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第十二話 テスト前

 チトセはその日も目覚めると、早朝の狩りを行う。それから帰ってくると、シャワーを浴びて、登校の準備を済ませる。


 ヨウコはまだ寝ているから、起こさないようにそっとしておく。

 時刻は7時。授業は8時から始まるため、気が早い生徒は既に教育棟の方に赴いている。


 机の上に置いてある端末のところに行き、声を掛ける。つい最近新調したものだ。


「アリシア、起きてる?」

『うん。チトセくんおはよう。これからそっちに行くね』


 端末越しに、返事が返ってくる。

 アリシアは今日も上機嫌である。


 数分と経たずに、チャイムが鳴る。扉を開けると、今日も可愛らしいアリシアの姿がある。


 彼女は部屋に入るなり、抱き着いてきて、キスをする。最近はこうして彼女と朝を共に過ごすことが多くなっていた。


 それからアリシアは台所にて、簡単な朝食を作ってくれる。今日はハムエッグとバターを塗ったパン。それからスープなど。


 エプロンを着ている彼女は家庭的で、新婚生活のような甘い感じがする。チトセはそんな後姿を暫し眺めた。


「どうかな?」

「うん。とても美味しいよ」


 チトセが食事をしながら感想を述べると、アリシアはえへへ、と笑う。それほど食に詳しいわけでもなく、具体的なことは何も言えないのだが、それでも彼女は嬉しそうに笑ってくれるのだ。


 そうして過ごす朝のひとときは、かけがえのないものであった。




 それから二人で教育棟に行くと、依頼の張り紙があった。内容は、隣町でボスモンスターが発生したとのことだ。


 さすがに危険が伴うということで全員参加の形ではなく、それでも下級生のところにも張り出されているのは、上級生が合宿などで不在だったりするからだろう。


 チトセは隣のアリシアをちらりと見る。彼女はボスモンスターにトラウマを抱えているようだったから、参加したがらないかもしれない。それならば、チトセも彼女一人を置いていくようなことはしたくないので、参加はしない予定だ。


「チトセくんはこの依頼、受けるの?」

「んー、どうしようかな」

「私は、チトセくんとなら一緒に行くよ」


 人目を憚ることもなく、アリシアはその身を預けてくる。その様子からは一切の怯えや恐怖は感じられない。


 全幅の信頼。

 そして過剰なまでの愛情。


 彼女がその思いを向けてくれているというのに、気遣いをするというのは、却って失礼に当たる行為だろう。チトセは彼女の頭を撫でて、それから教室に向かった。


 教室内はその話題で持ちきりだったが、あまり行こうとする者は多くはない。カナミはチトセの姿を見つけるなり、駆け寄ってくる。


「ねえねえチトセくん! 依頼見た!?」

「ああ。見たよ。隣町だってさ」

「うん。放っておけないよね!」


 カナミは正義感が強い方だから、助けなければと思うのだろう。そしてそんな彼女を放っておけないと思うと同時に、そんな姿に心惹かれるものがあることに気が付く。


 そんな彼女は既にアオイやメイベルと、行く約束を取り付けてあるらしい。仕事が早いと言えばそうなのだが、強引すぎる気がしないでもない。


 しかしそこにナタリが含まれていないことが気になって、チトセは彼女のところにいった。


「ナタリも行くのか?」

「……面倒」

「じゃあ残ってていいんじゃないか。俺たちで仕留めてくるからさ」


 彼女はチトセの服の裾を掴んだ。

 そして顔を上げる。


「一緒に行く」

「ナタリが来てくれるなら、俺は嬉しいよ」


 一人で残るのは寂しいのだろう。チトセはナタリを撫でて、彼女の好意を受け入れる。

 あまり集団にこだわりはしなかった彼女は、恐らくは一番恋愛事と遠かったのだろう。しかし最近はたまにこうして甘えてくれる。


 それから暫く無言のまま、児戯にも等しいじゃれ合いをした。




 放課後、チトセの部屋には少女たち五人が集まって机を囲んでいた。テストが近いのである。モンスター討伐の依頼があるとはいえ、学習をするのが生徒としての役割だろう。


 そしてこれは勉強会という名のナタリに勉強させる会である。


 カナミはいつも熱心に取り組んでいるし、アオイはそつなくこなす。アリシアも日頃の行動とは裏腹にかしこい方なので問題ない。


 メイベルは少し怪しいところもあるが、とりあえずそこまで出来が悪いわけではない。


 しかしナタリに至っては、日ごろ授業中に居眠りをしているため、頭の良し悪し以前の問題であった。


 最初は嫌々だったが、留年したらクラスが別になることをちらつかせると、少しはやる気になってくれたのである。


 そんなわけで始まった勉強会は、今のところ順調に進んでいる。


 ほとんどナタリに付きっきりでアオイが教える形になっており、他の者は各々の勉強をする形なので、集まっている意味があるのかどうかは不明だが。


 チトセは地理の教科書をぱらぱらと捲りながら、内容を確認していく。この世界の地図は大陸が二つあり、いくつか埋まっていないところもある。


「なあカナミ。大陸の北にあるこの都市の更に北に、大陸の南の都市があることになってるんだけど、これ間違いだよな?」

「え? 地図の北の端は南の端に繋がってるんだよ」

「……まじかよ」


 どうやらゲーム中では確認することができなかったことだが、ドラ○エの地図のように、地図の北に行けば南から出て来るような形らしい。


 そうならば、この世界は球状の形になってはいないはず。


「じゃあこの世界って、トーラスなのか?」

「とーらす?」

「ドーナツ型ってこと」

「そうだよ。チトセくん知らなかったの? 誰でも知ってるよ」


 地図の南北をくっつけるように丸めると、東西をくっつけるにはドーナツ型にするしかない。言われてみれば当たり前のことなのだが、地球の常識を持っていると、中々認めるのには時間が掛かる。


「じゃあ昼と夜や、季節は?」

「えっとね、ドーナツの真ん中に太陽があって、大陸はドーナツの表面を回転してるんだよ。だからドーナツの外側にあるときは、お日様の光が当たらない夜で、ドーナツの内側にあるときはお日様が天辺にあるお昼なの! 季節は太陽がドーナツの中心軸に沿って移動することで距離が遠くなって、生まれるんだよ!」


 ちゃんと理解して言っているのかどうかは不明だが、カナミの説明によればそうらしい。アオイが突っ込みを入れないところからも、間違ってはいないのだろう。


 チトセは根本的に間違っていたことを理解しつつ、改めて地理の教科書を見る。学ぶことはまだまだ多そうだった。


 それから暫くすると、ぐったりしたナタリの姿が見られる。

 少しだけアオイが休憩の時間を取ってあげると、ナタリは机に突っ伏した。


 チトセは彼女のところに行って、【ヒール】をかける。それで肉体的な疲労は回復するが、精神的な疲労には特に効果はない。


「チトセだって、いつも寝てるくせに、ずるい」

「俺は前に勉強したことがあるんだよ」


 ナタリは頬を膨らませる。

 チトセは彼女のノートを一瞥する。問題を解いて、そこにアオイの添削が入っている。


 普通は親友であってもここまでしてくれないだろう。アオイは本当に面倒見がいいと言える。


「もう少しだな。頑張れよ」

「うん」


 それから休憩も終わって、ナタリは再び問題と睨めっこを始める。


 思えば、勉強会というものもこれまでしたことはなかった。学校におけるテスト前のイベントなのかもしれないが、チトセは周囲の者が進学校特有の『俺勉強してねーわーと言いながら自宅で猛勉強』のスタイルが一般的だったこともあって、誰かと勉強したことはない。


 そして他の人が勉強していないというのを真に受けて、テストが撃沈したこともある程度にはあまり物事を考えてはいない。


 チトセは勉強しているナタリを姿を見て、自分も頑張ろうと気合を入れるのだった。


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