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第二十三話 前夜


 アスガルドの南北に伸びている大通りには、様々な出店が出されており、活気盛んに人が出入りしている。明日は学園祭。他の地方からもここアスガルドに人が集まる、年一番のお祭り騒ぎが繰り広げられる。


 そして前日ということもあって、まだ学園に出入りする者はいないが、既にここアスガルドの宿はどこも一杯になっている。このシーズンは観光として街中の名所を巡る者も多い。


 学園の敷地内には、多数の生徒たちが盛んに動きながら、屋台を形作っている。最後の総仕上げといったところだろう。


 1組のクラスにおいても、四本柱の屋台に天幕が張られ、いよいよ本番の雰囲気を醸し出している。


 チトセはその様を眺めながら、状況を楽しんでいた。待ちに待った学園祭。女の子たちと一緒に学園祭。これを楽しまずに何を楽しもうか。


 そうしていると、クラスの女の子たちが看板を持ってくる。それはいかにも生徒たちが作ったもので、手作り感にあふれている。


 アオイは火の点検などを済ませたり、先生に報告に上がったりと忙しそうである。一方でナタリは日陰に入って、資材に腰かけながらアイスを舐っている。最近は急に暑くなったから、バテるのも仕方ないだろう。


 それからアリシアとメイベルは他の子たちとシフトの確認をしている。


 彼女たちを眺めながらぼーっとしているのは、さぼっているわけではなく、単にすることが何もないからだ。


 上級生にもなれば研究発表の展示など、個人での出し物がある。下級生であっても、有志での発表なども存在しているのだが、いかんせん、チトセは何にも参加してはいない。


 そうしているのもなんだから、とナタリの隣に腰かけた。


「いやー、今日は暑いな」

「うん」


 日陰に入ると強い日差しからは守られて多少はましになるものの、暑いことに変わりはない。


「それ美味しい?」

「うん」

「じゃあ俺も今度買ってみようかな」


 ナタリは小さく舌を出して、棒付きのアイスを舐める。チトセはそんな彼女の仕草が可愛らしくて、つい頬が緩む。こうしていると、彼女はその幼い容貌と相まって、子供っぽく見える。


 暫くして、ナタリはこちらにアイスを差し出す。

 恐らくは一口どうぞ、ということなのだろう。何も言われてはいないから、推測でしかないのだが。


 チトセはありがたくそれを頂くことにした。


 彼女からは明確な好意を示されたことはないが、随分と打ち解けたものだ。何かを話すことはあまりないが、それでもただ二人でいる時間は案外心地好い。


「お二人さん、さぼりー?」

「おう。そんなところに長居すりゃ日焼けして真っ黒になっちまうからな」


 メイベルとアリシアもすることなくなったのか、こちらにやってくる。そして四人で並んで座ったまま、生徒たちの楽しげな声を聞き、漂ってくる試作品の匂いを嗅ぐ。


「チトセくんは、色の白い子の方が好き?」


 アリシアはそんなことを尋ねてくる。恐らくは、日焼けの話をしたからだろう。

 そうだと答えれば、彼女のことだから色素を脱落させるほどにやり込みそうな気がしないでもない。


「そうだなあ。アリシアの肌は綺麗だと思うよ」


 あまり外に出ないのだろう、彼女の肌は白く瑞々しい。

 言及を避けつつも率直な感想に、アリシアは頬を染めた。真っ白な頬が紅潮する様を見ていると、やはり綺麗であると感じる。


 そうして穏やかな時間をゆっくりと過ごす。




 チトセは廊下を一人で歩いている。さきほど、僧侶の出し物である無料治療会の最終的なシフトの確認を済ませたばかりである。とは言っても、ものの五分で終わったわけで、期待するようなことは何一つなかったのだけれど。


 そしてその途中、空き教室にカナミの姿を見つけた。彼女は剣を片手に、真剣な表情で剣舞の練習に励んでいたが、こちらに気付くなり破顔した。


「悪い、邪魔しちゃったかな」

「ううん。もう終わらせるところだったから」


 カナミは剣をインベントリに収納して、駆け寄ってくる。今日も彼女は楽しげである。


「いよいよ明日本番だね!」

「ああ。カナミの晴れ姿、楽しみにしてるよ」

「うん! 頑張るね!」


 本番では袴を穿くらしい。カナミは大抵ラフな格好をしているから、そうした姿を見るのは楽しみである。


 それから二人は窓際によって、教育棟から門まで続く屋台を眺める。何週間も前から計画されていた学園祭。それがようやく明日、実現するのだ。


「あっと言う間だったね」

「そうだな。短かった気もするし、すごく充実して長かった気もするよ」


 この世界に来てからの半分近くは、学園祭に向けて活動していたのだ。人生全体から見れば短い期間だったかもしれない。けれどこの世界の水明郷千歳としての人生では大きな割合を占めている。


 そして二か月が過ぎようとしていた。




 日が沈むのも随分と遅くなって、夕食時だというのにまだ外は明るい。

 学園の生徒たちはまだ寮に帰ることなく、明日へと思いを募らせていた。


 あちこちの屋台からは、まだ営業前だというのに芳ばしい香りが漂っている。そしてチトセもまた、七輪を囲んでいた。


 仮設の机の上においたそれの上には肉が所狭しと敷き詰められており、じゅうじゅうと音を立て、脂が滴っている。


 他のクラスでもそうなのだろうか、それともこのクラスにおいて好き勝手に食材を持ち寄って出し物としているからか、自分の食材を勝手に食べることは何も文句などいわれやしない。


 他のクラスでも勝手に食べたりなんなりと、楽しそうである。


「チトセくん、焼けたよ」


 アリシアがひょいと肉を取る。一番乗りである。

 苦労して取ってきたシルバーディアの肉なのだから、さぞ旨かろう。


「じゃあお先に失礼して」


 たれをつけて口に放り込む。

 少々癖はあるものの、上品な味わい。そしてかむと肉汁が溢れ出す。


「こりゃ旨いな」


 これからは取ってきたのを自分で食べるのもいいかもしれない。しかし自分で肉を捌くことも出来なければ、料理も出来ないのだから、やっぱりそれは無しかもしれない。アリシアなら頼めばやってくれるだろうが、人頼みというのもどうだろう。


「肉ばかりだと健康に悪いわ」


 野菜を切っていたアオイが、七輪の上にそれを投入する。


「えー。そんなのは後にしようよ」

「後になったら満腹だからいらないって言うんじゃないかしら?」


 口を尖らせるメイベルに、アオイはにこやかな笑顔で答える。

 何と言うか、おかあさんという感じである。


 それから焼けてきた肉をめいめい取って、口にしていく。やはり美味しそうに食べるのはカナミだ。口いっぱいに頬張る姿は小動物を連想させる。


 どうにも彼女はいつも食べているような印象があるのだが、太らないのは相応に運動しているからだろう。この世界で太っている人は見たことがないから、体質の問題なのかもしれない。


 そうして七輪の上の肉と野菜がなくなっていく。チトセはふと手元を見ると、取った以上の野菜が小皿に取られている。隣のナタリは素知らぬ顔で肉を口にしている。


「おいナタリ。食べたふりして人の皿に入れるのやめろよ」

「なんのこと」


 あくまでもしらを切るつもりらしい。

 チトセはお子様が嫌いな野菜ナンバーワンのピーマンを取ってナタリの口元に持っていく。ナタリは顔を顰める。


「ほら、あーん」


 ナタリはカナミやメイベルの視線まで集まっているのに気が付くと、ぷいと顔を逸らせ、七輪からピーマンを取って口にする。慌てて食べたせいで熱いのか、あるいは嫌いだからなのか、急いで水で流し込む。


 そんな微笑ましい彼女の姿を見ながら隣を見ると、アリシアが口を開けて待っていた。彼女はいちゃつくのが好きなのだろうか。


 もっとも、ピーマンを食べさせ合いっこしたところで、雰囲気などあったものではないのだが。


 そうして楽しげに食事を済ませ、後片付けを行う。明日から屋台で使うものだから、ほったらかしにするわけにもいかないのだ。


 教育棟内の調理室にて、チトセは焦げ付いた金網を擦る。隣ではアオイたちが食器を洗ったり拭いたりしている。


 もし、彼女たちと結婚すれば、こんな毎日が続くのだろうか。

 チトセはそんなことが浮かんだ。


「今日は楽しかったな」

「明日はもっと楽しくなるわ」


 アオイは微笑んだ。


 明日もこの幸せは続くだろう。明後日、明々後日もそうだといい。

 いつまでも、ずっと。



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