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第二十六話 後夜祭

 最終日、チトセはリディアから呼び出しを受けていた。何でも、学園祭を毎年記事にしている週間冒険者の記者の方が、取材したいとのことだそうだ。


 なぜ選ばれたのか、というのは甚だ疑問であったが、単にリディアの知り合いの生徒を呼びよせただけなのかもしれない。


 そうして学園の理事長室に辿り着くと、コンコンとノックをする。どうぞ、とリディアの声が聞こえたので中に入ると、そこにはリディアの他に二人の女性がいた。


「先生、お呼びでしょうか?」

「チトセくん。来てくれてありがとうございます。えっとですね、チトセくんを取材したいそうです」


 リディアの面目もあるだろうから、構わない旨を告げる。そうすると、記者の女性たちは嬉しそうな笑顔で、早速取材に入った。


「チトセさんはリディアさんに召喚獣について指導をしたとお聞きしました。その若さで素晴らしい知識ですね」

「はあ、ありがとうございます。ですがそれは先生の努力のたまものであって、俺は少しだけ話をしたに過ぎませんよ」


 どうやら、先日のリディアの講演で名前が出たことから、それを記事にしようとしたらしい。確かにそれが一番のビッグニュースなのかもしれない。もっとも、チトセはそれほど詳しいわけではないのだが。


「では好きな召喚獣をお聞かせ願えますか」

「ミスリルゴーレムとエンシェントドラゴンですね。壁としてだけでなくアタッカーとしても行ける上、優秀なスキルも備えていますから」

「なるほど。お詳しいですね」


 それはチトセがゲーム内で使用していた召喚獣である。どちらもレベル100で召喚可能なものであり、特殊なスキルを持っているわけではないが前衛として使えるため、ソロでの狩りとは非常に相性が良いものだった。


「それでは話は変わりますが、チトセさんは僧侶だそうですね。治療会では好評を博したと聞いております」

「ありがとうございます。ですが出来ることを精いっぱいしただけです」


 どうやら、リディアと同様、獣使い以外の者が召喚獣に詳しいというのは異例の出来事で、更に僧侶としても優秀だということを前面に出したいようだった。


「通常では考えられないほどだったとか。レベルをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ええ。51ですね」

「51ですか!?」


 そういえば、この世界での最高レベルは40代程度だったろうか。驚くのも無理はない。

 それから質問攻めにあって、解放された頃にはすっかりくたびれていた。


「チトセくん、お疲れ様です」


 リディアがお茶を出してくれる。チトセは礼を言ってそれを啜る。

 召喚獣関連の研究者、僧侶としての実力者。これまで思っていたのとは全く違う方面での名声を手に入れることになった。


 急な出来事であるそれを受け入れるには暫く時間が掛かりそうだった。もっとも、だからといって何かが変わるということはないのだろうけれど。


 自分は彼女たちに相応しく成長しているのだろうか。


「チトセくん。これからも先生に付き合ってくれると嬉しいです」

「ええ。こちらこそ。いつもお世話になっています」


 リディアは顔を綻ばせる。それはいつも見ているはずなのに、なぜか新鮮に感じられた。


 これで良かったのかは分からないが、この笑顔を見ることは出来たのは良かったのだと、そんな気がした。




「ありがとうございましたー」


 1組の屋台の前で、チトセは頭を下げた。

 今、最後のお客さんが帰っていく。学校祭の一般公開は、これにて終わりを告げようとしていた。


 あんなにも多くの人で賑わっていた学園内は、生徒たちの姿しか見られなくなっている。

 日は傾き始めており、夕暮れ時の物寂しさを覚えずにはいられない。


「チトセくん、お疲れ様」


 アオイがエプロンを外しながら、労ってくれる。その姿は家庭的で、とてもよく似合っている。


「お疲れ様。色々あったけど、終わっちゃったんだよなあ」


 学園祭の最中、チトセはナンパされたりもした。元の世界だと男子校だったから、級友たちが女子校に行ってそういうこともしたそうだが、逆の立場になってみると中々に迷惑であった。


 とはいえ、男性の数が少ない以上、そういったことでもしなければ出会いもないのかもしれない。


「チトセ、まだ後夜祭があるよ」


 七輪を片づけながら、メイベルが告げる。

 確かキャンプファイヤーと花火がメインイベントだったはずである。こういうイベントでは好きな子を誘って一緒に、というのが定番だが、もはやその必要はない。


 言わずとも、彼女達と過ごすことは確定事項なのだから。


 やがて屋台は撤去されて、祭りの影も形もなくなる。


「チトセくん、行こう?」

「ああ。そうだな」


 アリシアに手を引かれながら、裏手のグラウンドに向かう。

 そしてその周りには、四人の少女たち。


 いつしか、ほんの少しの寂しさは消えていて、代わりに温かいものを覚えていた。



 グラウンドでは、キャンプファイアーの準備が整っており、時間になるのを待つだけだった。


 学園の少女たちは、少年を取り囲んでいる者と、そうでないものが半々といったところだろうか。そのグループは友達の友達をも取り込んで膨れ上がったのか、どれも十人近い集団ばかりであった。


 中には三十人近いほどの少女に囲まれている者もいる。クラスの女子を独り占めしているようなものだろう。そこまでいくと、羨ましさより大変そうだなあという感想しか出てこない。


 そうしているとやがて時間になって、火が灯る。

 一気に燃え上がって、火の粉を撒き散らしながら、闇を赤く染め上げる。


 遠目から見ていても、それは力強さが感じられる。

 そして音楽の演奏が始まった。吹奏楽部か何かに所属している者たちの演奏だろう。


 それに合わせて、少女たちは歌いながら踊り出す。フォークダンスのようなものだろうか。あまりそういったことに興味がなかったため、曲も踊りも知りはしない。


 その様を眺めていると、突如カナミが手を取った。


「チトセくん、踊ろうよ!」

「でも俺全く分かんないぞ?」

「大丈夫! 私も分からないから!」


 それのどこが大丈夫なのだろうか。

 けれど、彼女が言うならそうなのだろう。


 カナミと両の手を握り、対面しながら踊る。

 チトセはぎこちない動きで、彼女に合わせるのが精いっぱいだった。分からないと言いつつも、やはり彼女は貴族の娘。そういった教養は持ち合わせているのだろう。


 華麗な動きを見せる少女と、不慣れな動きの少年。二人はかみ合わないながらも、思い思いの踊りを繰り広げる。


 カナミが手を引くと、チトセは予期せぬ動作に前のめりになった。

 そして、密着しそうなほどに顔が近づく。


 炎よりも赤い、美しいカナミの瞳がすぐ近く。可愛らしい相貌は、炎に照らされて赤く染まっている。


 どこかいつもと違う彼女を前に、チトセは感情の高ぶりを覚えていた。

 そして小さく口づけをした。


 カナミの顔は更に赤くなって、踊りもそっちのけで、顔を両手で覆った。

 それから二人は突っ立って向き合ったまま、何もできずに時間が過ぎていく。


 沈黙を破ったのは、予期せぬ人物であった。


「あら、チトセさん。踊らないのですか?」

「さっきまで踊ってたんだよね。エリカはケントと一緒じゃないのか?」

「お兄様が花火の打ち上げの仕事があると行ってしまわれたので」


 ルイスはケントについて行って、一緒に居た男たちとは元々知り合いでもないということもあって、別行動になったのだろう。


 それから一緒に来ていたサツキはアオイと仲良く話して、二人で踊りを始めていた。仲のいい姉妹の姿は、心温まるものがある。


「あの、チトセくん。私とも一緒に、踊って?」


 おずおずと、アリシアが尋ねてくる。

 先ほどまでカナミと踊っていた途中だったのでどうしたものかと思っていると、彼女は此方を見て、エリカの手を取った。気を利かせたのか、あるいは男性を共有するというのはそういうことなのか。


「ああ。踊ろうか」


 だから、チトセはアリシアをも大切にしようとするのだ。


 少女の手は小さく、しかし自分一人には重すぎるほどの価値があるのだろう。それに相応しいものにならなければならない。


 アリシアはあまり上手ではないようだ。もっとも、チトセはそれと比較にならないほどのレベルだが。


「あのね、チトセくん」

「ん?」

「チトセくんが受け入れてくれて、嬉しかった。チトセくんが好きって言ってくれて、嬉しかった。だからね、これからも」

「ああ。ずっと、このまま一緒にいよう」


 アリシアは満面の笑みを浮かべた。

 深い青の髪は、今日は赤みが混じって紫のようになっており、それはやけに幻想的だった。踊るたびに、ふわふわと揺れる。


 そして音楽が停止。フィナーレを迎える。

 二人は止まったまま、暫し見つめ合った。やがて、キャンプファイアーの火が落とされる。


 暗くなって、辺りは見えなくなった。アリシアは闇に乗じて、そっとその体を持たせかける。


 チトセはすぐ近くにある少女の体を抱きしめた。そして、愛らしい少女と口づけを交わす。ついばむようなキスはどこか幼稚で、けれど確かな愛情がそこにある。


 何度も、何度も。


 二人の間を透明な糸が紡ぐ。それはやがて垂れ下がって、ぷつりと切れた。


 彼女の頭を撫でると、甘美な雰囲気は崩れていって、けれど穏やかな時間が返ってくる。手を繋いで、皆の元に戻った。


 それから、花火の準備が行われる。それまでは、辺りは暗いままだった。


 アオイは長椅子をインベントリから取り出して、腰かけていた。その隣にチトセも座る。

 そして、花火の打ち上げを待った。


 一陣の風が吹いて、アオイの艶やかな髪を弄んでいく。大人びた少女のその様は風情があって美しい。


 乱れた髪を直しながらこちらに向き直る彼女は、いつもと同じ、穏やかな笑顔を浮かべている。


「チトセくん、初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「ああ。初対面で弱音を吐いたんだから、情けないよなあ」

「ふふ。でもね、私のために全力だったチトセくんは、とってもかっこよかったわ。そして、今のあなたも」


 きっかけはそれだった。

 けれど今も関係が続くのは、それだけが理由ではないだろう。


 夜空に花火が上がった。美しい光が、夜を照らしだす。

 小さくて低いところにしか上がらないのは、この世界の空はドラゴンの領域だから。きっと、人はちっぽけな存在に過ぎないのだろう。


 けれど、二人で見上げる空は美しい。


 少女たちが空に見惚れている間に、チトセはアオイと一度だけ接吻を交わした。


 それから皆集まってきて、一緒に空を眺める。

 今日は八人で空を見る。


 来年のこの日も、そうだといい。

 ずっと、彼女たちと一緒だと。


 彼女たちが思うことはそれぞれ違うかもしれない。

 けれど同じ空を一緒に、見上げた。



これにて二章はおしまいです。

ヒロインたちを気に入ってもらえたなら幸いです。

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