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第二十話 遭遇

 それから一時間も走った頃、ケントは車を止めた。広がっている草原の中には、ほんの少し小高い山が見える。


「遠くからでもあの山が目印になるだろう。ここから徒歩で行く」


 草原を走っているとどこも同じような風景ばかりで見分けがつかないが、一つ目印になるものがあれば遠くまで離れない限り分かるだろう。


 その辺りには高木が生えており、その周囲にホワイトディアの姿があることから、それらの群れがあることは間違いないだろう。


 一同は車から降りると、体を解す。長旅というほどではないが、基本的に考えるより体を動かす方を好む傾向が強いこの世界の住人にとって、狭苦しい車内は中々に堪えるのだろう。


 全員出ただろうかと確認するが、そこにはナタリの姿がない。車の中を覗くと、まだ眠りこけている彼女の姿があった。


「ナタリ、起きろよ。着いたぞ」


 とんとん、彼女の肩を叩く。ゆっくりと瞼が持ち上げられて、銀の瞳が現れる。濡れそぼつ瞳は美しく、チトセは思わず息を飲んだ。


 ナタリはそれから、ふああ、と大きな欠伸をした。幼く可愛らしい顔は、すっかり間の抜けた顔へと変貌を遂げてしまう。それも彼女らしいと言えばそうかもしれない。


 チトセは彼女の手を取って立ち上がらせる。もう随分と寝たから多少は眠気が覚めたのか、彼女は珍しく素直に付いてきた。


 他の者たちは既に狩りに赴く準備を整えており、二人もそれに倣う。とはいっても、チトセは武器を適宜変えながら戦闘を行うため、インベントリから鎧を取り出すだけで準備は終わる。


 アオイは長く艶やかな髪を後ろで束ねて、お団子を作っていた。そして出来上がると、シュシュでまとめる。


「それ、可愛いな」

「ありがと。作るのは簡単なのよ」


 普段は髪を下ろしているから、上げている姿は新鮮に感じられる。白いうなじが露わになっているのは艶めかしく、少しばかりの後れ毛は愛嬌がある。


 それからケントが声を掛けて、一団は歩き出す。

 これほどの人数にもなると、行動もてんでばらばらで、まとまりがなくなってくる。彼がリーダーシップを発揮するのを眺めながら、自分にはそうするだけの知識が足りないのだと、チトセは自己分析を行う。


 人に先んじるには、それ相応の知識がいるだろう。この世界に来てから二か月弱というのはあまりにも短い。


 しかし誇ることができるものもある。モンスターの知識はほとんど使い物にならなくなっていたが、ゲームとして長年プレイしてきた技術と経験は戦闘において有効だ。レベルが上がり肉体が強化されるにつれて、その差は歴然としてきた。


 まずは目先のことに集中するのだと、軽く頬を叩いた。


 周囲は開けているため盗賊のスキル【探知】はほとんど役に立たない。そのためすることもなく、ただ山に向かって歩いていく。


 やがて数匹のホワイトディアの姿がはっきりしてくる。


 このパーティはアオイ以外に遠距離用のジョブの者はいない。そもそもジョブ自体の割合が前衛用に大きく傾いているため、仕方がない面もあるのだろう。


 しかしどのジョブにもSTRではなくINT依存のスキルも存在していており、知識スキルと呼ばれていたそれは、風変わりな戦闘スタイルとして一部では好まれていた。


 例えば剣士でありながら一切接近はせず、遠距離から攻撃するなどである。しかしそれを行うには、クールタイムが存在するためスキル付きの武器を複数用意して回しながら使う必要があり、さらにはMPも消費するため非常に面倒であった。


 加えてSTRを上げることができないため剣による攻撃ではダメージがほとんど与えられないなど、ネタキャラ扱いを受けることもしばしばあるくらいにはマイナーなスタイルだ。


 そしてこの世界ではステータスINTに相応する能力をどうやって上げればいいのかがよく分かっていないということもあって、あまり使っている者を見たことはない。


 そんなこともあって、パーティーとはいえ、突っ込んでいくのが主な作戦になるだろう。それが作戦と言えるかどうかは別として。


 山の麓にいる数体に近づいていき、それ以上接近すると気付かれるほどの距離になる。


「さて、どうしようか?」

「もし近くにシルバーディアがいるなら、血の匂いを嗅ぎつければやってくるはずだ」


 ケントはそう述べる。


 何があるか分からない敵地に突っ込んで行って反撃されるよりは、奴らが姿を現すのを待ち構えていた方がいいだろう。


 チトセは前に出て弓を取り出し、矢をつがえる。

 アオイもその隣で同様に、弓を構えた。


 他には遠距離用のジョブ持ちはいないから、二人でやることになると思っていたのだが、サツキも前に出て、刀を構えた。


「遠当て付きか?」

「はい。三本ありますので、お手伝いいたします」


 侍のスキル【遠当て】は斬撃を飛ばすスキルだが、通常の刀による攻撃と同様、物理攻撃としてSTR依存のスキルであった。そのため、ほとんどの者が遠距離用に常備していたと記憶している。


 分担を決めてから、敵に射掛ける準備をする。


「三つ数えたら撃つ」


 二人が頷くのを確認してから、秒読みを開始。

 三、二、一。


 二本の矢が撃ち出された。そしてサツキは同時に抜刀、斬撃が放たれる。


 呑気に草を食んでいたホワイトディアはあっさりと矢に貫かれ、その場に倒れた。そして斬撃を受けた一体は首を真っ二つに切り裂かれる。


 それから残ったホワイトディアは混乱から立ち直る前に無数の攻撃を受け、沈黙する。


 チトセはあっけなさを感じていた。初めてホワイトディアを狩ったとき、こう上手くいかず、集団に追いかけられていた。数の差はあれど、数体に追われたところでどうということはないだろう。


 やがて風が吹き、血の匂いが辺りに漂う。


 ホワイトディアは集団で行動している。それ故に、数体もの個体が一斉に死亡すれば、それは集団内に伝わるはずである。


 チトセはインベントリから【トラップ強化】のスキル付き短剣を取り出して、前方の地面に向けて投げつける。そしてスキル【トラップ】【麻痺毒】を発動。


 半透明のサークルが形成され、そこに踏み込んだ者は麻痺することになる。もっとも、それはダメージソースにはなり得なく一時の足止めに過ぎないのだけれど。


「アリシア、あの周囲にトラップを」

「うん。わかった」


 アリシアはインベントリから短剣を取り出して周囲に投げつけていく。一本、二本……。それが尽きることはない。

 一体彼女は何本の短剣を持っているのだろうか。辺り一面にトラップが張り巡らされて、ようやく彼女は手を止めて、「どう、褒めて?」とでも言いたげにこちらを見る。


「よし、後はかかるのを待つだけだ」


 頭を撫でると、アリシアは嬉しげに眼を細めた。


 それから集団のボスであるシルバーディアが姿を現すことを願いながら、その場で待機する。


 そして、地響きのような音が聞こえ始めた。その発生源は前方の山。


「なんかさ、いつもより音が大きい気がするんだが」


 普段ホワイトディアを何度も狩っている経験から、遠く離れたところからこれほど大きな音が聞こえるのは普通ではないと判断する。


「チトセ、これちょっとまずくない?」


 メイベルがちっともそんなことを感じさせない軽い口調で言う。


「ああ、恐らくお目当ての御登場だ――」


 その言葉を口にした瞬間、山から銀に輝く毛並みを持つ巨大な鹿が姿を現した。そしてその周囲を埋め尽くすように、大量のホワイトディア。


 それらを比較すると、三倍以上の大きさがあるせいか、ホワイトディアがやけに小さく見える。


 足は向こうの方が早い。逃げるのは下策だろう。


「ここで迎え撃つ! 前列を挫けばそこで足は止まる!」


 チトセは声を上げる。それはよく透き通り、周囲の者を震わせた。

 皆が一斉に武器を手に敵に対峙する。


 巨大なる敵を前にして、そこには怯えも気負いも存在しない。そこにあるのは、実力を正確に把握したうえでの自信、そして敵を打ち倒す確かな意思。


 誰もが矜恃を胸に、その場にしかと立っていた。


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