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第九話 金策

 チトセは医務室を出ると、まずは自分のことをどうするかを考え始めた。今日、彼はクラス内順位50位になった。模擬戦はこの日が最後で、それゆえに順位が上がることはもはや無い。


 しかしそれは模擬戦というくくりの中での順位であり、これからはジョブごとの訓練に変わってくるそうだ。要するに、あれは新入生たちの闘争心に火をつけるためのイベントに過ぎない、ということだ。


 それにまんまと乗せられる形になるが、このまま最弱のレッテルを張られたままおめおめと過ごせるほど、彼は卑屈ではなかった。そしてそれほどまでに、変わってしまったこの世界に対して愛着を抱きつつあった。


 ゲームの中として、何年も入り浸ってきたこの世界。それが現実となっても、執着にも近い没入感が消えることは無い。もっとこの世界を知りたい。もっと強くなりたい。もっと良き装備を得たい。


 ゲームの頃に抱いていたそんな感情は、生きていくためのひどく現実的な要素を孕みつつあったが、しかしそれでも正の感情ではあった。一言で片づけてしまうなら、向上心ということになるだろう。それほど単純というわけではないが、複雑でもない。


 とにかく、チトセは目の前のことを片づけることにした。明日生きていくための金を稼ぐということだ。どれほど節制したところで、一か月もすれば貯金は尽きてしまう。ならば金を稼ぐしかないのだ。


 この学園に入ったときに貰った冊子によれば、金のない生徒はほとんどが狩りによって収入を得ているらしい。逆にそれ以外の仕事をするものは皆無だと言ってもいいそうだ。それはジョブ持ちが多いこの学園らしいと言えばそうなのかもしれない。大学生がバイトをする、それくらいの気軽さで書かれていたのだから、ここでは一般的なのだろう。


 しかしそのデータによれば、過半数の生徒は狩りをしてはいないらしい。それはつまり、貴族や豪商の子が多いということだ。それは周りの生徒たちの生活を見ていれば有無を言わさず理解させられることでもあった。


 チトセのように、いかにも安っぽい服を着ている生徒はほとんどいない。こぞって自分をアピールするかのように質のいい装備を身に着けているのは、家名を背負ってここに来ているという事情もあるのだろう。


 彼はそういった裕福な家柄どころか、まずこの世界に家族が存在しないため仕送りも期待できない。それ故に、彼も狩りに赴くことにしたのだ。


 いくら弱いとはいえ、気軽なバイト程度の感覚で行えるものなら、何とかなるだろうと考えてのことだ。この世界に来たばかりのとき、ゴブリンに殺されかけたこともあったが、あれは動揺していたせいであり、冷静になって戦えば何とかなるはずである。


 そう思い立つと、すぐさま学園の外に向かった。門はセキュリティがしっかりしているが、初日に配布された生徒手帳を翳すことで自由に出入りが可能である。門を抜けて街に出ると、学園とはまた一味違った活気があった。


 大通りにはいくつもの料理店や服屋などが立ち並んでいる。学園に用事がある者や生徒たちなど、金を落としてくれる客が大勢いるためだろう。それは元の世界と大した差はなく、科学技術が発展していることが窺える。スキルという異質なものも存在するが、だからこそ成長を遂げたのかもしれない。


 やがてその中に少々異質な建物を見つける。ショーウィンドウの中には、剣や斧、槍といった武器が置かれており、その建物は他と比べても非常に大きかった。元の世界ではありえない、もしくはただデザイン性を重視しただけのよく分からない店としか見られない、そんな店舗だ。しかし街の住人の様子を見ていると、さも当然であるように、見向きもしない人や慣れた様子で出入りしていく人ばかりだった。


 チトセはインベントリから冊子を取り出して、住所を確認した。そこに書かれているのは、学園推薦の鍛冶屋である。どうやらここでモンスターの装備品や死骸を買い取ってもらえるそうだ。


 死骸が何の役に立つのかと疑問に思ったが、どうやら街の発展に大きく関わっていたらしい。何でもエネルギーとして利用できるとのことだった。生きているなら発電機を回す労働をさせるなど考え付くが、死骸など何に利用できるというのだろうか。


 ともかく店の場所を確認できたので、その足で北西の森に向かった。この街アスガルドは東西南北に街道が伸びている。国の南寄りに位置するこの街の北西には森が、北東には山があり、南には平原が広がっている。


 森と山にはモンスターが現れるそうだ。そのため学園は訓練も兼ねて定期的に手を入れているらしい。実際に戦闘を行った感想としては、生徒だけで何とかなるのだろうか、というものだったが、最弱である彼が何とか生き延びることが出来るのだから、他の生徒なら圧倒出来るのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ようやく森の入り口が見えてきた。今回はコンパスを持ってきているため、迷うことは無いだろう。磁場の影響で使えなくなるといった話も聞いてはいない。


 中に足を踏み入れると、光が遮られて鬱蒼としていた。いかにもモンスターが出てきそうで、チトセは興奮を覚えた。これから何が出て来るのか。ゲームの頃とは違う、そのことが却って楽しみに思われたのだ。


 彼はすぐに盗賊のスキル【探知】を使用する。これはレベルにもよるが、モンスターや財宝、トラップなどを遠隔地からでも知覚することが可能になるスキルだ。盗賊のジョブはそれ単体ではそれほど強くはないのだが、他のジョブの補助として使うには非常に優秀である。そのため、このサブアバターでもそれなりにレベルが上がっている。


 暫くは街の近くであるため当然だが、何も引っかからなかった。しかし三十分近く経った頃、モンスターの反応があった。


 素早くそちらへと移動し、草叢から様子を窺う。そこにいたのは、一体のコボルト。まだこちらには気付いてはいない様子だ。気付かれる前に背後から急襲し、一撃で仕留めるのが被害を最小に抑える方法だろう。


 チトセはインベントリからゴブリンの剣を取り出した。自分の身長以上の長さを持つそれを大上段に構え、コボルトが背を向けた瞬間に飛び出した。


 敵との距離が縮まっていく。そして、すぐ近くになったとき、ようやくコボルトは振り向いた。


(もう遅い!)


 ゴブリンの剣のスキル【バッシュ】を発動させる。重量のある剣が軽々と感じられるほどの力が沸き起こってくる。そしてそれを目の前のモンスターへと思い切り振り下ろした。


 大剣はコボルトの頭部を押しつぶすようにして切り裂き、大量の血をぶちまけた。たった一撃で、モンスターはもはや動かなくなった。


 これなら効率よく狩りを進めることが出来る。そしてスキル【バッシュ】のクールタイムは1分。それほど強力なスキルではないため間隔は長くない。すぐに次の敵との戦闘が行えるだろう。


 コボルトの死骸と槍をインベントリに収納する。コボルトは弱いモンスターであり、これといった素材にもならない。槍にもスキルなどついてはおらず、大した収入にはならないだろう。しかし、これ以上強いモンスターとの戦闘は危険を伴うため、あまり望ましいとは言えない。討伐数で補うしかないだろう。


 それからコボルトを淡々と処理し続けて一時間ほど経った頃、これまでとは違うモンスターの反応があった。木の陰からゆっくりと頭を覗かせて様子を窺うと、そこには二メートルはあろう、ゴブリンがいた。


 全身は茶色く、顔は凶悪さで満ちている。その体躯は人など軽く握り潰せそうなほどに力強く、手にはその身長ほどもあろう大剣。


 チトセは以前、このゴブリンというモンスターに殺されかけた。しかし今度はそうはいかないのだと、決意を抱く。


 大剣を上段に構えた。

 それは防御を捨てた、攻撃の構え。敵を切り裂く、強い意志の表れ。


 一つ息を飲むと、力強く一歩を踏み出した。ゴブリンが気づく前に強襲して一撃を浴びせる、それで仕留めることが出来るはずだ。


 これまでコボルトを仕留めてきたのと同様に、チトセの接近にゴブリンは気付かない。これならいける、とスキル【バッシュ】を発動させた。


 込み上げる力のままに、大剣を振り下ろす。ようやくゴブリンは気が付いて、頭部の前に右腕を上げた。


 もはや力任せに振るう大剣は止まらない。それはゴブリンの腕へと深々と入っていく。

やがて、太い腕が地に落ちた。


 しかしゴブリンの腕を切り裂いた剣はそこで勢いを失って、頭部へと浅い傷をつけるだけにとどまった。


 ゴブリンはまだ死んではいない。


 気付かれてしまった以上、チトセはすぐさま敵から距離を取る。直後、ゴブリンは片腕で大剣を地に叩きつけた。土が吹き飛ばされて飛散し、衝撃が足元から伝わってくる。


 少し遅れていれば、あれを受けることになった。非力なるその身で受け止めることは難しかっただろう。


 それは背中をなぞるようなぞくぞくする恐怖であり、堪えきれないほどの興奮でもある。強い相手と戦う昂揚感。そして強者を圧倒する優越感。


 彼が追い求めてきたその感覚が、前よりも鮮明になって、ここにはあるのだ。


 すぐさま大剣をインベントリに収納して、コボルトの槍を取り出す。【バッシュ】のクールタイムは1分。筋力の都合上元々大剣を満足に扱うことは難しく、スキルが無いならわざわざ使うことは無い。


 槍使いのレベルは12であり、ほとんど上げていないため大した恩恵はない。しかし、【マルチジョブ】の効果により他のジョブの効果も全て反映されるため、武器による差は大きくはないのだ。


 チトセは慣れた手つきで、鉄製の槍を振り回す。しかしその威嚇は、怒り狂う片腕のゴブリンには効果が無く、滅多矢鱈に剣を振りながら向かって来る。しかしいくら巨体とはいえ片手で大剣を扱うのは難しいようで、大振りになっていた。


 横薙ぎの一撃が来る。それをぎりぎりの間合いで回避しつつ、すぐさまゴブリンの右手側に入り込んだ。そこには腕の先が無く、殴打される心配はない。


 そして胴体へと槍を繰り出した。ぐちゃり、槍が深々と肉に突き刺さる。

 片手を槍から離して、ゴブリンへと向ける。そしてスキルを発動させた。


「サンダー!」


 突き出した手から、雷撃が放たれる。ゴブリンの全身を這うようにそれは広がっていった。一瞬だけ、ゴブリンは痙攣した。


 その隙にすぐさま槍を引いて、再び距離を取る。先ほど使用したのは、魔法使いのスキル【サンダー】である。発動からヒットまでの時間が短く、麻痺の追加効果が期待できるものだ。


 魔法使いには各種属性魔法がジョブスキルとして存在している。通称大魔法と呼ばれる杖にセットされているスキルに対して、武器に関係なく使用できる、というものだった。


 しかし魔法使いのジョブレベルは10。MP当たりのダメージ効率が悪いためほとんど上げていなかったのだ。それ故に、ゴブリンにダメージはほとんど与えられていないだろう。


 その上、スキルを使用したことでどっと倦怠感が襲ってくる。どうやら近接ジョブに比べて魔法使いや僧侶の使用MPが高いという性質は引き継がれているようだ。


 ゴブリンは痙攣から立ち直ると、すぐさま大剣を振り回して彼の方に叩きつけようとする。だが、それはあまりに単調で、そして勢いも随分となくなっていた。


(……つまらないな)


 自然とそんな感想を抱いていた。弱ったなら弱ったなりに、最後まで楽しませてほしかった。ゲームで言えば序盤中の序盤、プレイヤーに簡単に嬲り殺されるようなモンスターにそれを求めるのは酷であったかもしれない。しかし、初めて対峙したとき、震えるような興奮を抱いたのだ。


 チトセはゴブリンの頭部へ槍を突き出した。まずは眼球。視界を奪った。

 ゴブリンが呻いて剣を振り回すが、それはますます単調で、見もせずに回避できるほどだった。


 闇雲に振り回すゴブリンの頭部へ突き入れ、止めを刺した。

 そして槍を引き抜くと同時に、巨体が倒れた。


 途端、体が軽くなる様な感覚を覚える。ステータスウィンドウを開くと、レベルが2に上がっていた。それに達成感と喜びを抱きながら、軽く体を動かしてみる。


 それほど能力が上がっているというわけではないが、多少は戦闘能力が上がったことだろう。ゲームだったときにそうだった、本体のレベルが上がってもスキルなどには関係が無く身体能力だけが向上するというのは、引き継がれているようだった。


 ゴブリンの死骸と剣をインベントリに収納する。今回の剣には、スキルはついていなかった。最弱のモンスターが、スキル付きの武器を持っている方が珍しいのかもしれない。


 チトセは戦果の確認を終えると、再び敵を探し始める。レベルを上げていけばいつか、クラスメイトたちとも渡り合えるようになる、そんな期待を抱きながら。


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