
僕が今着ている服もそういったテイストに溢れる物で、白と青を基調にしたツーピースだった。
いかにも清楚系な、ゲームで言うと回復魔法専門の女の子キャラクターが着ていそうな衣装だ。ところどころにあしらわれたリボンなんかの装飾が、幼げな女の子の容姿になった今の僕には見事に似合っている。
……いや、可愛いは可愛いんだけど……やっぱり、なんていうか、複雑な気分です。
「──おお、着替え終わったかい?」
隣の部屋から事務所へと帰ってくると、そこには元気そうなヴァンセットさんの姿が。
マキナさんのパンチ、けっこう鈍い音を立ててたんだけど……もう回復したんだ。
呆気にとられたように見つめる僕の周りを、ヴァンセットさんがニコニコとなにやら頷きながら周る。
「うんうん、よく似合ってるじゃないか。……よし! それじゃあ、行こうか?」
「え、行く?」
「行くって……どこへですか?」
マキナさんと並んで首をかしげていると、その間にヴァンセットさんがニコニコ顔で入ってくる。……さり気なく二人の肩に手まで回して。
「いやー、ナルミちゃんがお腹空いてるって言うからさ。買ってきてもいいけど、せっかくだし外で食事しようかなーっと」
「それは構いませんけど……いいんですか? 病み上がりのナルミさんを連れまわして……」
至極もっともなマキナさんの言。
それを受けて「どうかなー?」と、ヴァンセットさんがこちらへ笑顔を向ける。
「い、行きます! もう体は全然へっちゃらですから」
ブラでかさましされたとは言え、まだまだ薄い胸に手を当てつつ。
その言葉に嘘は無い。確かに目覚めてすぐはなんだかひどく身体が重かったが、今はそれも無い。
なによりも、外の世界に対する興味は自分の中でとても大きくなっていたのだ。
まぁ……お腹が空いていたってのも、もちろんあるけど。
かくして。
ヴァンセットさんとマキナさんに連れられ、僕はエリスティアの街へと繰り出す事になったのだった。
投稿5回目なのに、主人公がまだ屋内から出ないファンタジーがあるらしい。
……ま、まだ第二話みたいなもんだから(震え声)←
それは、さておき。
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