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第十五話 虎を狩る 


 チトセはすさまじい怒気を孕んで睨み付けてくる虎を前にして、一つ唾を飲み込んだ。

 一瞬のミスが命取りになる。とりわけ、ジョブレンタルはそれが顕著であった。


 ナタリに貸した獣使いのジョブはまだ帰ってこない。しかしモーモーさんは既に離脱しているため、今は無駄に貸しているというのが正しいかもしれない。


 転生者ジョブレベルが高くなった分、効果時間が長くなり、却ってそのデメリットが強くなったとも言える。


 そしてアオイはまだ弓使いのジョブが残っており、敵へと弓を構えていた。それを放てば、敵は飛び掛かって来るだろう。


 他のパーティは集まってくるサーベルタイガーの相手をしており、あまり援護は期待できそうにない。


 チトセはカナミにジョブをレンタル。それと同時にアオイは矢を放った。


 それはスキル【扇射ち】。威力が落ちるものの広域を覆い尽くす矢を放つものである。


 扇状に広がっていく矢の群は、デッドリータイガーへと襲い掛かる。敵は体を捻りその矢の中心から飛び退く。


 そこにカナミが飛び掛かる。

 掲げるは銀に輝く剣。叫ぶは勇敢なる魂。


 スキル【バッシュ】を発動、勢いよく振るわれた剣は虎の牙によって受け止められる。だがその衝撃はすさまじく、そのまま牙をへし折った。


 それから口元を裂き、斬り返して首を狙う。


 デッドリータイガーは顎を持ち上げてそれを回避しようと試みる。剣の切っ先が喉笛を浅く切り、赤き血の線ができる。


 そして敵はその頭部を思い切り下げてカナミへと食らい付いた。

 ガンッと鈍い音。カナミは敵を盾で受け止めながらも、その力の前に押されつつある。


 先ほどのレンタルから3秒。チトセはそこでメイベルにジョブをレンタルする。

 四つ目のジョブを失ったことで、もはや敵に近接されると殺されかねないほどに弱体化する。


 チトセは一歩だけ下がった。逃げるためではない。今は雌伏のとき、彼女たちの邪魔にならないようにすることが最善である。


 デッドリータイガーはカナミへと狙いを定めて、腕を振り上げる。鋭い爪は、鉄をも貫く鋭さを誇っていた。


 そしてそれが振り下ろされようとした瞬間、巨大な斧が振り上げられる。メイベルは側面から虎の前足を断たんとする。


 圧倒的な質量を誇る戦斧は、虎の腕を裂き血をぶちまけさせる。だが、いかんせん勢いが足りなかった。


 骨を断つには至らず、虎はメイベルへと狙いをつける。

 彼女はすぐさま振り上げた斧を両手で掲げ、スキル【バッシュ】を発動させて勢い良く振り下ろし、その隙を無くす。


 猛烈な勢いで振るわれた斧は虎の肩から腹にかけて食い込む。そしてそのまま地面にまで降ろされたとき、虎の頭は彼女の方へとのびていた。


 残った牙による一撃。メイベルは咄嗟に両腕で受け止める。鎧がひしゃげ、牙が食い込んだ腕は力なく垂れ下がり、斧を取り落した。


 彼女は突き飛ばされる勢いに任せて後退し、そのときには虎の頭から解放されていたカナミも後ろに下がる。


 チトセは今すぐにでも彼女のところに行きたいくらいであったが、ぐっとこらえる。今のままいけば餌食になるだけだと。


 途端、虎へと矢が放たれ、短剣が投げつけられ、スキルがぶち込まれる。

 それは周囲のパーティによる援護。


 デッドリータイガーはそれを躱すべくその場で身を翻す。いくつかを身に浴びながら、それでも怯むことはない。


 そして最後に、一陣の水の刃が放たれた。それはデッドリータイガーが気付くよりも早く、後ろ足を刎ねた。


 山をも震わす咆哮が響く。


 後衛のいるパーティの方にヘイトが集まらないよう、リディアは下級のスキルしか使用していない。しかしそれはたった一撃で敵を切り裂くほどの威力があった。


 四肢の一つを失った虎は、怒りに任せてリディアの方へと飛び掛かる。

 前衛は傷ついたカナミ一人。


 彼女に任せる他なかった。


 アリシアは敵目がけて【麻痺毒】の付いた短剣を投擲する。

 それを真正面から食らったデッドリータイガーは一瞬怯んだ。


 そこへアオイの矢が飛んでいき、眼球を抉る。深く突き刺さった矢は、しかし脳までは到達しなかった。


 それでもほんの少しばかり勢いを失ったに過ぎない。

 カナミは真正面から虎を受け止めると、後じさりする。


 それは隙。デッドリータイガーは腕を振り上げた。


 だが次の瞬間、その腕には剣が突き刺さっていた。虎の腕は限界まで溜めこんだ力を放出することなく、空中に留められる。


 その剣の主はケント。


「セイリーン。だらしのない姿を見せるな」


 それは彼なりの鼓舞なのだろう。

 カナミは頬を膨らませながら、それに答える。


「分かってる……!」


 盾を振るい、虎の頭を跳ねのける。


 チトセはインベントリから弓矢を取り出し、横にずれて矢を番える。


 そしてアオイから獣使いのジョブが返ってくる。それには【フィードバック】の効果が乗っており、一時的に高い能力が加算されることになる。


 敵に狙いを付け、弓を引く。

 スキル【スナイプ】を使用したことで矢は貫通力に富む。


 だが、やはり全てのジョブがあるわけではなく、それほどまでには威力がでなかった。虎の胴体に突き刺さった矢は、そこで勢いを失った。


 しかし、それは十分な時間を稼ぐのに値したようだった。


 突如虎の真下に魔方陣が浮かび上がる。そして勢いよく岩石が突き出した。虎の胴体を串刺しにし、その場に留めつける。


 動かなくなった虎。

 そこに周囲からは無数の攻撃が撃ち込まれていく。


 カナミたちは一旦後退し、チトセはようやく戻ってきたメイベルに【ヒール】を掛ける。

 ぼろぼろになった肉体はゆっくりとものと姿を取り戻していく。


「いやー悪いねチトセ。せっかくの美肌が台無しだよ」


 メイベルはこんなときにもそんな冗談を言う。

 そうして彼女は傷が元通りになると、再び前に出る。


 デッドリータイガーはよろめきながらも、最後の力で石の杭から抜け出し、誰かを道連れにしようとする。


 チトセは前に出た。

 そしてその隣にはリディア。彼女はスキル【アース】を発動し、虎の足を捉える。


 チトセに剣士のジョブがフィードバック付きで帰ってくる。

 湧き上がる力のままに、一閃。虎の前足が切り落とされる。


 幾度となく剣を振るい、血に塗れる。

 そしてフィードバックの効果が切れると同時に戦士のジョブが戻ってくる。チトセは武器を大剣に、そしてスキル【バッシュ】を発動。


 ぐんと勢いを増した剣は、デッドリータイガーの首を落とした。

 重い頭は地について、ずしんと音を立てる。


 死者ゼロの、完全勝利であった。

 

 チトセは剣を掲げ、雄叫びを上げる。


「俺たちの勝ちだ!」


 それに呼応するように、叫び声が上がる。

 その異様な昂揚感の中、チトセは隣に立つ少女たちを見た。


 勝利よりも何よりも、彼女たちがいてくれることが、何よりもうれしかった。


 チトセはカナミの元に行き、【ヒール】をかける。


「チトセくん、ごめんね、ドジっちゃった」

「十分よくやったさ。それに俺はカナミが無事なら、それでいい」


 抱きしめると、鎧がぶつかり合って、金属音を立てた。そして彼女の頭に手を回して、優しい抱擁を交わす。


 それからメイベルの手を取った。傷だらけになってしまった腕はすっかり元通りになっている。

 そしてあっけらかんとしている彼女を見る。平然としているが、痛みがなかったわけではない。これから彼女を守れるようにならなければいけない。チトセは決意を新たにする。


「え、なに? 愛の告白?」

「ああ。メイベル、これからも一緒にいてくれ」

「仕方ないなあ、そこまで言うなら一緒にいてあげるよ」


 そう言いながらも、メイベルは満更でもない。


 それからチトセは少女たちと帰途につく。勝者の凱旋であった。


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