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第十一話 夏祭り

 その週末、アスガルドでは夏祭りが開催されていた。何かイベントがある方がいいのではないか、とその日に参観日を合わせてあるらしい。


 チトセは寮の前で、少女たちが来るのを待っていた。その隣には、子供用の浴衣を纏ったヨウコ。慣れない下駄でパタパタと走る彼女は、自由気ままな子供のようだ。


 これから夏祭りに行くための待ち合わせをしており、先ほど準備を済ませて彼女と出て来たばかりである。


 日は落ちてすっかり暗くなっており、街の方からは賑やかな音が聞こえてくる。


 チトセは暇を持て余して、自分の格好を確認する。男物の浴衣。夏祭りに向けて買った物なのだが、渋い柄なのであまり似合っているとは思えない。

 

 そうして待っていると、からんころん、と下駄の音が聞こえてくる。そちらに顔を向けると、ゆっくりと歩いてくるリディアの姿があった。


 一緒にどうですか、と誘ったら来てくれるということになったのである。


「チトセくん、お待たせしました」


 リディアは黄色い浴衣を着ていた。美しい金髪はサイドアップにされており、白いうなじが露わになっている。


「先生、綺麗ですね」

「そ、そうですか? ありがとうございます」


 ほんのりと顔が赤らんで、やけに艶めかしく見える。


 それから暫くすると、女子寮の方から賑やかな声が聞こえてくる。聞き慣れた少女たちの声に、つい期待が高まる。


 そして入口から、カナミが出てきた。赤い浴衣は可愛らしくも情熱的で、彼女によく似合っていた。


 それから他の少女たちも、色とりどりの浴衣姿を見せてくれる。チトセは思わず頬が緩む。


「チトセくん! かっこいいね」


 アリシアが駆け寄ってきて、腕に抱き着いてくる。そして嬉しそうに、上目づかいで見上げてくる。


「ありがとう。アリシアもよく似合ってるよ。とても可愛い」

「ほんと? えへへ、嬉しい」


 ふにゃっとした笑みを浮かべ、抱き着いてくる腕に力が籠る。

 チトセは空いている方の手で、彼女の頭を撫でた。柔らかくふわふわした青の髪は、今日はアップにまとめられている。


 それからそこにはエリカの姿もある。

 ケントと夏祭りに行く予定だったらしいが、恐らく今回も何らかの理由を付けて断られたのだろう。独り立ちさせようとする、彼なりの思いやりなのかもしれない。あるいは、単に面倒なのか。


 そんなこともあって、エリカはサツキに連れられて、こうして一緒に行くことになった。


 全員で十人。まさか日常的にこれほどまでの大人数で行動することになるとは思ってもいなかった。それも全員が美しい少女たちなのだから、元の世界の奴らに聞かせてやれば、卒倒すること間違いなしだ。


 それからチトセは少女たちと歩き出す。彼女たちの母親は、今日はどこかで集まって飲んでいるそうなので、遠慮はいらないそうだ。


 アスガルドの南北に走る大通りには、びっしりと屋台が並んでいた。メインストリートであるここは、金曜になればビアガーデンと化し、何かイベントがあればすぐさま屋台が立ち並ぶ場所である。


「あ、綿あめ欲しいな!」


 カナミがそちらに駆けて行って、一つ買ってくる。元の世界ではキャラクターなんかのイラストが入っているのが一般的だったが、こちらではそういうのはないらしい。あまり娯楽は発展していない。


 彼女は綿あめを頬張り、その甘さにご満悦のようだ。その口周りは汚れて、アオイがハンカチでぬぐい取る。


「ねえチトセ、射的やろうよ」


 メイベルの誘いに乗って、チトセも参加する。基本的に射的は取れないようになっているものだが、それより雰囲気を楽しむものだろう。


「チトセ、どれにする?」

「んー。じゃあ俺はあのアヒルにしようかな」


 よく温泉なんかに浮かべるようなアヒル。特に欲しいわけでもないが、それくらいなら取れそうな気がする。


 射的銃にコルクを詰めて、狙いを定める。台の後ろに落とせばいいのだから、回転モーメントが最大になるように端の部分を狙えばいい。


 さっと狙いを定めて、トリガーを引く。

 コルクは吹き飛び、しかし目標に当たることなく通り過ぎていった。


「あはは、チトセ下手だねー」

「仕方ないだろう、やったことないんだからさ」


 女の子たちと夏祭りに来たのは、これが人生で初めてである。男一人で縁日に行くような気にもなれなかったのだ。それが今では少女たち十人と一緒に歩いているのだから、人生どうなるか分からないものである。


 メイベルは笑いながら、チトセの外したアヒルに狙いを定める。そして発射。

 放たれたコルクは正確に目標に当たり、間抜けな顔のアヒルはころころと転がって、台の奥に落ちていった。


「ほらチトセ、どう?」

「いやーお見事。メイベルはすごい。天才だ。憧れるな」

「こんなことくらいでチトセは大げさだなー」


 ちょっとふざけてみると、メイベルはそれに乗って、呆れたジェスチャーで返してくる。

 そして彼女は店主からアヒルを受け取ると、手渡してくる。


「チトセに上げるよ」

「ん。ありがとう」


 メイベルは勝者の笑みを浮かべていた。


 それからまた、屋台を巡る。人通りが多くて、はぐれないようにヨウコの手を引く。彼女は小さいから、すぐに見失ってしまう。


 それからたこ焼きなんかを買い食いしたり、食欲を満たしていく。とはいっても、ほとんどカナミとメイベルが食べていたのだが。


 そうして立ち食いをしている間、ナタリが水槽の中を泳ぐ金魚に気を取られていた。色取り取りの金魚は、見ているだけでも鮮やかで、楽しいものがある。


「金魚すくい、やるか?」

「うん」


 チトセは三人分の金を払って、ポイを貰う。ナタリ、ヨウコと一緒に優雅に泳いでいる金魚たちを狙う。


 お椀を片手に、ポイを水中に突っ込む。そして金魚を引っかけて、椀の中に放り込む。まずは一匹。


 チトセは初体験にしては上手くいったと我ながら感心していた。しかし上手くいったのはそれだけ。二匹目に触れたときにはもう破れて、だめになってしまった。


 一方でナタリは一匹も取れずに、不満そうにむくれている。ヨウコも結局一匹も取れず。


「ナタリ、これやるよ」

「いい。チトセが飼って」


 要するに、自分で飼育するのは面倒だということらしい。

 チトセは袋に水と金魚を入れて、持ち運ぶ。インベントリには入れられないから、手に持って歩く。この世界に来てからはインベントリに頼りっぱなしだったので、持ち運ぶのは案外久しぶりであった。


 それからもうそろそろ花火が始まるということだったので、どこか座る場所を探す。立地のいい場所は既に取られているので、どこか人の行かないところになるだろう。


 打ち上げ場所は東の方にある川なのだが、この世界での花火は基本的には低く打ち上げるため、近くまで行かないと見えないことが多い。


 人波を掻き分けて、打ち上げ場所からは結構離れたところに場所を取る。シートを引いて、その上に十人で座る。


 仲のいい友人たちと出かける程度の気軽さだが、これをこの世界でのデートと言ってもいいのだろう。


 二人きりではなく、皆で、というのが重要だ。これからも、皆で一緒にやっていければいい。


「あの、チトセさん。今日は急に押しかけてごめんなさい」


 エリカが珍しくしおらしい。

 水入らずを邪魔したとでも思ったのだろうか。


「ん、気にするな。カナミやナタリだって、エリカがいた方がよかっただろ」


 チトセは彼女たちの昔を知らない。それゆえに、そこは何をどうしようが、踏み入ることができない領域なのだ。


 エリカは嬉しそうに微笑んだ。

 それは貴族としての立場を意識しない、彼女そのものの笑みなのかもしれない。


「そろそろ打ちあがりますよ」


 サツキが打ち上げ場所を指さす。そこでは準備が終わって、打ち上げが始まろうとしてた。


 それから暫くして、空に花が咲いた。色とりどりの美しい光が、闇夜を照らしだす。こうして皆で花火を見るのは、学園祭以来。そして今は、リディアとヨウコもいる。


 少しずつ増えていく関係。少しずつ深まっていく愛情。


 夜空の光に照らされる少女たちは、とても美しい。それは傾倒しているせいだけではないだろう。


 それから暫く、花火を見続けた。むしろそれを見る少女たちの横顔に見惚れていたのかもしれない。


 そして、最後の一発が打ち上げられた。

 花火が散っていくにつれて、静けさが返ってくる。


「終わってしまいましたね」


 名残惜しそうに、サツキが言う。そしてエリカも、どこか寂しげだった。

 それはこの皆で過ごす時間が終わってしまうと思うからだろう。


「また来年、来ればいいさ」


 彼女は来年、新入生としてこの学園に来るそうだから、その機会はあるだろう。


「はい。来年もチトセ様とご一緒させていただきたいと思います」


 彼女は笑みに彩られていた。

 チトセはもっと彼女のことを知りたいと思う。そして来年はもっと親しい仲として、過ごせればいい。


「また今度、皆でどこか出掛けようぜ。もうすぐ夏休みなんだからさ」


 まだ夏は終わらない。

 これからが、夏本番なのだから。


 チトセはエリカとサツキの手を取った。そして、これからのことを、約束した。



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