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第七話 坑道

 アスガルド東北の山中には、元鉱山がある。何十年か前には採掘が進んでいたそうだが、今は出没するモンスターとの兼ね合いで、採算が取れなくなり、もっぱら狩場としての用途だけを果たしているようだ。


 そのためあまり手入れはされておらず、危険なモンスターも多いということで、狩場としての人気はあまりない。それに閉鎖的な空間に好き好んで行く者など、偏屈な人物くらいだろう。


 チトセはようやく麓に着いたところだった。

 カナミはずんずんと先頭を行き、アオイはそれに付き添う。そしてチトセに寄り添うようにしてアリシア、それを茶化しながら見守るようにメイベル。ナタリは一番後ろから渋々付いてくる。


 どうにもやる気があるのはカナミだけらしい。

 さもありなん、学園祭の話がしたくて来たのはカナミだけなのだから。ナタリは彼女に無理やり連れてこられただけで、他の面子は遊びに来たというのが主な理由だ。


 チトセはこれからモンスターを狩りに行くんだよな、と自問する。少女たちの様子はとてもそうは見えず、そして自身もまた、隣を歩くアリシアとしっかり手を繋いでいる。


 これじゃピクニックだ。

 そんな感想を抱かずにはいられない。


 そうして歩いていると、モンスターの反応が一つ。


「カナミ、前方60メートルにモンスターが一体」

「わかった」


 どうせコボルトだろう。

 地理的に西の森と離れているわけではなく、生態系もそれほど変わってはいない。そのため、モンスターも代わり映えせず、同じようなものだった。


 そして敵が見えてくる。

 盛り上がった筋肉に覆われた緑の肉体に、小鬼の顔面。ゴブリンである。

 チトセも以前ならば、その最弱に分類されるモンスターにも手こずっていた。しかし今となっては、あっさりと一撃で仕留めることができる。


 それ故にさほど警戒することもなく、カナミの突撃を止めることもない。


 少女は飛び出す。緑と茶色の山中に、真っ赤な髪が宙に一縷の線を刻み、銀の鎧は敵へと向かう弾丸と化す。


 そして血飛沫。振るわれた剣は易々と小鬼の首を刎ねていた。


 銀の鎧が赤く染まる。

 カナミは顔に付いた返り血を拭うと、死骸をインベントリに収納、何事も無かったかのように歩き出す。


 そしてチトセもまた、それをさして気にすることもない。随分とこの世界に馴染んできたものだ。


 それから暫く行くと、石造りのアーチ状の入り口が見えてきた。その周辺にはいくつもの岩で固められており、崩れないようになっている。その周囲にはこけむしており、暫く使われていないことが窺える。


「カナミ、ここでいいんだよな?」

「うん。早速行ってみよー!」


 カナミは拳を握って、天へと突き出す。彼女はいつも楽しげだが、どこからそんなバイタリティが溢れ出すのだろうか。


 誤って侵入する者がいないように、格子状の錆びた鉄枠によって入り口は塞がれている。しかし鍵は既に朽ちているのか、あるいは狩りに来たものによって破壊されたのか、あっさりと扉は開いた。


 中には一本の線路が敷かれている。岩壁は剥き出しになっており、いかにも何か出そうな雰囲気だ。


 広さは六人が並んで歩けるほど。天井は高く、7メートルほどはあるのではないだろうか。


 入り口から遠ざかるにつれて、次第に辺りは暗くなってくる。しかしまだ明かりが必要になるほどではないだろう。


 六人分の足音が、狭い坑道に響く。それ以外に、生き物が生み出すような音は聞こえず、自然の音も聞こえない。


 チトセは不意に自身の右手に柔らかな感触を覚える。凭れ掛かるようにしているナタリの姿があった。それから彼女はしっかりと腕にしがみ付く。


 思わず生唾を飲み込んだ。


 しがみ付く手に力が籠められれば籠められるほど、彼の腕に柔らかなものが当たるのだ。それは心地好い弾力がある。


 大きいと思ってはいたが、これほどだとは。服の上から見た以上だ。

 ついそんなことを思ってしまう。


 しかしなぜ。彼女は積極的に甘えるような性格ではないし、そこまで好意を持たれているかと言われれば、首を傾げざるを得ない。


「ナタリ……?」

「何?」

「もしかして、怖い?」


 ナタリはむっとした表情を浮かべる。どうやら図星だったようだ。


「怖く、ない」


 そうは言うものの、彼女は離れようとはせず、しっかりと腕を掴んだまま。

 不満げな顔も今日はすぐ近くにある。


 彼女はあまり身だしなみには興味がなく、髪は櫛すら入れていないのかぼさぼさ、衣服も適当だ。しかしこうして間近で見る彼女の肌はきめ細かく、外に出ないせいかやけに白い。


 それは彼女が年頃の少女であることを、はっきりと見せつけていた。


「何?」

「可愛いところあるんだなって思ってさ」


 ナタリはほんの一瞬だけ驚きを浮かべると、すぐに顔を逸らした。そのとき、少しだけ赤くなっているのが見えた。


 それでも離れようとはしない辺りも、何だか子供らしくて可愛らしい。


 チトセはそういえば、と左手を繋いだままのアリシアの方を見る。

 彼女は視線に気が付くと、蕩けるような笑顔を浮かべた。


 彼女の親愛の情は随分と深いものだが、他の女性と一緒に居ることを嫌がる様な素振りをするのは一度も見たことはない。


 チトセの感覚的には、浮気と見なされるとか嫉妬とかで、刺されてもおかしくはないような状況ではある。


 複数の女性と付き合っていれば、当然取ることができる一人あたりの時間は減ることになるし、その中でも思い入れの程度も人により変わってくるだろう。


 とても褒められた行為ではないと思うのだが、そこは感覚の違いなのかもしれない。仲のいい少女たちの群れの中に男が一人だけぽつりと放り出されるというのが一般的らしい。


 そのため男性一人に対して、女性のグループという図ができあがる。それ故に、相手の数が増えれば増えるほど大変だと、男性は伴侶を少なく選びたがる傾向にあるらしい。


 そして複数の女性と付き合うと言っても、男が好き勝手に女性に手を出していくのは顰蹙を買うそうだ。確かに仲のいいグループに次々と知らない子が入ってくれば、それまでの妻も、新しく迎えられた妻も、互いに思うところはあるだろう。


 それは婚姻が友達関係より少しだけ発展したというのがまさにぴったりくる。いわば学生生活における、仲のいい女の子たちのグループが延々と続くのだ。


 そうなると世の男性たちも大変なんだろうなあ、とチトセは他人事のように考える。相手を選ぶにしても、その子がボッチでもない限り、その友達も一緒についてくるのだから。


 アリシアとメイベルが行動を共にするようになったのも、カナミたちに対してではなくチトセに対して熱烈なアプローチをしてきたのが始まりであり、どちらかと言えば既存の集団としては受け入れがたい行動だろう。


 しかし見ているところでは上手くやっているようだ。それはナタリたちがチトセに対して大した恋愛感情を抱いていないというのが主な理由かもしれない。


 ともかく、上手くやっているのは何よりである。


 それから暫く進んでいくと、数歩先は見えないほどの暗闇になっていた。


「カナミ、これじゃあ進めないぞ」


 チトセとアリシアは盗賊のスキル【探知】があるため、暗闇でもさほど問題はないが、他のものはそうはいかないだろう。ナタリなんて、すっかり震えている。


「大丈夫だよ。こんなこともあろうかと、ライトは持ってきたから!」


 カナミはインベントリからヘッドライトを取り出すと、頭に付けた。自慢げな表情を浮かべているが、それはどう見ても女の子が好き好んでつけるような装備ではない。


 しかしメイベルは楽しげにカナミからそれを受け取って、装着。


 チトセは、俺の感覚がおかしいのか、と暫し自問する。だが嫌そうなナタリの表情を見るからに、間違ってはいないのだと一安心。


 とはいえ見えなくて困るのは彼女なのだから、とナタリの頭に取り付ける。


 六人分のライトに照らされて、坑道は明るさを取り戻す。だがしかし、それは却って無気味さを醸し出していた。


 ナタリはますます離れようとはしなくなる。

 チトセは彼女が辺りを見回すたびに、そのヘッドライトの光が目に入って眩しさに目を細めた。


 そして坑道の闇の中に足を踏み入れると、モンスターの反応があった。


「カナミ、何かいる」


 各々武器を手に、じりじりと距離を詰めていく。


 やがて姿を現したのは、灰色の人型。土人形、クレイゴーレムである。

 坑道の三分の一は占めるだろう巨体。そして短い足に、地面に付きかねないほど長い両手。


 周囲を揺るがす咆哮が上がる。

 クレイゴーレムは身近にいたカナミへと猛進し、長い手を鞭のようにしならせて襲い掛かる。


 カナミは盾を構え、防ぐ体勢を取る。

 隣りにいたアオイはすぐさま距離を取って、矢をつがえた。


 ゴーレムの腕が、カナミの盾を捉えた。そして振り抜かれる。


 彼女の体は宙に浮き、岩壁へと叩きつけられる。しかし勢いを殺すように跳躍していたのか、ほとんどダメージを負ってはいない。


 アオイが弓を引いた。

 勢いよく放たれた一本の矢が、土の肉体へと命中する。


 しかしそれは効いていないかのように、ゴーレムはずんずんと直進する足を止めることはなかった。


「アリシア、麻痺を」


 チトセは彼女に盗賊のジョブを【レンタル】する。

 途端、スキル【探知】の効果が切れて、言いようのない不安感を覚えた。これまで見えていたはずの周囲の様子が見えなくなる。それはまるで自分の体の感覚を奪われるかのよう。


 アリシアは前に出て、手にした短剣を構える。そしてスキル【麻痺毒】を発動。

 大きく振りかぶって、投擲。それはクレイゴーレムの胴体にしっかりと突き刺さった。


 それが効くかどうかは不明だが、彼女は立て続けに何本かの短剣をぶち込んだ。


 多少は勢いが失われるも、前進は止まらない。


「ナタリ、あいつを止めてくれ」


 隣にいたナタリはすぐさまモーモーさんを召喚する。そして此方を見た。


 チトセはすぐさま獣使いのジョブをレンタル、ナタリはそのカバに【巨大化】【強化】のバフを掛けて、【突撃】の命令を出す。


 坑道の半分を占めるほどに大きくなったカバは、勢いよく走り出して、ゴーレムに飛び付いた。


 巨大な土人形は地に倒れ、その表面が削れて粉塵を巻き上げる。


 そしてクレイゴーレムが動かなくなった瞬間、カナミは既にそこまで迫っていた。


 チトセはすぐさま剣士のジョブをレンタル。

 三つ目のジョブをレンタルしたことで、チトセは身体能力が大きく落ちていることを実感する。さもありなん、最も高レベルな前衛用ジョブである剣士をレンタルしたのだから。


 カナミは鮮やかな弧を描きながら、クレイゴーレムの腕を切り上げた。剣は何の抵抗も受けてはいないかのように、すっと通り抜ける。


 だがゴーレムはもう片方の手をカナミへと伸ばす。彼女はその手先を切り落とし、顔面の方へと向かう。


 その手はまだカナミを追い続けていたが、途端に力を失って胴体の上に落ちた。

 肩のあたりで、メイベルが巨大な両刃の斧をぶんぶんと振り回して、上腕を抉り取っていた。


 そしてカナミは頭部に辿り着く。

 まずは一撃。ゴーレムの首の半分が切り裂かれる。


 そして片側にいたメイベルが、残りを砕いた。

 クレイゴーレムはもはや動かない。


 やがてチトセに盗賊のジョブが戻ってきて、辺りの状況がよく分かるようになる。ゴーレムの上に乗っていたモーモーさんは見る見るうちに小さくなり、姿を消した。


 時間にして数秒。チトセ一人では倒せるかどうかも怪しい相手であったが、それもあっさりと片付いた。


 チトセはふとレベルが上がっていることに気が付き、ステータスウィンドウを開く。




水明郷千歳 Lv14


固有ジョブ

【転生者Lv10】


メインジョブ

【剣士Lv48】

【戦士Lv30】

【侍Lv10】

【弓使いLv36】

【槍使いLv12】

【盗賊Lv33】

【魔法使いLv22】

【僧侶Lv49】

【獣使いLv38】



 転生者レベルが上昇。そしてそこには新規項目を知らせるため、色が変化していた。

 それを選択して、詳細を見る。




固有ジョブ【転生者】

異世界に転生した者に与えられる称号。


【経験値増加】ジョブの獲得経験値上昇。

【マルチジョブ】習得済みジョブの全てを有効化。

【レンタル】転生者ジョブレベル分の秒数だけジョブをレンタル出来る。クールタイムはジョブごとに5分。

【フィードバック】レンタルの効果が終了直後、転生者ジョブレベルの10%の時間だけ被レンタル者の能力を加算。重複不可。




 新規で加わった能力は【フィードバック】。加算といってもステータスに相当する分がそのまま加わるのか、補正が加わるのかは不明だ。そして有効時間はたったの1秒。


 多少レンタルの効果が強化されたという程度だろうか。

 チトセは次にモンスターと遭遇すれば、試すことになるだろう、とウィンドウを閉じた。


 カナミたちは既にクレイゴーレムの死骸をインベントリに収納しており、再び歩き出す準備はできていた。


 チトセもまた、隣のアリシアに手を引かれて、歩き出す。

 パーティでの狩りも悪くはない。チトセは少女たちの姿に目を細めた。


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