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第二十一話 シルバーディア

 向かって来る敵の軍勢を見ながら、チトセは接触までの時間をざっと計算する。およそ30秒といったところだろう。時間的には余裕があると言える。


 チトセはカナミに魔法使いLv29を【レンタル】する。これまで彼女には何度か魔法使いのジョブをレンタルしたことがあるため、使えないことはないだろう。


「カナミ、サンダーで足止めを頼む。17秒で切れるから、そのときにアクアを撒き散らしてくれ」

「うん! 頑張っちゃうよ!」


 カナミは前に出て、敵が射程内まで近づいてくるのを待つ。

 サンダーは発動からヒットまでが早く、麻痺の効果もある優秀なスキルだが、魔法使いの他の属性魔法と比較すると射程はそれほど長くない。


「アオイ、範囲スキルあるか?」

「一つだけれど、それでもいいかしら?」

「ああ。それで十分だ。接近してきたところに放って怯ませてくれ。それでトラップに突っ込ませる。サツキもその援護を頼む」

「はい。承知いたしました」


 二人に援護を取り付けると、他に後衛はいないためこれ以上作戦をどうこうすることは出来ない。

 効果があるかどうかは分からないが、弓を構えて矢を放つ。それはやや上方に向かって撃ち出され、そしてシルバーディアの近くにいたホワイトディアを撃ちぬいた。


 その一体は怯み、玉突き事故のように次々とその列だけが後れを生じる。アオイと共に矢を射掛けながら1秒、2秒と時間が過ぎていく。


 やがてカナミは片手を前に突き出した。そしてスキル【サンダー】が発動。


 青光りする雷光が草原を疾駆し、放散していく。それは無数に枝分かれし、回避不可能な面となって敵を襲う。


 しかし距離があるせいで効果は薄く、前列にいたホワイトディアは僅かに仰け反るだけにとどまった。シルバーディアに至っては、何の意にも介してはいない。


 だが隊列に僅かに乱れが生じた。それは綻びとなって、次々と伝播していく。


 カナミに続けるよう指示を出しながら、チトセはインベントリに弓を仕舞い、スキル【ライトニング】の付いた金属製の杖を取り出す。


 キャスティングに入るともはや他のスキルは使用できないため、アオイに弓使いのジョブをレンタルする。


 彼女は先頭を突出してきているシルバーディアに向かって矢を放つ。それは真っ直ぐに飛行していき、敵の足に突き刺さる。それまで猛烈な勢いで駆けてきた鹿のボスは、進行を僅かに遅らせた。


 そしてその背後に控えている大勢のホワイトディアはそれを避けるべく左右に分かれ、ますます集団は横に広がっていく。


 チトセはスキル【ライトニング】を発動させる。足元に魔方陣が浮かび上がり、魔力が杖に流れ込んでいく。そのキャスティングタイムは7秒。


 微動だにせず、時間をカウント。そして残り時間が3秒を切ったところで、カナミに合図を出す。


「アクアをぶっ放してくれ!」


 カナミはそれまで使用していたスキル【サンダー】を中止して、スキル【アクア】を発動させる。


 生み出された水の奔流は、すさまじい勢いとエネルギーを持って敵に襲い掛かった。

 それはシルバーディアにぶち当たって怯ませ、力を失った濁流は周囲に雨を降らせる。


 そして、カナミに付与した【レンタル】の効果が切れ、同時に【フィードバック】の効果が発動する。


 チトセは自身の能力がはるかに底上げされたことを実感すると同時に、キャスティングタイムの終わりを感じ取る。


 シルバーディアの上方に魔方陣が浮かび上がり、雷が落ちる。そして直下の水滴を伝わりながら雷撃は伝播していく。


 多数のホワイトディアはその場に倒れ込み、シルバーディアですら大きく仰け反り、地を滑るようにして崩れる。


 【ライトニング】は範囲が狭いのが欠点だが、使いようによってはそれを補うことも可能である。


 作戦の成功に一息吐き、杖をインベントリに仕舞う。二発目はもう撃つことはできそうにない。それから弓を取り出した。


 魔力の減少は精神的疲労となって、肉体を蝕む。その具合から残りの魔力を推測できるため、便利だとはいえるだろうが、苦痛であることに変わりはない。


 それから数秒、シルバーディアは立ち上がった。そして残った部下たちを引き連れて、再び此方へと猛然と向かって来る。


 この程度でくたばるはずがない。予想をしていたとはいえ、巨体が前に迫ってくるのを見ると額に汗が浮かぶ。


 チトセはすぐさまスキル【アース】を発動させる。


 シルバーディアの向かって右側の大地を隆起させる。急に起きたそれに対して、シルバーディアは左側へと移動、向かって右にいたホワイトディアは右側へと移動し、分断される。


 だがそこで終わらせれば再び合流されてしまう。隆起を此方側へと延長させ、敵を二つに分ける壁と成す。


 体中の魔力が奪われ、顔には脂汗が浮かんでくる。その場に倒れ込んでしまいたいほどの疲労。しかしここでやめるわけにはいかない。


 そして土壁に沿って移動していたシルバーディアは、トラップのすぐそばまで誘導されていた。


 アオイが前に出て、矢を番える。狙いは左側のシルバーディアを含む集団。

 そしてスキル【扇射ち】を発動。


 弓から放たれた矢は幾本にも分裂し、扇状に広がっていく。そしてシルバーディアの足元を一斉に貫いた。


 そして敵の集団はよろめき、用意しておいたトラップに突っ込んだ。

 スキル【麻痺毒】が発動し、敵の動きが弱まる。


「奴らの機動力は前方に限られる! 側面から一気に叩くぞ!」


 チトセはアオイから弓使いのジョブが返って来るなり、【フィードバック】の恩恵を受けた一射を放つ。


 それは先駆けとなり、右前方のホワイトディアの集団に切り込んだ。


 そして少年少女たちは一斉に駆け出す。


「メイベル、先頭を頼む」

「まかせといてよ!」


 戦士のジョブをレンタル。

 メイベルは駆ける速度をぐんと上げて、一気に敵中へと飛び込んだ。


 そして両刃の重厚な斧をぶんぶんと振り回し、ホワイトディアの血肉が辺りにまき散らされる。


 その後にケントとルイスが続き、残党を屠っていく。


 その様子を眺めていると、隣をカナミやサツキ、エリカたちが追い抜いて行く。チトセは単純な身体能力において彼女たちにまだ敵わないことを認識して、そこに悔しさを覚えながらも、今は目の前のことに集中する。


 そしてチトセが到着しようとするとき、此方に向かってきたホワイトディアはほとんど撲滅され、その死骸も邪魔にならないようインベントリに収納されたため、それまで敵がいた跡はすっかり見られない。


「これよりシルバーディアをやる!」


 情けないことだが、既に準備を終えている彼女たちの背後から宣言をする。そしてスキル【アース】を発動。敵との間を隔てていた土壁を一気に崩す。


 するとシルバーディアの巨体がぬうっと姿を現す。既にそのときには麻痺毒の効果は切れており、此方に向き直っていた。


 だが、まだホワイトディアの隊列が整えられているわけではない。こちらが有利のはずである。


 そうした考えに至ったとき、再び地響きが聞こえ始めてきた。そしてその発生源は先ほどの山の向こう。


 チトセはもう一体のシルバーディアの可能性を感じて呟く。


「まさか……つがいだったのか?」

「いや、恐らくは子だろう。鹿のオスがハーレムを形成するのは秋に限られるからな」

「そこは今はどうでもいいだろ!」


 冷静に答えるケントにチトセは突っ込む。

 だが、それよりも次なる一手を講じねばならない。


「後続に追いつかれる前に、一気に仕留める! ナタリ、敵の足を取ってくれ!」


 ナタリに獣使いをレンタル。

 彼女はすぐさまモーモーさんを召喚。【巨大化】【強化】のバフをかけ、【突撃】を発動させる。


 そのカバはシルバーディアの半分程度の大きさにまでなり、途中のホワイトディアを踏み潰しながらずんずんと駆けていく。


 そしてシルバーディアへと飛び掛かり、腕を振り上げた。

 巨大な鹿の顔面を殴打。それから背後に回って後ろ足を取る。


 シルバーディアの臀部が下がり、バランスを欠く。すぐさまケントは前に出るが、途中のホワイトディアが邪魔をする。


「お兄様、前へ!」


 エリカはホワイトディアを槍の柄で殴り、スキル【殴打】により怯ませる。そこにルイスが飛び掛かった。そしてそのときにはサツキが前方の敵を押さえている。


「すまない!」


 ケントは真っ白な鹿の群れから飛び出し、シルバーディアの足元に到着する。そして剣を掲げて切り掛かる。


 だが、シルバーディアは地団太を踏み、近寄るものを攻め立てる。


「アリシア! 麻痺させてくれ!」


 盗賊のジョブをレンタル。

 アリシアは無数の短剣を投げつける。


 それは多数が回避され、そしていくつかが浅く突き刺さる。よってスキル【麻痺毒】が発動、敵は何度も硬直する。


 直立不動となったシルバーディアの左前足にケントは狙いを定める。そしてスキル【アサルト】を発動。


 素早い跳躍と共に距離を詰め、大振りの一撃を放つ。


 剣は深々と切り込んだ。だがそこで止まることはなく、一瞬にして斬り返し、幾度となく剣が振るわれる。


 そして止めとばかりに体重を乗せた一撃を放った。


 噴き出る血と共に、シルバーディアが片膝を折る。


「カナミ、止めを頼むぜ!」

「うん!」


 剣士のジョブをレンタル。途端、チトセは体中の力が抜けていくのを感じた。剣士のジョブは彼の持っている中で一番レベルが高いジョブで、能力がまんべんなく上がるバランス型だ。それを失うということは、大きく戦闘能力を失うということだ。


 そして四つのジョブを失った今、まともに戦うことすらままならないだろう。盗賊のジョブもないため、周囲の警戒も難しい。


 たった二か月前までは、盗賊のスキルなどたまに有効にするだけのものだった。だがしかし、それはゲーム内だからこそ発揮できた蛮勇だろう。一瞬が生と死を分かつ状況で、そのスキルにあまりにも頼り切っていることを実感する。


 そうした不安を感じ取ったのか、すっと隣りにアリシアが駆け寄った。それから背後を守るようにして立つ。そしてアオイとナタリも左右につく。


 守られるようでそれは格好悪い。けれど、チトセは泣きそうなほどの喜びを覚えていた。彼女たちが想ってくれるということが、堪らなく嬉しい。


 必ず勝たねばならない。チトセはぐっと手を握った。


 そのとき、カナミは既にシルバーディアの右前脚を切り裂いていた。だが、最後の一本だということを理解しているのか、敵も中々屈しない。


 カナミの表情にも焦りが見え始めてくる。もう一体がすぐ近くまで迫っていた。


「カナミ! 頭を狙え! 俺が投げ飛ばす!」


 チトセは一歩前に進み出る。そして、メイベルから戦士のジョブが返ってきた。【フィードバック】の効果を受けて、体中にすさまじい力が込み上げてくる。


 地を蹴り一瞬にして敵との距離を詰める。


 手を組んで待っていると、カナミがこちらに向かって跳躍する。そしてチトセは彼女の足を受け止めると同時に、思い切り上へと押し上げる。


 カナミはその勢いを生かしてシルバーディアへと飛び掛かる。

 だが、それでも高さがまだ足りない。


 チトセはインベントリからゴブリンの大剣を取り出し、スキル【回転斬り】を発動させる。そしてシルバーディアの片足を真っ二つに切り裂いた。


 両の前足を傷つけられた敵の巨体がぐらりと崩れ落ちる。


(やった……!)


 これならば、カナミは必ずや仕留めてくれるはず。

 その考えに至ったとき、【フィードバック】の効果が切れる。


 途端、一気に力が抜けて、慌てて周囲を確認するが、そのときにはホワイトディアがなだれ込んできていた。


 突出しすぎたのだと実感すると共に、盗賊のスキル【探知】がまだ来ないためやけに背後が気になる。


 そしてホワイトディアは主を傷つけられた怒りからか、一斉に飛び掛かってくる。


 チトセは片手剣に切り替えて応戦の構えを取るが、既に魔力は底を突いており、属性魔法による牽制はできない。


 しかし次の瞬間、背後のホワイトディアが吹き飛ばされた。

 そこには、エリカとアリシアの姿。


「助かった。ありがとう」

「当然ですわ! 約束を守るのが貴族の務めですもの!」


 エリカは会ったときの守るという言葉を律儀に守ろうとしたようだ。


 チトセは後退していくと、遅れてアオイ、ナタリがやってくる。

 当初の位置はエリカたちの方が前だったから、エリカがすぐに駆けつけることができたのだろう。


 そしてアリシアにはジョブレンタルの効果がまだ残っており、強化された状態だから追い付くことができたのだ。それでもすぐに後を追ってきてくれた彼女には、感謝してもしきれないだろう。


 シルバーディアの絶叫が響き渡る。見上げるとカナミが敵の頭を切り裂いているところだった。


 とうとうその巨大な鹿は地に崩れ落ちた。


 やったのだ。そう確信しながら付近のホワイトディアが逃走していくのを眺める。


「スイメイキョウ、もう余裕はないぞ」


 ケントが示す向こうからは、もう一体のシルバーディアが駆けてくるのが見える。


「よし、学園祭には一体で十分だろうから、あれは全部俺たちで食っちまおうぜ」


 そうしているうちにすべてのジョブが戻ってくる。もはや貸し出せるジョブに有効な物はない。


 それ故に突進してくる相手の勢いを止めるような術などはない。けれど、チトセは敵を前にして、心躍っているのを感じた。


 もはや敵など怖くはない。

 彼女達となら、どこまでも強くなれる。そんな気がした。



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