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第九話 塩


 それから一旦先ほどの広間に戻って、前衛のため濡れたカナミとメイベルは着替えることにした。


 チトセは彼女たちの姿を見ないように、背を向けている。背後から衣擦れの音が聞こえて、それは想像を掻き立てる。


 敵の襲来に備えて、スキル【探知】は点けっぱなしにしている。しかしそれは後ろで行われている大体の内容が分かってしまうということでもある。


 実に高性能なこのスキルは、状況にも左右されるが、すぐ近くの開けた場所にあるものであれば、大体の形なども分かってしまう。


 それゆえに、チトセは背後で着替えている二人の様子も分かっていた。


 カナミは丁度下着を脱いだところで、露わになっているその体躯はしなやかである。

 メイベルは程よく引き締まった健康的な肢体をしている。


 直接見ることができないのが残念だが、それは口にできない願望だろう。

 チトセはそんなことを考えながら、一応警戒は真面目におこなっていた。こんなところを襲われたら、大変なのだから。それは色々な意味で。


 チトセはこちらをじっと見てくる、ナタリに気が付いた。


「チトセ、顔がだらしない」

「そ、そうか? そんなことはないと――」

「だらしない」


 ナタリは冷ややかな表情で、二度告げた。


 確かにだらしないかもしれない。それでも、仕方がないことなのだ。スキルを切るわけにもいかないのだから。


 もちろん、何事にも動じない精神があれば別なのかもしれないが、生憎とそんなものはない。


 やがて二人の素肌が布で覆われていくと、チトセも冷静さを取り戻していく。


「ねえチトセ、着替え見たかった?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてやってきたメイベルが尋ねる。

 既に着替え終わっているのだが、つい先ほどのことを思い出して、チトセは視線を逸らした。


「どう答えてほしいんだよ。何にしても俺の評価は下がる気しかしないんだが」

「うーん。がっついてなくて、でも男らしい回答? はっきり見たくないって言われても困っちゃうし」

「無茶言うなよ。それは俺に求めていい水準じゃない」

「まー、チトセへたれだし、仕方ないね」


 メイベルはけらけらと笑う。


 確かにへタレなのはそうかもしれない。しかしこれに上手く答えられるやつなんて、女慣れした爽やかなイケメンくらいだろう。

 そもそも、女性たちとまともに話すようになってから一か月強。それでそう言ったぎりぎりの会話を楽しめる者などそうそういないだろう。


「それじゃあ、いこっか」


 カナミは再び出発を告げる。髪はまだ若干濡れているものの、着替えは済んでいた。


 チトセは立ち上がって歩き出す。

 いつまでもこうしていれば日が暮れてしまう。狙いはネームドモンスター、見つかるかどうかも怪しいのだから、さっさと行くに越したことはなかった。


 そして、暗い坑道を六人は行く。




 それから一時間ほど。随分と深いところまで辿り着いた。

 枝分かれしたその袋小路に、それまでとは違う反応が一つ。


 ゴーレムはどうやら光や音には反応しないらしく、熱かなにか生体反応に応じて動いているようだ。そのため、ヘッドライトの明かりで気付かれることもない。


 放置されていたトロッコの陰からひょいと顔を覗かせる。


 その先には、美しい薄紅をした人型。どうやらソルトゴーレムらしい。

 他のゴーレムと比べるとサイズは遥かに小さく、大人と大した変わらない程度の身長しかない。


「なあカナミ、本当にあれは食えるのか……?」


 塩というから、もっと砂に近いものをイメージしていたのだが、あれはどうやら岩塩のようだ。しかし、どうにもそれを見ているだけでは、鉱物にしか見えない。

 それは周囲が暗いということもあるのかもしれないが、一目で美味しそうな塩だと判断する者はいないだろう。そんな者がいるとすれば、それは食欲の化身に違いない。


「うーん……食べられないことはないんじゃないかなあ? 後で先生に聞いてみようよ!」


 カナミは後悔や心配とは無縁の性格だ。

 学園ならそういったモンスターの研究をしている先生方は大勢いる。頼めば成分くらいは見てもらえるだろう。


 あれを狩れば今日の目的は達成する。


 臨戦態勢に入ると、チトセはすぐさまスキルを使用する。


 アオイとナタリにそれぞれジョブをレンタル。

 二人はすぐさま敵に攻撃を試みる。


 まずは一本の矢が放たれた。それは素早く、敵へと正確に向かっていく。


 脳天を貫くかと思われたそのとき。

 ソルトゴーレムは咄嗟に体を捻ってそれを回避した。


 僅かばかり、頭部が破損。周囲にその欠片が飛び散った。


 そしてゴーレムが体勢を崩しているところへ、狭い坑道一杯を塞ぐほどのサイズのモーモーさんが突っ込んでいく。


 それは体積にして、十倍を超える差がある。

 その突撃は素早く、そして確かな重量を持つ。食らえば一撃で沈むだろう。


 だが、ソルトゴーレムはそれをも躱してみせた。

 どうやら強度はない代わり、回避性能だけが高いようだ。


「一気に畳み込むぞ!」


 チトセは前に出る。カナミとメイベルが続いた。


 巨大なカバによって塞がれた通路は更に狭く、逃げ道はほとんどない。三人でかかれば正面突破しか道はないだろう。


 だが、躱される危険を考えると、やはりその選択はない。


「カナミ、メイベル、頼む!」


 まずはメイベルにジョブをレンタル。そして1秒遅らせてカナミにも付与する。

 途端、前身の力が一気に失われる。


 先に飛び掛かったのはメイベル。ソルトゴーレム目がけて、小さく畳み込んだ一撃を浴びせかける。


 相当な質量を持った斧は、円を描きながら敵へと向かっていく。

 だがそれが狙い通りに胴体を打ち砕くことはなく、ゴーレムはサイドステップによってそれを回避。表面を掠るだけにすぎない。

 しかしその方向には既にカナミがいる。


 カナミは剣を振りかぶった。

 そして、暗い坑道に銀色の光が輝く。


 少女の高貴さにも相応しい見事な剣は、今はその美しさとは相反する獰猛さを見せていた。


 鮮やかな刀線。ゴーレムの胴体を真っ二つに切り裂かんと、その刃は煌めく。


 だが、ゴーレムが二つになることはなかった。

 剣はあまりに鋭利、しかしそれゆえに完全に振り抜かれる前に敵を切り抜けていた。


 そしてソルトゴーレムは、二人の攻撃を受けてなお、こちらにむかってくる。


 チトセはタイミングを見誤ったことを知る。弓使いと獣使い、あまつさえ剣士と戦士のジョブを失った今、ただでさえ非力な彼の能力は遥かに劣っている。


 そして剣士のジョブを持たないため、スキル【ジャストガード】の発動も不可能。至近距離からの攻撃を受け止める術はない。


 敵が接近したときには既にフィードバックの効果を得ているはずだった。だが、それを悩んでいる暇はない。敵は目の前に迫っている。


 咄嗟に壁際へと跳躍、そしてスキルを発動させる。


「アース!」


 ありったけの魔力をぶち込んで、全力で岩盤を動かしていく。

 彼我の間の地面が盛り上がって壁を作り、壁面は彼を覆う様に動き出す。


 そして敵の姿は見えなくなる。それは本来、敵がどこから来るか分からなくなる下策である。だが彼には盗賊のスキル【探知】が発動していた。


 はっきりとしない敵影は、それだけでも位置を知ることができ、この上ない安心感をもたらす。


 一人だけ何もせずに守りに徹する形になった。しかしそれでも、他に方法はなかった。

 見つかれば嬲り殺されるどころか、一撃で沈みかねない恐怖の中、敵の行動に目を見張る。


 ソルトゴーレムが動いた。


 一瞬の緊張。しかしその思惑はこちらが考えていたものとは異なっていた。


 敵はナタリたちの方に向かって駆けていく。

 接近戦を不得手とする後衛の彼女では、あの動きに翻弄されるしかないだろう。


「アリシア! 足止め!」


 チトセは叫び、スキル【レンタル】を発動。

 途端、周囲の状況が分からなくなる。残っているジョブで身体能力が中心に上がるのは、普段使うことがない侍、槍使い。


 敵がひしめく坑道で、それはあまりにも心許なかった。

 それでも彼女に期待を寄せ、力を託すほかない。


 アリシアは短剣を投擲する。

 だがそれはゴーレムを狙ったものではない。その前方の足元。


 地面に突き刺さった短剣はその瞬間、スキルの効果を表す。

 短剣を中心に、半透明のサークルが広がっていく。


 そしてゴーレムはそれを踏んだ瞬間、硬直して仰け反った。


 他の前衛職には能力で劣り、後衛職には飛距離や精度で劣る盗賊のジョブ。しかしそれを覆すだけのスキルが備わっている。


 状態異常を引き起こす毒の付与、敵の位置を把握する探知スキル。そして近づいてくる敵に対して有効なトラップ。


 力に劣るとはいえ、独自の強さを持っていた。


 チトセは魔法使いのスキルを解除。そして弓をインベントリから取り出した。

 10秒。アオイにレンタルした弓使いのジョブが返ってくる。強大な力が、内から湧き上がる。


 チトセは矢を放った。

 何のスキルも付いていない、ただの弓による一撃。しかしそれは、動けぬままのソルトゴーレムの脳天を貫き粉砕した。


 彼女の力は、非常に強力だった。


「アリシア、大丈夫か?」

「うん。チトセくん、ありがとう。チトセくんはすごいね」


 崩れ去ったゴーレムの元に行きながら、アリシアに声を掛ける。

 彼女は陶然とした笑みを浮かべ、駆け寄ってくる。そして、彼の手を取った。


「さてと、帰ろうか」


 これまで通り、カナミがソルトゴーレムをインベントリに収納する。

 すべきことは終わって、元来た道を戻っていく。


 道中のモンスターは片づけてきたため、帰り道にはこれといった出来事もなかった。




 坑道を出たときには、既に夕方を過ぎていた。しかしまだ先生方も残っているだろうと、とりあえず話をしに行くことになった。


 職員棟に辿り着くと、向こうからてくてくとリディアが歩いてくるのが見えた。


「あら、チトセくん。今日もカナミさんたちとお出かけですか?」

「ええ。学園祭の出し物で、塩を使おうと思ってまして」


 自分で適当な先生を見つけるより、彼女に話をした方が適任の人を知っているだろう。

 チトセはこれまでの経緯を話すことにした。


 リディアは終始笑顔のまま、聞いていた。そしてチトセが話を終えると、ずいと胸を張った。


「では先生が組成分析をしてあげますよ。任せてください!」


 チトセは彼女が召喚獣云々について語っているのしか聞いたことはない。それ故に疑問が生じる。


「先生は召喚獣の研究をしていたのでは……?」

「あのですね、チトセくん。先生のジョブは魔法使いなのですよ。なのでその関連の研究がお仕事なのです。召喚獣の研究は、公的なものではありません」


 そういえば、リディアは魔法使いとして優秀だと聞いている。そして優秀だからこそ、このような性格でも学園長の地位まで辿り着くことができたのだろう。


 カナミは嬉しげに、こちらを見る。これで一先ずの目的は達成できるだろう。


「先生! お願いします!」


 カナミが元気に頭を下げた。


 チトセはいつしか、達成感を覚えている自分に気が付いた。自分とは無縁だと思っていた共同作業。それを喜ばしく思っていることは意外であった。


 元の世界とは少し違う学園生活。けれど、それはそれで悪くない。

 彼女達と過ごす日々は、慌ただしくも楽しいものだった。



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