第八話 召喚!
リディアと遺跡から帰ってきたときは既に遅くなっていたので、後日召喚するということになった。
翌日、チトセはクラスに行くとナタリ、アリシアが駆け寄ってくる。どうだったかと尋ねる二人に、再召喚の巻物を手に入れてきた旨を告げる。
「まあ色々あったけど、無事手に入れることも出来てよかったよ」
「チトセ、良かったね」
「私はチトセくんが帰って来てくれるだけで充分だから」
それぞれが無事を祝ってくれることが嬉しく、チトセは帰ってこれたことを心から喜んだ。
そしてメイベルとカナミ、アオイがやってくる。
「チトセ! お土産は!?」
「いきなりそれかよ。まあいいや。ほら」
チトセはインベントリからあの街の名物であるファラオ饅頭などを取り出していく。どう考えても観光客くらいしか買っていかないような物などもあるが、片っ端から買った結果である。
個別のお土産を考える時間がなかったので、全員で仲良く分けられるようなものを選んだのだ。
「チトセくん、これ貰っていい?」
「ああ。試食とかしてないから味の保証はしないけどな」
カナミは早速包装を開けて、お土産を口にする。もくもくと食べる彼女は実に楽しげである。最近、チトセは彼女に餌付けしているような気分になっているが、あながち間違っていないような気がしないでもない。
そうして土産に夢中になる二人を見ていると、一歩引いたところからアオイが話しかけてくる。
「怪我、しなかった?」
「ん、問題ない」
よかった、とアオイは微笑む。彼女との間に言葉はそれほど多くはない。しかしその思いは確かに伝わってくる。
チトセは彼女の笑顔を暫し眺めた。
それからホームルームが始まると、教員は一枚の紙を回してくる。そこには、授業参観のお知らせについて書かれていた。
一学年のこの時期だけ、学園の様子を見に来るということで参観日が設けられているらしい。それ以降は各自の自主性を重んじるということもあって、親が来るようなことはない。
もっとも、チトセにとってそれらは全く関係がない。何しろ、この世界に両親はおろか、血のつながりをある者が存在しないのだから。
それから顔を上げると、ナタリの姿が目に入った。どこか寂しげな彼女は、亡き母を思っているのだろうか。
父親とは疎遠になっているそうだから、恐らく彼女もまた、見に来るものはいないのだろう。
チトセは彼女の姿を眺めながら、その日を過ごすことになった。
そして放課後になると、チトセは真っ直ぐにリディアの居室に向かった。
いつも通り部屋をノックすると、少し上ずったようなリディアの声が聞こえた。
扉を開けて中に入ると、リディアが思い切り飛び込んできた。チトセは思った以上に軽いその体を受け止める。
「チトセくん! 待っていました! さあ、行きましょう!」
もはや待ちきれないらしいリディアに手を引かれながら、チトセはまたもや西の森に連行されていった。
アスガルド西の森に到着すると、チトセは以前リディアからもらったチョークにて、魔方陣を描いていく。
リディアに振り回されるのにもすっかり慣れてしまったのか、案外平気なものである。
彼女はその間、ビデオカメラを手に、調節を行っていた。なんでも、記録に残しておくのだとか。そしてあわよくば、論文を一本書きたいと。
魔方陣が描き上がると、間違いがないことを確認していく。そして一本、線が足りないことに気付いて描き加えていく。
危なかった。魔方陣を間違えれば召喚は失敗する可能性が高まる。再召喚の巻物は一巻しかないため、それを無駄にする訳にはいかないのだ。
リディアの期待に応えるためにも、失敗は許されない。
いよいよ最終確認を終えると、魔方陣の中央に再召喚の巻物を広げておく。
「先生、暴れたときは遠慮なく仕留めてください」
「はい。分かりました」
すっかり興奮しているリディアだが、やることはしっかりやってくれるから、問題はないはずである。
チトセは念のためインベントリから鎧を取り出し、身に付ける。剣は敵対の意思と取られかねないので、出すことはできない。
一つ覚悟を決めると、チトセはスキル【召喚】を使用する。その際、魔方陣が輝き、再召喚の巻物が消えていく。
ターゲットを取ってもらう役割を考えれば、エンシェントドラゴンかミスリルゴーレムあたりが望ましい。もっとも、他の召喚獣であっても、レベルカンストしているため役に立たないということはない。
そして光の筒の中に、何者かが姿を現す。
チトセは目を凝らして、その正体を探った。
その姿がはっきりすると同時に、魔方陣の光が消えた。
そこに現れたのは、一人の幼女。エメラルドグリーンの髪、深い緑の瞳。座りながら目を擦っている彼女はやけに眠たげである。
「……ヨウコか?」
彼女はチトセの姿を見上げる。そしてくりくりとした目を見開いた。
「あ、ご主人様。おはよー。お久しぶりだね」
やけにフランクな物言いの彼女は、ゲームだったときにはこんな流暢に話しはしなかった。しかしその姿は、どう見ても彼女そのものである。
種族が妖精だということでヨウコと名付けたのだが、プレイヤーたちはこの種族を幼女と呼んでいた。実際、ただの幼女にしか見えない。
彼女らは課金によってのみ契約できるレアな召喚獣だったはずだが、その能力は周囲にいる者にバフを掛けるものしかなく、本来主人の代わりにターゲットを取るのが役目にもかかわらず、全く接近戦のできない困った幼女なのである。
しかしバフは他のスキルと重複するということや、何よりその愛らしい容貌から、プレイヤーたちの熱狂的な支持を得ていたのも事実だ。
「うーん。チェンジで」
「ご主人様ひどっ! 折角会えたのに、何て言い草なの?」
チトセはどうしたものか、と思っていると、彼女のことなど何も知らないリディアは困ったようにこちらを見てくる。さもありなん、召喚獣を期待したら幼女が出てきたのだ。驚かない方がどうかしている。
「以前契約してた召喚獣で妖精という。名前はヨウコ。スキルはバフを掛けるものしか使えず、戦闘能力はないため前衛も後衛もできない」
チトセはパワーレベリングを行うにあたって、少しでもダメージを底上げするためだけに契約したのである。
「なるほど。ヨウコちゃんですね。私はリディアと言います。よろしくおねがいしますね」
「うん。リディアさん、よろしくね」
ヨウコはよいしょ、と立ち上がる。しかしその身長は130センチ程度しかないため、頭一つ分以上小さい。
「ところでご主人様、急にどうしたの?」
「いや、こっちこそどうしたのか聞きたいんだけど。というか俺のこと覚えてるのか」
「うん。えっとねー。ご主人様にほったらかしにされてから700年くらいかな? ずっと寝てたから分かんないや。それでね、気が付いたらここにいたの!」
どうやら彼女の話を要約すると、700年ほど前に転生者たちが一斉にこの世界に来たということ以外、何も分からないということらしい。
しかしどうにも面倒なことになったとしか思えない。
「とりあえず一旦返しておくか。送還」
スキル【送還】により一時的に召喚獣はしまっておくことができる。しかし、何も起こらなかった。
それからスキル【アイテム化】も試してみたが使用できない。
「まさか……そんな馬鹿な」
「ご主人様ー。何か寝床に帰れないよ? どうしよー」
ヨウコは困ったように首を傾げる。全然真剣みを帯びていない彼女を見て、チトセは不安になってくる。
もしかすると、彼女はこのまま送還できないかもしれない。
ゲームの世界から引き続き持ってきたときに、何らかの影響がでたのかもしれない。
これではターゲット取りとして使えないだけでなく、このまま一生彼女以外の召喚獣を使えないということになりかねない。
暫く頭を悩ませたが、よくよく考えてみればこれまで獣使いのジョブは使ってこなかったのだ。なくてもさほど変わらないのではないだろうか。
それに本来使用可能である獣使いレベル100に達すれば、送還なども可能になるかもしれない。
チトセはそう思い込むことで、とりあえず平静を保つことに成功した。
それからリディアと少々話をして、詳しいことはまた後日話をすることにした。冷静になって考える時間が欲しかったのである。
「ヨウコ、とりあえず家に帰るぞ」
「うん! ご主人様のお家にいくぞー」
はしゃぐヨウコの手を取って、チトセは歩いていく。まさか幼子と一緒に歩くとは思っていなかったゆえに、違和感が拭えない。
そして彼女の向こうにはリディア。こうしていると夫婦みたいに感じられて、思わず顔を逸らした。




