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第十六話 正体

 社会の授業は、チトセにとって有益なものだった。この世界の成り立ちを知るのに最適だったからだ。


 例えば政治的な面を挙げると、両院制を取っており、衆議院と貴族院があるそうだ。制度的には大日本帝国憲法によるものに近いのだろう。貴族たちは貴族院議員及び官僚、軍人として働くことが期待されているそうだ。そして爵位はヨーロッパのように土地の所有権を表すものではなく、家に与えられるものだ。


 それに関連したこととして、何百年も昔には複数のジョブ持ちがいたらしい。そして貴族が彼らジョブ持ちを積極的に血縁に取り込んでいったため、その地位が盤石なものになったということがある。もしかすると、ゲーム世界のプレイヤーたちだったのではないか。そうならば、チトセが元の世界に戻ることはもはやありえないだろう。


 とはいえ、それはただこの世界の過去の出来事というだけのことだ。チトセは今現在自分の関わることにしか興味はなく、歴史は直接的に彼と関わりが無いものなのであった。


 今後に関わってくる可能性があるのは、貴族がジョブ持ちを取り入れたという部分くらいだ。チトセは複数のジョブを持っており、遺伝するならばその子がジョブを持つ可能性も高い。それを上手く利用できれば、貴族の家の一員になることが出来るだろう。


 とはいえ、貴族になりたいわけでもない。先ほど、養子として貴族になる道は提示されたばかりであり、そうした後ろ盾が出来たことは喜ぶべきことなのかもしれないが、向いているかと言われれば、その対極だろう。


 午後の授業が終わると、生徒たちはそれぞれ席を立っていく。これから遊ぶ約束をしていたり、狩りに出かけたりするのだろう。


 チトセも無一文であるため狩りに出掛けたかったのだが、ナタリとの約束があるため、そうもいかなかった。見世物として代金でも取ってやろうか、そんな考えが過ぎるが、却ってみじめな気がしたのですぐに振り払った。


 隣のアオイを見ると、帰り支度を終えてナタリの方を窺っていた。養子になるということは、彼女の親戚になるということである。もちろん、チトセとて自分からそれを願い出たとしても、キサラギ家の当主が本当にそれを許可するかどうかは分からないということくらいは理解している。


「チトセくん。約束覚えてる?」

「ああ。大丈夫だよアオイお姉ちゃん」

「え。急に何?」

「予行演習だから、気にしないでくれ。自分で言ってて何だがこれはちょっとないな」


 アオイはチトセが養子のことを考えていると気が付くなり、納得した。


 チトセは自分とは似ても似つかない、黒髪と茶の瞳くらいしか共通点のない友人を姉と呼ぶのにはやはり抵抗があった。そもそも一人っ子だったため、これまで兄弟はいなかった。


 それから少し経って、ナタリがやってくる。何故か彼女はカナミも連れてきた。ナタリに強引に付き合わされたのだろう、何のために呼ばれたのかも分かってはいないようだった。


 しかし二人は仲直り出来たらしい。何も説明しないナタリに対してもあっけらかんとしているカナミは、きっといつもどおりなのだろう。


「チトセ、行こう」


 ナタリに言われて席を立ち、歩き出した。公爵家の少女たち三人と同行する。それは周囲から見ればひどく羨ましい状態なのだろう。教室から学園を出るまで、とにかく人目を引いた。


 学園から西に行き、森の中に足を踏み入れる。まだ日は沈む前なのだが、それでも木々に遮られて、地面にはあまり日が当たってはいない。


 それから少々歩いて、一本の木の前で足を止めた。この前訓練に使った木である。いくつもの傷跡があるそれは表面が削れており、異様な有様だった。


「ねえ、その木がどうかしたの?」


 何も知らされていなかったカナミが、疑問の声を上げた。


「こいつには前にちょっと訓練に付き合って貰ってね。まあそれはどうでもいいんだ。本題なんだけど実は俺、異世界から来たんだ」

「そうなの!? じゃあUFOとか持ってる!?」

「そんなわけないだろう。というか人を簡単に信じすぎると騙されるぞ」

「だってチトセくんはそんな人じゃないよ?」


 カナミの中の自分の像はどうなっているのだろうかと、チトセは少し頭を悩ませた。それから自分のことを淡々と話していく。本当に話しても大丈夫なのだろうかという心配はあったが、それよりも彼女たちに嘘をついているという罪悪感の方が大きかった。


 ただ、ゲームだったという点は隠して仮想世界だということにしておいた。それはこれからもずっと、吐きつづける嘘だろう。自分たちの世界が単なる遊びだと、そう認識させるのは、あまりにも酷であったからだ。そして、チトセ自身がもうこの世界がそれとは違うということを理解しているということもある。


 それらの話が終わるまでカナミはずっと驚いた表情をしていた。彼女は案外、こういった非現実的な話が好きなのかもしれない。ナタリは逆にこうした話には興味がなさそうに見えた。人に約束させておいて、と思わなくもない。


 アオイはすんなりとそれを受け入れられたようだった。彼女の話によれば、僧侶で高レベルの者を遥かに超えるジョブレベルを持っているのだから、何があってもおかしくはないと考えてのことなのかもしれない。


「うーん。でもチトセくん、前にも転生者ってジョブ持ってるって言ってたし、複数あるのはその時に知ってたんだよね」


 カナミはそう言う。確かに二つあるなら三つあってもおかしくはないということだろう。彼女は見かけによらずそこそこ頭が働くのかもしれない。


「じゃあチトセくんが僧侶のレベルが高かったのは、その転生者のスキルのおかげだったのね?」

「それもあるかもしれないけど、壁殴りをしたからだな」

「壁殴り?」


 何の事だか分からないといった風の三人にやり方を実演してみせる。


「聖属性をエンチャントして、ひたすら殴るッ!」


 木に向かって杖を打ちつける彼を見て、カナミは唖然として、ナタリはドン引きし、アオイは申し訳なさそうに目を伏せた。


「魔法使いと僧侶しかエンチャントスキルはないんだけど、僧侶には有効だし、他職もパッシブスキルで代用すればその分の使用経験値は入って来るから、出来ないことは無いよ」


 それからスキルや経験値の説明をしてみるが、ナタリのドン引きした表情は変わることが無かった。チトセは少々ありかもしれないと思ってしまったが、そこらにある枝を木にべしべしと叩きつけているカナミを見て、微笑ましい気分になると同時に思い直した。


 ナタリが本題である、複数のジョブを持っていることの証明をしてほしいとのことを告げたので、彼女にジョブを貸し出すことにした。


「有効時間は2秒だから。2秒経ったら別のジョブに切り替えるから」


 チトセはスキル【レンタル】を発動させる。対象はナタリで、まずはこの前も付与したことがある剣士。彼女は今度は驚くことなくそれを受け入れて、試しに近くの木に蹴りを入れていた。


 バキバキ、と音を立てて木が倒れていく。格闘術が強化されているわけではなく、ジョブについている身体能力強化スキルの影響だろう。あれを食らえば死にかねないと、チトセは震えあがるのだった。


 それから次々とジョブを付与していくと、普段は無表情なナタリの表情が次々と変わっていく。そして最後に獣使いをレンタルした。


 ナタリはモーモーさんという名のカバの召喚獣を呼び出した。今は昼食のときと違って、どこかしゃきっとしているようにも見える。心なしか、つぶらな瞳が見開かれていた。


「お手」


 ナタリが手を出すと、そのカバはすっと近寄ってお手をした。獣使いには【調教】のパッシブスキルがある。それは召喚獣に命令を出したときの成功率に影響を与えるだけだったが、どうやらこの世界では、その態度にまで影響を与えるらしい。


 ナタリはごく自然に、笑っていた。チトセはつい、その幼くも可愛らしい表情に見惚れてしまった。もしかすると、これが素の彼女なのかもしれない、そんなことを思わせるような笑みだった。


 彼女は召喚獣に対して、特別な何かがあるのかもしれない。昼食のときも、チトセによって行ったモーモーさんを見て、後悔にも似た何とも言えない表情をしていた。


 だから、きっとこれでよかったのだろう。少女の笑顔には、何にも代えがたい価値があった。


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