第3話「試練を与えられた。」
――ピピピッ!ピピピッ!
なんて音がするわけもなく、そんな穏やかな目覚めとは違って
顔を殴られたような衝撃で目を覚ました。
そして俺を殴ったらしき男が目の前に憎憎しげな顔で見ていた。
30代半ばといっただろうか、体格はがたいがいいらしく
近くにいるからか体臭が鼻につくその男は、
余計に鼻のつく言葉を発する。
「よう、新入り。てめぇらだろ?昨日来た渡界人ってのはよぉ。」
絶対的優位を万遍の嫌らしい笑みで、それを俺に向けながら問いかけてきた。
そこで理解した。俺たちは誘拐されたのだと。
男に答えることもなく、大事なやつらを探すためさっと周りを見る。
そこには、怯えながらもこちらを悲しそうに見る妹二人がいて、
同様に縛られた状態だった。
悠斗は、妹たちの手前にある藁だろうか…そこへ置かれていた。
懸念事項が解決し、ほっとした俺に目の前の男が殴ってきた。
わざわざ同じほうを、バカスカ殴りやがって…。
つーっと、口を切ったらしい血が口から流れる。
男は、イライラした様子もなくにやけた顔で言い放つ。
「へっ、まずは自分より妹の心配か。泣けるねぇ?兄弟愛っ!」
俺はその間も冷静に考える。
大事な妹たちや悠斗の命が掛かってるのだ。
どんだけこんな初体験であろうと、そこは冷静にならないといけない。
手や足には縛られた感触があり、蝋燭に照らされたこの辺りを
ざっと見てここは小屋らしきものだと判断できた。
俺たちは小屋の壁側に押し付けられているように
座らされている状態だというのは分かった。
「お前、人攫いなんかしてなんの目的だ? …いっとくが金なんてないぞ?」
猿ぐつわはされていなかったため、目の前の男に聞く。
「お前らから金はとらねぇよ。だが、お前らは金になるんだ。…奴隷としてだがな。」
そういうと、ひっひっひと気色悪い息を吐き散らしながら笑いかけてくる。
その上で俺の髪を掴みさらに顔を寄せてこう言い放った。
「それにお前ら、渡界人はブレッシングがあるからなぁ。それが"使えねぇ"ものでも、
奴隷として売り払えるし、当たりだったら俺らは億万長者だからな!どっちにしても損はねえんだよ。…ひっひっひっひ。」
さも面白そうに笑いながら、妹たちへ視線を向ける。
ねめつけるような嫌らしい笑みを称えながら。
その視線に、妹たちが青い顔をする。
さすがに普段、気の強い麻美ですらそうなのだから
つぐみはよっぽど怖いことだろう。
そのことを思い、体中が真っ赤になるほどの怒りを覚えるが
ここでこいつを罵倒して刺激したら、何するか分からない。
結果的に、妹たちが危なくなる。
俺は、怒りを抑える。
「まぁ心配するな。奴隷落ちも悪くはないぞ?
何せ、ブレッシング持ちはどんだけそれが使えなくてもこき使われるだけで
生涯ずっと飯が食えるんだからなぁ。よかったなぁ?」
そういいながら、もう一度妹たちを厭らしい目で見つめ、
「ま、これでお前たちが会うのは最後になる。せいぜい、別れを惜しんでおけよぉ?」
そう言うと、嫌な笑い声を上げながら腰を上げて、小屋から出て行った。
ひとまず安心する。
だが、状況は最悪に違いはない。
俺は、考える間もなく壁際に自分を縛っている縄をこすりつける。
「痛っ」
木の壁のささくれだったところで腕を傷つけたのだろうか
刺すような痛みを感じた。
くそっ、まぁいい。とにかくこの縄をどうにかしないと
始まらないからな。
俺はあちこち刺さり傷つきながらも、
擦って摩擦により切れること願いつつ擦ることをやめずに続けた。
「おにぃ…。」
「お兄ちゃん…。」
そんな様子を不安そうに見ながら、
妹たちに大丈夫だと声をかける。
腕は見るまでもなく血だらけだろう、そりゃそうだ。
いろんなところに痛みを感じる、その上にまた無理してやってるから
そりゃもう尋常じゃないくらい痛い。
こういうときオヤジを恨もう。うん。
家族思いの血筋を!
しばらく時間が過ぎた…と思う。
何せ時計はないし、時間的感覚がないのだ。
今が何時何分かなんてわかるはずもない。
小屋だというのは分かるが、辺りから何も聞こえない。
その間もずっと縄をこすっているわけだが、
切れそうなのか、切れてないのかわからん。
妹たちは一様に抜けようと色々各自頑張っているが、
芳しくないのか、悠斗を心配そうに見つめながら項垂れていた。
それを見た俺はもう少し時間があればいいという思いは、
思ってから後悔するほどあっさりと見事に砕けるのであった。
小屋らしきところの扉が開く。
そして、男が入ってきた。
ねめつけるような厭らしい笑みをこちらへ向けながら。
「ハァ…ハァ…我慢したんだがなっ。悪いなぁ、兄ちゃん!」
全然反省のない顔でそう言ったかと思うと、突然妹を押し倒した。
お、おい!!
「おい!!妹から手を離せっ!!」
俺はあまりの光景に、痛みも忘れて縄をこれでもかと擦り抜けようとする。
それだけじゃなく、切れるようにもがく。
だが、そんな俺の心を裏切るかのように全然擦り切れてくれない。
「きゃああああああああぁぁ!」
つぐみにのしかかった男は、匂いをかぐように顔を近づけ
絶叫する妹の体を触りだした。
「ね、ねぇちゃん。いい体してるじゃねぇか?へ、へへへっ…ハァハァ。」
そういいながら、男は色々な部位を触りだす。
麻美もやめろ!クソっ!と汚らしい言葉を吐いて男を必死に
足でどけようとするが、それも全く効果がない。
「へへへっ。し、仕方ないだろ?こんなうまそうなものもうほおっておけるかってんだぁ…ハァハァ…す、すぐ済むからよぉ?」
息を荒げながらそういう男に、俺は覚悟を決める。
自分の体はどうなってもいい、だからせめてこの縄が溶けるようにと。
夢中で自分の腕に力を込める。
切れてくれと心から願いながら。
きしむ腕、そしてチョークの折れるような軽い音がした後
激痛が襲ってきた。
それすらも関係ないかのごとく、俺は縄に力を入れる。
その間も刻一刻と、つぐみの体に男の手が這い回り
とうとうズボンを脱ぎはじめる男を見た俺は、
内側と外側から何かが切れる音を聞いた。そして―
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおらあああああああああ!!!」
自由になった腕を激痛に襲われながらも、体を支えて起き上がり、
足の縄を強引に解くと、ようやく気づいた男へ拳を叩き込んだ。
ちょうど、ボーリングを投げるような下から突き上げるような
アッパーカットを。
――グシャァ!
男の顔に自分の拳が入る感触、音、そして激痛とまた何かが折れたような
音の後に襲ってくる激痛に耐えながら
自分が最大とも言えるものを全力で叩き込んだ。
男はそのまま小屋の反対側まで吹っ飛び、頭を打ったのか
体がピクリとも動かなくなった。
死んだ死んでないはこの際二の次に、俺は急いであられもない
つぐみの体を抱きしめる。
嗚咽の中に兄を呼ぶ声に、先ほどとは違い優しく頭を撫でる。
本当によかった、すごい生まれて初めて本当に
自分のことをほめたいくらいだ。
しばらくして、少しは落ち着いたと思ったのだろう
つぐみは大丈夫と声をかけ、俺はゆっくり体を離した。
その顔にはいまだ恐怖と怯えの顔が残っていて、それに対して
憤慨する気持ちもあったが今はそれどころじゃない。
俺はそう思い、もう一人の妹へ近づいた。
「麻美も大丈夫か?」
と、もう一人の妹を気遣った。
麻美のほうは何もされていなかったが、明らかに青い顔をして
その恐怖のほどが窺い知れた。普段は勝気で蹴りなどで人を小ばかにした
態度を取るが、やはり女の子らしい俺はそんな様子を頭を撫でることによって
落ち着かせてから麻美の足縄を解こうとする。
だが、冷静になった俺には今の腕の痛みは堪えきれないものになっていた。
「おにぃ!ナイフとか、切れるもの!そいつもってない!?」
麻美はそういって、先ほど俺が吹っ飛ばした男のほうへ顔を向けた。
そうだと俺は急いで、男の体をさぐり幸運にもナイフを見つけた。
激痛の臨界点とも言えるような腕を強引に動かして、ナイフを持ち
麻美の足縄と手の縄を切った。
そして、ナイフを麻美に預けるとストンと力が抜ける。
「ちょ、おにぃ!」
「おにいちゃん!」
麻美はそんな俺を心配したのか、声をかけて抱き起こしてくるが
早くつぐみの手と足を自由にしてやれと言って、再び力を入れて
立ち上がり、扉の前に立つ。
ナイフで縄を切った麻美は俺の後ろに位置し、眠っていた悠斗を
抱えたつぐみは気遣わしそうに俺のほうを見ていた。
悠斗は大丈夫か?と聞くと、どうやら特に何もされていなかったようで
ぐっすりと眠っていた。よかった、そう思って気を取り直し、
「麻美、つぐみ、いいか。俺が少し扉を開けて外を確認する。
逃げられそうなら、お前たちは真っ先に逃げろ!!」
そういうと、再び扉に張り付いて外の様子を探った。
そんな俺に麻美は、
「バカにぃ。無理すんじゃないっての!キモいよ!」
と、先ほどまでのかっこいい兄に対して罵倒した後、
顔を思いっきり近づけて
「ま、こんなときくらいしか役に立たない家族バカだから仕方ないよね!」
と俺の肩をポンっと叩く。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
その激痛に俺はジロっと、麻美を睨むと
麻美はさすがに悪そうに手でごめんごめんと謝ってきた。
とりあえずそんなことやってる場合じゃないな。
そして俺は慎重に扉を開けて外を見た。
中庭だろうか?俺が外を見た風景から感じたのは、そんなのだった。
周りはやたらと丁寧に切りそろえられた庭園にあるような木が見え、
じっとしていると水が跳ねる音が聞こえる。
幸いといっていいのか、周りには誰もいないようだった。
俺は今すぐにと思い、扉を開け放ち外へ出た。
裏側とも呼べる屋敷らしきものに作られた小屋だと悟った俺は、
急いで二人を中から出す。
そして、慎重にその屋敷から顔を出し、扉を開けて少し見えた先ほどの木が
見えるところまで移動する。
そして、屋敷から右手へ隠れて出口を探ると、
そこには噴水と開いた門が見えた。
ここまで来るのに裏口らしきものが見えなかったことを考え、
とりあえず逃げてあとはそこからどう動くかを考えることにして、
それを妹たちにも伝えた。
「いいか、とりあえずここから出て門まで走って出たら、
どこかに隠れるぞ。地理は絶望的だから、出たら兵士を探すんだ!」
「わかった。」
「うん、お兄ちゃん無理しないでね。」
痛みによる熱のせいと、緊張によるためか
大量の汗による体と意識の混濁みたいなものが表情で見て取れるようで
気遣わしげな二人の視線と納得をもらった。
ひとまずは、今全て脱出のためにと力を入れ、
合図を出して駆け出した。
死角になっていた何人かが俺たちに気づいたが、
関係ないあの開いてある門まで逃げればいいんだ。
そんな思いで全力で門へ走っていく。
しかし俺は後悔してしまう。冷静に考えれば、門とは
誰かが出るか、入るかじゃなければそもそも開いてないことに。
そこまで気づいた俺に、門は閉じていってしまう。
それも普通に門が閉じる速度ではなく、普通に玄関のドアがパタンと
閉じるようなスピードで。
あ、ありえんだろ…。そんな思いにさらに追い討ちをかけるかのように
門の死角にいた男たちが言い放ってきた。
「止まれっ!」
その手には、剣、ナイフなどの刃物を持って。
そして噴水側からは、この屋敷で間違いなく主だろう的な刺繍の
施された身なりのいい男が歩み寄ってきた。
左手に門、前に男たち、右手に貴族のような男が立ちふさがる。
「こらこら、渡界人たち?どこへゆくのかね?」
身なりのいい男は、軽薄な薄ら笑いを浮かべながら
俺たちに問いかけてきた。
いかにも、中年と思える風貌をして、少しメタボなその男は、
まるで俺たちが脱走した自分のペットのごとくにやにやしながら
答えを待っていた。
ば、万事休すかよ…。
「困るなぁ。商品が勝手に外に出ては?
ふふ、手荒いことはしたくないんだ。…さあ、おうちへ戻るんだ。」
商品って。
さっき小屋で言ってたことか。珍しいブラッシング、特に使い道のない
ブラッシングを貰っていても奴隷としてとかなんとか…。
心の中で怒りが湧き上がるが、もうすでに俺の体は限界に近い。
妹たちを庇うかのように前へ立ち、
「ハァ…ハァ…あ、あんた。
見たところ立派なご身分のようだけど…俺たちに
こんなことして恥ずかしくはないのか…?」
ぜえぜえいいながらも、俺は男に尋ねた。
「ふふふふ。仕方ないじゃないかね?君たちが商品になるのであれば、
我々としても不本意だが、売るという選択しかなくなるのだからねぇ。」
不本意の意味も知らずに使ってるのかこの野郎は。
悪びれもせずにそう言い切った男は、本当に罪の意識を感じていないようだ。
あまりに人らしからぬそれに正直怒りを通り越して呆れる勢いだ。
俺はなんとか、意識が危ない頭で周りを見てどうにか脱出できる方法を
探すが全然見つからない。
「おい、さっさ小屋へ運べ。今日の夜には、イリーストへ運ぶことになっているのだ。さあ、君たちも観念するんだ。」
貴族風の男はそういうと、武器を持っている男に一瞥をして
捕えるように促す。
そこへ、後ろにいた妹の一人が俺を押しのけて近寄ってきた男へ向かって、
――バキッ!
と、見事なハイキックをかました。
「ていうかぁ、マジきもいんですけど。…なにあんたら?
全く悪びれもしないどころか、当たり前的な感じであたしら扱うとか
キれるよ…ほんと?」
ま、まずい。
俺は反射的にそう思った。
普段ここまで、ギャル語っぽいことを言わない妹・麻美なのだが、
キレるととたんにこんな状態になる。
ちなみに、麻美は全国3位に入ったこともある空手の有段者である。
腕っ節が強いとはまさにこのこと。
ふいをつかれた男は昏倒し、それを見ていた男は焦って捕まえようと
襲ってきた。
だが、次から次へと男たちを得意の蹴りでもって次々となぎ倒していく。
そんな妹の姿に我が妹ながら恐れすら抱く勢いだった。
相手が武器を持っているのすらかまわず、的確に相手の急所へ決めていく
その姿は普段のらしい妹ではなく、一人の格闘家足らんとする
見事な戦い方だった。
だが俺たちは気づいてなかった。
つぐみの背後から近寄る、俺が渾身の力で殴った男の存在を。
「きゃあ!」
俺は悲鳴と同時につぐみのほうへ振り向くが、衝撃を受け倒れた。
先ほどの力ももうすでにない俺は動かせない体で首だけで妹を見やる。
そこには、悠斗を抱えてすごい険しい顔でこちらを見る先ほどの男がいた。
「大人しくしろっ!!この小僧ぶっころすぞ!!」
そういって悠斗に刃物をつきつける顔がすごいことになっている男。
その声を聞いてか、麻美がこちらに気づき状況を知って動きを止める。
武器を持った男をほとんど昏倒させた麻美は、
「悠斗っ!」
と、弟の名を呼び憎憎しげに顔がひしゃげている男を睨んだ。
つぐみも悠斗に手を出せずに、ひたすら身代わりを申し出る。
俺は倒れたまま、意識ももうすでに危ない状況でなんとか
この状況を吹き飛ばすようなものがないかを探る。
最初は麻美の無双ぶりに慌てていた貴族風の男も、
その男の行動に息をなでおろし、改めて言い放った。
「さぁ、もういいだろう。覚悟して、小屋へ戻りなさい。ふふふ。」
さも愉快そうに、笑う貴族風の男。
だがその時、なんでもないことのようなことがまるで奇跡のように
なることに俺は一抹の感謝ともいえるようなそんな状態となった。
男にナイフを突きつけられた悠斗は、チクッとして目を覚まし、
そのナイフを見て顔の状態と雰囲気に怯えたのだろう
泣き顔になるや否や、ものすごい泣き声をあげた。
ひるむ男がナイフをつきつけ、さらに泣き声をあげる悠斗に
焦りを見せたその時―
「びぇえええええええええええええええええん!!!!」
と、男が突然泣き声をあげた。
それとは逆に、悠斗は泣き止んでいて、
何やら怖い顔つきをしていた。
周りがきょとんとした空気に包まれる。
この空気はそうだな、あれだ、銀行強盗がお前ら金をよこせと言った
後に、突然泣き叫ぶ姿。決して見れないでしょ?そんなことが今まさに
目の前で起こっているのだ。
…普通なら。
つぐみはいち早く、はっと悠斗を泣き喚く男から奪い返した。
なおも泣き声をあげ続ける男を貴族風の男も、どうなってるんだ?とも
思える戸惑いの表情で見たその横に、一人の少女が足をあげて待っていた。
それは、腰をひねり上げ重心をしっかり保ち繰り出される
誰であろう妹・麻美の必殺である回し蹴りだった。
――バキッッ!!
と、麻美の足が貴族風の男の鼻あたりに入って
錐揉み状に吹っ飛んでいく光景はなんともいえないものを感じた。
間違いなくそれはマンガで呼ばれる結末とすら感じるほどの鮮やかさだった。
そんな折、門が突然開き兵士らしき人たちが一斉に入ってきた。
「ガドル商会長・ジズ=ガドル!渡界人誘拐の罪により捕縛する!
このたびの審判は厳罰である!覚悟しろ!!」
そうしてガドルとか言われた男へ言い放ったのは、
朝方俺たちの玄関で見張りをしていた兵士の姿だった。
こ、この人偉い兵士だったのか…。
だけど、た、助かったのか…。
力が抜けた俺は、いまだ警戒の抜けぬ顔でゆっくり状況を見守った。
そんな俺に麻美、つぐみが駆け寄ってそれぞれ無事か
どうかの確認をしてきた。
おーおー、滅多に見れない麻美の泣き顔だ~ははは~。
つぐみは泣くなよ。お前は泣くことを許さん!笑え笑えはっはっはー!
そんなことを思いながら、遠くなる意識に身を委ね
最後に見えたのは、
門から俺たちの両親が焦る表情で駆け寄ってきた姿だった。
……。
ふと、目が覚めた。
見たこともない天井、そして…
「なんか、頭がぼーっとする。俺たち助かったのか?」
そんなことを考える。回りを見ると、やはり見たこともない部屋だと分かる。
なにやら教科書でヘレンケラーが看病するような部屋が連想されるその部屋
の扉が開いた。
そして、両親が入ってきた。
俺が見ているのに、気づいた二人は駆け寄ってきた。
「アキちゃんっ!!」
「目がさめたか!アキトっ!」
二人は焦った顔をし、オフクロなんかは俺を抱きしめてくる始末。
さ、さすがに恥ずかしいんだが…。あと、腕痛い。
そう思いながらも、たまにはこういうのも悪くないと思った
ちょっと気持ち悪い俺はオフクロの抱擁を顔のみでどけると、
オヤジが感慨深そうに話しかけてきた。
「話は麻美とつぐみに聞いたぞ。そんなになっても
あいつらの兄らしく守ってくれたって…お前も無事で本当によかった!」
メガネのぐいっと上げ、目元を指でぬぐうようにしてそう言ってきた。
……へっ、くすぐったいじゃねぇか。
くすぐったいものを感じながらもそれを逸らせるように聞いた。
「あー、で?無事だったのか?あいつら。」
「ええ。今は別室で休んでいるわ。本当、あなたと悠斗が一番ひどかったのよ?」
「ま、まぁ、自分でもかなり無茶したと感じるけど…。」
苦笑いを浮かべながら、あいつらが無事だったことにほっとした。
?
ん?
悠斗がひどいってなんだ?
まあいい。改めて、俺は自分の両腕を見る。
見事に包帯だろうか?緑の草っぽいものがまかれたものを見る。
今は痛みを感じないが、少し動かすと刺すような痛みがする。
それに、添え木がしてあるのが感触で分かる。
「なぁ、これって折れてるのか?」
両親はその言葉に、重く頷く。
そうか、折れてるのか。そういや、チョークの折れた音がしたと思ったら
すごい激痛走ったからな~。2回も!
その痛みを思い出したかと思うと、ブルっときた。
もう二度とあんなのはごめんだ。
そう思っていると、ノックの音ともに今回俺が命がけ、痛みがけの末に
守った三人が姿を現す。
「お兄ちゃん!」
「おにぃ!」
「にいちゃん!」
そう言って、俺のほうへ駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、良かった…本当に良かった…。」
悠斗を抱えていて、駆け寄ったはいいが、手を握ったりすることもできないと
判断したのかただ体に手を添えるようにして涙を流していた。
「ふんっ、まぁよかったじゃん?あたしのおかげで助かったようなもんだし」
麻美はというと、近寄ってきたまではよかったが
はっとした顔をしたかと思うと、腕を組みぷいっとあらぬ方向を見て
頬を染めていた。
おう、こんなところでツンデレ妹を見るとは。
まぁ、これも兄の役得か~ふふん~。
…だけどこれが俺の守ったものだとしたら、
それだけで感慨深いものがあるな。
そう思い誰もが笑ったとき、なんか違和感を感じた。
…?なんだろ、なんか絶対にありえない呼びかけが聞こえたような…。
そうして家族のほうを見ると、家族は一人の赤ちゃんを見ていた。
俺の可愛い弟、悠斗である。
「にいちゃん、元気?」
俺もそのよびかけに唖然とした。
悠斗が俺をはっきり見て、笑顔で声をかけてきたからだ。
な、なんだ…どういうことだ、これ…。
「ゆ、悠斗?」
「ちょ、マジ…?」
「か、母さん。わたしは夢を見ているんだろうか…?」
「…ふぅ。」
と母さんはため息で答える。
当たり前だよな。うん。
「なぁ悠斗、今俺のことにいちゃんって呼んだか?」
「うん?だって、アキトにいちゃんって悠斗の兄ちゃんでしょ?」
「え、ていうか、なんで会話できてるんだ??」
「わかんない…。あのおじさんがこわくてびえーんってしてたら、
そしたらそしたら、びえーんていうのがなくなって。そんでもって、
なんか俺様は悪いやつだぞー!ってなって…。」
そして、ため息をつきオフクロが詳細を語った。
「あの後、悠斗ちゃん抱っこしたらへっへっへーって悪い顔つきだったのよ。
それでマーガスさんに詳細を伝えて相談に乗ってもらったの。
そしたら、その…ぶれっしんぐ?の影響のようで、その男の"知能"を
吸い取ったんだろうって…。」
そ、そんなことができるのか…。
でも、今はわりとまともになっているが。
「母さんが教えたのよ。みんなにはとても言えないことだったからねぇ。」
な、なるほど…。
そんなオフクロの話に、ニコニコとして相槌をうつ悠斗。
誰もがなんともいえないその状況の中、またの来客を知らせるノックが響く。
どうぞとオヤジが声をかけると、中には兵士を伴ったマーガスさんが
現れ、お見舞いにきてくれた。
「やあ、ようやく気がついたみたいだね。本当によかったよ。」
現在のこの空気を払拭するにはいい笑顔を浮かべる
マーガスさんに感謝しつつも、俺は改めて悠斗のことは頭の隅に追いやり、
「マーガスさん、すみません。俺たちのせいで余計な手間を取らせて…。」
そう改めて、謝罪をする。
今回のことは完全に俺たちの不注意であるため、ここは年長としては
是非とも――
「そうだね。受け取ろうその謝罪は。」
なんかするっと、受け入れられた。
普通こういう場面って、いやいや私たち大人もなんてくだりがあってもいいと思うのに
と若干拍子抜けである。
そんな俺の様子に少し笑みを浮かべ、
「気にしなくていい。我々も警戒が足りなかったからね。
…そのために、あのようなものがいることを
事前に知らせることを怠った。
そこは我々が謝罪するところだ。本当にすまなかった。」
といって、頭を下げる。
「そんなわけで、今回はお互い悪かったということにする…どうかね?」
ニコっとなんでもないことのように言ってくれた。
この人絶対若いころモテてただろうな。
てかさ、性別変えるブレッシングいたら結婚してくんない?割とマジで。
と、そこでマーガスさんが今回のことを説明してくれた。
「あの貴族は商人の出なのだが、昔から欲目があったようでね。
君たちのような渡界人を狙って誘拐し、奴隷として売りとばすなどを
して儲けていたようだ。
我々としても証拠は押さえてあったのだが、何分状況証拠というものが
必要だったこともあり、君たちには申し訳ないが
君たちの誘拐がきっかけとなったおかげで捕縛にいたったよ。」
あの俺に殴られた男がべらべら楽しそうに話してた内容そのままだった。
ということは俺たちのほかに俺たちのようなことがあって、
売り飛ばされた渡界人がいるということになる。
その人たちを思うとなんとも言えない思いもするが、
俺はいい人ぶるつもりはない。家族たちが大事だから、
その人たちを助けるといったことは考えないようにした。あくまで、今はだが…。
そして俺はあいつらがどうなったのかを聞いた。
「ああ。今回のようなものは特例でね、我々人間が裁くことはない。
神が直接天罰を下すと神官がおっしゃってたそうだ。これにはそうだな
ちゃんと前例があってね、普通の人の"10倍の寿命"を与える代わりに
その10倍の期間はとてつもない激痛を伴わせるというもののようだと聞いた。」
お、おう…。この世界にいる神様ってのはエグいんだな…。
おそらく日本にそういう天罰の神やらがいたら、軽犯罪どころか、重犯罪まで
すごい激減するんではなかろうか…。
割と身近な痛みとして考えると、
あんな痛みが寿命50年としてその10倍、つまりは500年も続くんだから。
俺だったらもうって感じにもなる。
「ま、自業自得ですよね…。」
「そうだね。…ああ、神官で思い出した。」
「ん?なんですか?」
「癒しの法術を習得している教会の神官がこちらへ今向かっている。
到着次第、折れているその腕を治すから安心するといい。」
それはうれしい話だ。しかし、魔法みたいな概念はやっぱりあるんだな。
俺も使えそうなら使ってみたい。
「ともかく、君はしばらく休んでいるといい。
それだけのことをしたのだから。十分といえるだろう。
それでは義次殿、私はこの辺で失礼させてもらう。
また何かあれば、玄関についている兵士に言伝をしてもらえれば対応しよう。」
そういって礼をするマーガスさんに俺たちは、今できる最大の礼を述べて
マーガスさんが退室した。
その神官さんがやってくるまでは、とりあえず力抜いとくか…。
あ~疲れた。いまさら疲れがぶり返したのか、
眠くなった俺は家族に寝ることを言ってあの時は違う安息の闇へと溶け込んでいった。
もうあんな騒動はごめんだと思いながら。
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