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第二十八話 草原

 チトセはリディアから解放されると、早めの夕食を済ませた。それから三階の購買部に行く。特に用事があるわけではないが、たまには流行を取り入れてみようかと思ったのだ。


 生きていくために必要なことは大体知ってはいるが、あまりにもこの世界のことを知らないように思われたのだ。書籍コーナーをぶらぶらと歩いていると、そこに大きな違いを見つけた。


 多くの雑誌の表紙を飾っているのは、爽やかな笑顔を浮かべた青少年なのだ。元の世界ではグラビアアイドルだとか、女性の方が多かった気がする。男性が表紙を飾っているのは、ほとんど読んだことは無いが、男性向けファッション雑誌くらいのものだったと思ったのだが。


 どういうこったと暫く頭を悩ませたが、そもそも客として見ているのが男性ではなく女性なのだから、そういうものなのだろうと納得は出来ないが理解はした。


 それから可愛らしい笑顔を浮かべて誘うようなポーズを取っている女性が表紙の、手近にある雑誌を手に取ってみると、すぐにそれが男性向けのものではないことを理解した。


 『意中の男性を落とすには』そんなありきたりなフレーズが目に入って来る。どこの世界でもこういうのは変わらないものなのだろうかと思いながらページを捲っていくと、やがて顔を顰めずにはいられなくなった。


 アンケートの内容は、『理想的な妻の数』というものだった。その結果は男性と女性で大きく異なる。


 女性は20人以上や10人以上が過半数を超えており、それとは対照的に男性の方では1人が圧倒的に多い。


 普通逆じゃないのか、そんな疑問を抱きながら回答者の声を見る。


 女性24歳 多ければ多いほど夫として魅力的。包容力があるというか。

 女性28歳 多い方が共同生活を送るうえで生活費を節約できるので。

 女性32歳 子育てを分担できるので楽です。

 男性20歳 初めは良かったんですが、妻たちの仲が悪化しちゃって。

 男性23歳 妻たちの関係に気を遣ったり、夜の生活が大変です。


 そういえば、ケントもそんなことを言っていたなあ、とチトセは思い出す。彼自身、男性が1割しかいないこの世界では、きっと他人事ではないのだろう。とはいえ、そんなのはまだまだ先のことのように思われた。とりあえず今は、この世界で成り上がることが優先なのだから。


 暫くそういった情報を集めていくと、比率から当然なのかもしれないが、積極的な女性たちと、消極的な男性たちという構図が浮かび上がってくる。そういえばこの前、夜の街を歩いているときに誘われたな、と思い出す。


 中には結婚はしたくないけど子供だけ欲しいから、とりあえず性交だけしてほしいというものまである。


 性に関して開放的で、ごく自然に出来上がった習慣。チトセはその差異を受け入れるのに、暫く時間が掛かった。


 それから全然違う趣向の雑誌も見てみる。鎧の付け方から始まり剣や鎧の選び方などが解説されている、硬派な月刊武具。それからモンスターを狩るための心得やおすすめ狩場などが載っている週刊冒険者。ジョブ持ち以外、用は無いんじゃないかと思ったが、どうやらそういった人でも、大した強くもないモンスターなら勝てるらしく、その限界の線引きなども載っていたりする。日銭を稼ぐには割といいらしい。


 そうしていると日が暮れ始めたので、チトセは学園を出た。折角武器を新しく手に入れたのだから、試してみようと思ってのことだ。


 ゴブリンキングの大剣は、大きさ三メートルを超えるものであり、チトセの腕力では振り回すことはおろか、持ち上げるのが精いっぱいだ。しかしそれにはスキル【回転斬り】が付いている。


 そのスキルが発動している間だけならば、使えないことは無いだろう。もちろん、武器交換などの隙は出来てしまうのだが。それでも、広範囲を薙ぎ払う攻撃スキルが有用であることは間違いない。


 西の森では難なく狩れるようになったので、そろそろ新しい狩場の開拓に乗り出そうと、今日は学園から南に向かう。大通りは今日も活気があり、行き交う人々は楽しげに雑談をしている。


 こうしてみると、先ほどまでそういった雑誌を読んでいたこともあって、やたら女性が多く感じられる。そして実際に女性ばかりなのだった。


 夜遅くなってから、出て歩く男性はあまり見られない。治安の問題なのだろうか。酔っぱらった女性に絡まれたこともあり、そんなもんかなあととりあえずは納得する。


 それから街の終わりが見えてくると、その向こうには大草原が広がっていた。街からずっと南まで続く一本道。その向こうには辺境の街があるそうだが、ここからでは影も形も見えない。


 警備の兵に軽く頭を下げて、街の外に出る。当然その周辺にはモンスターなど見当たらない。


 チトセは駆け足で、道を行く。ゲーム内のときほどではないが、レベルがあがったということもあって、疲れにくくなっており、それなりの速度も出る。この体で元の世界に戻ったら、陸上競技の世界チャンピオンだって余裕だろう。


 丈の低い草が茂っている大草原を、真っ直ぐ南へ。どれほど行けども、景色が変わることは無い。


 それは時間の感覚をおかしくする。

 どれほど経ったのか、どれほど進んだのか。振り返ってみると、既に街は遠く、豆粒のようにしか見えなかった。


 それでもまだモンスターなど見当たらない。これで本当に儲かるんだろうか。そんな疑問が湧いてくる。


 鍛冶屋の馴染みの店主は、ホワイトディアがおり、そのため稼ぎがいいという話をしていたが、全然見当たらないのだ。そもそも草原はあまりにも広すぎるため、盗賊のスキル【探知】に引っかかる範囲より目視できる範囲の方がよほど広い。


 そのため盗賊のジョブ持ち以外ならいいということで言ったのではないか。そう思い始めた。


 それから一時間ほど走り続けて、チトセはようやく真っ白な鹿の群れを見つけた。ホワイトディアである。


 全身が真っ白な毛皮で覆われており、毛並みも艶やかである。その頭部には、二メートルはあろう、広がった角。強固なそれは、一突きで人に風穴を開けられそうなほどだ。そしてその体は細さとは程遠いもので、全身に肉がついている。


 あれなら確かに食料としては優秀なのかもしれない。そんなことを思いながら、その群れを眺める。ゲームだったときは、一体ずつ攻撃して、群れから引っ張ってくれば問題が無かった。しかし今はどうだろうか。


 もしかすると攻撃した際に逃げ出すかもしれないし、一斉に向かって来るかもしれない。


 暫く思案したものの、やってみなければ結果がどうなるかは分からない。そしてそれほど強いモンスターだとは聞いていないので、どうにかなるだろう。


 チトセはインベントリから弓を取り出した。そして弓を引き絞り、数十メートル先のモンスターに狙いを定める。


 弓使いのジョブには【弓術】という、精度と矢の速度を上げるスキルがついている。そのため、風による影響をあまり受けず安定した飛行をさせることが可能となる。加えて、狙った場所に向かう補正が掛かるため、弓道など経験しなくてもある程度何とかなるのだ。


 チトセは長年ゲーム内で弓を使ってきたので、補正などなくとも当てることは可能だが、敵は動くためあるに越したことは無い。


 一つ息を吐き、弓を引いた。矢は真っ直ぐに一番近くの鹿へと飛んでいく。

 次第にその距離は近くなって、しかしまだ敵は気付かない。


 これならいける。チトセがそう確信したとき、矢は鹿の頭部を貫いた。


(やった……!)


 チトセが喜びを抱いた次の瞬間、鹿は頭に矢が突き刺さったまま、くるりと向き直った。そして一つ声を上げた。


 二十を超える鹿の群れが、一斉に彼の方に向き直る。そして、一斉に駆け出した。


 その迫力は地響きとして伝わってくる。四本の足で地を蹴る鹿たちは、迷うことなく突っ込んでくるのだ。


 チトセは逃亡を企てたが、ここは草原。隠れる場所などどこにもない。そして単純な走力で言えば向こうが上だ。


(……強くないって言っても、数があるだろうが!)


 そんな悪態を吐きながら、弓を仕舞い一本の銀の剣を取り出して迎撃態勢に入った。


 最初の突進さえ凌いでしまえば、後は群れの中に入って何とか出来るだろう。同士討ちにならないよう、奴らとて遠慮なく突っ込むことは出来ないのだ。


 それでも、真っ直ぐに突っ込んでくる群れを前にすると、冷や汗が流れ出す。その距離が近づくにつれ、敵の多さに圧巻される。


 やがて、矢が頭に突き刺さったままのホワイトディアが飛び出してきた。巨大な角を震わせて、思い切り頭突きを仕掛けてくる。角は分岐して広がっており、それは多数の点というより、面の攻撃に近い。


 チトセは掻い潜るようにしてそれを回避、そして首を一撃で刎ねる。


 剣は大した手ごたえもなく、あっさりと肉も骨も断った。

 鹿は首を失っても暫く走り続け、やがてそのまま倒れ込んだ。


 しかしそのときには既に次が来ている。大量の鹿の群れ。数の暴力を前にして、無事に済むとは考えにくい。被害を想定しながら、チトセは剣を握った。


 次にやってきた鹿を回避しつつ、首を狙う。

 銀の剣が煌めき、肉の中へと入りこんでいく。だが。


 ――浅い。


 チトセは咄嗟に体を捻るも、既にその鹿は前足を折り曲げて蹴りを繰り出していた。


 胴体に逞しい鹿の足が食い込む。その衝撃で地に叩きつけられるが、すぐさま起き上がって敵を確認する。


 敵は逃がすつもりが無いらしく、一部は直進せずに回り込み、包囲の態勢を取っていた。そのままじりじりと距離を詰めてくる。


(……試してみるか)


 危険な状況だというのに、これが絶好の好機に思われた。


 チトセはインベントリから鈍く光る大剣を取り出した。それは持ち上げることもままならない、ゴブリンキングの大剣。


 頭上に掲げるようにして取り出したそれを見ても、モンスターどもは怯むことはない。


 チトセは思いきりそれを地面に叩きつける。しかしその速度は比較的緩慢で、ホワイトディアは嘲笑うかのようにそれを回避した。


 そして一斉にこちらへと駆け出す。


 段々と距離が近くなって、十を超える鹿が三メートル以内に入った。

 そこは、大剣の射程内。


 チトセはスキル【回転斬り】を発動させた。

 剣は引っ張られるかのように動き出す。持つ手には猛烈な力が加わって、筋肉は悲鳴を上げる。


 すさまじい勢いで、大剣は振り抜かれた。

 360度、周囲を完全に薙ぎ払う。


 後にはぐちゃぐちゃになったモンスターの死骸が残っていた。


 生き残ったホワイトディアは、暫くチトセを警戒していたが、中には逃げるものもいた。チトセは大剣を仕舞って片手剣を取り出し、襲ってくる残党を始末する。


 やがてそれが終わると、静けさが戻ってきた。


 肉と毛皮が使えると聞いていたが、胴体をぶっ潰してしまったものが多く、角もバキバキに折れている。大剣を使った以上、仕方がないことなのかもしれないが、これではまともに売り物にはならないだろう。


 やはりここは自分には向かないのかもしれない。そんな結論を抱きながら、大剣を仕舞い、真っ赤になった鹿の死骸を回収していく。


 ミンチになったそれを見ていると、改めて大剣の威力を実感すると共に、ゴブリンキングとの戦闘を思い出す。


 すっかり昔のことのように思われるが、たった二日前のことだ。


 チトセは強くなった、と実感を抱く。

 そしてもっと強くなれるのだと、笑みを浮かべた。


 この世界で成り上がる道は続いている。たとえどれほど険しかろうと、その頂点まで辿り着くのだ。


 確かな願望と目標を胸の中に抱き、また一歩ずつ歩き始めた。

これにて一章は終わりです。

読んでいただいた方ありがとうございます。


二章はヒロインたちの出番がもう少し増える予定です。

これからもお付き合いいただければ幸いです。

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