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第二十一話 鎧

 第一回目のジョブ別訓練の締めくくりは、試合相手をローテーションで入れ替えながら行うものだった。チトセは一人目には試合開始直後にぶっ飛ばされ、二人目には切り掛かったところをあっさりと切り返され、そして三人目には剣さえ使わせることが出来ず蹴り飛ばされた。


 それから何人もの少女たちに木剣でぼこぼこに殴り飛ばされて、ようやく最後の一試合になった。正直なところ、ようやく解放されるという思いが一番強かった。


 そもそも身体能力強化の恩恵がほとんどない僧侶や魔法使いのジョブ持ち相手にも勝てないのだから、剣士のジョブ持ちに勝てるわけがないのだ。チトセは少々卑屈になりながらも、最後の対戦相手を見る。


「よろしくお願いします」


 小柄な少女が恭しく頭を下げた。チトセも頭を下げながらも、どうせすぐに終わるってのに、と内心で悪態をついた。負け続けていい気分でいられる方がどうかしている。


 そして互いに木剣を構えると、打ち合いが始まる。チトセの振る剣はことごとく受け止められ、相手に届くことは無い。それに対して彼は迫り来る剣を受け止めるのが精一杯であった。


 刀線も刃筋もめちゃくちゃ。そんな攻撃であっても、受け止めることしかできないのはひどく無様であった。


 担ぎ技を予知していなし、ふらふらと中心の定まらない突きを叩き落とす。ぎりぎりで回避しながら攻めに転じるも、チトセの剣戟はどうやっても『見てから弾かれる』のだ。軌道を暫く眺めてからでも間に合う、その身体能力の前では剣技など、大した役には立たない。そうして打ち合う中、一撃を貰わずに何とかしのぐことしか出来なかった。


 教員が、授業の終わりを告げる。


 チトセはそのとき初めて、敗北ではなく引き分けを得ることになった。勝利ではないためそれほど喜ばしいものでもないが、それでも自身の力が上がっていることの証明に他ならない。そこはかとない希望が見えたような気がした。





 それから数日間、チトセは何事も無く、ただひたすらレベリングを行いながら過ごした。所持金は20万ゴールドをようやく超えており、そろそろ新しい防具が買えそうである。


 その日も狩りを終えて森からの帰り道であった。すっかり日が落ちて、時間は9時を過ぎていた。この世界の日付は元の世界と何ら変わりが無く、学園に入ったあの日は4月1日であった。新年度の始まりである。


 そして今は4月の中旬なので、それほど時間は経っていない。そのことを考えると、割といいペースで生活にも馴染み、レベルも上がってきている。そんなことを考えながらチトセはステータスウィンドウを開いた。



水明郷千歳 Lv7


固有ジョブ

【転生者Lv4】


メインジョブ

【剣士Lv45】

【戦士Lv23】

【侍Lv10】

【弓使いLv33】

【槍使いLv12】

【盗賊Lv30】

【魔法使いLv17】

【僧侶Lv47】

【獣使いLv38】



 数日間で上がったのは本体と剣士、魔法使いのジョブレベル。それ以外は全く変わっていない。魔法使いのレベルはまだ低いため比較的簡単に上がるが、それによる主な恩恵は確か知力と精神力であった。この世界で言うならば、魔法攻撃の耐性と威力、そして魔力を使用することによる疲労の軽減辺りだろう。どれも肉弾戦に役立つものではない。


 チトセの戦闘スタイルは、軽量の相手には近距離で剣士、一撃が重い重量のある相手には遠距離から弓での物理攻撃を行うというものだった。それを補助するため、敵の探知や罠の使用をする盗賊、回復を行う僧侶、複数の敵がいる時にターゲットを取ってもらうための召喚獣を使う獣使い、それぞれをサブジョブとして用いていたためレベルが上がっている。


 そろそろ召喚獣を狩りのお供として使いたいのだが、いかんせんスキル付きの武器を買う金が無かった。それだけでなくレベルが低い召喚獣と契約したところで、ターゲットをぐちゃぐちゃに乱したりするだけで、体力が低く壁としての役割も果たせない。それ故に中々手が出せなかった。


 盗賊、僧侶は実戦で使えるほど十分にレベルが上がっており、ジョブ自体に付いているスキルが主であるため、武器に固有のスキルを使う必要はあまりない。そして戦士、侍、槍使いといった他の近接職を使う必要は特に感じられず、身体能力の底上げとして上げるのは後回しでもいいだろう。


 となると、必要になるのは魔法使いか弓使いの武器となる。魔法使いのスキルをダメージソースとして使っていくには武器に固有の通称大魔法と呼ばれるスキルを使っていく必要がある。


 しかし本体のレベル上げが急務であるときに、わざわざ育っていないジョブでちまちまダメージを与えて狩るべきだとも考えられない。あくまで補助としての使用が無難だろう。


 そうしてスキル付きの弓か、すっかりボロになった防具を新調する。その結論に至った。


 暫くして鍛冶屋に辿り着くと、すっかり顔なじみになった三十代ほどの女性が挨拶をしてくる。毎日訪ねてくる客は彼くらいのものらしい。さもありなん、遊びたい盛りの年頃に、生活できるだけの金以上を必死に稼ぐこともないだろう。


 それからチトセは奥の部屋に行って、モンスターの死骸を売り払う。モンスターは高エネルギーを取り出す燃料として使用するにあたって、まずは細かく破砕して遠心分離をかける。そしてそれぞれ用途別に使用するらしい。燃料が重油や軽油に分離されるようなものだ。


 目の前の機械がコボルトの死骸を砕く音を聞きながら、すっかりそれにも慣れたチトセは雑談をしていた。


「そろそろコボルトにも慣れたんですが、稼ぎのいいモンスターっていませんかね?」

「そうですねえ……森の奥地にはホブゴブリンがいますが、少し危険ですね。南の平原に行けばホワイトディアがおり、毛皮や肉として有効活用できるため稼ぎやすいかもしれません」

「へえ、モンスターの肉って食べられるんですか?」

「ええ。人体には影響がないそうですよ。栄養満点だとかで一部では人気だそうです」


 この世界でのモンスターといえば、コボルトかゴブリンしか知らないため、あまり想像できなかった。凶暴で筋肉が膨れ上がっている、そんなイメージなのだ。


 燃料となるほどの高エネルギーを含んでいるものを食べて大丈夫なのか。そんな疑問が無いでもないが、恐らくはモンスターへの偏見から生み出されたものだろう。折角この世界特有の食材を味わうことが出来るのだから、今度機会があれば食べてみることにしよう。


 それから報酬を受け取ると、チトセは元の部屋に戻って防具を探し始めた。数万ゴールドの安いものでも、今の十文字に穴の開いた鎧と比べれば遥かに立派である。出来ればスキルの付いたものが望ましいのだが、これもやはり質が良いものほど高くなっていく。


 100万ゴールドもあれば、申し分ないものが買えるのだろうが、そこまで金があるわけではない。衝撃吸収など防御力を上げるものが望ましいのだが、それは防具としての機能に合っているため価格も跳ね上がる。


 結局、【軽量】というそのまんま重量が減るスキルが付いた防具を10万ゴールドで購入することにした。この世界の人々は基本的に力が強いため、防具の重量はあまり関係ないらしい。そのため値段もほとんど変わらなかった。


 小札を重ね合わせたラメラーアーマーのようなデザインで、首から下を膝上まで覆っているものだ。胸部付近には特に強度を上げるべく鉄板が付け加えられている。


 新品の鎧はぴかぴかと輝いて、身に着けているだけで強くなった気がしてくる。それに初期装備と比べると体を覆う面積は広くなっているにも関わらず、スキルのおかげでそれほど重さは気にならない。恐らく他のジョブ持ちたちからすれば誤差の範囲なのだろうが、それでもチトセにとって鎧は少々重いものなのだ。


 そこで金を使ったせいで、弓は何のスキルも付いていない木製のものを矢と合わせて1万程度で購入することになった。まともなスキルが付いているものは数十万していたので、どうせ買えないのであまり違いはないだろう。


 再び残金が5ケタにまで戻ってしまったが、チトセは少々浮かれていた。装備を買い替える瞬間は、これまでの努力が報われたようで心地好い。上機嫌で店を出て、学園に向かった。


 寮に戻ると、入り口の掲示板の周りに人が集まっていた。寮と教育棟にある掲示板が主に使用されているが、全寮制であるため寮に張り出すのが一番見られる確率が高いようだ。


 チトセは離れた所から、一枚の紙が張り出されているのを眺めた。




募集要項


[内容]

増えすぎたゴブリン及びホブゴブリンの駆除

[期間]

4月19日(土)・20日(日)の2日間

[資格]

未経験者可

[時間]

8:00~17:00(多少残業有)

[人員]

500名

[給与]

日給1万ゴールド~

[待遇]

武具の修理費支給

[勤務先]

アスガルド北西の森・奥地

(学園から徒歩1時間)

[応募]

学園職員まで連絡下さい


1年生の応募歓迎!




 チトセは暫くそれを眺めた後、内心で突っ込みを入れた。


(バイトの求人かよ!)


 こんな気軽なものでいいのだろうかと思わなくもないが、ゴブリンの扱いなどその程度なのだろう。ただ人員が足りないから寄せ集めたという線が濃厚だ。


 日給1万ゴールドは正直なところあまり魅力的ではない。盗賊のスキル【探知】を使えば、モンスターが頻繁に引っかかるのだ。有効半径はジョブレベルの倍であるため、チトセは他の生徒たちに比べると、遥かに広い範囲を索敵することが出来る。そのため時給4000ゴールドくらいの効率が出すことが可能だ。


 とはいえ、いつも狩場にしている北西の森を集団で使われるのであれば、彼が一人で行っても仕方がないだろう。他の狩場に足を延ばしてみるのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、チトセはその日の活動を終えた。



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