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第二十四話 学園祭


 学園祭当日。敷地内は人でごった返していた。


 屋台の裏で、チトセ立ちは集まっていた。売り子をするメイベルとアリシアはエプロンに三角巾を纏っている。学校以外では料理教室くらいでしか見られないようなその恰好に、チトセは暫し見惚れていた。


「じゃあまた後でね」


 そう言って、二人は屋台に向かう。

 その姿を見送ってから、チトセは彼女たちに告げる。


「それじゃあ、とりあえず適当に見て回ろうか」

「うん! どれもおいしそうだよね!」


 カナミの頭の中には食べることしかないのだろうか。

 そんな彼女を見ていると、ナタリが服を引っ張る。何か用事があるとき、大抵こうするのだが、それにも慣れてきた。


「チトセ、10時からリディア先生の発表がある」

「じゃあ行ってみようか」


 ナタリはあれからリディアの話を聞いたりしていたため案外仲がいいようだ。リディアとしても、大好きな召喚獣トークに付き合ってくれる相手が出来たことは喜ばしいことなのだろう。


 ときおり、チトセも付き合わされることがあるが、リディアはそのたびに実に楽しげな表情を浮かべていた。


 10時までは時間があるから、まずは朝食代わりに屋台を回ることにした。


 一学年だけでも十クラスあるので、屋台の数も相当な量になっている。


「チトセくん! あれ、チョコバナナ!」


 屋台の定番チョコバナナを見つけてカナミのテンションが上がる。価格は1本150ゴールド。


「何本買う? あんまり食うと腹いっぱいになるぞ」

「じゃあチトセくん、半分こしようよ!」


 そういうことになったので、とりあえず二本買うことにする。列に並んで待つこと十数秒。インベントリから出した100ゴールド硬貨を3枚手渡して、2本のチョコバナナを入手する。


 一本をアオイに渡して、もう一本を手にしたままカナミに近づく。

 しかし半分こといっても、切るものもなければ容器もない。ならばすることは一つだろう。


 カナミの口元にチョコバナナを持っていく。彼女は一度視線を逸らして、それからアオイとナタリの方を見る。彼女たちは二人で仲良く一本のチョコバナナを食べていた。


 ほんのりと赤い顔で意を決したように、思い切って口を開けた。そしてカナミは黒々としたそれをくわえる。


 扇情的なその姿に、チトセはつい妄想を掻き立てられる。


 パキッと音がしてチョコが噛み砕かれ、バナナの先端が齧り取られる。つい先ほどまで彼女の唇が触れていたところはその温かさでほんの少しばかり溶けていた。


 その残滓を求めるかのように、チトセは先の欠けたチョコバナナを口にする。しかし感じられるのは、チョコの甘みとバナナの香りだけであった。


「チトセくん、なんか恥ずかしいね……」

「でも恥ずかしがってるカナミも可愛いぞ」

「え、ええ!?」


 カナミは真っ赤になってわたわたと慌てる。恋愛事に不慣れな彼女のさまもまた、愛おしい。チトセは彼女と恋人になったのだと、ようやく実感していた。


 それから買い食いを続けていると、向こうからケントが歩いてくるのが見えた。いつも一緒に居る男子二人とルイス、そしてエリカ、サツキがその傍にいる。


「スイメイキョウ、うちのクラスの出し物は中々好評だそうだ」

「へえ。まあ苦労したからなあ」

「それにとっても美味しいからね!」


 カナミは付け加える。あれ以来ケントとの関係も多少はましになったと言えるだろう。避けるようなことはなくなっていた。


「サツキ、初めての学園祭はどう?」

「とても賑やかですね。珍しいものがあるので、見ているだけでも面白いです」


 姉妹の会話を聞きながら、そう言えばアオイは一応二回目なんだよなあ、と思い出す。もっともそのときは参加してはいなかったのだろうけれど。


 ナタリはその隣にいるエリカのところへ行き、握っている割り箸を差し出す。


「エリカ、これあげる」

「はい? ……ええ、ありがとうございます」


 どうやら先ほどのバナナチョコは当たり付きだったらしい。ナタリのいきなりの行動に驚いたり不快感を抱いたりするかとも思ったが、どうやらエリカはそれには慣れているらしい。


 ケントとカナミ、ナタリは幼馴染でよく遊んでいたということだから、エリカともよく会っていたのかもしれない。


「水入らずを邪魔をするようで悪いのだが、僕はこれからシフトが入っている。エリカと回ってやってくれないか。一人だと何をするか分からないからな」

「お兄様、素直に心配だと言ってくださればいいのに」


 エリカは何事も都合よく解釈するような性格なのかもしれない。それはそれで、生きていて楽しいだろう。少々羨ましくもある。


「これからリディア先生の発表を見に行こうと思っているんだけど、構わないかな?」

「ええ、ご同行させていただきますわ。サツキさんは?」

「御相伴させていただきます」


 それからチトセは二人を加えて、教育棟に向かった。


 一学年から五学年までは基本的に研究発表はないため、クラス内で何か出し物をしない限り、空き教室となっている。そのため休憩所として使われていたり、先生方のポスター発表などが展示されている。


 それから大講堂に向かうと、そちらに続々と人が集まりつつあった。

 千人を軽く収容可能な講堂を埋め尽くすほどの人。中にはスーツを着ている恐らく年配だろう女性たちもいる。見た目は三十、四十代にしか見えないのだが、それはチトセの主観に過ぎないだろう。


「リディア先生って、すごい人だったんだな」

「この学園一番の有名人じゃないかしら? 飛び級で卒業して研究業績も立派で、引き止めるために学園長の座を明け渡したそうよ」

「……まじかよ」


 チトセにとって彼女は先生であるものの、それより召喚獣トークの相手という印象の方が強い。それは気兼ねなく話せるような人柄ということもあるのだろうが、生徒たちに紛れ込めば見分けがつかないほど若々しい童顔だということもあるだろう。


 そんな彼女が、と言われても、釈然としないものがある。アオイが言うことだから間違ってはいないはずなのだが。

 しかし専門家らしき人々が期待に目を輝かせているところを見るに、それは事実なのだろう。


 六人が座れるところを見つけて腰かけると、チトセは入り口で貰ってきた資料を見る。内容はどうやら召喚獣についてのものらしい。


「先生、研究してるのは魔法の理論じゃなかったのか?」

「ええ。そちらでもとても著名なのだけれど、自由に発表してもいいということで、召喚獣について講演するそうよ」

「リディア先生は、召喚獣研究の学会に所属してる、第一人者」


 その情報は実に彼女らしく、信頼のおけるものだろう。しかしそんな学会があるとは。

 そこに所属している者は、皆リディアのように召喚獣大好きなのだろうか。それとも研究対象として見ているということなのだろうか。


 やがてホールの照明が落とされて、リディアが壇上に姿を現した。今日の彼女はスーツ姿である。


「召喚獣はお好きですか?」


 澄んだ美しい声が、ホールに響き渡る。

 そんな挨拶から始まった講演は、専門家に向けたものではなく、分かりやすく誰でも理解できるようなものだった。学会発表ではないのだから、それは当然なのかもしれない。


「……このように、獣使いのジョブを持たないものであっても、彼らに言うことを聞かせることは出来ます。人と召喚獣の新たな共存の道と言えるでしょう」


 それから彼女は実例を、と自らの従える召喚獣を呼んだ。

 裏手からポチと名付けられたヴォーパルラビットが姿を現す。


 観客たちがどよめく。これまで召喚獣は獣使いにしか懐かないとされてきており、そしてリディアと初めて召喚獣トークをしたときに、彼女自身もそう言っていた。


 だからそれは驚きなのだろう。


 しかし、今日の講演を聞きながら、チトセは思うことがあった。

 リディアと召喚獣トークに付き合わされたときに話した内容だよなあ、と。


「この研究には、チトセスイメイキョウさんにご指導いただきました。この場をお借りして、お礼を申し上げたいと思います」


 講演の終わりに、リディアはそんな爆弾発言を投下した。

 誰それ? 知ってる? などと皆が口々に言う。


(……えらい状況になっちまったな)


 リディアと話をしているときに、先生との共著にしましょうと提案されたことはあったが、そのときは冗談半分に聞いていた。まさか本気で言っているとは思っていなかったのだ。


 第一人者であるリディアに指導する人物チトセスイメイキョウ。その名はこの瞬間、世界に広まった。


 もっとも、それは彼が望んできた名声とは少し異なるものであったが。




 講演が終わって、人々が出口へと向かう中、チトセは逆行していた。

 そしてステージのすぐそばに控えていたリディアのところに辿り着くと、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。


「チトセくん。今日の講演は大成功でした。きっと皆さん、召喚獣を好きになってくれたことでしょう。これも全てチトセくんのおかげです」


 嬉しそうなリディアは、子供のようにはしゃぐ。それを見ていると、チトセは言おうとしていたことが全て萎んでいった。


 代わりに出た言葉は、祝福であった。


「それはよかったですね」

「はい! これからも一緒に召喚獣トークしましょうね!」


 そうしていると、後から追い付いたナタリも祝辞を述べる。リディアはそれにも嬉しそうに答えていた。


 チトセはこの人も自分たちと変わらない、そんな気がした。

 輝く笑顔は幼くも美しく、そして喜びを表現する。彼女はどこまでも純粋で、チトセの中には親近感と共に、ほんのりと小さな感情が芽生え始めていた。



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