表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/75

第一話 五月、寮にて

 ゴブリンキングとの戦闘から既に十日余りが過ぎて、今は五月に入っていた。そんな休日のある日、アスガルド北にある学園の女子寮の一室で、賑やかな声が響いていた。


 チトセは目の前の少女をじっと見つめている。対して向こうの白髪の少女、ナタリ・アスターもまた、食い入るようにこちらを見てくる。


 緊張の一瞬であった。


 ナタリの手がすっとチトセの方に伸ばされる。そして、カードを一枚手に取った。


「上がり」


 小さくつぶやいた彼女は、二枚のカードをぽいと投げた。

 それはババ抜きであった。


 チトセの周りには、その他にもアオイ、カナミ、アリシア、メイベルがいる。アオイはにっこりと笑顔のままチトセを見守っており、アリシアはチトセを見ながら嬉しそうな笑みを浮かべている。

 メイベルはようやく上がったナタリに絡んでいた。ナタリは自由闊達なこの少女に少々煩わしさを覚えているようではあるが、それでも嫌がっているわけではないらしい。


 そして勝負はチトセとカナミの一騎打ちになった。


「今度こそ負けないよ!」

「ふっ。カナミよ。勝負は時として残酷なものなのだよ」


 チトセはカナミの手にしているトランプに手を伸ばす。彼女は頑張ってポーカーフェイスを貫こうとしているが、それでも表情に出てしまっている。


 何度か手を動かしてそれを確認してから、すっと一枚のカードを引いた。ハートの8だ。


 チトセは自分持っていたものと合わせて二枚のカードを投げた。


「上がりだ」

「むー。全然勝てないよ!」


 カナミは遊びにも真剣そのものだったが、結局一勝も出来てはいなかった。それもそのはず、彼女は感情が顔に出やすい。


「そろそろお昼にしない?」


 休日ということもあって、朝から集まって遊んでいたのだが、そろそろ昼時である。アオイが気を使ったのか、そんな提案をする。


 そこにはメイベルが食いついた。


「いいね! アオイの手料理期待してるよ!」

「ふふ、じゃあ腕によりをかけてつくるわ」

「待ってます!」


 メイベルはどうやら作る気はないらしい。勝手にアオイのベッドに横になって、ごろごろと寝転がっている。


 この部屋はアオイが使っている部屋である。彼女は以前病気がちであったということもあって、こうして友人を招き入れるのは初めてだそうだ。それゆえに、どこか嬉しそうにも見える。


「あ、私手伝うよ!」

「そう? ありがとうカナミ」


 カナミはすっくと立ち上がって、台所にいるアオイの所に向かった。アリシアはチトセを暫く見てから、小さく拳を握って、手伝いに向かった。


 チトセは何か手伝えることは、と思ったが、そもそも料理が出来るわけではないので、邪魔にならないよう大人しくしていることにした。


 そうしていると、ナタリがじっと見てきていることに気が付いた。


「どうした?」

「別に」


 ナタリはそっぽを向いて、やがてベッドにもたれ掛りながら、呼び出したモーモーさんと戯れはじめる。


 召喚獣は基本的に無菌であり、召喚したときには泥などもないので、非常に衛生的な生き物だ。加えてアレルギーなどが出ることもないため、他人の家で呼び出しても問題が起きることは無い。


 彼女がそのカバと戯れているとき、いつも嬉しげな、しかしどこか寂しそうな表情を浮かべる。大抵無表情な彼女が浮かべるそれは子供らしく無邪気で、チトセはいつも微笑ましく思うのだった。


 チトセはこんな大人数で友人宅に集まるのは初めてのことである。少女たちが五人。それだけでも多く感じるが、この世界の人口を維持するのに必要な子供の数は男性一人当たり十人。平均的な人生を送ると仮定すれば、それだけの子を成すことになる。


 とはいえ合計特殊出生率は1.2もあれば人口維持が可能である。それは男女比が1対1ではなく1対9であることが理由なのだが、一人あたりの女性の子の数が少ないというのは、生存戦略の上では有利なのかもしれない。


 だが世の男性たちに実際に十数人の妻がいるかといえば、そうではないらしい。二人以上の子を成す女性や一生を未婚で終える女性などのつり合いによって、人口は上手く維持できているそうだ。


 それだけではなく、男の中には仲のいい男性と共同生活を送りながら、同じ女性を妻としている者もいるそうだ。複数の女性との婚姻でただでさえ血縁関係が複雑化しているというのに、それによって更に複雑化、どちらの男性の子か分からないという事態に陥ることもあるという。


 チトセからすれば、どうしてそうなった、としか思えないのだが、あまり問題はないらしい。


 人口維持のために打ち出した政策が、積極的な子作りであったため、セーフティネットも完備されているらしく、気兼ねなく子をもうけることが出来るそうだ。


 そして異母兄弟といえば何か確執がありそうな気がしないでもないが、そういうこともないらしい。


 実際にカナミの実母は一人だが、彼女は七女だと聞いている。それでも他の姉妹とは仲がよく、そうした血縁関係を気にしたことは無いそうだ。母親が複数いるというのが当たり前で、むしろ一人しかいないと逆に驚かれるらしい。


 これが異世界の常識なのだった。


 チトセはこうして彼女達と過ごす日々がずっと続けばいい、と願うのだが、もし本当にそれを実現しようとすれば、彼女たち全員と結婚することになる。可愛らしい少女たちとの結婚生活は喜ばしいことなのかもしれないが、気苦労も絶えそうにない。


 この世界での婚姻は友達関係より少し発展した関係、というのが相応しい。それくらい気軽なものなので、深く考えることではないのかもしれない。


 しかし彼の常識からすると、本当にいいのだろうか、と若干の忌避感が拭えないのも事実だ。


「チトセ、何難しい顔して考えてんの?」


 メイベルがベッドの上から顔を覗かせて見てくる。

 顔に出ていただろうか、とチトセは一瞬だけ考えるが、君と結婚することを考えていたなどとほざくわけにもいかず、すぐさま言い訳を考える。


「そろそろ学園祭だなって思ってさ」

「ああ、うちの学園祭って有名だよね。結構遠方から見に来たりする人もいるらしいよ」

「へえ。そうなんだ。例えばどんなことをするんだ? 全然知らなくてさ」

「んー。モンスター料理の出店とか、剣技の見世物とか。あ、有名なところだと僧侶の無料治療会があるかな。普通に病院に行くとお金がかかるから、結構人が集まるんだ」


 どうやら学園の特徴であるジョブ持ちというのを生かした催しであるらしい。それゆえに名物になっているのかもしれない。


 可愛い女子たちと学園祭。

 かつて男子校では彼女を連れてくる同級生を皆で冷やかしたり野次を飛ばしたりしたものだが、今度はそうではない。


 チトセは自然と心躍っていた。


 それからふと台所の方を見ると、少女たちは手際よく料理を進めていた。

 チトセは愕然とした。がさつそうなカナミが、手慣れた様子でネギを刻んでいるのだ。まな板ごと叩き斬りそうな彼女が、だ。


「皆料理出来るんだ。すごいな」

「誰でも出来る」


 チトセのつぶやきには、ナタリが答えた。

 モーモーさんはいつしか送還されており、彼女は真っ直ぐにチトセを見ていた。


 いつも思うことだが、彼女の説明は言葉が足りない。

 誰でも出来ることだから大したことなどないという意味なのか、それともお前そんなことも出来ないのという意味なのか。あるいはその技能は全員が標準装備だということなのかもしれない。


「あのねーチトセくん。いまどき料理も出来ないと、お嫁の貰い手がいないよ?」


 花嫁修業の一環といったところだろうか。そもそも彼女たちは貴族であるゆえに、家事をする必要はないのかもしれない。


 しかしよくよく思い出してみると、この世界がゲームだったときの売りは、『可愛い女の子たちと一緒に冒険に出よう!』というキャッチフレーズからも窺えるように、女の子たちである。


 家事もきっちりこなす女性への憧れが存在していてもおかしくはない。

 そうなると、彼女たちは理想の女性像を体現していると言ってもいいのかもしれない。習慣として根付いている概念。それは彼女たちを女性たらんとするものである。


 そういえば、とチトセは授業で習ったことを思い出す。何百年も前には複数のジョブを持っている者がいたらしい。もしそれが元の世界の住人だとすれば、この世界の住人に趣味趣向を全開にしてもおかしくはない。むしろしない方がおかしいとも思われる。


 ただのネトゲ廃人が一転して優秀な戦士に早変わり。そして周りは到底縁のなかった可愛い女の子。そりゃ欲望も暴走するというものだ。


 そうしていると、やがてアオイが出来上がった料理を運んできた。味噌汁などの日本食である。これまで何も気にせずに食べてきたが、よくよく考えてみれば、箸など日本文化が定着しているのも、これまた元の世界の住人が広めたからではないだろうか。


 ネトゲ廃人たちの中には、技術に長けている者もいるだろう。それゆえにこの世界の技術は発展したとも考えられる。元の世界並み、いやむしろそれ以上に快適なのだ。


 不便な点といえば、テレビやネットなどの通信関連の技術があまり発展していないことだろう。その理由として、まずは衛星の打ち上げを一切行わないというのがある。


 以前歴史の教科書に載っていたが、空に何らかの物体を打ち上げたところ、空を穢されたと見なしたドラゴンがそれを撃墜、打ち上げた国に襲来して、一国が滅んだ事件がある。


 信仰などの理由ではなく、ひどく現実味を帯びた問題として、空は禁忌なのであった。


 やがて少女たちは皆、席に着いた。


「いただきます」


 少女たちは手を合わせて言う。これも日本文化である。

 チトセはずずっと味噌汁を啜る。出しがよく出ていて、非常に美味しい。


「チトセくん、ど、どうかな?」


 アリシアがおずおずと尋ねてくる。 


「ん、とても美味しいよ」

「良かった」


 ぱあっと花咲く様な笑顔。それは見ているだけで温かい気持ちになれるものだ。


 可愛い女の子たちに囲まれた生活。それは中々慣れないものの、賑やかで楽しいものだ。たまには集まって、休日をこうして過ごすのも悪くない。


 チトセは今日、狩りのことは考えないようにしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ