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第十三話 メッセージ


 チトセは自室で手中にある端末を弄んでいた。それは先日アリシアと出かけたときに買って貰った通信端末である。連絡が取れないのは不便であるということが主な理由であった。


 元々携帯を使うことはほとんどなかったのだが、これからは頻繁にやり取りをすることになるかもしれない。それゆえに買ってもいいかなと思ったのだ。


 さすがにその代金くらいは自分で払おうとしたのだが、契約書類などを読んでいるうちにアリシアがさっと契約を済ませてしまっていた。そんなわけで、手にしている通信端末の名義はアリシアになっている。


 その際、なぜか追跡サービスなど、位置情報を特定するものにもチェックが入っていたのは見ないでおくことにした。


 もっとも、それが効果を発揮するのは、街の周辺部だけである。この世界ではドラゴンが空の覇者となっているため、衛星を打ち上げることができず、GPSも利用できない。


 薄いカード上の表面をなぞると、端末は起動してメニューが表示される。モンスターの出現などでケーブルが破壊されるため通信コストが高いのだろう。そのためインターネットは存在しておらず、その代わりに組織内に限定したイントラネットが普及している。


 それ故に商業組合などではそのためのネットワークが存在している。とはいえ、元の世界のように娯楽目的ではなく、情報交換などがメインであり、匿名性は皆無である。


 そしてあまりこの世界では引きこもって遊ぶということに対して抵抗があるのか、あるいは単純に体を使った遊びの方が望まれているのか、あまりそのことに対して不便を抱く者はいないようだ。


 もっとも、知らない物がなくても不便だと感じることはなく、一度その文明の利器を手にしてしまうから不便だと感じるのだから、普及すればないことに何かしらの不満は生まれるのかもしれない。


 空中に1の文字を指で描くとモーションセンサーが反応して、メールに対応するメッセージの項目が開かれ、そこにはアリシア・キャロルの名がびっしりと上から下まで表示されている。


 そもそも彼女以外のアドレスを知らないのだから、他の人からメッセージが来ることはない。しかしたった一日で、数十件のメッセージが来たのには驚きである。


 女性からこうしたメッセージがもらえるのは嬉しい反面、これまでほとんどそういった出来事がなかった身としては慣れなくもある。


 また、通信端末はインベントリに収納している間は電波が届かないため、使用することは出来ず、身に付けている必要がある。


 それから暫くいじっていると、一軒のメッセージを受信した。差出人は知らないアドレスである。


 迷惑メールみたいなものだろうか、と開いてみるとすぐにそうではないことが分かった。



 件名

 分析が終わったよ!


 本文

 チトセくん、カナミだよ。

 リディア先生が分析終わったから来てほしいって!


 これから時間あるかな?

 一緒に行こうよ。



 どうやらアリシアからアドレスを聞いていたらしい。ということは他の人にも送っているのだろうか。しかし差出人にはカナミのアドレスしか書かれてはいない。


 アドレスを登録。差出人カナミ・セイリーンと表示されるようになる。


 それからチトセもまたメッセージを送り返す。



 件名

 今から行くよ


 本文

 どこに行けばいい?

 そっちに向かうよ



 そうして少し経つと、再びカナミからメッセージが帰ってくる。女性はこうした文字の入力が早いという観念があるが、それはこちらでもそうらしい。



 件名

 待ってるね!


 本文

 じゃあ厚生棟の前で待ってるね。



 厚生棟は寮の北、教育棟の東にあり、職員棟の南でもある。それゆえに、その中間地点として選んだのだろう。


 チトセは立ち上がって、端末をポケットに突っ込み、自室を出た。




 もう五月の下旬になる。外は汗ばむほどに暑くなっていた。


 少女たちも半袖や短めのスカートを穿くようになってきている。日焼けなどを気にしないのだろうかと思ったものだが、どうやら日焼け防止クリームにもそれ用のスキルが付いたものが売っているらしい。モンスターはまさに生活に密着した素材であると言えよう。


 そうした中、逆に上から着こんでいる少女もいる。保冷効果のスキルが付いた外套を纏うことで、常に涼しい状態に保つことができるのだ。とはいえ、見た目が暑苦しいということもあって、あまり人気はないらしい。


 厚生棟に近づくと、その前に佇んでいる少女の姿が見えてくる。


「カナミ、待ったかな?」

「チトセくん、まだ5分と経ってないよ! 慌てなくてもよかったのに」


 そう言いながらも、カナミははしゃいだ様子を見せる。

 すっかりカナミも涼しげな服装になった。半袖のTシャツに膝下までの長さのズボン。彼女は基本的にラフな格好をしている。


「他の人は?」

「えっとねー。ナタリが学祭の仕事で、アオイはその付き添い。メイベルとアリシアは今日は用事があるんだって」


 そういえばナタリはすぐにいなくなることで仕事を回避していたが、ようやくつかまえられたのだろう。


 全員空いているときの方がいいのではないかとは思うが、リディアにも都合があるのだから、そういうわけにもいかないのだろう。


 二人は教育棟に向かって歩き出す。


「じゃあ先生にこれから向かうってメッセージ入れておくね!」


 カナミはそう言って、手にした通信端末に文字を入力していく。たおやかな指が滑らかに動いて、すさまじい勢いで文章が生み出される。


 この世界に携帯メールは失礼だとか、そういった作法は存在しない。それはインターネットが普及していないため、そうした差別化が存在していないためだ。


 それから教育棟に辿り着くと、すぐ近くにあるエレベーターに乗り込む。リディアの居室は12階である。特にそういった規則があるわけではないが、上の階の先生ほど偉いという噂が真しやかに囁かれている。


「楽しみだね、チトセくん!」

「そうだな。どちらかと言えば、不安の方が大きいけど」

「もー。チトセくん、結果が出る前からそんなことを言ってると幸運が逃げちゃうんだよ?」

「そりゃ失敬」


 カナミに説教されるとは思わなかったが、それも一理あるだろう。

 そうしているとやがてエレベーターは最上階に到着する。いくつかの部屋の中から、リディアのいる部屋を探す。


 やがて『魔法システム制御研究室』と書かれた下に、リディア・エイデルの名前を発見する。


 二度軽く扉をノックすると、どうぞー、と声が返ってくる。扉を開けて中に入ると、リディアの姿が見えた。


 部屋はかなり散らばってはいるものの、あちこちに本が置かれており、その中で端末を操作している彼女はやけに知的に見える。


「分析の結果でしたね。ちょっと待っててください」


 リディアはよいしょ、と近くの棚の引き出しを開けて、一枚の紙を取り出して、それを一瞥する。


「問題なく食用にできると思いますよ。重金属の類もありませんでした」


 リディアが見せる紙には結果が印刷されているが、生体に害をもたらすような成分は書かれていない。


 モンスターから取れた物とはいえ塩と成分的には大きく異なるものではない。それはドロップアイテムのようなものなのかもしれない。そうなると、どのような原理で動いているのかが気になる。


「カナミさんたちのクラスは何を作るんですか?」

「えっと、まだ決まってないんです。とりあえず塩はお肉には必須なので確保しようかなって!」

「なるほど、それなら早めに決めた方がいいかもしれませんよ。学園祭が近づいてくると、街の方でも活気づいてきますから。食材の確保が難しくなるかもしれません」


 学園祭はこのアスガルド全体の行事だと言ってもいい。他の街からも数多くの者が訪れる機会であり、街全体がお祭りに向けて動き出す。


 しかし学園祭まで残り2週間を切っている状況で出し物がまだ決まっていないというのはどうなのだろうか。


 とりあえず何か得られたモンスターの肉を出すということなのだが、あまり早く取ったところで、腐ってしまうのがオチというのもあり、仕方がないところもある。


 リディアはナイフで岩塩を少々切り取って、それを手渡してくる。

 受け取って口にしてみると、ほんのりとした甘味が感じられる。とはいえ、料理をするわけでもないので、その違いはそれほど分からなかった。


「どうですか? お肉にはよく合うと思いますよ」

「学祭が近くなったらモンスターの肉を取りに行こうと思ってます!」

「全部モンスターでそろえるんですね。学園らしくていいですね」


 モンスターが学園らしいというのはどうにもおかしな気がしないでもないが、モンスター討伐を日常的に行っている以上、それが学園らしさでもあるのだろう。


 ありがとうございました、と頭を下げると、リディアは頑張って下さいね、と手を振った。彼女はいい先生なのだろう。


 そう思って退室する間際、ドアの隙間から、リディアが召喚獣であるヴォーパルラビットを突っついている姿が見えた。確かポチと名付けられていたはずである。


 やたら召喚獣に拘泥するところさえなければなあ、とチトセは苦笑した。


「チトセくん?」

「何でもないよ。そろそろモンスターを狩りに行かないとなって」

「うん。牛肉もいいけど豚肉も捨てがたいよね! だけど鶏肉もいいなあ」


 それはどれでもいいということではないのだろうか。食欲旺盛なカナミを見ていると、こちらまで腹が減ってくる。


「学校祭、上手くいくといいな」

「うん! 成功させようね!」


 カナミは元気よく頷く。

 チトセはそんな彼女を見て、どこか安心していることに気が付いた。始めは数少ない知り合い程度だったはずが、いつしか自分の中で大きな割合を占めている。


 それは生きる渇望を生み出す強さであり、迷いを生じさせる弱さでもあるかもしれない。


 けれど、それも悪い気はしない。すっかり世界に順応しつつある自分を笑いながら、ただただ隣りの少女の笑顔に心惹かれていた。



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