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第二話 相談


 そうしてアオイの部屋で暫く過ごした後、さすがに夕食まで御馳走になるのは悪いということで解散することになった。


「アオイ、それじゃあまたあとでね!」


 カナミは元気よく手を振りながら、入り口の扉を開ける。


「ええ。また明日ね」


 アオイは穏やかな笑顔で出て行く者たちを見送る。

 カナミたちはそれぞれ自室に戻っていく。チトセはそこで女子たちと別れて、男子寮に向かった。


 女子寮を一人で歩いていると、どうにも視線を感じる。しかし見知らぬ男子が入り込んでいるのをどうかと思うのは当然だろう。


 チトセはほんの少し、足を速めた。


 そうして女子寮を出ると、夕焼けに染まる空が目に入ってきた。澄んだ空気が心地好く、時折聞こえる鳥の声が風情を感じさせる。


 それと同時に寂寥を覚えるのは、恐らく景色の美しさのせいだけではないだろう。


 先ほどまで、少女たちといたときが恋しいのだ。賑やかで劣等感を覚えずにいられる、安楽のときを求めているのだ。

 自分でも気付かぬうちに、安息の味を覚えてしまったのだろう。


 それは悪いことではないし、人としては当然の感覚なのかもしれない。それでも、まだ成り上がるという目標は達成していない。ここで諦めれば、過去の自分に申し訳が立たないというものだ。


 拳を無理にぐっと握ると、チトセは真っ赤な太陽に背を向けて、男子寮に入っていく。


 それから自室に戻ると、窓から射しこんでくる夕日がやけに眩しく感じられる。音のない自室が妙に寂しく思われて、いつからこんな軟弱者になったと自嘲する。


 インベントリの中の確認しながら、今日の狩りの行先を考える。あれからアスガルド南の平原でホワイトディアを何度か狩ってみたが、集団を相手にするのはあまり合わなかった。


 木々などの障害物が無いため、隠れようがないのだ。それゆえに、盗賊のスキル【探知】を生かすことがほとんどできない。


 複数のジョブを常時発動させるスキル【マルチジョブ】を上手く使っていかねば、効率よくレベルを上げることはできない。


 ゴブリンの大量発生も収まったということなので、北西の森の奥地を訪れるか、あるいは北東の山にまで足を延ばしてみるのもいいかもしれない。


 卒業までの八十四か月。そのうちの一月は既に過ぎてしまった。長いようで短いと思わざるを得ない。


 漠然と目標もなく過ごしていれば、時はあっという間に過ぎていく。そうして流されたまま生きていって、何が残るというのだろうか。


 チトセは改めて、目標を思い出す。成り上がる、そのために必要なことは、まずは本体のレベルを上げるということだ。ジョブレベルを上げることで身体能力には補正が掛かるが、その元が低い状態では補正があったとしても大した強さにはならないだろう。


 具体的な数値として見ることはできないため、どの程度変化があるのかは分からない。しかしそれでも、乗り越えることが出来ると信じて鍛錬するしかないのだ。


 軽く顔面を叩いて気合を入れる。今日中にレベルを一つ上げるぞ、と。


 そうして出て行こうとしたとき、コンコン、とドアがノックされた。

 ドアの前にいたため、すぐに開けると、驚いたようなナタリの姿があった。


「ん、どうした? 忘れ物でもあった?」

「そうじゃない、けど」


 煮え切らない彼女の返事にチトセは暫し思い悩んだが、立ち話もなんだし、と中に入ってもらうことにした。


 ナタリは珍しく文句ひとつ言わず、それに従った。


 女性が自室に来る。それは初めての経験で、チトセは少し戸惑っていた。元の世界で可憐な少女を連れ込めば、すぐにでも噂になっただろう。しかしどうやらこの世界では、女性が部屋に来るのをありがたがるという風潮は全くないらしい。


 それはありがたいことなのだが、それでもやはり意識せずにはいられない。ベッドに腰掛けるナタリの隣に座りながら、ちらりと彼女の様子を窺う。


 真っ白な髪は夕日に照らされてほんのりと赤みがかって、しかし透き通るような美しさがある。僅かに俯いていることで影が生まれ、その表情はどこか儚くも見える。


 小柄な少女は、いつもより小さく、弱々しく見えた。


 それは思い込みだったかもしれない。それでも、そんな庇護欲を抱いてしまったのは、仕方がないことだろう。


「チトセ」


 少女が名を呼ぶ声が聞こえる。


「ああ。何か用事があるんだろ? 俺で良ければ手伝うよ」

「うん。ありがと」


 今日のナタリはいつになく素直だ。

 普段みたいにおざなりな態度を取られているのに慣れているせいで、チトセはどう対応していいものかと悩んだ。


 ナタリはチラチラとチトセの方を窺ってから、やがて決心したのか、口を開いた。


「モーモーさん、私が契約した召喚獣じゃないの」


 どうやら召喚獣に関するお悩み相談ということらしい。

 彼女が契約したのではないということならば、恐らくはスキル【アイテム化】によりアイテムとして取引を行ったということだろう。


「お母様の、形見で……だから、とても大事なのに、いつも言うことを聞いてくれなくて。……才能、ないのかなって」


 ぽつりぽつりと言葉が紡がれる。


 無力さを噛み締めるその姿に、チトセは共感と憐憫を覚えた。

 世の中にはどうしようもないこともあるかもしれない。それでも何とか出来ることなら、何とかしてやりたいと思った。


「それでね。……チトセには懐いてたから。だから、何があるのかなって」


 言われてみて暫く考えてみるも、どうにも思い当たる節は無い。可能性が有るとすれば、ジョブレベルの違いだ。


 思い返してみれば、ナタリにジョブをレンタルしたとき、モーモーさんは言うことを確かに聞いていた。


「なあ、ナタリのお母様って、獣使いのジョブレベルいくつだったんだ?」

「えっと……確か30くらい」

「もしかしてさ、懐かないのって、本来は召喚出来ないレベルの召喚獣だからじゃないか? そう言う話は聞いてないの?」

「受け取ったときにはもう、亡くなったから」


 チトセは聞いてはいけないことを聞いてしまった、と反省する。

 しかしナタリはそうなのだろうか、と本気で悩んでいるようだった。


 この世界で召喚獣に関する知識はあまりない。それはリディアの両親が図鑑を作ろうとしたきっかけなのかもしれない。


 獣使いのジョブレベルが高いものはあまりおらず、それ故に遅々として進まないのが現状らしい。それ故に、召喚にレベルが関与していることもあまり広く知られている事実ではなかった。


 だから、ナタリを責めることはできないだろう。


「それならさ、試してみたらどうだ?」

「試す?」

「ああ。ナタリがレベルを30まで上げてみるんだ。そしたら懐くかもしれない」


 ナタリは表情を一変させて、すごく嫌そうな顔をした。かなり根気のいる作業であり、嫌がるのは無理もない。


「でもさ、俺がナタリに獣使いのジョブを貸してるときは懐いてただろ? だから何とかなるかもしれない」

「そう言っても、そんな簡単に上がらない」


 ナタリは首を振る。しかしとりあえずはレンタルのスキルで試せるだけ試してみる、ということになった。


 男子寮を出て、二人で北西の森に向かう。既に日は沈みつつあり、暗くなっている。そんなときに少女を連れて森の中に行くとなると、少々いかがわしい感じがしないでもない。


 しかし学園内でスキルを使うわけにも行かないので、どうしようもないのだった。


 チトセは隣りを歩く少女を見ながら、彼女が自分のことを気にしていたのは、こういうことだったのか、と納得する。誰にも懐かなかった形見の召喚獣が、色々秘密のある少年に懐いた。


 それゆえに、何かあるのではないかと期待した、と。

 残念ながら、彼女の期待したものがそこにあったわけではないのだが。


 森に着くと、とりあえずナタリにモーモーさんを出してもらう。

 彼女がスキル【召喚】を発動させると、小柄なカバが姿を現した。この前のゴブリンキングとの戦闘では随分と役に立ってもらったものだ。


 そのカバは辺りを見回すなり、主人であるナタリではなく、チトセの方によってきた。それはチトセが好きだというよりは、ナタリを避けているようにも見える。


「とりあえず、ジョブをレンタルするから、その反応を見てくれ」


 ナタリが頷くなり、彼女に獣使いのジョブをレンタルする。獣使いのジョブレベルはこの世界に来たときからずっと変わらず38だ。そもそも召喚獣がいないため、上がることはほぼないと言ってもいい。


「モーモーさん、おいで」


 ナタリが告げた瞬間、そのカバはくるりと向きを変えてナタリの前まで駆け足で行き、そこでピタリと足を止めた。


「お手」


 それは間髪入れずに行動に移す。

 様子を見ていると全く問題なく従っているどころか、行動にキレがある。


 そして8秒が過ぎた。レンタルの効果が切れる。

 途端、モーモーさんは態度を一変させて、そこらにごろりと横になって、眠そうに欠伸をした。


「やっぱりジョブレベルの問題じゃないか? 最悪、レベルが上がるまで別の召喚獣を使うって言うのでも――」

「上げる」


 ナタリは言葉を遮って、屹然と言ってのけた。どうやら他の召喚獣を使うのはどうしても嫌らしい。


 それならばチトセも手伝うということで、共に狩りをすることになった。彼女一人でも恐らくは余裕なのだろうが、ジョブをレンタルしている際に入る経験値の方が多いらしい。


 スキル使用経験値の他にダメージボーナスが入ることになるが、ジョブレベルが高ければ入るダメージボーナスも多いということだろう。多少は効率がいいかもしれない。


 そうして二人は森の更に深いところに向かう。



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