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第十七話 パーティー

 それから折角だから、と四人で少々狩りをすることになった。チトセはインベントリから鎧を取り出す。装備状態は保存しておくことが可能であるため、取り出した瞬間に装着されている。


 カナミは肩にかかる程度の赤いくせ毛を、後ろでゴムで纏める。それから銀色に光る立派な鎧を身に着けて、小さくも強固な丸い盾の調子を確認していた。腰に佩いた剣は、そこらの安物とは一線を画する輝きを放っている。


 ナタリはポンチョのようなだぼっとした軽装の上にローブを纏い、鞭を手にする。彼女はあまりファッションには興味が無いようで、奇妙な格好になっているのを気にする風はない。獣使いは鞭により召喚獣に付加効果を加えることが出来る。彼女は準備を終えると気だるげな様子でチトセを見ていた。


 それからアオイは腰まである長い艶やかな髪を纏めて可愛らしいお団子を作り、長めのニットソーにズボンというちょっとおしゃれな格好の上に、皮の鎧を身に着けた。弓と矢筒を取り出し、狂いが無いか確認をしていく。これまで聞いたことが無かったため知る機会はなかったが、アオイのジョブは弓使いらしい。


 彼らの武具はどれも立派なものである。それに比べて、チトセの鎧はひどく安っぽいものであり、それだけでなく胴体の所には縦一文字に切り裂かれた跡がある。この世界に来たばかりのとき、ゴブリンにつけられたものだ。


 そして武器はゴブリンが使っていた大剣であるが、スキルがついているということを除けば、武骨なだけの剣だ。チトセが剣や槍ではなく大剣を選ぶのには理由がある。大剣のスキルを使うことによって、戦士のジョブレベルが上がる。戦士には筋力と体力が上昇する効果があり、それによって身体能力の差が埋まることを期待したのだ。


 それに加えて、剣士のレベルは他よりも上がっているため、上昇の効率が悪くなっているというのもある。最も低いジョブである侍を上げるというのでもいいのだが、軽装で回避しながら隙を見て強烈な一撃を加えるという戦闘スタイルは危険が伴うということや、刀の値段が他の武器と比べると高いということがあり、当面は戦士のレベルを上げるのが適切だと判断した。


「あれ、チトセくん戦士なんだ」

「片手剣を買う金が無いんだよ。それどころか、晩飯代すらない」


 チトセは肩を竦めた。これが剣士のジョブを使わない最大の理由であった。


「予備の剣なら貸すよ」

「ああ、ぶっ壊しても悪いし、遠慮しとくよ」


 万が一折れでもしたら、彼女の高そうな剣の修理費など到底払えそうもない。彼女は気にしないと言ってくれるが、何百万もするような物を壊して平然としていられるほど図太くはなかった。


 全員が準備を終えると、互いに顔を見合わせてから森の奥へと歩き出した。チトセはこれがゲームだったとき、あまりパーティーを組んだことは無かった。ハックアンドスラッシュ形式のゲームであったため、金を稼ぐにはボスモンスターを狩るとき以外ソロの方が都合が良かったのである。もちろんネトゲである以上、完全なソロというのは苦役とも言えるほどに効率は悪い。レベルを上げる際は、ギルドのメンバーと組んで行っていた。


 チトセはメニュー画面を開いた。ステータス、インベントリ。そこにはそれしか存在していない。直接ステータス画面やインベントリ画面を表示することが出来たので、メニュー画面を表示したのは久しぶりのことだった。そこにはなくなったギルドの項目を懐かしく思いながらも、ウィンドウを閉じて周囲に集中した。


 盗賊のスキル【探知】の有効半径はジョブレベルの倍である。今のレベルは30なので、60メートルの範囲内にモンスターが入れば気が付く。とはいえ、何があるかは分からないので、念には念を入れておくに越したことは無い。


 それからモンスターに遭遇することもなく20分ほど経った頃、探知にモンスターが引っかかった。


「前方60メートルに敵有り。多分、コボルトだと思う」

「じゃあ大丈夫だね! どんどんいこー!」


 楽しげなカナミを見ていると、一抹の不安を覚えないでもない。しかし最弱のモンスターコボルト相手に、それほど警戒が必要ないのも事実だ。やる気に満ち溢れているカナミがずんずんと先頭を行くのに対して、残り三人はただついて行く。


 メンバーのジョブは剣士、獣使い、弓使い。防御に優れた前衛と、高い耐久力のターゲット取り、そして物理攻撃による後衛。チトセが僧侶と魔法使いを兼任すれば、非常にバランスがいい組み合わせだと言える。実際、彼が役立てることと言えば回復くらいだろう。


 それゆえにカナミに後からついて行く形になったのだが、ナタリは単にやる気がないだけかもしれない、気だるげに一つ欠伸をした。口が大きく開けられて、端整な顔が歪む。それは間抜けに見えたので、チトセは微笑ましくそれを眺めていると、ナタリは不満げに睨んできた。


 慌てて視線を逸らして、少々離れてしまったカナミとの距離を詰める。そして手で移動を制止して、木の陰から覗き込むようにしてモンスターを指さした。そこにいたのは、何の変哲もないコボルト。とはいってもチトセからすれば、鋭い目つきで全身が筋肉に覆われたコボルトなど、普通ではないのだが。


 ともかく、そこには何の異変もない。カナミはすっと剣を抜き、突撃の合図を出す。それが残りのメンバーに伝わったことを確認すると、一気に木陰から飛び出した。


 一瞬で最高速度に到達し、コボルトが振り向く間もなく接近。そして剣先を上げて、振り下ろす体勢に入った。


 チトセはその様子を見ながら、いつでも魔法使いのスキルで援護が出来るように構えていた。しかしその必要はなかったようだ。


 カナミは勢いを乗せて剣を振り抜いた。それはコボルトの首と胴をいとも容易く両断し、真っ赤な血を撒き散らした。カナミはすぐに距離を取ったが、それでも飛沫を浴びずにはいられなかった。


 彼女の赤い髪は、血がついて更に赤々として見えた。チトセは不覚にも、その姿を美しいと思った。灼熱のごとき赤はますます赤く染まり、銀の鎧は血に輝く。動かなくなった敵を感情の籠っていない目で見下ろす彼女に、かすかなる英傑の気配を見出した。


 やがて彼女は普段の笑顔に戻って、三人の方を見て手を振った。


「あれ、チトセくんどしたの?」

「いや、何でもない。カナミはすごいな」

「そうかな? でもそうだといいなっ!」


 えへへ、と笑う彼女は変わらない。チトセもすぐに次の目標へと頭を切り替える。


 コボルトの死骸はカナミがインベントリに収納した。彼女が倒したのだから当然かと思ったが、どうやら収入は均等に配分するらしい。ダメージなどで分配してしまうと僧侶には収入が行かないためメンバーが集まらないそうだ。強敵相手には僧侶がいるかいないかで随分と差が出てしまう。そのため均等配分が一般的だそうだ。


 ゲームならばシステムによって配分方法を決められたため楽だったが、こちらでは少々面倒があるようだ。


 それから四人は再び歩き始める。森の中を歩いている間、チトセはアオイと少々雑談をした。


「やっぱり養子は遠慮しておくよ」

「チトセくんがそういうなら強制はしないし、勝手に話を進めちゃってごめんね」

「いや。気を使ってくれてありがとうな」


 チトセが微笑むと、アオイは嬉しそうに笑った。そうしていると、なぜかナタリは不満げにじーっと見てきたので、そちらを見るとすぐに視線を逸らされた。最近の彼女の態度は腑に落ちないものがあるが、無理に聞くこともないだろう。


 それから何事も無くコボルトを狩り続けて一時間が経った頃、探知にこれまでとは違う反応があった。先頭を行くカナミに近寄って、その旨を告げる。


「ネームドモンスターかな。向こうに強そうなのがいる」

「うーん。でも多分コボルトだよね? それなら大丈夫じゃないかな」

「とりあえず行けそうなら、俺とアオイが遠距離から奇襲を仕掛けて、そこにカナミが突撃、ナタリが援護をするっていうのでいいかな」

「私はそれでおっけーだよ!」


 カナミと二人で話を進めてしまったので、アオイとナタリに確認を取る。アオイは穏やかにそれを承諾し、ナタリは仕方ないといった風に頷いた。


 警戒を強めつつ、そちらに近づいて行く。草叢から僅かに頭だけ出して覗いた先にいたのは、これまでのコボルトより大きく簡素な鎧を纏っていた。コボルトリーダー。コボルトの中でも比較的強い力を持ったため区別するために名を与えられたモンスターだ。


 ボスモンスターなどと比較すれば弱い方ではあるが、そこらのモンスターよりは余程強い力を持っている。


 カナミの方を見ると、剣に手を掛けていた。そしてアオイも矢筈を弦にかけているところだった。


 チトセはコボルトリーダーへと片手を突き出し、狙いを定めておく。そして全員の準備が整ったことを確認すると、チトセはアオイに【レンタル】のスキルを使用した。付与するのは弓使いLv33。チトセは遠距離攻撃用に、魔法使いではなく弓使いの方を上げていたため、この世界では十分すぎるほどにレベルが上がっていた。


 アオイは弓を引いた。その際、弓の固有スキルを発動していたようだ。そのスキルは【スナイプ】で、貫通力と命中箇所の付近への衝撃を強めるというものだ。


 矢が放たれたのを認識した次の瞬間には、既にコボルトリーダーの脳天に矢が突き刺さっていた。【スナイプ】のスキルに速度を上げる効果はない。弓使いのパッシブスキルには【弓術】というものがあり、命中精度と飛行速度が上がることになる。それ故に、目にもとまらぬ射撃はジョブによるものであった。改めてその威力に驚きを隠せない。


 モンスターの頭部を貫いたとはいえ、生命力に優れたものはそれだけでは死なないだろう。チトセはすぐさま【サンダー】を発動させた。


 迸る雷撃は、矢よりもわずかに遅れてコボルトリーダーの全身を駆け巡った。大したダメージにはならない。そのことは理解していたため、一点に集中させることなく全身に拡散させる。それにより全身に麻痺の確率が発生することになる。


 引き攣ったように、コボルトリーダーは硬直した。刹那、カナミが飛び出す。チトセはカナミに【レンタル】のスキルを使用した。剣士のジョブを付与した途端、チトセはカナミの姿を追うことが出来なくなった。それは貸し出したジョブの分、チトセの身体能力が落ちたことも要因かもしれない。


 彼女は一瞬にしてコボルトリーダーとの距離を詰め、そして敵が気付く間もなく剣を振るった。たった一撃。あっさりとモンスターの首は切り落とされていた。


 コボルトは弱いモンスターだ。それはジョブを持っていない人であっても、あっさりと倒せるほどに。チトセとて倒せないわけではないため、そこにはそれほど差は感じなかった。


 クラスメイトを相手にしても、いずれ勝てると思っていた。それだけの努力をするつもりもあった。それゆえに、どこまでも強くなれるような気がしていた。


 しかしこの世界で上位の強さを持つ存在。たった数秒間だけの強者ではあったが、それを目の当たりにしてしまうと、格の違いをまざまざと見せつけられてしまうように感じた。


 いずれ彼女は成長し、レンタルのスキル無しでもあの強さを得るだろう。

 チトセは暫し、呆然としていた。目指した場所はあまりにも遠かったのだと。


 やがて頭を失ったコボルトリーダーはその場に倒れ込んだ。その音で我に返るが、心の深い底には、ずっしりと重い感情が沈んだままだった。


 それでもチトセは頬を何度か思い切りたたいて、すぐさま気持ちを切り替える。一度やると決めたことを、必ず成すのだ。どれほど目標が高かろうと、やらねばならないのだ。


 それはこれまで訓練してきた周囲の生徒たちの強さとは一線を画する、圧倒的な強者としての高み。


 ――あの境地に、辿り着く。


 チトセは顔を上げる。あらゆる不安を振り払う確かな意志がそこにはあった。

 剣を握る手には、いつしか力が籠っていた。


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