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現代のお話

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作者: 入江 涼子

君に伝えたいことがある。

それを言葉にしたくて、考え込んでしまう。

一体、どうしたら、伝わるのか。

僕はそればかりを頭の中で繰り返し続けるのだ。




僕はいつもの通りの一日を迎える。

朝、起きて、朝食を取り、制服に着替えて。

学校に通うのだ。

何の変哲もない日常だけど、鮮やかな色をまとう時がある。 君が僕の視界に入った瞬間だ。

「…おはよう。今日の授業、当たるの、私だった?」

僕の横を素通りして、前方を歩いていた友人らしき女子生徒に元気よく、声をかける。

生徒は笑いながら、頷いた。

「うん。たぶん、そうだよ」

「うわ、嫌だな。私、現代文の先生、苦手なんだよね」

そんな言葉のやりとりをしながら、君は遠くに行ってしまった。

僕は友人を待つでもなく、一人で寂しく、学校へと急いだ。


そして、現代文の授業にて、君こと彼女は授業の途中で、先生に問題を解くように言われた。

教卓に近づく彼女は、自信がなさげで、僕も心配になる。

けれど、黒板に答えをチョークですらすらと書いてみせた君に、クラスの皆が歓心の目で見ていた。 (よかった。間違えて、恥ずかしい思いをしなくてすんで)

僕はほっと、胸をなで下ろした。

とても、頭が良くて、顔もかわいくて、スポーツができる君。

いつになったら、僕は君に思いを伝えられるんだろう。

その日は来ないかもしれない。

僕は漠然とした気持ちになった。



翌日もまた、その翌日も。

僕は君を目だけで追いかける。

今日は意を決して、声をかけてみた。

「あの、佐藤さん。お、おはよう」

声がひっくり返りそうになりながらも、挨拶をしてみる。

佐藤さんは、一瞬、きょとんとした表情をする。

だが、すぐにそれは、何かを思い出す顔つきになった。

「…あの、君、もしかして。よく、ここを通ってる子だよね?」訝しげに尋ねられて、内心、びくびくものだ。

僕はなけなしの勇気で、声を振り絞った。

「うん、そうなんだ。僕は斉藤、斉藤佑介。佐藤さんとは同じクラスだよ」

必死に笑いながら、答えてみた。

佐藤さんはさらに、怪訝な表情になりながらも僕をまっすぐにのぞき込んでくる。

「斉藤君、か。ごめん、思い出せないや。けど、私に何か用なの?」

ストレートな物言いに僕はあわててしまう。

「…あ、あの。僕、前から、佐藤さんの事が気になっていて」

つい、勢いでいってしまった。

すると、佐藤さんは驚いたらしく、言葉を失っている。

ああ、やってしまった。

僕は穴があったら、入りたい衝動にかられそうになった。

だが、佐藤さんはすぐに、お腹を抱えて、笑い出した。

「…あはは!斉藤君、私の事が気になってたんだ。もしかして、私の寝起きの顔が気になってとか?それだったら、即お断りだから」

意外と鈍い佐藤さんに、僕はため息を小さくついた。

仕方ない、はっきり言おう。

僕は口を開いた。

「あの、僕が気になっているのは佐藤さん自身だよ。そう、君の事が好きなんだ」

静かに告げると、佐藤さんはまた、黙ってしまった。

よく晴れ渡った青空に、柔らかそうな白い雲が風で流れていく。

今は初夏だから、からっとしていて、爽やかな時期だ。

僕には佐藤さんが答えてくれるまでが永遠に感じられた。

そして、やっと、固い口が開かれた。

「…斉藤君、その。せっかく、告白してくれたのに。ごめんなさい。私、他に好きな人がいるの」

申し訳なさそうに、佐藤さんは頭を下げた。

僕はゆるりと首を横に振りながら、いいよと言った。

「こちらこそ、ごめん。いきなり、いわれたって、困るよね。さっきのことは忘れてくれて良いから」

必死に笑いながら、僕は佐藤さんに頭を上げてくれるようにいったのであった。


帰り道、ぼんやりとしながら、空を見上げる。

今は何も考えたくなかった。

世の中、そんなに甘くない。

僕はグダグダしても仕方ないと立ち上がった。

鞄を持って、家へと急いだ。

途中で自販機に寄り、適当にサイダーを買った。

アルミ缶のふたをぷしゅっと音を立てながら、開ける。

中から、しゅわっと小さく泡が出てきた。

僕はそれをこくりと一口、飲んだ。

オレンジ色の空の下、サイダーを飲み干していく。

しゅわしゅわと口の中ではぜるように、炭酸が踊る。

全部、飲んでしまうと、ふうっと爽快感と共に息を吐き出した。

缶をゴミ箱に捨てる。

そんな時に鼻の奥がつんとなった。

目が潤みだして、僕はそれを袖で拭った。

「告白なんて、するもんじゃないな」

一人でぽつりとつぶやいた。

誰も答えてくれる人はいない。

僕は無言で、歩き続けた。



家に帰っても、母さんと姉さんが仲よさげに夕食の用意をしているだけだ。

僕が帰ってきたのに気づいて、姉さんが玄関にまで来た。

「あ、佑介。帰ってきたのね」

お帰りといわれて、ただいまと返事をする。

姉さんはにっこりと笑って、今日の夕食を教えてくれた。

「今日はね、母さん特製のグラタンよ。あたしもね、今、野菜のスープを作っているところなの。自信作になる予定でね」

「そうなんだ。おいしそうな匂いがしてきてる」

姉さんは僕に、着替えてきなさいと言うと、キッチンに戻っていった。


僕は自分の部屋で、普段着に着替える。 適当にTシャツと黒のズボンという無難な格好だ。

ドアを閉めて、キッチンに向かう。

もう、グラタンはできつつあるのか、香ばしい匂いが僕の所にまで漂ってくる。 キッチンに入ると、母さんが声をかけてきた。

「ああ、良い所に来てくれたわ。グラタンをレンジから、出そうと思ってね。佑介、やってくれる?」

これは断れない。

「わかった、やる。で、どこへ置けばいいの?」

「テーブルの上に布巾を敷くから、そこに置いて。天板を出す用の道具はこっちよ」

指示を出されながら、言われた通りに動く。

レンジの扉を開いて、中の天板と耐熱容器に入ったグラタンを取り出した。

金属の引っかけ棒で外に出し、母さんが急いで、敷いてくれた布巾の上に天板を下ろす。

しばらくは冷まさなければならないが、良い加減に焦げ目がついたグラタンはおいしそうだった。

「ありがとう、もう、いいわよ」

うんと返事をしたら、後はするからと、母さんに言われた。僕は言葉に甘えて、リビングに行ったのであった。



その後、父さんが帰ってきて、四人での夕食になった。

姉さんの作った野菜スープは人参やジャガイモ、セロリなどが入ったコンソメがベースの具だくさんなもので、いかにも、体によさそうだった。

母さんのグラタンは、鶏肉に玉ねぎ、マカロニなどが入ったシンプルなものだった。

「…今日は二人で作ったのか。うまいな」

父さんがぽつりと呟いた。

僕もそれには頷く。二人とも、嬉しそうに笑った。

穏やかな団らんだったけど、僕の胸中は複雑だ。

まだ、風が吹き荒れている心地だった。 「佑介や父さんがほめてくれるとはね。明日、雨が降らなければ、いいけど」

母さんが冗談めかして言う。

姉さんや父さんが笑う中、僕も曖昧に笑うのであった。



佐藤さんの申し訳なさそうな顔が僕の頭の中でフラッシュバックする。

僕はあんな顔を君に、させたかったんじゃない。

ただ、笑ってほしくて。

もしかしたら、僕の前でも友達に見せるような笑顔をしてくれたらという願望があった。

けど、彼女は見せてはくれなかった。

僕は部屋の中でぼうっとするのも性に合わないので、窓を開けて、ベランダに出てみた。

もう、辺りは暗い。僕は少し、ひんやりとした外で空を見上げた。

町中であっても空には星が輝いている。とても、遠くて、手に届かない。

佐藤さんは僕にとって、もう、そういう存在になってしまった。

僕は切ない気持ちになって、星に手を伸ばした。

掴めなかったけど、目には涙がにじんでいた。

終わり


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