第七話 遺跡
薄暗い遺跡の内部は、奥に進むにつれて、ますます温度が下がっていく。半袖を着て来れば寒いくらいだろう。
先ほどから何度か現れているマミーは、リディアが全て一瞬にして葬り去っていた。召喚獣に関係しないモンスターである彼らには、興味がないのだろう。
敵が見えてから切り掛かっているのではリディアが先に仕留めてしまうということもあって、チトセは剣の代わりに刀を携えていた。
遠距離攻撃である【遠当て】を使用すれば、彼女より先に敵を仕留めることができるかもしれない。
決して功を争っているわけではないのだが、彼の目指すところは肩を並べて戦うことのできる存在なのだ。少しでも彼女の魔力消費を減らすことができないだろうかと、考えた末の結論である。
そして、スキル【探知】にモンスターが引っかかった。
それは金色の仮面をかぶったコボルト。遺跡にのみ生息しているコボルトファラオである。
チトセは前に踊りだし、スキル【エンハンス】を使用。経験値をコストととして支払い、身体能力を強化する。
そして抜刀と同時にスキル【遠当て】を発動させる。【抜刀術】により強化された刃が、敵目がけて飛んでいく。
そして、コボルトファラオはそれに気が付くことなく、胴体のところで真っ二つになった。
経験値の収支は少しばかりプラスになったというところだろう。しかしジョブ経験値はかなり貯まるので、悪くはない。
そうして遺跡を奥に進むこと二時間。
さらに下の階層に来たことで、現れるモンスターが変わった。
広間を縦横無尽に飛び交う青色の本。その縁は牙であしらわれており、長いべろが中から飛び出している。
モンスターブック。巻物や書物のアイテムを落とすため、好んで狩るものは多い。だがしかし、集団で存在する彼らを討伐するのは容易ではない。
それらのモンスターは接近者に気が付くと、一斉に魔方陣を浮かび上がらせた。上位のモンスターはスキルを使用することができる。
色とりどりの魔方陣が浮かび上がる中、リディアは無数の水の刃を生成し、モンスターブックへと飛ばしていく。
チトセはインベントリから短剣を取り出し、スキル【麻痺毒】を加えて投擲、スキルキャンセルを行っていく。
短剣が当たったモンスターはぼとぼと地に落ちていく。そして残りのモンスターはリディアの生み出した水の刃によって切り裂かれていた。
どれも本の背のところで切断されているのは、それにより巻物がドロップしやすくなるからだろう。
チトセはインベントリから剣を取り出し、地面でバタバタと暴れているモンスターブックを切っていく。そして全てが片付くと、一つ一つ確認していく。
「はずれ、ばかりですね」
リディアが残念そうに言う。モンスターブックは狩ることでページの一部分が変化するそうなのだが、ぱらぱらと捲っても生き生きと空を飛んでいるときと変わらないものばかりだ。
チトセは死骸を回収しながら、それを確認していくと、ようやくページの変わっているところを見つけた。
古い羊皮紙の様な材質のそれは、魔導書と呼ばれるアイテムである。
スキルの付いたそれは、使い捨てであるものの、他のジョブのスキルを使用することができることから、価値が高い。とりわけ、僧侶のスキルが付いている物は高額で取引されている。
それはよく見ると、【ヒール】の魔導書であった。
「こちらは何もありませんでした。そちらはどうですか?」
「これだけですね。先生、これあげますよ。俺はスキルを使えるので」
「ありがとうございます。チトセくんは優秀ですね」
それはお世辞なのかもしれない。あるいは、他の者と比較しての言葉。
決してリディア自身と比較しての言葉ではない。
けれど、褒められて悪い気はしなかった。いずれ、いずれ必ず強くなる。チトセはその思いをますます募らせた。
それから奥に進みながら何体ものモンスターブックを狩っていく。しかし現れるのはどれも魔導書ばかりで、巻物は出てこない。
本当に出るのだろうか。そんな疑問が起こって来るが、リディアが出るというのだから出るのだろう。彼女は博識であり、召喚獣には並々ならぬ情熱を注いでいるのだから。
それから一時間もすると、フロアはどんどん狭くなってきて、いよいよ最奥が近づいてくる。そこにいるのはこれまで通りモンスターブックだと言われているが、そこまでいけば一通り狩り尽くしたということになる。
これまで通りモンスターブックを狩りながら進んでいくと、最奥は何にもない広間だった。たった一体のモンスターさえいない。
それは異例の事態。
通常ではありえないことだった。前に狩りに来たものがいるのならば、道中のモンスターは片付いているはず。
チトセは部屋の中を警戒した。
そして、上方に集まっているモンスターブックの集団を見つける。だが、こちらを見ても襲ってくることはなく、それらは何かに食われた。
真っ赤な装丁。牙というよりは槍に近いような歯。
大量のモンスターブックを取り込んだそれは、クレイジーブック。ボスモンスターであった。
人の手が入らず放置され続けた結果、共食いが激しくなり生まれたのだろう。
同レベル帯のモンスターと比較して、遥かに強力な力を持つモンスターであるボスモンスターは、通常二、三十人がかりで狩るものである。
だが、今は二人しかいない。撤退が頭をよぎった瞬間、リディアの声が聞こえた。
「チトセくん! 時間を稼いでください!」
彼女は既にスキルを発動させていた。キャスティングタイムが終了するまでの時間、敵を引き付けておくのが役目であると、チトセは覚悟を決める。
インベントリから弓矢を取り出し、素早く矢をつがえる。
そしてスキル【エンハンス】により強化、【スナイプ】により強力な一撃を放つ。
敵を貫く威力を持ったはずの矢は、表面に僅かに刺さるだけにとどまった。
そしてクレイジーブックは表面に浮かび上がってきた無数の瞳でぎょろりとこちらを眺めてくる。
チトセは弓をインベントリに仕舞いながら、スキル【アクア】を発動させる。本型のモンスターであるやつらは、水と火の魔法に弱い。
撃ち出された水流は、正確に敵へとぶち当たる。だが、敵はけろりとしており、大きな口を開けた。
突進が来る。
チトセはインベントリから剣と盾を取り出した。
クレイジーブックが巨大な口で丸呑みにしようと向かって来るのに合わせて跳躍。リディアから距離を取る。しかしそれだけでは敵を躱しきることはできない。
鋭利な牙を、剣で受け止める。スキル【ジャストガード】により衝撃がなくなったところに、盾を当ててその後の暴威に備える。
衝突による被害は受け切った。しかし押し出されるようにして、盾ごと遠くまで飛ばされる。
壁に叩きつけられながら、【探知】により敵の動向を把握。チトセは素早くその場から飛び退いた。
激しい音を立てて、クレイジーブックが壁にぶつかった。一瞬前までチトセがいたところに、大きな牙が突き立てられていた。
あれを食らっていれば、胴体など容易く穴が空いていたことだろう。身震いしながらも、チトセは地面に手を付いて立ち上がり、駆け出す。
そしてリディアの方を見るが、まだキャスティングタイムは終わっていない。それまで時間を稼ぐ必要がある。
チトセはインベントリから短剣を取り出して敵に投擲する。それは命中したものの、スキル【麻痺毒】の効果は表れなかった。そのため、敵は躊躇することなく睨み付けてくる。
再び剣と盾を構える。剣は【ジャストガード】がついた予備の一本である。
もう一度、攻撃をしのぐことができれば、リディアのスキルが放たれるだろう。
緊張でからからになった口中に、大きく息を吸い込む。
だが、クレイジーブックが飛び掛かってくることはなかった。代わりに放たれたのは、業火。ほんの一瞬だけ魔方陣が浮かび上がり、下級のスキルを使用したのだ。
発動が早く魔力の消費量が少ないだけが取り柄のスキル。しかしそれは、すさまじい熱量を伴って向かって来る。
チトセはすぐさま地に手を付きスキル【アース】を使用する。石板が変形し、敵との間を阻む壁となる。火球はそれにぶち当たり、辺りに熱量を放出した。
だらりと汗が流れだし、あまりの熱さに表皮が溶ける。
チトセは【ヒール】を使用してコンディションを保ち続ける。それにより、攻撃はしのぎ切ることができた。
しかしそのとき、石の壁が打ち破られた。
そして、クレイジーブックの舌が目の前に現れる。
チトセは慌てて飛び退くも、敵の口中から逃れる策を、思いつきはしなかった。
途端、膨大な魔力の奔流を感じ取る。
そして、次の瞬間には眼前にあったクレイジーブックが、一瞬にしてバラバラになっていた。牙が切り取られ、装丁が剥がされ、全てのページが分断されている。
部屋中を、紙が舞い散る。
そのうちのいくつかは変化を遂げて、魔導書となっていく。
「チトセくん! 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ってくるリディアの姿を見て、チトセは安堵した。そして、にっと笑うのである。
「ええ、もちろんですよ。先生と一緒にいて、負けるわけありませんから」
精一杯の強がり。しかしいずれはそれを本当にしてみせる。
それから二人は、散らばった紙片を回収していく。そしてその中に、くるりと丸くなった物を見つけた。リディアはそれを手に取り、開いていく。
それは召喚獣を再び呼び起こすための物。再召喚の巻物である。
ようやく手に入れた喜びに、顔を見合わせる。
「チトセくん! やりましたね!」
リディアは嬉しさのあまり、思い切り抱き着いてきた。
彼女の柔らかさに、チトセは朝の光景を思い出した。美しい彼女の肢体を。
そうすると、不意に体が熱くなってくる。彼女はそんなことを気にしてはいないようだったので、チトセもまた、変に思われないように彼女を抱きしめ返した。
美しい金髪は、どこか甘い香りがした。
チトセは思わず、息を吸い込む。彼女がこの手の中にある。この瞬間、その喜びと共に、確かに彼女を感じていた。




