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第三話 現実と異世界

 MMOにのめりこむ人間は大抵現実に何かしらの不満があるのだと、チトセは思う。逃れられない現実で仮初の休息を得るために、仮想のコミュニケーション世界に没頭するのだと。そしてチトセもまた、そういった人物の一人だった。


 だから別にここがどんな世界であろうと、ログアウトが出来なかろうと、死にさえしなければ何ら問題は無いのだ。剣と魔法のファンタジー。たとえ人死にが日常的な世界だろうと、どれほど生きていくのが辛い世界だろうと、それでも悪くはない。


 チトセはこの世界のことをまだ何も知らないのにも関わらず、既に現状を受け入れていた。ゲームであろうと現実であろうと、やることは変わらない。もしこれがゲームだったとすれば、ログアウト出来ないのは運営の責任なのだから。


 もし長年ゲームの世界に閉じ込められていて、それによって現実で不利益を被ったのなら、裁判に持ち込めば勝てるだろう。そして現実なら、ただこれまで通りゲームをプレイするように、生きていけばいい。だから何も問題はない。


 チトセはゴブリンの剣を手に、歩いていく。もはや動揺もなくなっており、既に頭の中はスキル【マルチジョブ】の効率的な運用方法についての考察だけがあった。


 暫く歩き続けると、コボルトが現れた。犬の顔を持つそのモンスターは、彼を見るなり、奇声を上げながら槍を掲げて突進してきた。がっしりとしたその肉体が真っ直ぐに向かって来るのは、それなりの威圧感がある。


 しかしチトセは大剣を上段に構えながら、間合いをはかっていた。そしてコボルトが槍を繰り出した瞬間、侍のスキル【体捌き】により強化された動きでその側面に回り込み、ゴブリンの大剣の固有スキル【バッシュ】を発動させた。


 途端、剣を持つ腕に力が漲る。

 力任せにそれを振り下ろすと、それはコボルトの脳天に直撃した。そして頭から腰が真っ二つになるまで振り下ろしたあたりで、ようやく剣は動きを止めた。


 辺りは大量の血で真っ赤に染まっており、コボルトはもはや原型を留めてはいない。


 とりあえずインベントリにそれらを収納すると【コボルトの死骸】と【コボルトの槍】に分割された。


 大剣を使うのはオーバーキルのような気がするため、槍と使い分けることにする。両方をインベントリに収納し、使うときに取り出すことにした。


 しかし暫く行くと、森の終わりが見えてきた。それからようやく一息つけるのだと、安堵した。


 森の出口辺りには兵士が突っ立っていた。まだ二十歳になったばかりといった青年である彼は血まみれになっているチトセを見るなり、笑って言った。


「お、気合入ってるな! でももうすぐ試験が始まるから急いだ方がいいぞ。場所は分かるな?」

「場所ですか?」

「なんだ。知らなかったのか、呑気なやつだな。この先の道を行けば大通りに出る。そこから見える巨大な建物がそうだ。早く行った方がいいぞ」


 チトセは話の内容を理解してはいなかったが、とりあえずなんかのイベントがある、とだけ理解した。思い返してみれば、今日は4月1日。新年度の始まりの日だ。こういった日にはイベントがつきものである。


 どうせ行く当てもないのだから、行ってみてから考えようと彼の指示に従って歩き出した。


 それからすぐに街に足を踏み入れることになった。チトセは血まみれの鎧をインベントリに一旦収納した。周囲の人々は誰も武装してはいないため、そうした格好で街の中に入るのは気が引けたのだった。


 木造の家々が立ち並んでいるのは中々に近代的で、結構きれいな街であった。こんな街あっただろうか、と思い通行人に思い切って尋ねてみた。三十代と思しき綺麗な女性は、丁寧に彼の相手をしてくれた。


「あの、この街って」

「あら、貴方も試験を受けに来たの? ここはアスガルドよ」


 チトセが言い終わる前に、女性はそう言った。その名前には思い当たる街があった。始まりの街アスガルド。しかし彼の知っているそれは、あちこちに薪が置かれた小屋のような建物がぽつぽつとあるだけの、小さな村だったはずだ。


 そのことを聞いてみると、彼女は年相応の余裕のある表情を浮かべながら、くすくすと笑った。


「それは百年以上前のお話よ。今じゃこの国でも有数の街なんだから」


 それより早く行かなくていいの、と彼女は逆に聞き返した。チトセはありがとうございました、と礼をしてその試験会場とやらに向かった。


 どうやら話によればここはアスガルドで間違いはないのだが、街はすっかり様子が変わってしまっている。彼女は百年前と言った。ゲームの世界に取り残されてタイムスリップでもしたのか、それともそういうアップデートのバグに巻き込まれたのか。


 あるいはゲームに似た異世界にトリップ。先ほどの女性との会話はとてもNPCとのものだとは思えないほど正確な受け答えであり、行き交う人々も行動パターンが読み取れないため、その線が濃厚だろう。


(ま、どうでもいいか)


 チトセはさほど気にもせず、それよりこれからどうしようかと考え始めた。しかし出来ることといえば、モンスターを狩ってそれを収入に変えることくらいだろう。ならばやることは変わらない。


 やがて大通りに出ると、そこは出店で賑わいを見せていた。そしてその奥、大通りの突き当りには、人だかりが出来ていた。それはイベントボスのレイドを思い出させるほどの熱気がある。


 その熱に浮かされるように、彼はそちらへと歩き出した。近づくにつれて、ますますその活気が感じられる。


 そこに集まっているのは、十五、六程度の少年少女たちである。しかし割合としては、男一人に対して女九人くらいである。しかしこの街でこれまで見てきた人も、ほとんどが女性であった。


 よくよく思い出してみると、このゲームには『可愛い女の子たちと一緒に冒険に出よう!』というキャッチフレーズが付いていた。そしてNPCたちはほとんどが若い女性、もしくはロリ少女であった。


 ならば男女比が大きく偏っていてもおかしくはないのではないのだろうか。そしてそこに集まっている少女たちは皆美少女と言っても問題が無いほど、整った容姿をしていた。どうやら推測は当たっているらしい、と彼は勝手に納得してから、そういえばとショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を見つめた。


 そこにあったのは、十五ほどの少年。それもアバターと元々の自分の姿を足して二で割ったような容貌だ。それほど外見の異なるアバターを使用していたわけではないので、あまり違和感はない。しかしちょっぴりイケメンになっているような気もして、含み笑いをした。


 それから門が開いた。人だかりは吸い込まれるようにその中に入っていく。チトセは人波に押されているため、もはや後退出来ない状況になっていた。しかし元々楽観的な彼は、どうにかなるだろうと現状を楽しんでいた。


 仮に彼が楽観的ではなくても、現状を楽しんでいるということには変わりがなかったかもしれない。彼の周囲にいるのは皆少女であり、押されることで柔らかな感触が伝わってくるのだ。


 しかもゲームのときとは異なって、感触がはっきりと伝わってくる。そこには器機を通じた伝達ノイズも、過剰な性的感覚を刺激しないための自主規制もない。


 少女たちは皆真剣な様子で試験とやらに臨もうとしているのか、誰もそうした接触を気にしてはいない。チトセは夢見心地で、暫くその感覚を堪能した。


 やがて門の所まで来ると、そこには受付があった。受付は二十代から三十代の女性数名が行っており、流れ作業のように一連の動作を行っていた。


「はい、じゃあここに手を通してー」


 二十代半ばほどの綺麗なお姉さんが血圧計のような器機に手を通すように指示を出す。健康診断だろうかと思いながら、チトセはそこに手を通した。危険なこともないだろうと。


 しかしそれから計器に表示された値を見て、お姉さんは驚き隣の女性と何かを話していた。


(あれ、俺何かやらかしちゃったのか?)


 チトセがそんな危惧をしていると、お姉さんは器機を取り替えてから再び計測を始めたようだった。それから表示された値を見て、変わらないことを確認した。


「あなたレベル43なの!?」

「え? ああ、剣士のならそうですね」


 お姉さんの発言を皮切りに、場が急にどよめきはじめた。チトセは何かまずいのだろうかと慌てて隣りの女の子が腕を通している器機を見た。受付の女性とは対面になっているため、検査を受けている側からは見えにくいのだが、ちらりと見えたそこには剣士Lv5と表示されていた。


(うわっ、低いな!)


 それから反対側の女の子のものも見るが、戦士Lv3と表示されていた。そこでチトセは転生者のスキルにジョブ経験値を増加させる【経験値増加】があったことを思い出した。もしかすると、この世界ではジョブレベルが上がりにくいのかもしれない。


「何か問題がありました?」

「いえ、全く問題はありません! 素晴らしいですね!」


 お姉さんの褒め言葉を聞いてから、チトセは結果を印刷された紙を受け取ってから中に通された。しかし周囲の視線を集めてしまうせいで、居心地は良くはない。これが彼の周りにいるのが厳つい不良であればすっかり萎縮してしまったのだろうが、可愛らしい女の子に囲まれているのだ。人目を引くのは遠慮したいが、皆可愛いのだからそれほど不快感はない。


 こうして彼は、自分でも知らぬままに試験を突破していた。


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