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第十九話 出発

 チトセたちはそれから暫く雑談をして、ようやく平時の雰囲気が戻ってくる。カナミも随分と落ち着いており、ナタリはすっかり夢の世界にいるようだ。


 六時を過ぎた頃、食堂にケントたちが訪れた。その隣りには従士であるルイス、そして大抵一緒にいるクラスの男子生徒二人。


 そこまでは見慣れた光景だったのだが、今日は更に女子二人が一緒にいた。ケントは結婚相手として見られるのを嫌がってか、女性と仲良くなるのを極力避けているようにも見えたから、それは非常に珍しいことだ。


 そのうちの一人はケントとよく似た栗色の髪をしており、サイドアップにしてまとめているのはお上品といった感じを受ける。そして整った容貌はどことなく彼に似ているといえなくもない。おそらくは親族なのだろう。


 それからもう一人は菖蒲しょうぶ色の長い髪を下の方でリボンをつけて束ねており、海老茶袴に薄紫の矢絣やがすり小紋を着ている様は大正浪漫溢れる少女である。


「スイメイキョウ、随分と早いんだな」

「そうだなあ、今日は彼女達も早くてさ」


 基本的にナタリを除いて彼女たちの朝は早いが、いくら早起きとはいえ、4時に起きる者はそうそういないだろう。まだ街灯が照っているほどに外は暗いのだから、朝というより夜の延長に近い時間である。


 暗くなる前に帰るべく、今日は8時には出発する予定だった。それ故に、彼らも早起きをする必要があったのだろう。


 栗色の髪の少女はカナミと目が合うと、その二つ隣で突っ伏して寝息を立てているナタリに視線を移した。


「あら、セイリーンさんに、アスターさん。お兄様に同行されるというのはあなた方だったのです?」

「そうだよ。エリカはどうしてここに?」


 カナミは聞き返す。

 どうやら彼女エリカはケントの妹らしい。しかしカナミは割とそのことを気にした様子はない。どういう関係なのだろうか。


「学園祭の様子を見ておこうと来ましたが、お兄様が狩りに出かけると言われるので、私が行かないわけにはいきませんわ」

「すまないが認めてやって欲しい。これでも槍の腕は確かだ」


 妹の所業に頭を悩ませているケントとは対照的に、エリカは自身有り気に腕を組んだ。そうすると、豊かな膨らみが下から押し上げられて、自己主張を始める。


 女性にしては比較的長身である彼女はスタイルも良く、それはモデルさながらにも見える。チトセは暫く彼女をただ眺めていた。


 そうしていると、当然エリカもその視線に気が付いて、怪訝そうな顔をした。


「お兄様、この方は?」

「ああ、同級生のスイメイキョウだ」


 エリカはふうん、と上から下まで矯めつ眇めつチトセを眺める。


「初めまして、千歳水明郷です。今日はよろしく頼むよ」

「ええ。この私が守って差し上げますから、心配無用ですわ!」


 エリカは胸を反らす。傲岸不遜とも見えるその様を見れば、大抵の人は顔を顰めるだろう。しかし彼女の地位や容貌もあって、それに異を唱える者もいないのかもしれない。


 ケントも大変だなあ、などと他人事に思いながら見ていると、彼女は隣りの少女を紹介する。


「此方はサツキ・イザヨイさん。私のお友だちです」


 海老茶袴の少女は美しい所作で頭を下げる。


「サツキ・イザヨイと申します。アオイお姉様の妹に当たります。どうぞよしなに」


 チトセはサツキとアオイを見比べた。

 言われてみれば、確かに似ているところがないでもない。しかしサツキは非常におっとりしているような印象を受けるし、アオイはきちんとしているような感じがする。


 しかしアオイにとって、彼女の訪問は予想外のことだったらしい。


「サツキも学際を見に来たの?」

「はい。アヤメお母様に連れてきてもらいました」


 アヤメの本来の目的は彼女の付き添いだったのだろう。基本的に街と街を移動することが少ないこの世界において、遠出をすることは危険を伴うことである。それゆえに、特に珍しいことでもないのかもしれない。


 とはいえ彼女の名字はアオイとは異なる。それは彼女たちが異母姉妹であるということだろう。


 基本的には母方の姓を名乗ることが多いらしく、それは女性が多いことに起因するものだろう。それゆえに、姉妹であっても名字が異なることがほとんどだそうだ。


 もし父方の姓を名乗るのが一般的であれば、複数の子の姓が同一のものになり、姓の数が少なくなっていくだろう。


 そして長子制度が用いられており、家督を継ぐのは長女ということになる。とはいえ、基本的に貴族たちが友人として付き合うのは同程度のランクの者が多いため、夫となった男性の伴侶たちが、異なる爵位の家の女性たちであることも少なくないそうだ。


 その場合、男性の気苦労は絶えないだろう。


 それに対して、バークリー家は男子が家督を継ぐのが伝統らしい。その際、妻となった複数の女性の子が父方の姓を名乗ることが可能であるため、相続などで揉める可能性が高いらしい。


 そのため、バークリー家では伴侶とする女性を少なく選ぶ傾向が強い。ケントもまた、婚約者たちだけで精いっぱいだと、以前言っていた。


 チトセはそんな彼の姿を改めて眺める。元の世界ならば、女の子を侍らせていてもおかしくない容貌だ。


 しかしこの世界では、女の子に囲まれていることが羨ましいことではないらしい。思えば、彼だけでなく、この学園の男子生徒たちは男同士で集まっていることが多かった。ホモというわけではなく、いつの間にか外堀から埋められていることを防ぐ自衛手段なのかもしれない。


 彼らが食事を取りに行くと、チトセはアオイたちに向き直る。そして、幸せを実感するのだった。可愛い女の子たちに囲まれて、何の不満があろうか、と。




 アスガルド南の街と草原との境界において、街道の傍には比較的大規模なレンタカーショップがある。


 街を移動するには、大型車の定期便に乗るか、自分で車を運転していく必要がある。しかしチトセたちが目的地としているのは、その途中の草原であるため、そこに向かう便などは存在しない。


「では一日の御利用ということで畏まりました」


 店主はお辞儀をしながら、一同の代表としてカナミが支払う金を受け取った。


 それから暫くすると、店の奥にある駐車場から、一台のバンのような中型車が出て来る。この世界の車はどれもガソリンエンジンではなく、モンスター抽出液を燃料としており、どうやら騒音もほとんどでないようだ。


「免許持ってたんだ」


 ケントが運転席に乗っているのを見ながら、チトセは呟く。こちらの世界では十五で成人なので、持っていても不思議はない。


「簡単に取れるから、身分証代わりに使う人は多いわ」


 隣りにいたアオイが説明をしてくれる。どうやら、街中では車を使うことがないため、ほとんどの使用が街道ということになるらしく、熟練した運転技術など必要ないらしい。


 元々免許は持っていたのだから、取ってみるのもいいかもしれない。もっとも、それほど金に余裕があるわけではないから、借りてまで使うことはあまりないのだろうけれど。


 それから車にぞろぞろと乗りこんでいく。全部で十二人もの大所帯になっており、これほどの大人数で移動するのは、修学旅行以来だな、と昔のことを思い出す。


 それにしても、妻が十数人いる者であれば、いつでもこんな感じなのだろう。それぞれ性格も異なるのだから、とりなすのも大変に違いない。


 チトセの両隣はカナミとアオイ。アリシアが来るかとも思ったが、乗ったときに順に奥から詰めていった結果である。


 この世界では夫をシェアリングするという考えが根付いているため、妻たちの間で取り合いになるということは滅多にないらしい。


 そのため、仲良しグループに属する者ならば、誰がいちゃつこうがやきもちを焼くこともなければ、他人を蹴落とそうとすることもない。よって、包丁でグサッとやられることもないのだ。


 一見平和に見えるそれは、しかし逆の面も持っている。素知らぬ女性がちょっかいをかけてくれば、全力でそれを排除しようとするのだ。それゆえに、妻たちの座は不動のものとなり、夫は生涯にわたって拘束されることになる、と。


 チトセは彼女たちに不満など一切ないので、特に問題も無かろうと考えていた。


 南下していく車内、とてもこれから狩りに行くとは思えぬ雰囲気が漂っている。後ろでナタリはこれまで通り寝ているし、アリシアとメイベルはあやとりをして遊んでいる。日本の遊びはほとんど漏れなく浸透していると言っていいだろう。


 それから前では、ケントとルイスがエリカの話に付き合わされていた。クラスメイトの男二人は巻き込まれないように、大人しくしている。


「お兄様がいなくなられてから、お母様は毎日心配されるようになりましたわ」

「奥方様はケント様を大層気に掛けておられましたから」


 ルイスはエリカに丁寧に答えている。尊敬するケントの妹君であるエリカを適当に扱うことはできないのだろう。


「サツキはいつまでこちらにいるの?」

「学園祭が終わるまでは、と思っております」


 サツキはアオイに答える。彼女たちは異母姉妹であるが、どうやら同居していたわけではないので、どちらかと言えば従妹のような関係の方が近いのだろう。


 仕事の関係で、妻たちがバラバラになることもあるようだ。チトセはそうならないといいな、と願う。


 ふと、隣のアオイの手が空いているのが気になる。そして、彼女の手を取った。昨日初めて手を繋いだとはいえ、これからはきっとそうしても大丈夫のはずである。


 彼女は初めこそ驚いたような表情であったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて、そっと握り返してくれる。


 その手の温もりはじんわりと全身に滲んでいくようだった。


 そうしていると、もう一方の手がぎゅっと握られた。カナミは顔を赤らめて、そっぽを向いている。けれど、ときおりこちらを窺ってくる。


 痛いほどに力が込められているが、彼女の心根が伝わってきて、チトセも握り返す。


 どこまでも戦闘とは程遠い雰囲気の中、南に向かっていく。

 しかしそれこそが、この世界で生きるということなのだと、そんな気がした。



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