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第十四話 幼馴染


 その日の授業も終わった放課後、クラス内では学校祭に向けた準備が行われていた。机を並べて相談している者や、雑談している者など、皆楽しげである。


 チトセはすることもなかったので、アオイが用紙に綺麗な文字を書きこんでいくのを眺めていた。彼女はこういったことも容易くできるようで、とても頼りになる。


「アオイ、それ何の発注?」


 邪魔するのも悪いような気がしないでもないが、あまりにも暇だったのでつい声を掛けてしまう。彼女は手を止めることなく、一度だけチトセを見てから答えた。


「学祭で屋台を出すから、その骨組みとか、炭とかよ」


 聞いていなかったような気もするが、どうやら炭火焼に決まったらしい。確かにモンスターの肉をあちこちから取ってきたとして、難しい調理を行っていると時間が掛かってしまうだろう。


 チトセは料理についてはほとんど知識がないので、特に口出しもしない。この世界の女の子たちは家事の技術を標準装備しているため、わざわざ自分から何かする必要もないのである。


 そうしていると、アオイは記入事項を書き終えて、生徒会の少女のところへと持っていく。それから何か別の用件を頼まれたようで、それも快諾していた。


 その姿を目で追っていたが、あまりじろじろ見るのも悪いので、他に視線を移す。すぐ近くにはナタリの寝顔がある。すやすやと眠っている彼女はどこか幼くも見える。


 寮に戻って寝るとよく言っていたが、最近は学祭が近いということもあって、教室で寝ている。どちらにしても寝ていることに変わりはないので、寮に戻ってもいいような気がしないでもないのだが。


「スイメイキョウ、少しいいか?」


 チトセは声を掛けられて慌てて反応する。ナタリの寝顔に見入っていたなどと見られては目も当てられない。


 そこにいたのはケント。これまでも何度かクラスメイトとして話はしているが、最近チトセはカナミとよくいるため、それを気にしてか、声を掛けてくることは少なくなっていた。


 しかし今、カナミはメイベル、アリシアと先生のところに行っており、この場にはいない。それ故に気兼ねすることもないのだろう。


「ああ。どうかしたのか?」

「南の方には狩りに出かけるか?」

「まあ、そこそこは」


 アスガルド南にはホワイトディアが生息している。比較的人気のあるモンスター肉であり、臭みがあまりなく、食べやすいというのが理由らしい。モンスター肉は癖の強いものが多いため、初心者にまずおすすめされるものだそうだ。


 結局、食べてみようとは思うものの、一度も口にしたことはない。それはモンスター肉を取り扱っている店があまり多くないということだけでなく、大体の店では鍛冶屋などモンスターの引き取りを行っているところから独自の流通ラインを持っているため、自分で狩ってきたものを食べようとすれば持ち込みという形になるからである。


 そこまでして食べようとは思わなかった。誰かと行くならともかく、チトセはそこまで食にこだわりもなく、そこに時間を掛ける気にはなれない。


「数はどうだ? 増えているか?」

「そうだな。以前と比べれば、そうかもしれない」


 今は五月の下旬。鹿における出産シーズンである。もっとも、それがモンスターであるホワイトディアに当てはまるかどうかは不明であるが。


「ホワイトディアは自然発生だけでなく、生殖による増加もあるからな」

「モンスターって自然に発生するものだったのか」

「熱心に狩ってるのに知らなかったのか? ゴーレムがどうやって交尾するというんだ」


 ケントは少々呆れたようだった。ごもっとも、明らかに生物ではないモンスターが存在する以上、生殖による増加だけであると見るのは無理があるだろう。


 自然発生説は否定されたというのが固定観念であったが、それはこの世界では当てはまらないらしい。だが生殖を行わない以上、単独で自己複製が不可能であるため、そういったモンスターは生物の概念には当てはまらず、やはり自然発生説は否定されているのかもしれない。


 となると、生物であるモンスターとそうでないモンスターに分類されることになるが、その辺の境界はどうなっているのだろうか。


 狩りをする上ではあまり関係のないことだが、そういった知識が役に立つこともあるかもしれない。そのうち調べてみることにする。


「そうなると厄介だな。すぐ見つかるのはいいとして、対応できるだけの頭数をそろえる必要がある」

「ああ、結局シルバーディアを狩りに行くのか」

「この時期だと一番手ごろだからな。味も申し分なく、一般受けもいい」


 よく考えているなあ、などと感心しながら話を聞いていく。


 どうやらシルバーディアはフィールドボスではあるが、中ボス的な立ち位置で、通常のボスのように一体に限定されることはないらしい。そのため他のボスと比べると頻出するそうだ。そのため比較的狩りやすく、見つけやすいらしい。


「今週末、狩りに出かける。時間的にも最後だからな。良ければスイメイキョウも来てくれないか」

「ああ、構わないよ」

「それから、彼女達も誘ってくれるとありがたい。僕は他の人に声を掛けてくるよ」


 ケントはそう言って去っていく。


 遠くからカナミたちが戻ってくるのが見えた。どうやら彼女に配慮してのことらしい。

 しかしカナミを誘ったところで、彼女は行くだろうか。ケントとは何らかの確執があるようだから、行かないかもしれない。


 そこでチトセは一度教室内を見回した。この学園に入学したばかりの頃は、爵位や力関係などで結構ぎくしゃくしていた。そして彼もまた、その中で軟弱なる最下位として見なされていたものだ。


 今はそういったことは関係なく、それぞれ一個人としての関係を築いている。それは学園の理念に相当するものだろう。誰もが出自や家柄に左右されないのだと。


 随分と変わった。そう思わずにはいられない。


 もしかすると、単なる平民であるチトセがクラス内で最も爵位の高い家の少女たちと分け隔てなく接しているからかもしれない。


 思えば、僧侶の出し物で先輩方にあったときもそうだったが、既にキサラギ家やセイリーン家の少女たちのお気に入りである少年という立場を得ている。とはいえ、貴族たちは同レベルの相手と付き合う傾向が強いため、一人の貴族の少女と付き合えば、その友人である多数の貴族の少女と付き合うことになり、それは珍しいことではないだろう。


 だがそれらの少女たちが入れ込む相手が平民であるというのはそうそうないことである。そしてそれが同学年だけでなく、他学年までに広がっているのだから、ちょっとした話題になっているのかもしれない。


 この世界でも貴族と言えば芸能人の様な側面を持っているため、彼女たちが話題になるのは仕方がない面もあるだろう。けれど、チトセは彼女たちにそういった感情を抱いたことはなく、これまで好ましいただの友人として見てきた。そして最近は、ほんの少しずつ、その感情も変わりつつある。


 さて、どうしたものか。チトセは暫く逡巡し、それからふと思い出す。ナタリは確かカナミ、ケントと幼馴染であったはず。ならば彼女に間を取り持ってもらうのが一番いいのではないだろうか。


 眠っている彼女を起こそうとして、どこに触れるべきかと悩む。ナタリは声を掛けたくらいでは起きないほどにすやすや眠っている。


 自分から女性の体に触れるというのは、中々に抵抗がある。一歩間違えば、蔑みの視線を浴びかねないのだから。この世界でもそうなのかは不明だが。


 頭だろうか。しかしそれは爽やかなイケメンだけに許された行為のような気がする。ならば肩だろうか。触れられても一番嫌がられない気がする。とはいえ、やはり抵抗はある。


「ナタリ、ちょっといいか」


 とんとん、と肩を叩くも、一向に起きる気配はない。何処でも寝られるほど逞しいのか、あるいはその逆ですっかり疲れ切っているのか。


「なあ、ナタリ――」


 何度か呼びかけたところで、彼女は鬱陶しくなったのか、チトセの手を掴んだ。そして、胸元に抱きかかえるようにしてホールド。再び寝息を立て始める。


 ふにっ。柔らかい感触。


(おお……!?)


 暫し、その感触に浸る。それから現状を把握する。


 傍から見れば、眠っている少女の胸元に手を突っ込んでいるようにしか見えないのだ。これは、まずい。


「ナタリ、起きてくれって!」

「んー……」


 ナタリはゆっくりと顔を上げて、うっすらと瞼を開け――そして閉じた。こちらのことなどお構いなしに、睡眠欲を満たそうとする彼女の根性には目を見張るものがある。


「チトセくん、何してるの?」


 カナミの声が聞こえた。

 振り返ると、アリシアとメイベルもまた、こちらを見ている。


 チトセはごくり、と一つ唾を飲む。こういうときは、何事もなかったかのように振る舞うのが一番である。


「ナタリがさ、全然起きてくれなくて」

「そうなんだ。ナタリはね、こうするとすぐに起きるんだよ!」


 カナミはてくてくとこちらにやってきて、ナタリの背後に回る。そして脇腹に手を添えて、こしょこしょと指を動かした。


 びくり、とナタリの体が震えて、顔を上げた。ひどく驚いたような表情。それは普段の彼女からは考えられないものだった。


「お、おはようナタリ」


 彼女は暫し戸惑って、それからチトセを見て顔を真っ赤にする。


 ぴしゃり。チトセは人生で初めての平手打ちを頬に頂くことになった。




「ごめんねチトセくん!」


 平謝りするカナミと、対照的にぶすっとしているナタリ。少々話をして和解できたのだが、どうやら胸元に手を突っ込んでいたことに対して叩かれたわけではなかったようだ。


 ナタリは単に悪ふざけをされたと思っていたらしく、カナミも多少はその気があったらしい。幼馴染ということで、弱いところもよく知っているのだろう。女の子同士のおふざけは、チトセにとっては目新しいものであった。


 チトセとしては万事解決ということで、一安心しているところだ。誰彼見境なく胸元に手を突っ込む男として知られては、これからの学園生活が終わってしまう。


 思えば、坑道に行ったときもナタリは結構密着していた。嫌いな男にそうすることはないだろうから、多少は好感を持ってくれてはいるのかもしれない。


「……用件は?」


 ナタリがひどく面倒そうに尋ねる。先ほど若干険悪な雰囲気になった辺りから、この三人だけの空間が出来上がっている。


 今なら、話をするのにも丁度いいかもしれない。


「ケントがさ、シルバーディアを狩りに行くっていうんだよ。それで手伝ってほしいって」


 カナミは表情を変える。そしてそれにはナタリも気が付いた。


「カナミ、ケントは――」

「分かってるよ」


 二人の間には共通の理解がある。それはチトセには知り得ないことで、ここまで聞くのも憚られてきた。

 それ故にただ黙っていようと思ったのだが、カナミはそれを釈然としないと取ったようだった。


「ごめんね、チトセくん。ケントが嫌いなわけじゃないんだけど……」


 段々と言葉は力なくなっていく。珍しく、カナミがしおらしくなっている。

 そして彼女が言いにくそうになっているところで、ナタリが説明を加えた。カナミは止めなかったことから、それは聞かれたくない話ではないのだろう。


 内容は、セイリーン家の不祥事の責任を、バークリー家が追及したというものらしい。それは国民であれば誰もが知っている出来事だそうだ。もっとも、世論では仕方がない出来事だったということで片付いたそうだが。


 上に立つものが責任を取るのは当然なのだろう。チトセには、どこか遠い世界の話のようにも思われる。それは彼がまさに平民であるゆえの感情だろう。


「だから、何か顔を合わせづらくて」


 カナミは顔を背ける。

 それまで、カナミとケント、ナタリは比較的仲が良かったらしい。それは住んでいるところで同程度の爵位を持っている者が他にあまりいなかったというのが理由だろう。


 しかしそれゆえに、かえって気まずいのだと。そしてカナミもまた、妙に気を使うようになったケントに苛立ちを覚えたりもしたそうだ。


 色々世間の誹りもあったのだろう。けれど、カナミはそれほど気にしているわけではないようだ。


「だから、私はもっと強くなって、偉業を成し遂げるの!」


 名声を得ること。それは家の凋落を止めること。

 カナミが大志を抱く理由を初めて知り、チトセは彼女をいつもより大きく感じていた。ときおり見せる感情を押し殺したような表情は、それが原因だったのだろう。


「いつかきっと、カナミは大物になるな。稀代の英傑にさ」


 彼女が剣を振るう姿を見たときに覚えた感情。それをそのまま披歴する。


 カナミは少々面食らったようだったが、やがて頬を赤く染めた。


「そうかな……?」

「俺はそう思うよ」

「ありがと。……チトセくんは、笑わないんだね」


 カナミの性格から、本気でそう言っていると思うものは少なかったのだろう。

 しかし、チトセにも大志があり、彼女をより身近に感じていた。


「笑うかよ。カナミなら出来るって信じてるからな」

「……うん!」


 カナミは笑顔で頷いた。

 その笑みは、英傑が浮かべるようなものではなく、一人の少女が浮かべるものだった。けれど、チトセは何より、それを大切にしたいと思わずにはいられなかった。


 そうして話が終わった頃、アオイたちも戻ってくる。そして、今度は気兼ねなく狩りの話を続けた。


 週末、彼女たちと狩りに赴く。普通ではない学園生活。少し血生臭い生き方。

 それでも、あらゆる喜びが、そこにはあった。



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