閑話4 相談その後(二十三話)
マイスから報告を聞いたお義父さんは、ケイトのお父さんのモルト村長との相談に向かっていた。
そこから家に帰ってくると疲れたのか珍しく難しい顔をして、椅子に座っている。
「どう?」
「ああ……いや」
水と夕食を私とお母さんで三人分用意し、お義父さんの対面に座る。
私に問いかけに対してお義父さんの反応は鈍い。
そんな様子にお母さんも心配したように声をかける。
「ガイ……何があったの?」
「ああ。ちょいと放置するとやべーもんがな。戦わなければならなくなった」
お義父さんはパンを少しだけちぎって口に入れる。
昔、結婚する前は狩りのときとか豪快に食べていたけどお母さんと結婚して行儀がよくなった。
ぎこちないけど、いつもはそれでも幸せそうにしている……しかし、今日は流石に真剣だ。
「危ないの?」
「クルス……今回は……危険すぎる。お前もケイトも置いていく」
苦々しくそういって、お義父さんは苦いものを流すように水を軽く飲んだ。
「ガイ。貴方は……大丈夫なの?」
「心配すんな。俺ならいける……それに、マリアさんも手伝ってくれる」
「マリア……ケイトのお母さん?」
戦うときには出てこなさそうな名前に不思議に思って問い返す。
お義父さんは頷き、
「あの人は俺よりも強いからな」
「え……」
かわいい服を作っては私を着せ替えて遊んだり、お菓子を焼いたり、いつもいつもにこにこしてるしで家庭的なイメージしかないから驚いた。
流石ケイトのお母さん。
「それでどうするの?」
「ケイトがいい案を出してくれた。それをジンと相談して決める」
「なら、ケイトは絶対に参加するね」
「んぐっ」
何年も見ているからわかる。
ケイトは自分で出来ない事を提案なんてしない。
彼は自分ができる範囲のことをする人だから。
それなら私の取る道は決まっている。
彼を守るために……一緒にいるために……。
「私も行く」
「だ、駄目だ駄目だ!!危ない!!」
反対されるのはわかっている。
お義父さんが私を心配してくれるのも嬉しい。
だけど、
「駄目でもついていく」
「クルス……危ないのよ?クルスにもしなにかあったら……」
不安そうにお母さんの視線が揺らぐ。
愛している人を失った辛さは私には解らない。
だけど、
「ケイトが死んだら私も死ぬ」
「おい、馬鹿なことをいうなっ!!」
だん!とテーブルをお義父さんが叩いた。
だけどこれは本当のこと。
体は大丈夫でも心はまた死んでしまう……そんな気がする。
「そう決めた。だから私がケイトを死なせない」
「勘弁してくれよ……とにかく駄目だ」
お義父さんが泣きそうな顔をする。
申し訳ないけどこればかりは譲れない。
二度も命と心を助けられたこともあるし……それに、
「ケイトが好きだから……死なせたくない」
「クルス……」
「駄目だからな。絶対だめだぞ!」
お母さんが、泣きそうな困ったような顔をする。
私はお母さんのように後悔で泣いて暮らしたくはない。
怒った顔でこちらを見ているお義父さんを見つめる。
「駄目だ!子供には危険すぎる!」
「大人も一緒。森に慣れてないから余計に危険」
ぐっとお義父さんが息を詰める。
「お、女は全員認めてないんだ!」
「私はマイスにも勝てる」
「あのなあ!ありゃ練習だろうが!!」
しかし、勝ってるのは事実だ。
命懸けになればどちらが勝つかはわからないが。
ケイトを守るためなら絶対に勝てる。
お義父さんが黙ってしまったためそのまま睨み合う。
「……だあああああ!わかったよ。だけど条件がある!」
「条件?」
30分程で根負けしたようにお義父さんは叫ぶ。
「ああ。まずは一番危険な場所は駄目だ。これはケイトも絶対にだ」
こくりと頷く。
ケイトがいないなら、そこに固執はしない。
「でかいゴブリン……ノーブルゴブリンが来たら……絶対に無理をするな。出来れば逃げろ」
「ノーブルゴブリン?」
水の入ったコップを弄りながらお義父さんは頷く。
「ゴブリンの上位種でな。冒険者時代に戦ったことがある。強敵だった」
「お義父さんは勝てた?」
「ジンと二人でな。ケイトの話から推測すると恐らくいる」
そこまで話すとお義父さんは一度立ち上がり、物置の方へと歩いていった。
部屋にお母さんと二人きりになる。
私は、心配そうに見ているお母さんの方を見た。
お母さんのお腹は少し膨らんでいる。
あまり心配はかけたくないのだけど……。
「お母さん、我侭言ってごめん」
「大事なのね……ケイト君が」
私は頷く。
「ケイトは頭いいし大人っぽいけど怖がりで寂しがり屋だから」
「そうなの?」
「そう。だけどそこも好き」
不思議そうな顔をしたお母さんにそう続けると、理解してくれたかのように微笑んでくれた。
解ってくれたら私も嬉しい。
「あなたの好きはどういう意味の好きなのかしらね……」
「……?」
お母さんはよく意味のわからないことを言った。
好きなのに種類があるのだろうか。
しばらくして、お義父さんは無骨なデザインの大きなナイフを持って戻ってきた。
「これ持ってけ。クルスなら使える」
「これは?」
「友人の形見だ。女好きのどうしようもないやつだったが、いいやつだった。あいつもクルスが使うなら喜ぶだろ」
友人を思い出しているのか苦笑いして、その幅のあるナイフを鞘ごと私に渡す。
自分でも手に持ってみる。
何故かぴったりと私の手に馴染んだ。
「まあゴブリンだけなら、木刀で十分だろうけどな」
「ありがとうお義父さん」
「感謝なら死んだハザードにいっといてくれ」
言われたとおりにお義父さんの友人に目を瞑って祈りを捧げておく。
ケイトを守ってくれるようにと。
女好きらしいから嫌っていうかもしれない。
「しかしどうしてこう、お転婆娘になっちまったかなあ」
「お義父さんのお陰」
苦笑するお義父さんにきっぱりと告げる。
「感謝してる。ケイトに出会わせてくれたことに」
「俺はちょっとばかし後悔してるぜ……まったくあの野郎……」
「他の人ならいいの?」
「そうだなぁ……ダメだな。情けない男には嫁にはだせん!」
お義父さんにとってケイトの存在は複雑なんだろう。
少し可笑しくてくすくすと笑ってしまった。
「ガイ……貴方親馬鹿になってるわよ。もう……」
お母さんもお義父さんのあんまりな言いようにくすっと笑っていた。
「さあ、食べましょ。いろいろ心配もあると思うけど、まずは元気出していかなきゃね」
「ああ、そうだな。辛気臭い顔はしておられん」
お義父さんは慌てたように緊張でしまった顔をマッサージするかのようにぐにぐにと触る。
「ガイは明るくなくっちゃ。皆それを期待してるし、私は……まあ全部好きだけどね」
「お、おい……」
そんなお母さんの言葉に真っ赤になる。
いい加減慣れればいいのに……と思いつつ、私とケイトもこんな風になれればなーとふと思う。
雰囲気も軽くなり、私たちは食事を再開した。