第四話 対の剣
その日は午前に訓練、午後に授業という構成だった。
そして今は午前の訓練が始まったばかりで、チトセは準備運動を行っているところだ。前屈などをして体をほぐしていく。
これまでの準備運動はすぐに木剣が渡されるため素振りなどが中心だったのだが、今日はどうやら準備に手間取っているらしい。まだ教員は来ていない。
「ねえねえチトセくん! 今日は先生遅いね、何かあるのかな?」
隣にいるカナミは今日も元気だ。
どうしてこれほどまでに楽しそうに訓練に励むことが出来るのだろうか。彼女ほどの強さがあれば確かに楽しいかもしれない。しかし彼女はもしこの中で最弱であったとしても、それを楽しむような気がする。
チトセはほんの少しだけ、それを羨ましく思う。
「ほら、戻ってきたぞ」
そうして二人で駄弁っていると、向こうから教員がやってくるのが見えた。これまで通り、木剣の入ったカートを押してくるので、単に用事があっただけなのかもしれない。
そう思っていると、教員は告げた。
「今日から訓練はスキル付きの木剣を用いて行う。それほど高価なものではないが、数に限りがあるので無くさないように」
基本的にスキルを付けた武器は、モンスター及びそれが所持する武具由来であるものがほとんどである。元々スキルが付いている素材ならばそれが引き継がれることが多く、そうでないものでも稀に新規で付くことがあるらしい。
そのため木剣と言っても木々のモンスターから生み出されたものでなければスキルが付くことは無く、しかし訓練以外には何の役には立たないため、希少ではあるが価値は無いということになる。
生徒たちはそれぞれ木剣を手に取っていく。チトセはこの日、二本の木剣を選択した。これまで目立つのが嫌で他の生徒たち同様に盾を使っていたが、スキルがあるならばわざわざ盾を使うこともないと考えてのことだ。
まずはこれまで同様に素振りから始まった。そして次はスキルの使用。
付いているスキルは【バッシュ】で、ひたすら打ち付けるだけのものだ。その際、ひとたび発動してしまうと軌道がある程度固定されてしまうため、空振りすれば逆に大きな隙を生み出すことになってしまう。
また、発動時にはそれに意識を集中させなければいけないため、それによる隙も生じることになる。また、同様の理由で発動中のスキルキャンセルを行う際も、隙を生み出さないためにキャンセルしたはずが、それに意識を取られて却って大きな隙が出来ることになるということもありうる。
そしてクールタイムは1分。スキルは武器自体に付いており、クールタイムも同様なので、木剣をいくつかインベントリに入れておいて取り替えるという手段も実戦ならば使えるのだが、どうやら適切な発動のタイミングを掴ませるため、ここぞというときにしか使わせる気はないらしく、インベントリには入れさせる気はないらしい。
それは紛失防止も兼ねてのことなのかもしれない。それに加えて、武器を交換する際の隙を埋めるのもなかなか大変であるから、まだ早いということもあるのだろう。
チトセは片手に持った木剣にてスキルを発動させる。
籠手を打つ要領で、小さく振り上げて降ろす。その動作は通常の籠手打ちとは違って、奇妙な動きであった。
腕と手首を上げて降ろす直線的な動きではなく、弧を描くように手首を捻り、腕を捩る。
スキル【バッシュ】はほとんど直線的な動きしか出来ない。発動させると刃の方向に向かって動くというものだ。それ故に、基本的な使用方法は振り下ろす際の威力と速度を向上させる補強ということになる。
しかしならば、剣の刃を一度上に向けて切り上げ、手首を捻って刃を下に向ければいいだけであると、チトセは考えた。
振り上げるという動作を素早く行う、ただそれだけのために何度も練習したものだ。もちろん、そんな僅かな時間を省くためだけに練習する者は他にはいなかったが。
それから、もう一方の木剣のスキルを発動させる。
繰り出すのは、直線的な斬撃。そして完全に振りおろされる前にスキルキャンセル、軌道を変えて突きを繰り出す。
木剣はそこでピタリと動きを止めた。
スキルをキャンセルして繰り出す突きに威力があるわけではない。しかしスキルキャンセル後の隙を無くすために考えたのが、それを攻撃に利用するというものであった。
これらの動作はどちらも小手先の技術に過ぎず、大したメリットがあるわけではない。しかしチトセは一つ一つのスキルに対して熟練しており、様々な技術を使い分けることで戦闘を有利に運ぶことができるため、ある程度は力量差を覆すことができるのではないかと期待を抱いていた。
しかしそのとき、隣でカナミがスキルを発動させた。
上段に掲げた剣を振り下ろす。ただそれだけの行動。
だがその様を見てしまうと、たったそれだけの動作とは思えない迫力が伝わってきた。
空を切る木剣は、すさまじい勢いと力強さがあった。周囲に風圧を撒き散らし、そしてまるでその荒々しさが嘘であったかのように静止する。
技術的にはそれほど優れた斬撃ではなかったのかもしれない。それでもあれを発動された場合、チトセには防ぐ術がなかった。
あの速さに対応できるかと言われれば難しく、そして仮に防いだとしても力任せに突き飛ばされるのが落ちだろう。
彼女の剣技は、会った頃から向上し続けている。それは戦闘経験だけでなく、ジョブレベルが上がったということもあるのだろう。
それでもいつか追い付くのだと、チトセはカナミを暫し眺めた。
「チトセくん、どーしたの?」
そんな彼の様子に気付いた素振りもなく、カナミはあっけらかんと訪ねてきた。
「張り切ってるなって思ってさ」
「うん。もっと強くならなくちゃって思ってね」
もっと強く。それはあのゴブリンキングとの戦い以降、彼女達にも一層強く根付いた考えなのかもしれない。
生きるため、あるいは名誉のため、それぞれが抱いた感情。
彼は力を求め、少女たちもまた力を求める。
訓練場は熱気に包まれていた。
それから鎧を身に着けて、ローテーションでの模擬戦が開始される。チトセは目の前の対戦相手である小柄な少女を見る。彼女は強さ的には下の方だったと記憶しているが、それでも恐らく彼より膂力はあるだろう。
礼をして、木剣を構える。
合図とともに試合が始まった。
チトセはじりじりと間合いを詰めていく。隙を作らずフェイントを混ぜ、誘いながら慎重に、試合を運ぶ。
勝機を見出すとすれば、スキルの使用時くらいだ。レベルが上がって何とか対応できるようになったとはいえ、スキルを使わなければ相手の力を上回ることが出来ないのだから。
チトセは先に動いた。
牽制とも言える一撃は、あっさりと盾に阻まれる。しかしそれで相手の視界が狭まった。その隙に側面に回り込む。
しかし少女の反応は早い。巧みな足さばきで体勢を変え、こちらに向き直った。
チトセはすぐさま木剣を突き出すが、それもまた盾によって阻まれ、そしてその隙を狙って返してくる。
少女が繰り出す木剣を受け止めると、脳天まで痺れそうなほどの衝撃が伝わってくる。それでも何とか受け止めることが出来るようになったのは進歩だと言えよう。
防戦一方になるのを嫌がって、チトセは小振りに木剣を振りながら引いた。それは盾で防がれたが、ほんのわずかな隙が生まれて、彼が離れることを可能にする。
そして再び彼我の間に、間合いが生まれる。
呼吸をするのも忘れるほどの緊張。一瞬の油断が敗北に繋がるのだ。
チトセは一つ大きく息を吸うと、大きく踏み込んだ。
相手の剣先が上がる。そして、振りかぶる姿勢を見せた。
チトセはそれに合わせて、スキル【バッシュ】の発動を試みる。
魔力。ゲームのときには存在しなかったそれが、第六感とでも言うべき感覚として、スキルの発動前には感じられる。
少女はそれに気付いてか、咄嗟にスキル【バッシュ】を発動させて、チトセの攻撃ごと潰すことを狙ってくる。
相手の少女の矮躯から、とめどなく溢れ出すような魔力が感じられる。ほんのわずかな時間。発動までの一瞬、猶予があった。
チトセはスキルキャンセルをして、飛び退いた。
鼻先をかすめ取るように、少女の木剣が振り抜かれる。ぎりぎりで回避したそれに遅れて風が顔面を殴りつけてくる。
ほんの少し遅れていれば、頭部を横から殴打されていたに違いない。どっと汗が噴き出し、心臓は早鐘を打つ。
しかし眼前には少女の驚いたような顔。この機会を逃す訳にはいかない。
チトセは地を大きく踏みつけ、後退の勢いを殺す。そしてすぐさま飛び掛かった。
スキルキャンセルは発動前であればクールタイムは発生しない。それ故に、今はこちらが一方的に二回のスキルをぶち込むことができる。
まずは一撃。少女を守る盾へとスキル【バッシュ】による斬撃を加えて弾き飛ばす。
そして空いた胴体へと振りかぶるが、その時には既に木剣が身を守るようにして構えられていた。
チトセはもう一方の木剣にて、邪魔立てする相手の剣を打つ。
力任せではなく相手の力を利用して逸らし、そしてスキルを発動させる。力を加えるべき方向が分からなくなった相手の剣を、力任せに下方へと押し下げた。
それと同時に既に構えなおしていたもう一方の剣を突き出しており、それはぴたりと少女の首元に突きつけられていた。
左右の剣がそれぞれ調和して、一瞬の隙を生み出すと同時に攻め込んだ。
二刀流の妙技であった。
試合は彼の勝利に終わる。チトセは礼をすると、他の人の試合を眺めた。
最近は何とか勝てるようになってきていた。とはいっても、クラス内50位が40位になったという程度だが。しかしスキルが使えるのならば、多少は技術によって、隙を生み出すことは出来るだろう。
そして相手の膂力が多少上という程度でそれほどかけ離れていないのならば、剣技で押し込むこともできる。
確かに彼我の力の差は縮まってきている。
チトセはそのことに安堵するとともに、喜びを見出すのであった。




