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第十五話 散財

 週末には狩りに出かけるということで、そろそろ武具も新調しようと、チトセはアスガルドの鍛冶屋を訪れていた。


「あら、スイメイキョウさん。買取ですか?」

「いや、今日は装備を変えようと思いまして」


 すっかり顔なじみになった女性の店主が声を掛けてくる。ここ二カ月ほど、ほぼ毎日訪れる常連客なのだから、覚えられるのも当然だろう。


 しかしここで武器を買う場合、異なる種類の武器を買っても変な顔をされないのは楽である。店主にはスキル【マルチジョブ】のことを話してはいないが、もはやそういう客として受け入れられているのだから、何も問題はないだろう。


「先日入荷したばかりの武器がありますよ。見て行ってくださいね」


 言われて、チトセは広告の品らしきコーナーに赴く。

 基本的に武器防具はモンスター由来の素材でスキルが付くため、安定した供給が難しい。そのため、入ってくるものも日ごとに異なり、欲しいものを手に入れるためにはあちこちめぐるか、取り寄せてもらうしかない。


 ぼろぼろになってきた防具を安くてそれなりのものにするのが最優先だろう。どうせ攻撃を受けてそのうち壊れるのだから、それほど高いものにする必要はない。


 本来であれば、命を守る砦なのだから、いいものであるに越したことはないのだが、僧侶のスキル【ヒール】があるため、即死さえ免れれば、後はある程度何とかなってしまうのだ。


 それから以前のように、もう一本の剣を購入して二本の剣を持つスタイルも考えられるが、空いている手で魔法使いや盗賊といった別のジョブのスキルを使用したり、武器の入れ替えを行ったりすることを考えると、そこまで上策だとも思えなかった。


 ならば別のスキルの付いたものを選ぶのがいいかもしれない。何かいいものはないだろうかと探していく。


 チトセは武器防具を選ぶこの瞬間が好きだった。これまで貯めてきたのが報われるような気がするからだ。そして新品の装備は身に付けただけで強くなった気がするし、ぴかぴかと輝いて見た目もいい。


 そうしてショーウィンドウの中にあるものを見ていくと、チトセは一本の杖に目が留まった。金属製の杖であり、付いているスキルは【ライトニング】で、発動範囲は大きくないものの、発動が素早く威力が高いだけでなく、麻痺の効果もあるという優れものだ。適度なMP消費だったということもあって、ゲーム内ではよく使ったスキル。


 少し懐かしく思いながら、価格を確認する。価格は300万ゴールド。手持ちの金は、ゴブリンキングのときの保険金を含めて350万ゴールドだから、ギリギリ買える価格ということになる。


 買うべきか買わないべきか。そもそもこれが高いのか安いのかもあまりよく分かっていない。何しろ、物の価値がゲームだったときとは大きく異なっているのだから。


 しかし一度抱いてしまった物欲は、途方もなく膨れ上がっていく。それは廃人ゲーマーだったものならば、誰しもそうであろう。


 しかし今使っていいものだろうか。恐らくあまりよくはない。マルチジョブのスキルがあるのだから、武器は高額になるにつれて費用対効果が低くなっていくということもあり、まんべんなく少しずつ装備のランクを上げて行った方がいい。


 チトセは暫く店内をうろうろしながら、他の物に興味を移そうとする。


 とりあえずまずは鎧を選ぶことにする。小札を何枚も重ねたような、これまで使ってきたものと同様の物がいいだろう。身体能力が上がったということもあってスキルは必要なさそうだ。


 何のスキルも付いていない鎧は10万ゴールドほどで買えそうである。さほど性能は変わらないだろうから、安くて適当なものを一つ選ぶ。


 それから盗賊のジョブも頻繁に使うのだから、短剣も欲しい。トラップや毒の付与はジョブ自体に付いており、短剣に付与できるものだが、短剣にはそれを強化するスキルも付いている。


 武器をインベントリと紐付けしておくことで、回収する手間は省けるが、それでも手元に戻って来るまでには時間が掛かるため、複数本持っておくに越したことはない。


 今は何のスキルも付いていないものを二本持っているだけなので、後数本、スキル付きのものを増やしても悪くはないだろう。


 そうして見ていくと、10万強でスキル【トラップ強化】が付いた短剣が目に留まる。トラップの威力と状態異常が増えるものだが、やけに安い。なぜだろうか、と説明を見ると、どうやら刃がぼろぼろになっている中古品であり、攻撃に使用できないからだそうだ。


 状態異常が目的であり、ダメージソースとして使っていくわけではないので、これほどうってつけのものはないだろう。


 これで20万。後30万以上使えば、杖を買うことはできなくなり、あきらめがつくというものだ。


 それからそろそろ侍と槍使いのジョブを上げ始めてもいいころだ。スキルはなくてもいいから、適当な武器が欲しいところである。


 鉄製の槍で丈夫そうなのを一本。それから刀を選んでいく。


 見ていると、日本刀には芸術的な美しさがある。波打つ波紋はそれぞれ違って、飽きることのない趣があった。気に入った物を一振り手に取って軽く振る。暫く持ったことはなかったが、それでも随分としっくりくるものだ。


 鎧と短剣、槍、刀の合計金額は40万強。まだ余裕がある。

 チトセは再び杖のところに戻った。


(しかし300万か……)


 今は時給6000ゴールドくらいの効率を叩きだすことができる。500時間もあれば稼げる金額だが、それは二か月はかかるということでもある。


 やはり買うのは得策ではない。魔法使いのジョブをダメージソースとして使っていく気はあまりないのだから。


 けれど、欲求は止まることはなく。


「すみません、この杖お願いします」

「はい。ありがとうございます」


 店主の女性はショーウィンドウの鍵を開けて、中から杖を取り出す。

 チトセはそれを受け取って、問題がないことを確認する。金属製であるため若干重くはあるが、壊れにくい分木製より多少はましかもしれない。もっとも、どちらにしても攻撃を受け止めるだけの強度はないだろう。


 チトセは結局、340万ゴールドを散財した。




 それからチトセは折角買ったのだから、と試してみるためにアスガルド北西の森に来ていた。今日は学祭の用事もなかったため、まだ日は落ちていない。


 街から暫く離れたところで、コボルトがスキル【探知】に引っかかる。距離は70メートル弱。余程のことがない限り気付かれることはないだろう。


 距離を詰めて、姿が目視できるようになったところで停止する。そしてインベントリから買ったばかりの杖を取り出す。


 そしてスキル【ライトニング】を発動させる。


 足元に魔方陣が浮かび上がり、魔力が杖に流れ込んでいく。ジョブ自体に付いている属性魔法とはことなり、武器に付いている通称大魔法には発動までのキャスティングタイムが存在する。そしてその間には目立つ魔方陣が浮かび上がるため、敵に見つかる可能性は一気に高まる。


 案の定、コボルトはこちらに気が付いて、槍を掲げて向かってくる。そして彼我の距離は縮まっていく。


 コボルトがすぐ近くまで迫って、攻撃モーションに入ったとき、そのはるか頭上に魔方陣が生み出された。


 途端、轟音と共に青白い光を伴った稲妻が落ちた。


 それはすぐ眼前にいるコボルトに直撃し、真っ黒な消し炭へと変化させた。その威力には感嘆するしかない。


 チトセはコボルトの死骸を回収し、それから杖をしまう。随分と魔力が失われたようで、やけに気怠く感じる。


 キャスティングタイムはおよそ7秒。高威力の大魔法の中では発動が早い方であり、辛うじてソロでも使える程度の速さということもあって、ソロ中心のチトセはこればかり使ってきたのだが、命がけの状況で使う気にもなれない。


 パーティーで行くとき以外は恐らく使うことはないだろう。そしてそのときは、わざわざ大魔法を使う必要がない。やはり、散財だったと言える。


 そうはいっても、懐かしいスキルがいつでも使えるというのは、中々嬉しいものであった。


 それから再び奥地へと向かっていく。


 暫くして、見えたのはゴブリン。二メートル近い巨躯の小鬼である。この世界に来たばかりの頃、コボルトの槍で相手をしたことがある。


 そのときと比べれば遥かに強くなって、もはやゴブリンなど雑魚であると言ってのけることができるだろう。


 チトセはインベントリから鉄製の槍を取り出した。特にスキルが付いているわけではないため、ジョブレベルを上げにくくはあるが、それでもパッシブスキルだけである程度は上がっていくだろう。


 ゴブリンへと一気に距離を詰める。そして槍の間合いに入ったところで、ようやくその小鬼は接近に気が付いた。


 敵は剣を掲げようと腕を上げる。


 チトセはすかさず槍の柄で殴打を加えた。穂以外での攻撃を行うことで槍使いのスキル【殴打】が発動する。それはダメージソースにはなり得ないが、スキルキャンセルやスタンの効果があり、隙を生み出すことができる。


 衝撃と共に、ゴブリンは剣を手放す。チトセは槍を回すようにしてゴブリンの首を切り裂いた。


 血飛沫が上がり、抵抗することなく頭部が落ちる。


 チトセはその結果に満足しながら、更に奥へと向かっていく。侍のジョブの効果を確認するには、ある程度強い相手が必要だった。


 それから一時間ほどゴブリンを狩りながら進んでいったところ、ゴブリンリーダーが単独でいるのが発見された。


 チトセはそれを好機と見て、インベントリから刀を取り出す。鞘に収まったままのそれを腰に佩いて、ゆっくりと敵へと近づいて行く。


 ゴブリンリーダーはすぐに反応して、こちらを見据える。


 チトセは気負いもなく、自分より大きなそのモンスターを前にしてもゆったりと構えていた。


 ゴブリンリーダーは大剣を掲げて、咆哮と共に向かってくる。チトセはそれを確認すると、鯉口を切った。そして居合の構えを取る。


 敵が大剣を振り下ろすと同時に一歩前に踏み込み、抜刀。放たれた刀はその勢いをいかんなく発揮し、敵の胴体を深く切り裂いた。


 チトセはその勢いで敵の背後へと回る。


 侍のスキル【抜刀術】により、鞘から放った一撃は強化されて鋭い切れ味を持つようになる。そのため、この一撃を当てることができれば戦闘において開始直後から有利に運ぶことができる。


 そしてその本領はそれだけではない。


 チトセはすぐさま背後から二度三度と敵を切りつける。浅く、しかし早く確実に敵を切っていく。


 ゴブリンリーダーは痛みに呻きながらも振り向きざまに切り掛かってくる。それは力任せの一撃。しかし直撃すればただでは済まない威力がある。


 チトセは正眼に構えたまま刀で受けることなく、地を蹴ってそれを回避する。


 すぐ隣に大剣が落ちて、地を抉る。回避できる見込みがあって行っているとはいえ、ひやっとせずにはいられない。


 しかしそうした隙を見逃すことなく、眼前にある腕を切り上げた。

 刀は一気に太い腕を切り払い、真っ赤な飛沫を撒き散らす。


 そして敵が無防備になると、大振りに横薙ぎの一撃を放った。それは丸太のように太いゴブリンリーダーの胴体を、いとも容易く両断した。


 侍にはスキル【連撃】がパッシブスキルとして存在している。敵の攻撃を回避し続けている間、攻撃を加えるたびに威力が上がるというものだ。かすり傷でも受ければ、その時点で初期状態にまで戻り、刀で受け止めることによっても威力が減少してしまうため、使い勝手はよくない。


 必然的に敵の攻撃をぎりぎりで回避しつつ、攻撃を加えていくスタイルになるため、動きが遅い相手には有効だが、危険が伴うためあまり使いたいジョブではない。


 それゆえに、今まで使ってこなかったのだが、もしこれを使いこなせれば非力さを補って余りある破壊力を出すことができるはずである。


 とはいえ、刀は両手持ちになる上、リーチがそれほど長いわけでもない。また、基本的に体を中心線から逸らさないようにして動くため、他のジョブと併用するのには相性が悪い。


 果たして本当に使うことがあるのだろうか。そんな疑問を抱きつつも、少なくとも能力上昇の恩恵を得るためにいずれは上げることになるだろうことは間違いない。


 チトセは刀に付いた血を振り払い、そのままインベントリに収納した。



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