第十六話 それから
虎狩りを終えたところで賑やかに宴といきたいところであったが、生徒の身分ではそうもいかない。明日は普通に授業があるのだ。さぼるわけにはいかない。
ありがとうございました、と頭を下げる街の住民たちに見送られながら、チトセは少女たちとバスに乗る。
それから全員が乗り込むと、バスはアスガルドに向かって走り出した。
さすがに狩りを終えたばかりで元気なものはさほどおらず、車内は静かなものである。チトセは最後尾の左側座席に座りながら、少女たちの姿を眺めていた。
はす向かいの席にいるヨウコはリディアにもたれ掛って眠っており、反対側ではナタリとカナミがアオイに寄り掛かって眠っている。
そして右隣はメイベル、左隣はアリシア。メイベルは汗臭くないかな、と気にしているが、例えそうであってもチトセは気にしない自信がある。どんな姿も、どんな彼女も受け入れると決めたのだから。
それから暑いということもあって胸元をひらひらさせる。彼女の胸は大きくないため、そのたびに胸元からちらちらとその姿を覗かせる。
「なに、チトセ気になっちゃう?」
メイベルはずいと身を乗り出して、誘惑してくる。
襟元の向こうには滑らかな肌と二つの小さな膨らみ。小振りであるためブラが浮いており、もう少し頑張ればその奥に隠されている秘宝も見えそうだ。
「そりゃあ俺はメイベルが好きだからな。でもはしたないからあんまりするなよ」
チトセはしっかりとその様を確認してから告げる。
メイベルもそれを分かっていて、からかい気味にはーい、と答える。
それから暫くして、車内には寝息が聞こえるようになってくる。そうなると話をしている者も少なくなって、一層静かさが場を支配する。
チトセはステータスウィンドウを開く。
水明郷千歳 Lv81
固有ジョブ
【転生者Lv38】
メインジョブ
【剣士Lv60】
【戦士Lv48】
【侍Lv23】
【弓使いLv47】
【槍使いLv28】
【盗賊Lv42】
【魔法使いLv66】
【僧侶Lv56】
【獣使いLv40】
本体のレベルは随分と上がって、そのうちに上限の100に達するだろう。だというのに、ジョブを一つに限定すればカナミたちに届きはしない。
彼女たちが平均よりも優れているというのはあるが、それでも彼女たちが誇ることのできる夫になるべく、研鑽していかねばならないだろう。
そんなことを考えていると、服をアリシアが引っ張ってくる。何か言いたげだったのでそちらに顔を寄せると、唇が交わった。
こんなところでの不意打ちにどぎまぎしながらも、陶然とした彼女の笑みを見ていると得も言われぬ快感に浸る。
前の席に隠れるようにして交わすキス。
大胆な彼女の行動に、チトセはどこか背徳感を覚えながらも、その唇の柔からかさを味わう。
メイベルたちが起きていたらどうしようか。
別にみられて困るわけではないのだが、こんなところで何やってるの、とからかわれることは間違いないだろう。
前ではクラスメイト達が居眠りしているのだから。
それからアリシアは抱き着いてきて、頬ずりする。ぷにぷにと柔らかい頬は実に心地好い。
思えば、彼女と親しくなったのはボスの討伐からだった。
あれから随分と変わった。けれど、それは良い方への変化だろう。
彼女の笑顔を見ることができるのだから。
そしてチトセはアリシアと互いに寄り掛かるようにして、目を瞑る。その手はしっかりと、握って。
翌日、授業中に居眠りしている者の姿は多々見られた。さすがに仕方ない面もあるとはいえ、テストが近いのだ。もう一週間もない。
とはいえ、チトセは歴史や地理といった科目以外は特に聞く必要がないので平然と居眠りをしていた。
そして起きたとき、既に授業は終わっていて、目の前にはナタリの姿があった。
「……ナタリ、どうした?」
「チトセ、大変」
何が大変なのか、自分を見回してみるが変なところはない。
そうしていると、ナタリがもどかしくなったのか次の句を述べる。
「テストが近い」
「そうだな。後一週間ないな。前から分かってたことだろ?」
ナタリはぷいと顔を逸らした。
それから話を聞いてみると、どうやらアオイが用事でいないから、教えてほしいということだった。
チトセは元々これといった用事がないので、それを快諾し、彼女の自室に向かった。
ナタリの部屋には、これといった物がない。基本的に眠って自堕落な生活をしていれば幸せそうなのだから、あまり物欲はないのだろう。
そうして部屋に入ると、早速机について、勉強を始める。
彼女もあれから真面目に勉強をしているようだが、この学園の到達度合いの要求は思っていたよりも高い。
それから数学の問題を解いていく。
暫くして、ナタリは頭を悩ませる。問題はベクトル空間であるかどうかを確かめよというもの。
年齢的には高校一年生に相当するのだが、どうにも元の世界では大学の範疇であったものも含まれている。
連続的に教えるのであれば、関連した分野から教える方が楽なのかもしれない。
「和と積が定義されることを確認できればいいんだよ」
「うん。……やってみる」
ナタリはシャーペンをカリカリと動かして、計算していく。
チトセはそれからすることがなく、どうにも手持無沙汰であった。
それ故に、どうしてもそれが気になってしまう。
ナタリは部屋着で、薄着をしている。そして隣にいるため、豊かな胸の谷間が実によく見えるのだ。
さすがにそんなことを気にするような雰囲気でもなく、熱心に勉強している彼女を茶化すのも悪い。
そんなことを考えていると、ナタリができた、と呟く。
チトセは慌ててそれを確認する。問題なくできている。
「うん。あってる。この調子で頑張ろうぜ」
頭を撫でると、ナタリは自慢げに、そして嬉しそうに微笑むのだった。
それを見ていると、チトセは邪な考えを抱いたことが恥ずかしくなってきた。
それから十数日。
生徒たちの敵、テストが終わった。誰もが解放されて浮かれだす。
その翌週、全ての答案が一斉に返却され、校内順位が張り出される。
チトセは答案を受け取りながら、順位を確認する。
校内3位/497人という成績。彼女たちとの勉強会に真面目に参加していたため、問題のあった社会科目も難なくクリアできた。
そしてそもそも二度目の学習なのだから、高校生が中学の問題に挑むようなものなのだ。出来て当然である。
「チトセくん、すごいね!」
「うん、まあ前にやったことのあるところだったから」
カナミは今日も元気だ。つやつやしているようにも見えるのは、きっと成績が思ったよりも良かったからだろう。
そしてアオイはいつも通り平然としている。賢く真面目な彼女はできて当たり前だろう。
一方でナタリとメイベルは、助かった、とぐったりしていた。
この学園はどうにも赤点が続出するらしい。たしかにジョブ持ちとして戦闘訓練ばかりしているようでは、解くことができないようなテストだった。
アリシアが褒めて褒めてと言いたげに、成績表を持ってくる。見れば17位/497という数字。なぜ彼女はこれほどの知能を持っていながら、普段の行動は幼いのだろうか。
とはいえ、そんな彼女を好きになってしまったのだから、今さらである。
「アリシアは賢いな」
「えへへ。チトセくんのお嫁さんになるんだもん」
嬉しそうに微笑む彼女。動機がどれもチトセ自身に結びついているのは暫く慣れなかったが、今では彼女を独占しているようで喜ばしい。そう思うのは彼女に影響されたからだろうか。
そしてテストが終わったので、その解説の授業を終えれば、夏休みである。
生徒たちが待ちに待った夏休み。どこに行こうか。
「チトセくん、夏休み、予定ある?」
「いいや。これから皆とその話をしようと思っててさ」
「えっとね、母が別荘を使っていないから、良ければどうかなって」
「へえ、それはいいな。他の皆にも聞いてみるよ」
それから他の少女たちに聞いていく。
アリシアはチトセくんが行くならどこでも行くと張り切り、ナタリは事も無げにうん、と答える。メイベルとカナミも用事がなかったので、皆で遊びに行くことになった。
「リディア先生も呼んだら来てくれるかな」
「忙しいかな? でも来てくれるといいね」
チトセの提案に、メイベルが平然と答える。
リディアが受け入れられていることに安堵すると共に、これで結婚できそうだと何とも言えない幸せを覚える。
夏休みは、もうすぐそこまできている。
チトセはこれからくる少女たちとの夏休みに、たくさんの思い出を作ろうと、期待に胸を膨らませた。




