第十八話 風呂
それから夕食を終えて部屋に案内される。
チトセは案内された先で、思わず絶句した。
そこにあったのは特大サイズのベッド。これはもしかしなくても早く孫の顔が見たいという催促なのだろうか。
ちらりとアオイの方を見ると、眉を顰めて、困惑しているようだった。
そして当然のように、貸し出されたのは全員で一室。これは基本的にハブられる者が出ないように、婚姻関係にあるグループ全員を平等に扱うような風習があるからだろう。
やけに広い一室で、チトセは暫し立ち尽くした。
カナミとメイベルはその横を通り過ぎ、ベッドにダイブ。ナタリはちらりとチトセの方を見て、どうやら真似をするのは恥ずかしいのだろうが、二人の後に続いたヨウコを追ってベッドに向かった。
「あ、あの。チトセさん……?」
エリカがおずおずと尋ねてくる。その顔はほんのりと赤くなっていた。それが妙に色っぽくて、チトセはつい目を逸らしてしまう。
彼女と、こうして過ごしたことはない。だから、これが初めての共寝になると言ってもいいだろう。
「まあ、なんだ。俺が言うのもなんだけど、寛いでくれ」
「は、はい……」
それから各々、好き勝手に寛ぐ。十人もいれば、まとまっている方がどうかしているだろう。
リディアとナタリは、召喚獣であるモーモーさんとヨウコで何やらコミュニケーションを取る訓練のようなものをしている。人語を理解するヨウコが加わったことで、召喚獣が懐くかどうか実験も兼ねてのその行動は、よりスムーズに進むようになったらしい。
メイベルとカナミは二人でじゃれ合っている。この二人は元々交流がなかったのだが、気が合うのは随分と仲がいい。
そしてチトセの隣にはアリシアとアオイ。二人に寄り掛かられながら、チトセはサツキの方を見る。
彼女は筆を手慣れた様子で動かして、文字を描いていく。それはどうやら日記帳であるらしく、まめな性格の彼女は毎日つけているらしい。
チトセは彼女のところに行き、尋ねる。
「サツキはいつもどんなこと書いているんだ?」
「ご覧になります?」
彼女は少し恥ずかしげにしつつも筆を止めて、それをチトセの方にすっと寄せる。チトセは文字を目で追っていく。
『8月10日。アヤメお母様の家にて、チトセ様にお会いしました。今日も凛々しいお姿で、私に優しいお言葉をかけてくれました。会食の際には、刺身を美味しそうに食べていらっしゃったので、どうやら生魚がお好きなようです。それからお吸い物を啜っているときも目を細めていらっしゃったので、美味しかったものと思われます。私も上手に作れるように頑張らないといけませんね。そして今日はチトセ様と初めての同衾です。少し緊張してしまいますが、私が落ち着いていられるように配慮してくださいます。頼りになるだけでなく紳士的なチトセ様。エリカさんも今日は楽しげなので、何よりです』
ざっと読んでいくと、ずっとそんな文が続いていた。
どうやら彼女の中で自分は相当に美化されているらしい、とチトセは思う。そしてアリシアにも日記を書かせてみたい気になった。恐らくあまり内容は変わらないのではないか、と。
「何かこうして書かれると、ちょっとむず痒いな」
「私はチトセ様をお慕いしていますから」
無垢な少女の笑顔。チトセはそれが崩れないよう、それを現実にしたいと思うのだった。
それから暫くして、夜も更けてくる。
もうそろそろ風呂に行ってもいい頃だろうか。
そんなことを思っていると、エリカは上着を脱ぐ。
キャミソール一枚に隠された素肌は瑞々しい。
それから彼女は体を解し、ヨガを始める。どうやらあのスタイルの良さは、こうした努力による裏付けがあるからこそのようだ。
上体を逸らすと、豊かな胸が上を向く。
そして前のめりになると、その双丘を覆い隠していた布が垂れ下がり、谷間が見える。
チトセはついそれに見入る。
彼女もその視線に気付くものの、その意図は気にしてはいなかったようで。
「チトセさんもやってみます?」
「そうだなあ。俺は体が硬いんだよね」
それなら、とエリカは簡単な物から教えてくれる。
チトセは向かい合って彼女の真似をするのだが、ほんのりと汗ばんだ肌は艶めかしく、ちらちら見える胸元のせいで、全く集中できなかった。
チトセは一人、更衣室にて服を脱ぐ。
あれから汗をかいたので、風呂に行くことにしたのだ。
何十人も入れそうな広さのある風呂だそうで、湯の花を入れてくれたとのことだ。少し楽しみである。
がらがらと浴室の扉を開けて中に入ると、そこは温泉と比べても遜色ないほど立派な作りであった。
ホカホカと湯気が昇る湯船。ずらりと並んだシャワー。
住宅街なので夜景が見えるということはないが、自宅で入るには十分すぎる広さがある。
早速チトセはシャワーを浴びて、髪を洗っていく。そしてシャンプーを落とすべく、シャワーを浴びていると、何やら声が聞こえてきた。
(……え?)
それは清掃の者たちではなく、聞き慣れた少女たちのもの。
どうして。その疑問が浮かぶ前に、がらがらと扉が開く音が聞こえた。
そしてひょっこりと、少女たちが顔を覗かせた。
たった一枚の布で覆われた裸体。少し赤らんだ顔。
そして戸惑いを隠せずにいると、アリシアが駆け寄ってきて、背中から抱き着いてくる。正面のガラスに映る彼女の顔は、どこか陶然として見える。
「あ、アリシア!?」
「チトセくん、いつも一緒に入ってくれないから、来ちゃった」
そう言って、アリシアは甘えてくる。
押し付けられた膨らみは、この上なく柔らかく、そして女性の魅力を存分に伝えてくる。
チトセは血が上っていくのを感じた。
気を紛らわそうと顔を背けると、そちらには全裸で駆けてくるヨウコとそれを追い掛けるリディア。
はらり、とタオルが解けて、形の良い乳房がぷるんと零れ落ちる。
「きゃあっ!」
リディアが小さく声を上げると共に、タオルは地に落ちた。
すらりと伸びた手足、しなやかな腰回り。
チトセはごくり、と喉を鳴らしつつも彼女から目を逸らす。
そうしているとナタリはてくてくと歩いて行き、何事も無かったかのようにシャワーを浴びる。その後ろをついて行ったメイベルは途中、悪戯っぽい笑みを浮かべていった。この計画を言い出したのは彼女のような気がする。
そして当然、体を洗うにはタオルを解く必要がある。
目のやり場に困っていると、カナミがエリカの手を引いてくる。彼女は顔を赤くして、すっかり狼狽えていた。
それからアオイとサツキが隣に来て、背中を流してくれる。そのためアリシアは一旦離れて、チトセはようやく一息ついた。
体を洗い終わると、チトセは巧妙に前を隠しながら、湯に浸かる。男の象徴を見られるのは何となく気が引けたのだ。
色のついた湯に入ることで、それは解消される。だからこそ早く来たのだが、ものすごい勢いで体を洗い終えたアリシアが、すぐに傍に来た。
そして湯にタオルを付けないように、一糸まとわぬ姿で隣に座る。
色の付いている湯とはいえ、それほど近くにいるならその形や色は分かってしまう。
いつも一緒にいてくれるアリシア。それがこうして隣で裸でいることが妙に超常的に感じられて、チトセは冷静でいられなかった。
そして彼女は腕をからめてくる。少女の肌の感触が、直に伝わってくる。湯に濡れているためすべすべとしており、体を預けてくると肌が密着する。
凭れ掛かる彼女からはほんのりと甘い香りがして、チトセは眩暈がするほどの興奮を覚えていた。
それから早々にナタリがやってくる。彼女がタオルを取ると、その小さな体に似つかわしくないほどの豊かな膨らみが、解放される。
(おおお……!)
チトセはじっくりとそれを眺めていた。
ナタリは一瞥をくれると、ぷいと顔を逸らした。羞恥心に赤く染まる彼女は、幼さと女性らしさが同居していて、得も言われぬ美しさがあった。
それからカナミとメイベルもやってきて、背を向けながらタオルを取る。前を隠すためだったのだろうが、その代わりに小振りなお尻が向けられる。
よく引き締まった臀部は、少女らしく滑らかな流線型を描いていた。
それから皆で湯に浸かりながら、誰もが少し赤い顔で、平静を装いながら何気ない日常の会話をする。
しかし目を凝らせばその裸体が見られるのだ。
チトセは欲望と理性の狭間にあった。
「チトセ様は長湯ですね」
サツキが笑みを浮かべながら、隣りに来る。
近づくことで、その体のラインがはっきりとしてくる。
紳士的。そんなサツキの言葉を思い出してチトセは煩悩を振り払う。そのはずが、つい見てしまうのは、男の性だろう。
それからヨウコやカナミ、メイベルはさっさと上がっていき、次第に湯に浸かっている者も少なくなってくる。
チトセはいまだ収まらない昂ぶりに、上がることができずにいた。
その原因は主に隣にいるアリシアだろうが、前にいるアオイの素肌が、適度な距離のせいで見えたり見えなかったりするのも影響しているのだろう。
形の良い胸、女性らしい腰つき。ゆらゆらと揺れる水面に映し出されるその様は、余計に妄想を掻き立てる。
彼女たちが全員上がった後に出ようと思っていたのだが、立派な風呂を持つほど風呂好きなアヤメの娘であるアオイもまた、長風呂であった。
そしてチトセは、のぼせた。




