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第四話 リディアと一緒

 テストが近づいてきた。それは夏休みが近づいてきたということでもある。


 じりじりと焼け付く日差しはカーテンに遮られ、室内はクーラーが効いているため全く暑さとは無縁の快適な空間であった。


 その日の最後の授業が終わると、生徒たちはようやく解放されたとばかりに肩の力を抜く。


「もうそろそろ定期テストがありますので、早めに自習しておいてくださいね」


 去り際に、先生がそんな言葉を残していく。

 チトセは席を立って、近くにいるナタリのところに向かう。彼女はすやすやと居眠りをしていた。彼女は最近、妙な知恵を付けたのか、何も言わない先生の授業だと遠慮なく寝るようになっていた。


 成績は大丈夫なのかと心配すると、いつも「チトセだって居眠りしてる」との返事が返ってくる。それはこの学園に入ったばかりのときのことであって、最近はそうでもない。あまり狩りに出かけることがなくなっているから、疲れていることも少ないのである。


「ナタリ。授業終わったぞ。起きろー」


 肩を叩くと、彼女は寝ぼけ眼でゆっくりと体を起こす。そして欠伸を一つ。


「大丈夫、ずっと起きてた」

「嘘付け。そんなわけあるか。寝息が聞こえてたぞ」


 ナタリはぷいとそっぽを向いた。子供っぽい彼女の仕草にはすっかり慣れて、その幼さが可愛らしくもある。


 それから彼女とともに、教室の外に向かう。


「チトセくん、今日もリディア先生のところ?」


 部屋を出ようとしたところで、アリシアから声が掛かった。


「ああ。今後の予定と、後は少し雑談でも、と」

「私も一緒に行っていい?」

「先生の召喚獣の話を聞きたいならぜひ歓迎するとのことだ」


 アリシアも連れ立って、廊下を行く。

 最近は彼女も、こうしてリディアのところに行くようになった。あまり召喚獣に興味があるようには思えないのだが、何が楽しいのだろうか。


 教育棟を出ると、暑い日差しが降り注ぐ。

 ナタリはうんざり、といった表情を浮かべ、えっちらおっちらと歩を進める。


 職員棟までは少々距離がある。


「チトセくんは、先生とどこで知り合ったの?」


 思えば、リディアと初めて会話をしたのは、アリシアと親しくなる前のことだった。


「アオイと食事中、ナタリが先生にナンパされてるところに遭遇してさ。ナタリ、あのときすっかり借りてきた猫みたいになってて」


 ナタリはむすっとして、脇腹を小突いてくる。


「そっか。先生は獣使いを求めてたんだ」

「もっとも今では俺がレンタルすればいいから、頼まれることもあるけどね」


 目を輝かせるリディアを前にして、断ることはできなかった。クールタイムは5分なので、必然的に長居することになる。


 そうした雑談をしているうちに、職員棟に辿り着く。

 そびえ立つその建物の中に入って、エレベーターで最上階へ。


 最近気がついたことなのだが、リディアが研究室として与えられている部屋は、かなりの面積がある。


 公平に分けないのは他の先生方に失礼な気もするが、役職として与えられている部屋を周囲にまとめた結果がこれらしい。


 こんこん、と扉をノックする。


「はい、どうぞー」


 鈴の鳴るような、澄んだ声が返ってくる。いつ聞いても、それはどこか幼さを含んだもののように思われてしまうのはなぜだろうか。


 扉を開けると、すぐに小さなうさぎの姿が見える。ヴォーパルラビットのポチ。リディアの召喚獣である。


 ポチはナタリの姿を見るなり、ぴょこぴょこと駆け寄っていく。ナタリはそれを抱きかかえながら、中へと入る。


「こんにちは。……チトセくん、再来週はどうしましょうか? そろそろテストがありますよね」


 彼女が告げるのは、僧侶としての依頼のことだ。それほど時間を取られるわけではないので、特に問題があるわけではない。


「これまで通りで構いませんよ。特にテスト勉強をすることもないので」

「むむ。それは先生としては見逃せない発言ですね。きちんと勉強しなければだめなんですよ」

「日頃からしているので、焦ってする必要がないんですよ」

「さすがはチトセくんです。先生が見込んだことはありますね」


 何故かリディアが鼻高々になる。すぐ前に、勉強しなさいと言っていたはずなのだが。

 それから少しだけ打ち合わせをする。その間、ナタリは小さなカバ、モーモーさんを呼び出して、ポチと遊ばせていた。


 モーモーさんはポチを丸呑みにするような感じで咥えているのだが、恐らくは愛情表現の一種なのだろう。ぷるぷると震えているウサギからは哀愁が漂ってくる。


 それから来週にも少しだけ予定を入れていく。この世界における診療報酬の類は、スキルの熟練度により通院日数などが大きく変動してしまうため、それを解消すべく状態に関して支払われる。


 それ故に、重傷の患者が来れば高い診療報酬を得ることになる。よってチトセは図らずとも、大金を手にすることになっている。


「あ、リディア先生。そろそろ召喚獣を呼び出そうと思っているのですが」

「本当ですか!? チトセくん大好きです愛してます! 一緒に召喚しましょうね!」


 リディアが目を輝かせながら身を乗り出す。宝玉のごとく美しい青の瞳が、間近に迫ってくる。そして唇は喜悦に口角を上げている。


「ええ。ですが再召喚の巻物がないので、何とかしようかと思っていたところです」

「なるほど、では取りに行きましょう! さあ、今すぐ行きましょう!」

「ちょっと待ってくださいよ。明日は授業が」

「では先生が手続きをしてくるので、ちょっと待っていてくださいね!」


 リディアは勢いよく部屋を出ると、エレベーターの向こうに消えて行った。


 通常の召喚ではなく再召喚を使うのには理由がある。再召喚の巻物は以前契約していた召喚獣を再び召喚するというものだ。


 何らかのミスや別れた後に寂しくなったなどで、復活してほしいとの要望が多くあったために作られた課金アイテムである。


 どうやらこの世界では、課金アイテムもドロップするようになっているらしい。もっとも、運営など存在しないのだから、それも当然かもしれない。


 この世界に来たときに召喚獣との契約は切れていたが、ゲームであったときの状態を引き継いでいるならば契約も引き継げる可能性が高い。そして彼が前の召喚獣に拘るのは、もちろん慣れ親しんだことによる愛情もあるが、レベルがカンストしているからだ。


 通常、ジョブレベルを遥かに超える獣とは契約することはできない。チトセの獣使いのレベルは38であるため、精々レベル50程度の獣と契約するのが関の山だろう。それは決して覆ることは無い。


 しかし彼は確かにレベル100の獣を保持していた。それはすぐに修正されたが、バグが存在していたからだ。


 召喚獣は一体までしか出すことが出来ない。そこで召喚を複数切り替えるために、一時的にインベントリに収納するスキルである【アイテム化】が存在する。


 しかしそのアイテム化された契約獣をアバター間で移動できるというバグがあったのだ。それ故に、全ジョブレベル100であるメインアバターでカンストの獣と契約し、そしてサブアバターに引き渡す、という手順で本体のレベルより遥かに高い契約獣を得ることが出来たのだった。


 残されたチトセは、アリシアとナタリの方に向き直る。ナタリはいつものことだとでも言いたげである。


 召喚獣は獣使いのジョブを持たないものには懐かないのだが、ポチがアリシアと戯れている姿からは、到底そうは思えない。


 ポチはリディアに厳しくしつけられているので、滅多なことでは粗相をしないのである。


 暫くすると、扉が勢いよく開いて、リディアが飛び込んできた。


「チトセくん! やりました! チトセくんは明日お休みなのです! さあ出かけましょう!」


 どうやらリディアは本当に事務に行ってきたらしい。チトセはリディアから一枚の紙を受け取る。そこに書かれているものによれば、研究のための出張という名目になっていた。ついでに、旅費まで出ている。


「先生、本当に大丈夫なんですか?」

「ええ。先生は研究をしっかりやっているので、信頼されているのです!」


 えへん、と胸を張る。


「それにですね。新しい召喚獣が発見されれば、それは世紀の大発見ですよ。歴史に名を残すほどの偉業です」


 確かに、レベル100の召喚獣が発見されることはそうそうないだろう。ジョブレベルが50にすら達している者はいないのだから。


 それからリディアは早速宿の手配を行う。目的地はここアスガルドから南下したところにある小さな町である。


「アリシア、そんなわけで申し訳ないんだけど」

「うん。チトセくん、行ってらっしゃい」


 アリシアはにっこりとほほ笑んでくれる。

 これまでの彼女の行動から、リディアとの二人旅を嫌がるかと思ったが、そんなことはないらしい。


 それはリディアを認めているからなのか、あるいは信頼してくれているからなのか。どちらにしても、気分よく出立することができそうだ。


「ではチトセくん、行きましょう!」


 リディアに連れられて、部屋を出る。それから勢いよく走っていく彼女に引き摺られながら、学園の外へと向かった。


 街の南についた頃、最早チトセはリディアに抱え上げられていた。暴走する彼女に追い付いていけなくなった結果である。


 街の外に出るなり、よいしょ、とリディアに下ろされる。それから彼女は、インベントリから数人乗りの車を取り出した。


 ナタリとアリシアに見送られながら、チトセはリディアとそれに乗り込んでいく。チトセはウィンドウを開けて、二人に告げる。


「それじゃあ、行ってくる」

「うん」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」


 アリシアはそっと口づけをして、顔を赤らめた。それはまるで新妻のようで、可愛らしい。


 車にエンジンがかかり、南へと走り出す。二人の姿は遠くなって、やがて見えなくなる。


 今日と明日はリディアと二人旅。そう思うと、チトセはつい期待を抱いてしまうのだった。


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