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第九話 浮気現場

 アスガルド北にある学園の生徒は大半が寮に住んでいるため、放課後になっても校内は賑わっている。


 テストが近くなってきたということで、居残って勉強している真面目な生徒の姿も見られる。


 寮の一室。チトセの前には、四つん這いになっている幼女がいる。

 エメラルドグリーンのポニーテールが特徴的な彼女は、いかにも幼い容貌をしている。そんな彼女を後ろからがっちりと押さえつけていると、犯罪の様な気がしてくるのは仕方ないことだろう。


 見た目は年齢一桁の子供と変わらないが、実年齢は七百歳を超えているのだから、そういうことはないはず。もっとも、実際に彼女と契約した日を生まれた日とすれば、彼女が世界に顕現しており起きている時間は、数年に過ぎないのだが。


 チトセは左手でヨウコの臀部をホールドしたまま、暫く逡巡していた。しかし、覚悟を決める。


「行くぞヨウコ」

「う、うん……」


 ヨウコは目を瞑った。

 チトセは彼女の可愛らしい薄い緑色のスカートをめくり上げる。すると可愛らしい小振りなお尻が露わになる。


 がっしりと臀部を掴むと、柔らかな肉の感触が伝わってくる。チトセは唾を飲み込んだ。


「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ。痛いのは最初だけだから」

「が、がんばるよ!」


 チトセはインベントリから鞭を取り出した。そしてぷるぷると震えるヨウコの臀部に狙いを定める。


 チトセは鞭を振り上げた。そして軽く振り下ろす。風を切る音に続いて、ピシャリと音が響く。


「ひゃぅ!」


 ヨウコはびくりと体を震わせた。


「ご主人様、これは無理だよー」

「もうちょっとだから。頑張ってくれ」

「う、うう……」


 チトセはすぐさま【ヒール】を掛けると、すっと発赤は消えていき、元通りの有様を取り戻す。

 もう痛みはないはずだが、ヨウコは尻を手でさする。


「悪いけど、再開していいか?」


 チトセが聞き返したその途端。


 部屋の入り口からすさまじい音が聞こえた。それは扉が外れる音。鍵はかけていたから、力づくでぶち壊したということになる。


 そして、多数の足音が聞こえたと思うと、アリシアを筆頭に、愛しの彼女たちが姿を現した。


 アリシアは頬を膨らませ、目いっぱいに涙を溜めている。その表情は嫉妬や怒り、悲しみといったものが入り混じっているように思われる。


 カナミは現状が受け入れられないかのように呆然としており、ナタリは侮蔑の視線を投げかけてくる。アオイは戸惑い、メイベルは興味津々といった様子である。


「チトセくん、その子誰!?」


 アリシアはぽろぽろと涙を零しながら、インベントリから短剣を取り出す。

 ヨウコはあんぐりと口を開けて、後じさりする。


「違うんだ! アリシア待ってくれ! そう、そうだ。俺はただ彼女を叩いていただけなんだ!」


 チトセの弁明が部屋いっぱいに響き渡った。

 ナタリがうわぁ、と小さくつぶやくのが聞こえる。


 アリシアは、引きつったように笑いながら、震える手で短剣を彼女に向ける。チトセはもはやなりふり構っていられなかった。


「彼女は俺の恋人とかそういうんじゃない! 彼女は俺のペットなんだ!」


 再びチトセの宣言が響き渡る。

 それを皮切りに、発言するものはいなくなった。しいんと部屋が静まりかえる。


「なんだ、そうだったの。じゃあ殺していいよね?」


 よかったー、と安心したような笑みを浮かべて、アリシアは短剣を掲げた。


「アリシア! 誤解なんだ! 待ってくれー!」


 男子寮に、叫び声が響き渡った。





 チトセは正座をしながら、少女たちに囲まれていた。さきほど、リディアがこの部屋に到着したので、尋問が始まったのである。


「あの、チトセくん。彼女は一体?」


 比較的冷静なアオイが尋ねてくる。 


「彼女はヨウコ。俺の召喚獣で、妖精だ。三年程度の付き合いになる」


 どうみてもただの幼女にしか見えないその姿を見て、少女たちは半信半疑になる。リディアはそれが本当であることを付け加えるが、いまいち飲み込めていなかった。

 信頼しつつも納得はできないといったところだろう。


 周囲を暫く眺めていたヨウコは、便秘のときのように踏ん張った。すると半透明で薄緑色の羽がその背に生まれた。


「本当に妖精なんだよ!」


 馬鹿にされているとでも思ったのか、ヨウコはふんっと胸を反らした。もっとも、胸はほとんどないのだが。


「それ、飛べないどころか、物理的な意味は何もないよな」

「可愛いからいいのっ!」


 ヨウコは頬を膨らませる。それはまるで駄々っ子がするようだ。


「じゃあさチトセ。さっきのは何プレイ?」

「もう俺が悪いのが確定したみたいな言い方はやめろよ!」


 メイベルは浮気とかそういうのにはあまり興味がないのだろうか。それとも、彼女との関係があっさりしたものだからなのだろうか。


「ジョブ経験値はスキル使用経験値とダメージボーナスによって得られるんだろ? そして彼女は人でもモンスターでもないから、PVP経験値が入るのかもしれないと試してみたんだよ。獣使いのジョブはほとんど上げてこなかったからさ」


 アリシアはそれで納得したようだった。

 すっかり落ち着いて、穏やかな笑みを浮かべている。


「チトセくん、疑ってごめんなさい」

「いや、俺が悪かったよ。これからは予め相談する。アリシアには心配を掛けさせないから」

「ほんと? 許してくれる?」

「ああ。俺は君を放っておくことはしない。だから、信じてくれ」

「……うん。チトセくん、だいすき」


 アリシアは先ほどまでの態度はどこにやら、ぎゅうっと抱き着いてくる。チトセは彼女を抱きしめて、これにて解決したと安堵していたが、真剣な表情のリディアと目が合った。


「チトセくん! それは虐待です! そこへなおりなさい!」


 チトセはその剣幕に圧倒されて、すぐさま居住まいを正した。


 それからリディアの説教が始まる。

 理由は至極正当なものだったので、チトセはただ頷くしかなかった。


 その最中、ヨウコが「でもちょっとだけよかったかも」などと呟いたものだから、ますます叱られることになった。


 彼女は成人しているはずだから、そこは関係ないのにと思いながらも、その所業を反省した。




 一時間近くにも及んだ説教が終わる頃には、既にチトセとリディア以外は好き勝手な行動をしていた。


 そしてヨウコはモーモーさんがふごふご言っているのを聞かされている。どうやら召喚獣同士で意思の疎通ができるらしく、モーモーさんと疎通を図りたいナタリのお願いを聞いているらしい。


「いいですか、もう二度とそんなことをしてはいけませんよ」

「はい」

「……どうしても我慢できなくなったときは先生に言ってください。代わりにお相手しますから」


 リディアは最後にそんなことを言う。からかい気味なその口調からは本気で言っているとは思えなかったが、彼女がそんな冗談を言うようにも思えなかった。


 ようやく解放されたチトセは、疲れてごろりと横になった。

 隣にアオイがやってきて、腰かける。彼女は終始変わらなかった。きっと、誰よりも自分のことを信じてくれているのだろう。そう思うと、チトセは申し訳なさと共に、深い愛情を感じるのだった。


 そっとアオイが頭を撫でてくれる。チトセはその安らぎに、ただその身を任せた。


 そうしていると落ち着いてきて、頭の中も整理がついてくる。そしてふと気が付いた。


「そういえばさ、何で俺がヨウコといたことが分かったんだ?」


 浮気現場を押さえられた旦那の気分は、きっとこんな感じなのだろう。しかしこの寮は防音がしっかりしているから、外に声が漏れることはない。


 アオイは困ったようにこちらを見る。聞いてはいけないことだったのだろうか。


 そうしていると、アリシアが来て、頭を下げた。


「チトセくん、ごめんなさい!」

「え? いや、あの。謝られる理由が分からないんだけど」

「……チトセくんの部屋に、盗聴器、仕掛けてたの」


 衝撃の告白。


 思い返してみれば、日頃一人で狩りに行っているときの仔細をアリシアは何故か把握していた。理由が分かってすっきりすると同時に、どうして、という疑問が湧き起こる。


「俺は信頼できなかった?」

「そうじゃないの! チトセくん、一緒の部屋に住んでくれないから、だから、その間も一緒にいたくて……!」


 中々可愛いことを言ってくれるじゃないかと思うのは、彼女の行動に慣れ過ぎてしまったせいだろうか。

 犯罪まがいの行動にドン引きしておくのが正しい反応なのかもしれないが、彼女は大切な人なのだ。


 チトセはアリシアを抱きしめる。細い体は力を込めれば壊れてしまいそうなほどはかなくて、とても温かなものだった。


 この世界で手に入れた幸せを、抱きしめる。


「どうせならさ、そっちの音も拾えるようにしよう。今は寮だから一緒に住むことはできないけど、卒業したら一緒に住もう」

「うん……! チトセくん、ありがと。だいすき」


 アリシアは小さく口付けてくる。そしてチトセの胸に顔を埋めた。


 それからは、変わらない日常を過ごした。

 けれど、今日は六人ではなくて、八人で過ごす一日。


 チトセはすっかりこの世界に馴染みつつあるのだと笑うと同時に、込み上げてくる幸せを噛み締めていた。



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