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第六話 模擬戦

 それから学園での初日は特に何事も無く経過した。そしてこの世界に来て二日目の朝は当たり前のようにやってきた。


 チトセはベッドの中で体を起こすと、まだこの世界にいることに安堵した。元の世界とは異なって、この世界には居場所がある。そして自分には出来ることがあるのだと、そう思えるのだ。


 時間を確認すると、そろそろ出発しなければ授業に間に合わなくなる頃だ。初日から遅刻はあまりにも印象が悪い。チトセは顔を洗って歯を磨き、着替えを済ませると、朝食も取らずに部屋を出た。


 廊下にはまだちらほらと生徒たちがいる。眠そうな顔で歩いていくもの、起きてこない友人を起こしに来たもの、そこには様々な人の姿があった。


 それから寮を出て教育棟に入る。教育棟は学年ごとに分かれているが、一学年の人数に必要な以上の教室が用意されていた。


 教育棟の南西にある一年生用の入り口に行くと、そこにはクラス分けが張り出されていた。一クラス五十名ほどで、全部で十クラスだ。遠くからそれを眺めるが、男子生徒の数は極端に少ないため、すぐに自分の名前を見つけることは出来た。


 そしてどうせ知ってる人などいないだろうと思いつつも、クラスメイトの名前を見ていく。しかしすぐ上にはケント・バークリーの名前があった。あの少年を思い浮かべて、少々面倒そうだと思いながら他の人を探す。


 暫くして、カナミ・セイリーンと、ナタリ・アスターの名前を見つけた。どうやらあの二人も同じクラスだったらしい。しかし一つのクラスに公爵家の者を集めるのは、意図的なものを感じる。


 クラスに最高の爵位である公爵が一人だとそれに全員が付き従うような形になることを危惧したとか大方そんなところだろう。貴族の争いに巻き込まれないように距離を置いた方がいいだろうかと今後の身の振り方を気にした。


 それからホームクラスに行くと、既に大半の生徒たちは集まっており、それぞれ仲のいいグループで集まっているようだった。


 先ほど見た掲示によればクラスの男子はチトセを含めて五名だった。そのうちの一人くらい友人になれるだろうと思っていたのだが、それはすぐに打ち消された。栗色の髪の爽やかな少年、ケント・バークリーの周りには既に三人の少年がいた。


 チトセはケントが嫌いなわけではないのだが、どうにも貴族というものに対して好印象を持ってはいないので、積極的に関わろうとは思えなかった。しかしいつまでも入り口に突っ立っているわけにはいかないと歩き出すと、窓際の席にいたカナミが手を振った。


 無視をするわけにもいかないのでそちらに向かうが、彼女と親しくなるのは貴族と親しくなることだ。ケントを避けておいてカナミに向かうとは、本末転倒な気がしないでもない。


 カナミはそれまで一人でいたようで、彼女に近寄るチトセを気にする者はいない。その途中、ナタリが沢山のクラスメイトに囲まれているのを横目に見た。


 何となく、このクラスの関係が分かったような気がした。公爵家の者が三人。しかしその力関係はバランスが良いとは言えなかった。


 バークリー家は力が弱いわけではないが、ケントが男であるため、女子は近寄りにくいのだろう。そのため大多数の女子は、力のあるアスター家の者であり同性であるナタリの元に集まった、そして力の弱いセイリーン家のカナミという貧乏くじを引く者はいない。恐らくそんなところだろう。


 昨日ケントが言っていた忠告を早くも破るような形になってしまったが、嬉しそうなカナミの様子を見ていると、やはり何も言えなくなってしまうのだった。


「チトセくん、今日は模擬戦をやるみたいだよ!」

「そうらしいな」

「あれ、あんまり興味ないの?」

「とりあえず今はこの学園に慣れることが第一目標だからな。あまりイベントとかはさ」


 昨日見た冊子によれば、どうやら今日はいきなり戦闘訓練から始まるらしい。しかもそれによって実技のクラス内順位と成績が決まってしまうようだ。これについてチトセはほどほどの成果を出そうと決めている。あまり目立つとこれからの学園生活に支障が出そうだからだ。


 カナミと話している以上、クラスでたった二人の第三勢力と見られても仕方は無いのだが。対立しているのはバークリー家とセイリーン家のようなので、正しい意味での第三勢力はナタリの集団なのだろうが、クラス内での規模はその集団が最大になっているのは皮肉なものである。


 チトセと話している間、カナミはナタリの方を見なかった。カナミが来たときに既にこうした状況になっていたのか、それとも自ら距離を取るようにしていたのか。どちらにしても、彼女にとっていい環境ではないだろう。


(ま、俺が気にすることじゃないか)


 チトセも自分自身のことで手一杯なのだから、人のことを気にする余裕もなかった。


 やがて時間になると、三十代半ばほどでまだお姉さんと言っても差し支えないような教員が入ってきて、これからの予定を告げた。今日は一日、教育棟の北の訓練棟で過ごすことになる、と。それからクラスの五十人全員が一斉にぞろぞろと移動を開始した。


 生徒たちはその間雑談をしたり、実力を披露すべく張り切っていたり、思い思いの行動を取っていた。


 長い廊下を抜けて、整備された道を暫く行くと、巨大な建造物が見えてくる。空から見下ろせば、四角い箱のように見える建物だ。


 教員はその中に入っていき、暫く外から眺めていた生徒たちもそれに続いた。中はスポーツセンターのように整備されており、運動用の施設でもあるらしい。その東側に面する部分は、いくつもの部屋に分かれていた。


 その中に入ると、地面は人工芝になっており、ライトは眩しくないようなものが選ばれていた。そして数人の教員が待機していた。ここで行われるのは、対人の模擬戦。訓練としてはさほど意味があるようなものではないのかもしれないが、競争心を煽るという意味では適しているのだろう。


 教員は簡単なルールを説明した。何らかの一撃を加えた方が勝ち。スキルは使って構わないとのことだった。とはいってもジョブ自体についているスキルは常時発動型のものが多く、木剣にスキルはついていないため、要するに木剣で殴り合えということだ。それだとジョブによって有利不利があるような気もするが、それは考慮してはもらえないらしい。


「チトセ・スイメイキョウ。ケント・バークリー。両名は前に出るように」


 最初に呼ばれたことでどうにも目立ってしまう。それから他の教員も生徒を呼んでいく。五組の生徒が前に出て、それぞれの相手と対峙する。どうやら近いジョブレベルのものでマッチングしたようだ。それはケントが最もジョブレベルが高いということだ。


 残った生徒は前に出た友人たちを眺めているが、やはり一番注目が集まっているのはチトセたちだろう。クラスで目立つと碌なことが無い、経験上そう思うのだが、どうやら避けては通れないらしい。


 チトセは木剣二本を取る。ケントは木剣と木の盾を選択した。しかしそこに防具は無く、どうやら生身で打ち合えということらしい。怪我を軽く見る風潮は、回復スキルが存在することの弊害だろう。


 そして二人は向き合った。チトセは二本の剣を構え、ケントを見る。そこには隙が無く、これまで何度も訓練を重ねてきたことが窺えた。鋭い目つきは、遊びほうけている貴族からは程遠い印象だ。


「この僕がジョブレベルが絶対ではないということを証明してみせる! 負けても恨むなよ!」


 どうやらケントはチトセのジョブレベルを知っているらしい。見守る生徒たちは楽しげに試合の結果を予想し合っていた。


 そして、教員の合図とともに試合が始まった。


 チトセはじりじりと間合いを詰めていく。そして槍使いのスキル【間合い】により最適な距離を取った。ケントはそれに対してすぐに間合いを変えて揺さぶって来るが、チトセは間合いを維持したまま、敵の出方を窺った。


 ケントに盾があるせいで迂闊に攻めれば反撃を食らうことになる。剣先を上げたりフェイントを入れたりしてみるが、それにはのってこない。


 チトセは左手の短い木剣にてケントへと切り掛かった。これは牽制で本命は右手のもう一本。隙が出来ればそこに攻め入る予定だった。


 しかしケントはそれを盾で受け止めると、急に前進した。木剣は弾かれ、そして盾の勢いは止まることは無い。チトセは思い切り盾による殴打を受けて、突き飛ばされた。


 そして試合はそこで終了した。


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