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第十八話 プレゼント

 それから二時間足らずでナタリがすっかり飽きたようだったので、切り上げることになった。森を東に向かう中、カナミは上機嫌であった。鼻歌まで歌う始末だ。


「ねえチトセくん、また一緒に狩りに来てくれる?」

「構わないけど。俺よりもっと強い奴を誘った方がいいんじゃないか」

「そんなことないよ! チトセくん強いもん。単純な腕力とかじゃなくて、咄嗟の判断とか、それに支援とかもばっちりだし」


 敵を倒すだけが強さではない。そう言いたいのだろう。

 しかしチトセとしては、それらの技術は出来て当然のことなのだ。現実では絶対にできない、ゲームだからこそできた練習をしてきた。何度も死亡することでぎりぎりの感覚を身に着け、危険な方法も何度も行ってきた。それは死が終わりではないから出来たことだ。


 もちろん、カナミとて善意でそれを言ったのだろう。これまでの態度を見ていると、【レンタル】のスキルによる強化に陶酔しているだけとも取れなくもないが。他人を見ているだけでもあれほどの違いを見せつけられるのだから、自分がそれほど強化されれば、いずれそこにたどり着けると期待を抱いてしまうのも当然かもしれない。


「じゃあこれからもよろしく頼むよ」

「うん! よろしくね!」


 カナミは嬉しそうに笑った。自分と一緒に居ることを喜んで貰える。それは充実感にも似た幸福を孕んでいるようにも思われた。


 単純な経験値や収入だけを見るなら、一人で狩った方が効率はいいだろう。それはチトセが廃人の効率プレイに慣れているからでもある。しかし彼女たちに毎日十時間ぶっ続けで狩れと強制するわけにもいかない。ゲームとは違って疲労があり、感覚があるのだ。


 しかしターゲットが分散するため安全マージンを取るのには最適であり、非力なチトセが前に出なくて良くなることは死亡率を大きく下げることになるだろう。それに加えて、一人では何の役にも立たないスキル【レンタル】のジョブを生かすことが可能となる。


 ソロが中心であった彼にとって、ひたすらパーティーに貢献することを自分の役割であると認めるのは難しいことだったかもしれない。しかし感情と考えは異なる。それが望ましかろうがそうでなかろうが、効率厨として長年プレイしてきた感覚は、常に合理的な答えを叩きだそうと試みる。


 それ故にチトセは今日、剣を振るうことは一度もなかった。僧侶のスキルによる回復、魔法使いによる状態異常のアシスト。そして彼特有のジョブである転生者による強化。それらを常に適切に用いることが、最高の効率と安全性をもたらすことを、彼は知っていた。


 結局、上げようと思っていた戦士のレベルは上がることは無かった。その代わりに魔法使いのレベルは一つ上がり、そしてソロでは滅多に上がることが無いだろう転生者のジョブも二つ上がった。しかし敵にダメージをほとんど与えていないせいか、本体のレベルは変わらず4のままだった。


 こうしてパーティーで狩りに出かけてばかりだと、いつまでたっても強くなることはないのかもしれない。パーティーに向いた固有のスキルは強力であるが、しかしそれに頼ることは出来ないのだろう。


 チトセはまた今晩、狩りに行こうと思うのだった。


 やがて街が見えてきた。まだ日が暮れ始めたばかりで、これなら本格的に暗くなる前に帰ることが出来るだろう。少女たちを夜中に連れまわすのはあまり望ましくはない。


 夕暮れに染まる街は、自分の存在が曖昧になるような感覚を抱かせる。朝のはっきりした景色とも、夜の落ち着いた雰囲気とも違う。真っ赤な夕日に染められて、街はどこか別の世界のようにも感じられた。


 少女たちの顔も赤く染まって、それはどこか儚くも、美しいものだった。血に塗れた鎧を収納したとはいえ、カナミの顔回りには血が付いたままである。それが却って、幻想的な美しさを醸し出しているようにも思われた。


 少女たちは美しい。それはこの現実でその魂を、その存在の有り方を、しかと抱いているからだろう。彼女たちの生き生きとした、それぞれの個性を見ていると、ここが現実であることをはっきりと認識するのだ。


 しかしそんな中、彼らが向かったのは鍛冶屋であった。風情などあったものではない。そんな感情を抱いていたのは、チトセだけかもしれないが。


「いらっしゃいませー」


 店の中に入ると、この前来たときにもいた三十代ほどの女性にはっきりとした声音で迎え入れられた。


 モンスターの死骸をインベントリに収納していたのは全てカナミだったので、彼女はちょっと行って来るねと手を振って女性の所に向かった。何か手伝うことがあるだろうかと思ったが特に思い当たらず、アオイも彼女を見送っていたので、暇つぶしに店の中を見ることにした。


 この前来た時は金が無くて見ても仕方がなかったが、収入が四等分とはいえ安い剣一本くらいなら買えないこともないだろう。チトセは店の中をふらふらと歩き始めた。


 店に入ったばかりの所に置かれているのは、目玉商品だろうか。スキル付きの杖などが置かれている。これから魔法使いとして能力を生かしていくのであれば、武器に付いているスキル、通称大魔法を使えるようにしておくに越したことは無い。


 しかし元々ダメージソースとして期待しているわけではなく、状態異常くらいしか役に立つことは無いだろう。ゲームだったときの知力のステータスも、本体の能力として扱われているようで、やはり本体レベルを上げなければ威力は低いままのようだ。


 第一、魔法使いの有用なスキル付きの杖は高価な物が多い。通常の使用では剣のように破損したりすることはないため、自然と金払いが良くなるのだろう。


 それから近くにあった大剣を見てみるが、買えそうなものは今使っているゴブリンの大剣と性能的にさほど変わらず、それどころかスキルが無い分劣るほどだ。


 隣りにある片手剣のコーナーを見てみると、安いものは2万ゴールドもあれば買える額だった。初期装備の剣と大した変わらないものだろう。しかしスキルが付いていないため、これではジョブレベルを上げるのは難しい。


 高いものは最高で1000万ほど。剣士のスキルには手数の多いものが多数ある。ジョブレベルを上げるのには、クールタイムが短く手数が多いものが好ましい。そしてチトセの非力さを補えるスキルであればなおいいだろう。


 スキルが付いたものは安くても数十万はしている。もしかすると、今使っているゴブリンの大剣を売ればそこそこの値段になるのではないか。わざわざそうする気もないが、不要になったとき高く売れるならそれに越したことは無い。


 両刃の剣をいくつか見ていくが、これと言った物は見つからない。目ぼしいスキルがついていても重量があり、チトセには扱いにくいものが多かったのだ。


 やがて一振りの剣に目が留まった。価格は120万ゴールドで、すらりとした比較的細身の剣である。そのため重量が無く扱うのは容易いだろう。


 そして付いているスキルは、【ジャストガード】。クールタイムは20秒と短く、使用直後の1秒間、一度だけ衝撃を無効化するというものだ。タイミングさえ合わせれば、どれほど強力な攻撃であろうと無効化できるため、上級者向けではあるが有効なスキルだ。

 価格が安く抑えられているのは、剣より盾に付いている方が望ましいからだろう。しかし基本的に二刀流を好むチトセにとっては、却って此方の方が好ましい。


 時給4000ゴールドとして、購入までにかかる時間は300時間。土日合わせて30時間、平日30時間で週に60時間は取ることが出来るため、およそ5週間もあれば購入できることになる。そんな計算をしながらそれをじっと見つめていると、いつの間にかすぐそばにアオイが来ていた。


「チトセくん、それがいいの?」

「冷やかしだよ。金持ってないからさ」

「じゃあ買ってあげる。まだ何もお返しできてないから」


 いくらお返しにしても、高すぎるのではないだろうか。チトセはそれはさすがに悪いと遠慮するのだが、アオイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「私からの贈り物、受け取ってくれないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、価格が」

「チトセくんは困っている私を助けてくれたから、今度は金欠で困っているチトセくんを私が助ける番。だからこれでおあいこ。ね?」


 アオイの笑顔に、チトセは何も言うことが出来なくなった。彼女は本当に嬉しそうな笑顔を見せるのだ。それを無下に断ることは、この上なく無粋に思われた。


 彼女は近くにいた店員に声を掛けて、ショーケースの中からそれを取り出してもらう。アオイに促されてそれを手に取ると、それは見た目以上に軽く、しかし確かな強度を持っているように感じられた。


「どう?」

「うん。しっくりくる」


 アオイは一度微笑むと、カウンターの方に向かった。チトセもそれに続いていく。アオイは1万ゴールド硬貨を大量に取り出すと、店員の女性はそれを何度か数えてからレジ端末の中に投入した。それから盗難防止用のタグを外して、ようやくそれはチトセのものになった。


 銀に輝く剣。芸術的とも言える刃は、いとも容易くモンスターを切り裂くことだろう。店員は鞘をサービスしてくれたが、インベントリに収納するため使うこともなさそうだ。最近知ったことだが、インベントリはジョブ持ちにしか存在しないらしい。それによって狩りをする上で荷物だけでなくモンスターの死骸の運搬が簡単になるため、ジョブ無しの人とは効率が遥かに異なるそうだ。


「ありがとうアオイ」

「どういたしまして。大切に使ってね」


 それから少し経って、カナミが戻ってきた。収入は2万ほどで、四等分すると一人5000ゴールドだった。コボルトリーダーは1万ゴールドほどになったそうだ。


 しかしそうした臨時のネームドモンスターがいなければ、時給は1000ゴールドほどに落ち込んでいただろう。ソロで狩るのと比べれば、遥かに低い額である。たかがコボルトを狩るだけでそれほど儲かるのがおかしかったのだが。それはチトセが盗賊のジョブレベルが高いため【探知】出来る範囲が広いことも要因の一つだ。


 金を受け取ると、チトセたちは店を出た。日は沈み始めており、もうすぐ夜の帳は下りるだろう。夕焼けは、ほんのりと闇を孕みつつあった。


 四人は雑談をしながら、学園に戻っていく。学校帰りに遊びに出かけて、その帰りというのが相応しいだろう。しかし少女の一人は血に塗れ、残りの者もモンスターを殺してきたばかりだ。


 残酷で、しかしだからこそ美しい。

 この世界は魅力的だった。

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