第十三話 女子部屋
数台のバスが、アスガルド東に向かって走っていく。
バスの中では少女たちの楽しげな声が聞こえる。
チトセは今日もアオイたちと一緒である。
トランプを手に持ちながら、前にいるリディアの様子を窺う。彼女との一騎打ち。というよりはいつまでも上がれずに最後まで残ったというのが正しい。
そしてトランプを場に出す。
「ページワン」
ダイヤのA。これより強いのはジョーカーだけ。
勝った。チトセは笑みを浮かべる。しかしリディアはページワン、とジョーカーを出した。チトセは敗北した。
「チトセ、弱いねー。ずっと負けっぱなしだ」
メイベルがけらけらと笑う。
「運がなかっただけだよ」
それは強がりに過ぎない。もっとも、そこまで熱中しているわけでもないのだが。
「そう言えば先生は一緒に遊んでていいんですか?」
他の教員たちは生徒の誘導をしたり、色々と働いているというのに、リディアはこうして遊んでいる。
「ええ。先生はクラスの受け持ちがありませんので。それに元々依頼を受ける義務がないのですよ」
どうやら彼女は私的に依頼を受けたということらしい。一緒に来てくれるのは非常に心強い。強力なボスでさえ一撃で屠るその魔法の威力は、そこらの者とは比較にならないほどだ。
すっかり彼女もこの集団に馴染んでおり、仲良くやっている。この調子なら、彼女とも結婚できるのではないかと、チトセはつい嬉しくなってしまう。
それから暫く、チトセは少女たちとの歓談を続けた。
数時間も走った頃には、数台のバスは隣町に到着した。特に名産物があるような街ではなく、農業が中心で、宿場町としての機能も持っている。
小さい街にこれほどの人数が止まれるほどの場所があるのだろうかと思わないでもないが、宿泊客がいなくなっているため、部屋に空きがあるらしい。
時刻はまだ夕方になるかどうかといったところだが、狩りは明日以降行われるということだったので、生徒たちは宿に向かった。
生徒たちがぞろぞろと歩いていくのを、先生方は先導する。
リディアは一緒に歩いていたが、その幼げな容貌も相まって、ほとんど目立ちはしない。
それから暫くして宿に着くと、そこで男女別の部屋に案内される。女子たちは好きなグループで固まり、男子たちは絶対数が少ないため一つの部屋に適当に詰め込まれることにあった。
部屋は和室であり、布団はぎゅうぎゅう詰めにすることでようやく人数分確保できるような広さである。
(……修学旅行みたいだな)
チトセはそんなことを思いながら、インベントリがあるため荷物を整理するようなこともなく、そこらに腰かけた。
話す相手はケントくらいしかいないが、ルイスと何やら打ち合わせのようなものを行っていたので、チトセは暫しぼんやりと外を眺めた。
それから夕飯を済ませ風呂を終えると、特に何もすることがなく、さっさと寝てしまってもいいかと思った頃、生徒たちの中には部屋から出て行く者もいるのに気が付く。
「行かないのか?」
彼らの姿を目で追いながら、ケントが声を掛けてくる。その隣でルイスは布団を敷いていた。
「行くって、どこにだよ?」
「お前にはセイリーンたちがいるだろう。部屋は仮に割り当てられたに過ぎない。向こうに泊まってきても何ら問題はなかろう。その方が此方の部屋も広くなって、楽だしな」
要するに、彼女たちのところに泊まってこいということらしい。修学旅行といえば女子の部屋に遊びに行くのが定番のイベントであるが、男子校出身だったためそんな事とは無縁だった。
しかし今、それが実現しようとしている。
(……本当にいいのか?)
彼女たちとは個人的に何度も泊まりに行っているが、どうにも妙な罪悪感を覚えてしまう。しかしそれよりも会いに行きたい気持ちの方が上回ったので、チトセは部屋を出た。
女性たちとは棟が別になっており、夜になれば見回りの先生方が来るという。しかしこの世界では夜這いをかけるのは女性の方であり、警戒すべきは女子たちによる男子部屋への侵入だそうだ。
チトセは女子たちの泊まっている棟に辿り着く。開けっ放しになっている部屋からは楽しげな声が聞こえてくる。
アリシアたちに会いに行くために女子寮には何度も行っているのだが、こうした状況には中々慣れない。しかもたまに部屋のドアを開けっ放しで、しかも最近は暑くなってきたから部屋着がやけに薄いような子も中にはいるのだから、まさに悪行を働いている気分にならざるを得ない。
それから少し進んでいくと、カナミの元気な声が聞こえてきた。そして彼女の名前がある部屋を確認してから、ノックする。
「はーい! ……あ、チトセくん! どうぞどうぞ、入ってー」
浴衣姿のカナミに招き入れられて、チトセは少し緊張していた。
そして入ると、そこには見慣れた少女たちが七人。人数が十分に多いためか、他の生徒の姿はなかった。あるいは、こうしてチトセが来ることを見越して遠慮しておいたのか。
エアコンはついていないとはいえ、山が近いせいか空気は清浄で涼しく、心地好い。
窓際ではヨウコが夜風に当たっていた。召喚獣である彼女も一応戦力として連れてきたのだが、呑気な様を見ていると本当に役に立つのか不安になってくる。
部屋にはすでに布団が敷き詰められており、寝る前のひとときだと感じさせる。
どこに座ったものかと思っていると、枕が飛んできた。チトセはそれを受け止めながらそっちを見ると、犯人はメイベル。
悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女に枕を投げ返すと、彼女は掛布団を畳替えしのようにばっと広げてそれを防ぐ。
旅館の人にとってよくはないんだよなあと思いながらも、その様を見てヨウコもこちらに枕を投げてきたので、少しくらいならいいか、と相手をする。
枕が部屋の中を飛び交う。
リディアは召喚獣大好きだからかヨウコを構ってあげて、アオイも彼女を子供扱いしているため面倒を見ている。そのため、大人数でまくら投げをすることになったのである。
そうしているうちにカナミとメイベルがヒートアップして、もはやドッジボールさながらに投げ合いを始めてしまい、チトセは掛布団のバリケードを作って被害が出ないところに隠れた。
元々まくら投げに興味を示さなかったナタリもすぐにやってきて、そして彼女は普段寝るのが早いせいか、少しうとうとする。
その姿を見ていると、アオイもやってきて、そして隣に座ると体を預けてくる。
心地好い重みと、ほんのりと甘い香り。
彼女と過ごす時間はいつも穏やかで、その温顔は何よりも安らぎを与えてくれる。
「メイベル! 覚悟!」
「ひゃあ! カナミ、それ反則だよー!」
二人の元気のいい声を聞いて、アオイはくすくすと笑う。
「賑やかだね」
「ああ。もう君たちのいない生活は考えられないよ」
「そうだと嬉しいわ」
アオイは正面に回って向き合う形を取ると、小さく手をついて頭を下げた。
それから上目づかいで見上げながら、喜悦と羞恥の入り混じったような表情を浮かべる。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ。ずっと一緒にいてくれ」
気持ちを確かめ合う。
それだけで、これからもずっとやっていけることは間違いないのだと思える。
そうした静かな逢瀬はドタドタとした足音で打ち消され、次の瞬間。
「きゃあ!」
アオイの悲鳴が響き、その浴衣の帯が奪われていった。
拘束から解かれた浴衣は少女の肌を覆い隠す役割を放棄する。
白く滑らかな肌。そして手ごろな大きさの双丘。そしてこれまで人目から隠され続けてきた蕾がその姿を晒していた。
「アオイの帯取ったりー!」
楽しげなメイベル。だが、彼女もまた、前が肌蹴ていた。
戦利品だとばかりに帯を掲げる。勢いよく振り上げた腕は浴衣を引っ張り上げ、その健康的な肢体を曝け出した。
よく引き締まって無駄な肉のないその体は、細身でありながらも必要な筋肉が付いていて美しい。
アオイは慌てて前を隠し、赤い顔でメイベルに恨めしげな視線を投げる。
それを受けてもメイベルは何処吹く風、浴衣を整えて奪った帯を結ぶ。
「メイベル、いきなり何するのよ」
「でも満更でもないでしょ? チトセだって嬉しそうだしさ。ね?」
全く問題なんてないのだと、メイベルがあっけらかんと答える。
「……チトセくん、そうなの?」
「そりゃ、まあ。正直に言ってしまうと、とても幸せだ」
「そう……そうなら、うん、まあいいかしら」
アオイは目を逸らす。そうしているうちにメイベルは再びカナミのところに向かっていった。
少しだけ気まずくなってしまったが、それも一時のことだった。いつの間にか来ていたアリシアが、さっとチトセの帯を取った。
浴衣が肌蹴るが、男の上半身など見ても仕方がないのではないだろうか。
そんなことを思っていると、アリシアは首に手を回して抱き着いてくる。そしてどうだとばかりに見つめてくる。
先ほどの会話を聞いていてアピールチャンスだとでも思ったのだろうか。
実際、チトセは昂っていた。
薄い浴衣は肉感を損なうことなく伝えてくる。押し付けられた胸は弾力があり、余すことなくその魅力を発揮する。
(……これ以上はまずい!)
理性が崩壊して一線を越えてしまうような気がして、チトセは気が気でなかった。
「チトセ、帯知らない?」
ナタリが小首を傾げて尋ねてくる。その胸元は肌蹴て豊かな二つの果実はその一部を晒しているが、彼女はあまり気にしてはいないらしい。
あれからなんやかんやで帯がどこかにいってしまったのを捜索中である。
「どこかに落ちてないか? ちゃんと探せよー」
布団を捲って探していくと、どうしてそんなところに行ったのかと思わずにはいられないところから帯が見つかる。
そうして自体の収拾がつくと、既にある程度遅くなっていたので寝る準備をする。布団が人数分しかなかったのでどうしようかと思っていると、アリシアが期待の籠った目で見てくる。
だが、先ほどあんなことがあったばかりで自制心の限界もあったので、チトセはヨウコの布団にもぐりこんだ。
日頃から同じベッドで寝ているので、彼女も特に何でもないという感じである。
それから電気が消され、月明かりだけが窓から射しこんでくる。
「怪談とかしようよ?」
カナミがそんな提案をする。
ナタリが嫌そうな声を上げた。彼女は怖がりだからそれも当然かもしれない。
「カナミさん、明日は依頼があるのであまり夜更かしはしない方がいいですよ」
リディアがナタリにフォローを入れる。
カナミも思い出したように納得する。忘れてしまうのも、仕方がないだろう。皆で過ごす時間はあまりにも楽しいものだから。
そうして夜は更けていく。楽しい一日であった。




