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第二十二話 満身創痍


 山の向こうから、シルバーディアが駆けてくる。その背後には、先ほどの個体よりも引き連れている数は少ないとはいえ、相当な数のホワイトディアが付いてきている。前面からまともにぶつかれば、こちらにも相当な被害が出ることは間違いない。


 チトセはぐるりと辺りを見回して状況を把握するなり、有らん限りの声を張り上げた。


「モンスターの死骸でバリケードを作る! シルバーディアの死骸を中心に形成する! アオイとサツキは突出してくる奴を牽制してくれ!」


 突撃によって、仕留めたばかりの巨大な鹿の死骸が突き飛ばされることはありえないだろう。それゆえに、その裏側は回り込まれなければ安全がある程度は保障されていることになる。


 その隣に行き、インベントリからホワイトディアの死骸と取り出して、くまなく積み上げる。そして横に向かってそれを延長していく。


 そのうちインベントリ内のホワイトディアの死骸が尽きて、代わりにコボルトやゴブリンの死骸を並べていく。モンスターにそんな感情があるかどうかは不明だが、異種のモンスターならば躊躇することなく突っ込んでくるかもしれない。


 そして一通り壁が出来上がると、それより向こうは他の者に任せることにして、次の策に取り掛かる。


 あの機動力を前にして、この程度では足止めにすらならないだろう。だがそれはあくまでもこちら側の状況を悟られないようにするためのものである。


「アリシア、スキル使用可能な短剣はまだあるよな? 裏側にトラップを仕掛けてくれ」


 頷くのを確認して、チトセはそれより更に後ろに下がる。アリシアは地面に向かって短剣を投擲、突き刺さると半透明のサークルが浮かび上がる。そして重複しないように、かつ無駄なく敷き詰めていく。


 チトセはインベントリからコボルトの槍を取り出して、地面に突き刺すと同時にスキル【アース】を発動させる。


 槍は地面に飲み込まれていき、そこでしっかりと固定される。力を込めても動かなくなったことを確認するなり、次々と槍を埋め込んでいく。後は流れ作業で同様に繰り返すだけである。


 そうしてバリケード、トラップ、槍衾の三重の防壁が出来上がっていく。

 その間にも此方に向かって来る一団は足を休めることはなく、距離が近づいてくる。


「シルバーディアの死骸の背後に隠れてやり過ごし、向かってきた奴の土手っ腹に武器を投げつける!」


 武器を片手に突っ込んでいけば、相手が立ち止まった状態でない限り、その勢いのまま踏み潰されかねない。予備の武器くらいは持ってきているだろうから、ある程度弱らせるのを優先したのだ。


 アリシアに【麻痺毒】と【毒】の両方を使う様に指示を出しつつ、チトセはインベントリから弓を取り出す。


 そうしていると、服の裾が引っ張られる。振り返ると、ナタリがじっと見つめていた。


「チトセ、投げる物がない」


 獣使いは基本的には召喚獣を従えて、バフなどを掛けつつ命令を出して戦闘を行う。悪く言えば、自分は前に出ることなく、召喚獣を働かせるだけのジョブである。


 それはこれがゲームであったとき、複数のジョブを切り替えながら戦うというものであったのが理由だろう。そのためほとんどのプレイヤーは、命令を出したりバフを掛けたりしている間以外は別のジョブを使っていたのである。


 とはいえ、モンスターのヘイトコントロールスキルなど、それ以外の使用法も一応あることにはある。それをする術を知らないのは、彼女がこれまで狩りに没頭することなどなかったからだろう。


「じゃあこれでも投げておけ」


 インベントリからコボルトの槍を取り出して、手渡す。ナタリはそれを受け取りながらも、困ったような表情を浮かべた。槍など投げたことはないのだろう。


 だが彼女もすぐに覚悟を決めたようだった。やらねば此方がやられるのだ。悠長なことは言っていられない。


 そして地響きが近づいてくる。


 ただ待つばかりというのは、却って焦りを生み出す。何もせずにいるせいで時間が長く感じられ、緊張感が高まってくる。


 地面の揺れ、地鳴りのような音。土埃の匂い。

 伝わってくる情報が頻りに体を動かせと囁く。


(……まだだ。もう少し)


 チトセは弓の弦を引きながら、心臓の鼓動の高まりを感じていた。

 そして盗賊のスキル【探知】によって得られるバリケードの向こう側の情報は、シルバーディアがようやく中心から逸れたことを知らせる。


「右だ! 構えろ!」


 全員が一斉にそちらを向き、敵の出現に備える。


 次の瞬間、鈍く重々しい音とともに、バリケードとして用いられたモンスターの死骸が天へと打ち上げられた。


 鹿のボスの巨体が姿を現す。

 猛烈な勢いで飛び込んできたそれは、トラップを踏み微々たる時間であったが隙が生まれた。そしてそれ故に、駆け抜けることができなかった。


 チトセは弓を引いた。

 矢が放たれると同時に、剣や斧が敵へと向かっていく。


 無数の金属を浴びながら、それでも敵は止まることなく地を蹴った。足元の槍衾を踏み抜き、血を流しながら思い切り前へ進んでいく。


 そして後から続いてきたホワイトディアはトラップに引っかかり、槍に突き刺さり、ことごとく倒れていく。


 バラバラになった隊列のまま、しかしすぐにシルバーディアはUターンを行い、こちらへと向きを変えた。


 まともに突っ込んでくるのは奴一体。しかしたった一体でも数百ものホワイトディアの軍勢を凌駕する力があるのも事実である。


「奴一体であればどうということはない。真っ向から仕留めればいいだけのことだ」


 ケントは余裕を浮かべる。


 それは味方を鼓舞するためのやせ我慢によるものかもしれないし、自身の力を誇りにしているからこその自信の表れかもしれない。


 チトセにはその区別はつかなかった。けれど、それが嘘だとも思えなかった。

 真正面から敵を仕留める。至極単純明快なその回答はこれ以上なく頼もしく思える。


 それから隣に顔を向けると、すぐ近くにいたアオイと目が合った。彼女はにっこりとほほ笑む。


 焦燥感はすっと消えて、代わりに得も言われぬ安心感が胸中に広がっていく。

 自分には彼女たちがいる。そのことが、生への渇望と敵を打ち倒す意欲をもたらす。


 チトセは剣を抜き、天を貫かんばかりの勢いで掲げた。


「奴を狩る!」


 宣言と同時に軽く走り出す。先ほどまでは頼りになったモンスターの死骸は、今度は退路を断つ障害となる。


 こちらに向かって来る敵の速度と相まって、ますます距離が近くなる。


 ケントとルイスが躍り出た。


 シルバーディアはその二人に目標を定め、上げた足を思い切り振り下ろす。突進の勢いの乗ったその一撃は、食らえば骨などあっさり砕け散りそうなほどの破壊力を持っている。


 ルイスがケントの前に飛び出し、そして巨大な盾を構える。


 激しい音が響き、ルイスは突き飛ばされて転がっていく。だが、そのときには既にケントは剣を振りかぶっていた。


 そしてスキル【バッシュ】を発動。

 剣がすさまじい勢いで振り下ろされる。


 そうして肉を切り裂くと血を浴びる間もなく飛び退いた。痛みで暴れる前足をすんでのところで回避してケントは再び剣を構える。


 シルバーディアの足が止まった。


 アオイはまだ距離があるところから射掛ける。立ち止まっている目標は格好の的であった。放たれた矢は敵の頭部に突き刺さり、仰け反らせた。


 そして真っ先に到着したカナミがもう一方の足に切り掛かる。素早く小振りの一撃が叩きこまれると同時、シルバーディアは彼女の方へと蹴りかかった。


 盾による防御もままならぬまま真正面からの攻撃を受けて、カナミは地面に打ち付けられる。そしてそこに敵の前足が迫る。


「カナミ!」


 チトセは彼女との距離がまだ空いていた。これほどまでに、自分の力のなさを不甲斐なく思ったことはない。


 だがそれでも。

 諦めるという選択肢は存在しない。


「アース!」


 今にも底を突こうとしている残り魔力。時間経過でほんの少しだけ回復したそれを躊躇することなく、全てつぎ込む。


 地面が盛り上がり、カナミと敵を遮る土壁を形成する。


 だが、それへと敵は真っ直ぐに蹴りを入れる。十分な強度を持たないそれは、すぐにひびが入り、崩れていく。


 そして崩れると同時。メイベルがそこに飛び込んだ。


 地面に斧の柄を突き立て、上に斧の穂先を向ける。踏みつけるシルバーディアの足は斧にぶち当たる。


 斧は肉を引き裂き、メイベルは流れ落ちてくる血に染まる。


 しかし、敵はそこで止まることはしなかった。力任せに踏み込み、斧は地面に埋まっていく。


 メイベルは懸命に支えているが一歩でもバランスを欠けば、斧は押し倒され踏み潰されるだろう。


「モーモーさん! お願い!」


 ナタリはカバを召喚、そしてメイベルの元に走らせる。

 猛烈な勢いで駆けて行って辿り着いたモーモーさんが斧を支えると、メイベルはカナミを抱えて離脱する。


 そしてナタリはすぐさまモーモーさんを【送還】する。

 途端、シルバーディアはそれまで受けていた抵抗を失って、思い切り地面を踏みつけた。ずしんと大きな音が響きわたる。


 目標を失ってたたらを踏んでいる隙に、メイベルは距離を取る。


 そうしてようやくチトセは彼女の元に辿り着いた。


 そして痛みに苦悶する彼女に【ヒール】を掛ける。だが、既に枯渇している魔力ではほとんど効果が出ない。


「くそ……!」


 焦れば焦るほど、回復は進まない。そうしているうちに、シルバーディアはすっかり立ち直っていた。


「チトセ! カナミをお願いね!」


 メイベルは抱えていたカナミを渡してくる。チトセは彼女を抱きかかえながら、メイベルを見た。


「ちゃちゃっと片づけてくるから、のんびりやってていいよ」


 それは彼女なりの気遣いなのだろう。

 チトセはメイベルを頼もしく思うと同時に、その優しさを感じ取った。


「……ごめんね、チトセくん」

「ん。気にすんな。それに彼女たちなら、何も心配いらないさ」


 腕の中の少女は、やけに小さく見えた。


 それからカナミはもう大丈夫だから、と両の足で立つ。よろめく彼女を支えながら、二人で敵を眺める。

 ケントたちは入れ替わりながら的を絞らせることなく敵を翻弄し、そして近寄るホワイトディアを容易く屠っている。メイベルは宣言通り、幾度となくシルバーディアを切り裂いていた。


「功を焦るっていうのかな。失敗しちゃった」

「次があるさ。これからいくらでも」

「……うん。そうだね。行こう」


 カナミは笑って、走り出した。まだ本調子とは言えないのだろうが、継戦可能にはなったらしい。


 チトセはその後を追いながら、もっと強くなることを願った。

 魔力が完全に尽きたのか、全身を襲う気だるさはこれまでのものの比ではない。一瞬でも気を抜けば、倒れ込んでしまうだろう。


 そんな醜態を見せるわけにはいかないのだ。チトセは剣を握る手に力を込めた。

 ようやく遅れてやってきたホワイトディアを切り裂きながら、草原を駆け抜ける。


 シルバーディアはよろめき地面に倒れながらも暴れており、こちらも多くが手傷を負っている。


 それは技術や力ではなく、気力の戦いであった。互いに有らん限りの意思をぶつける、作戦も何もない、洗練とは程遠い戦闘。


 けれど、そんな彼女たちの姿は美しいとさえ感じられる。


 チトセは倒れているシルバーディアの首へと剣を斬り込む。しかしすぐに敵は体を捩り、近づく者を弾き飛ばす。


 それを受けて後じさりしながらも、押し潰されなかっただけましとする。そして痛む体にも関わらず、敵に備える。


 剣をインベントリに収納し、ゴブリンキングの大剣を取り出す。


 四肢の傷が深く立ち上がれないシルバーディアの頭部へと前から接近する。そしてスキル【回転斬り】を発動。


 途端、シルバーディアは頭を後ろに反らせたため、大振りの一撃は頭部を僅かに掠るだけにとどまった。

 けれど、そのときにはメイベルが後頭部目がけて斧を振りかぶっている。


 そして、一撃。

 大量の血が噴き出して、ようやく鹿のボスは動きを止めた。


「ほらね、チトセ。言ったとおりでしょ?」

「ああ。頼りにしてるよ。これからもずっとさ」


 にひひ、とメイベルは笑う。


 チトセはもはや立っているのも億劫になって、その場に倒れ込んだ。本来ならば、さっさと倒したモンスターを回収するべきだろう。


 けれど、一度味を占めてしまった体はもう動こうとはしない。


 そうしていると、メイベルが隣に寝転んだ。


「いやー、疲れたね。もう汗でぐしょぐしょだよ。パンツまでずぶ濡れになっちゃった」

「妙な発言するなよ。変な意味に取られるぞ」

「チトセは旺盛だねー。でも今は汗臭いから、確かめさせてあげることはできないんだ。残念でした」


 メイベルは悪戯っ子がするような笑みを浮かべる。

 彼女の軽口が今はとても心地好い。


 そうしていると、すぐそばにアオイが腰を下ろした。辺りを見回すと、周囲にあったモンスターの死骸は既になくなっている。


「チトセくん、寝るのは帰ってからね」


 そう言いながらアオイは、チトセを抱きかかえようとする。


 女性にだっこされるのは何となく恥ずかしい気がしたので、自分で立ち上がることにした。しかし立ち上がってみると、もうふらふらである。


 アオイに肩を貸してもらいながら、ゆっくりと車へと戻った。



 そして帰りの車内、チトセはシートを後ろに倒す。両隣のカナミとメイベルも疲労がピークに達したのか、同様に寝るつもりらしい。


 前衛は肉体的な疲労が大きいから、それも当然だろう。

 だというのに、平時と変わらぬ顔でいるケントとルイスは、余程精神的にタフなのだろう。それこそが、理想的な主人と従者の姿なのかもしれない。


 運転はルイスが行うようだった。ケントに休んでほしいとのことだそうだ。

 途中で変わってあげようと思わないでもないが、そもそも免許を持っていないのでどうにもならない。


 サツキはうとうとしているエリカに毛布を掛けているところだった。反対の性格にも思われる彼女達だが、だからこそ仲がいいのかもしれない。


 後ろではアリシアとアオイが鹿肉の料理について盛り上がっていた。その横にいるナタリはモーモーさんを抱きかかえて、引っ張ったり縮めたりして遊んでいる。


 体は満身創痍で、けれど心はすっきりと晴れ渡っていた。

 学校祭は、もうすぐである。


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