第四話 入学
そうして門の中に入ったチトセは、それまで外にいた人の数に比べて中にはあまり人がいないということに気が付いた。そこで受付の方を見ていると、此方に通されるより帰っていく人の方が多かった。大勢が中に入っていったと思っていたのは、勘違いだったらしい。
受付で検査を受けている少女の計器を見てみると、そこにはジョブ無しと表示されていた。その隣も、更にその隣もそうである。どうやらジョブレベルが上がりにくいだけではなく、大半の人がジョブを手にすることさえできないのだろう。
そして中にいる少年少女たちは外にいる人と異なって、武装している者が多い。それはジョブに合ったものであるため、どうやら既に自分のジョブを知っていた者たちが大多数なのだろう。そうでないものはある種の冷やかしなのだろうか。
そうしてチトセが門の方を見ていると、先ほど隣にいた剣士の女の子が話しかけてきた。軽装の鎧を身に着けた赤いくせ毛の美少女だ。周りの女の子も可愛いが、彼女はその中でも特に目を引く容姿であった。
「ねえ、あなた本当にレベル43なの?」
「いやまあ、そうだけど……別に高くはないだろう?」
ゲームであれば本体のレベルが100に達してカンストしたそこそこのプレイヤーのジョブレベルが50から60程度なのだ。チトセの感覚的には、高いと言えるのはせいぜい80以上である。
しかし彼女は驚いたように大きな赤い瞳をまん丸く見開いた。
「ええー! そんなことないよ、すごく高いよ! だって騎士様でも40くらいなんだよ!?」
彼女がそう言ったことで、周囲の視線はますますチトセの方に集まってくる。ジョブレベルに関する推測が正しいことは確認できたが、居心地は却って悪くなった。やたらと騒ぎ立てるこの少女を見てると、もしこれが不細工な男であればぶん殴ってるんだろうなあ、とチトセは思った。
「ねえ、私はカナミ・セイリーンって言うの。首都の出身なんだ。あなたのお名前は? 出身地はどこ?」
捲し立てるように聞いてくるカナミは、少々鬱陶しいと言ってもいいだろう。しかしその可愛らしい笑顔は全てを補って余りあるのだから、卑怯だ。
「俺は千歳、水明郷千歳だ。出身は……西の森の中?」
「あはは、何それ。じゃあチトセくんって呼ぶね!」
「よろしくな、カナミ。ところで早速で悪いんだけど、これ何の集まり?」
「……え?」
カナミがチトセを見たまま時が止まったかのように静止した。それから口をぱくぱくと動かして、急に話し出した。
「えー! チトセくん知らないで来たの!?」
「人波に飲まれて気付いたらこうなってたんだ」
少女たちの柔肌を存分に堪能していたらこうなっていた、などということは言わない。初対面の人にそれを言ったらドン引きだろう。もちろん初対面でなくてもドン引きものだが。
「じゃあ説明してあげる! ここはこの国で唯一の学園で、ジョブ持ちだけが入学を許可されるの! 今日は年に一度の試験日なんだよ!」
「へえ。そうなんだ」
「もっと他に感想ないの!? 入学できるのは名誉なことなんだよ!?」
説明してもらっているとはいえ、カナミは少し面倒くさい。
「じゃあ何でジョブ持ってないのに来る人が多いんだ? 無駄足だろう」
「えっと、慣れるまで確認すら出来ないからじゃないかな。確認するための機器はちょっと高くて。だからお祭りみたいなものだよ。自分の秘められた可能性を確かめる、みたいな」
カナミは意識高い系大学生が就活時に言うようなセリフで説明を締めた。可愛い見た目に反して中身はがっかりというやつだろうか。そんなことを考えていると、やがて門が閉められた。
受付のお姉さんたちが戻って来るが、インベントリに収納したのか、机や計器は無くなっていた。彼女たちは今年の新入生はどうか、それぞれの感想を言い合ったりしていた。それを見て新入生たちが集まってくると、やがて一人の女性が声を上げた。
「これより大講堂にてオリエンテーションを行う。新入生諸君はついてくるように」
新入生たちは顔を見合わせながら、女性の後をついて行く。ざっと見て五百人程度だろうか、しかもその九割は年頃の少女なのだから、近頃共学になったばかりの女子校というのが一番しっくりくるかもしれない。
しかし彼らが身に着けている鎧などが、ただの平穏な学園ではないことを物語っていた。ジョブを持った者だけが入学を許される。ジョブは主に戦闘に関しての能力を補強するものであるため、戦闘が必ず関わってくるということだ。
「オリエンテーションって何やるのかな?」
カナミがわくわくと楽しげな表情で言った。この期待で満ち溢れているような少女を見ていると、チトセは小学校の頃を思い出した。どんなくだらないことであろうと、楽しむことが出来る才能。周囲はそれを持っていた。しかしそれは自分が小学校に通っていたときでさえなかったものだったような気もする。
「連絡事項とかじゃないのか? カリキュラムとか施設の利用とか」
「えー。チトセくんは夢が無いことを言うね」
「教育指導に何を期待してたんだよ」
チトセは苦笑する。どうにもこの少女とは考えが基本的に反対らしい。彼は効率厨の気質であるため、合理的な行動が良しとする。一方で少女は無駄なことを好むらしい。それは性差だけでなく、単にこの少女の性格が大きいのだろう。
やがて講堂に入ると、千人は軽く収容できそうな広さがあった。階段状になっており、その一段には五十人程度が座ることが出来るだけの席がある。新入生は五百人程度であるため、半分は空席になる計算だ。だというのに、カナミは一番前まではしゃぎながら行った。
「どこでもいいならわざわざ前に行かなくても」
「でもせっかくお話聞くなら近い方がよく見えるよ!」
そうしてチトセは最前列でカナミの隣りに腰かけた。確かに彼女の言うとおり、壇上にいる女性の顔が良く見える。若々しく、穏やかな笑みを浮かべた小柄な女性だ。むしろ少女と言っても良いかもしれない。その金の髪は流れるように美しく、青の瞳は透き通るようだ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は学園長のリディア・エイデルです」
そんな挨拶から始まったオリエンテーションは、ひどく淡々と進んだ。学園生活に関する注意事項などの記載された冊子が配布され、その説明がなされる。
この学園は国の管理下にあるとはいえ独立した権限を持ち、さらに卒後は進路選択やある程度の行動の自由を保障されるということなどだ。それらはジョブ持ちが少ないため、かき集めるための優遇処置なのだろう。
それから身元保証人なども必要なく、身分などもここでは一切関係が無いとのことだった。誰も知り合いのいないチトセに取ってありがたいことだが、それがなぜ必要だったのかと思っていると、別の用紙が配布された。
それは氏名などを登録するためのものであった。必須事項は名前と年齢、性別のみ。年齢はカナミのを見ると十五と書かれていたので、彼女と同じ十五と書いておいた。年齢制限などがあると困るからだ。
それから住所は任意であり、それは全寮制であるためあまり関係無いのは分かる。しかし親の情報などが未記入でも良いというのは、元の世界では考えられないことだった。もしかすると、孤児が相当に多いのかもしれない。
そしてそこには爵位の欄があった。チトセはもちろんそんなものは持っていないので、無しと記入するのだが、ふと隣のカナミを見てみると、そこに公爵と書かれていた。
チトセは絶句した。それは身分の差を感じたからではなく、公爵家の人間でもこんな好き勝手な感じに育つということに対してだ。貴族ならもっと、おしとやかだったり、お高く留まっていたり、色々あるのではないか。
「チトセくん、どーしたの?」
「いや、本当に個人情報は気にしないんだなって」
カナミはそれが当然だというように頷いた。もしかするとより厚遇の他国に流れるのを防ぐためなのかもしれない。
それから用紙を提出して写真を取ると、今日すべきことは全て終わった。新入生たちは皆それぞれ寮に向かっていく。チトセもそれに倣って、カナミと別れて男子寮に向かった。
学生寮は広大な学園の敷地内の南側にあるのだが、女子寮はこれまた大きなものだった。説明によれば、これから七年間はここで過ごすことになるらしい。そのため各学年五百人、その七倍で三千五百人。それを収容するだけの規模になっていたのだ。
しかしそれに対して、隣りにあるこじんまりとした建物が男子寮だそうだ。男女比を考えれば当然なのかもしれないが、もはや付属の建物と見られても仕方がないような規模だ。
部屋は空いているところに片っ端から割り当てられていくということで、管理人室に行くと、一人一人に鍵を渡している光景が見られた。チトセもそれを受け取って、これから住む自室に向かった。
女子寮が学年ごとに棟が割り当てられているのに対して、男子寮は学年ごとに各階を割り当てていた。男子生徒を全学年集めても、女子生徒一学年分にすら満たないほど人数が少ないからだろう。
早めに来ていた新入生たちはラウンジに集まっていたり、知り合いと会話をしていたりと、友人関係に精を出していた。
チトセはそれを横目に見つつ、部屋に入った。どちらかと言えば入口よりの中部屋である。とはいっても、部屋数は非常に多いため、どこも同じだろう。
中は風呂トイレキッチン付きで、高級ホテル並みである。つい先ほどまでは無職住所不定だったというのに、随分と立派な住居を得られたものだ。しかし何も考えずに入ってしまったということに対する不安が無いわけではない。それでも状況が好転したことには変わりないだろう。
チトセはそんなことを気にせず、学園生活を楽しむことにした。元の世界とは異なる学校生活。何より可愛い女の子たちが沢山いる。元の世界では男子校に通っていたチトセにとっては、まるで夢のような環境だ。
チトセはこれからの生活に、ほんのりと期待を抱いた。