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閑話2 クルスの祭りの前(15話)




 収穫祭を明日に控えたその日の朝、私はベッドと服の収納箱しかない狭い部屋でエリーから貰ったフリルの付いたワンピースを両手で抱えながら、この服を着るべきかどうか悩んでいた。

 彼女には悪いけどこんな可愛らしい服は自分には似合わないと思う。


 こんなの着て隣を歩いたらケイトが恥ずかしくないかな? 迷惑じゃないかな?


 そんな不安にかられる。



「むー……」



 エリーは私にとって姉のような人だけれども、彼女の考えは未だによくわからない。

 服を着ると何か変わるの? とエリーに聞くと彼女は笑って、



「ケイトと一緒に祭りを廻り易くなるよ?」



とか、



「弟はあれでもてるからねー。大人っぽいし? 何時も通りの格好だったらクルスちゃんじゃなくて、他の子が先に一緒に廻っちゃうかも~?」



と、にやにや笑いながら言っていた……エリーは本当に意地悪だ。

 だけど、彼女の言いたいこともわかる。まだ少し早いけど、もう少し大きくなればみんな恋人とかを気にするようになる。そしたら……ケイトも……私みたいなのよりも可愛らしい子と恋人になるかもしれない。

 そんなケイトが他の人と笑い合いながら祭りを二人で楽しんでいるところを想像する。


……わからないけど、何か嫌だ。


 不快な気分になって眉をひそめる。そして、自分がケイトと二人で綺麗な服を着て歩いているところを想像する……。



「クルス~。朝食できたよ~?」

「うん」



 急にお母さんの声がして考えるのを途中でやめると、私は寝間着から着慣れた動きやすい服に着替えて部屋から出た。今日は収穫祭の準備のお陰で一日狩り。


 頑張ろう。と、ちょっとだけ幸せな気分で頷いた。




 この日の狩りは幸い上手くいった。

 長時間の狩りは少し疲れたけど。体力のあるマイスはともかく、ヘインなんて今にも倒れそう。大人との話し合いはケイトがやってくれるらしく、マイス達は先に帰ってしまった。



「……はい。この班にはこれだけ……」

「ああ、そんじゃ足りない……」

「大丈夫です。その分……」

「そういうことか。わかったいいぜ。任せろ」



 私は残ってケイトと大人のやり取りを見つめる。真剣な表情で私にはわからない話をしていた。昔から不思議……何故ケイトはこんなことが出来るのだろう。


 誰もケイトを子供扱いしていない。

 それでいてそれが自然なように見える。



(私みたいな子供と祭りを廻るのは嫌じゃないのかな?)



 そんな風にも考えながらしばらく彼の仕事を見ていたがふと、



(私が大人みたいになればいいのかな?)



と、思いついた……これは名案かもしれない。

 そうすれば自然に一緒にいれるし、ケイトも楽しいはず。うん、これだ。

 


(でも、大人ってどうやればなれるんだろう)



 首を傾げながら身近な大人を思い出してみる。

 ガイおじさん……いや、お義父さんとお母さん……緊張しながらお義父さんは手を繋いでた。ぶるぶる震えて、ずっと躊躇してたけどなんでだろう。後は……抱きしめるのと……キス?

 特別難しい技術はいらないし、組手でヘインを倒すより簡単な気がする。

 まずは手を繋ぐことからかな。



「クルス。終わったよ? 待っててくれてありがとう」

「うん、お疲れ様」



 私は地面に置いていた荷物を持つと、いつもより少しだけケイトの近くに並んで歩くことにした。


 まずは手を繋ぐ……繋ぐ……こと。


 簡単なことのはずなのになかなかケイトの手をとることが出来ない。手を繋ごうとして急に湧き上がる不安……変だと思われたら……嫌がったらどうしよう……。

 そう思うと急に怖くなって手を引っ込めてしまう。

 表情には出さないように気を付けながら、隣を歩きつつも焦りを感じ始めていた。


(そうだ、剣術でも基本が大事。急には出来ないから一歩ずつ……まずは、触るところから)


 名案だと思う。さりげなく触るだけなら不自然じゃないはずだし。

 前を向きながら、手を宙にふらふら彷徨わせてみた。そうすると、自分の手の甲がたまにケイトの手の甲に触れる。何故か顔に血が上り、緊張で心臓がどきどきと鳴っているが、まずは第一目標達成。

 しばらくそんな風に歩き、大分慣れてきて甲と甲が触れるのは大丈夫になった。


(次は……手を繋ぐ!)


 なんとか自信も付き、背中に汗を感じながらも手を繋ごうと覚悟を決めて力を込めたその時、



「なにあれ」



 前を向いて歩いていたのは失敗だったかもしれない。マイスが男達に囲まれているのを見て、思わず足を止めてしまい声に出してしまった。



「さてどうするかな」

「様子見」



 もう少しだったのにと思うと、どうしても不機嫌な声になってしまう。

 マイスには今度身体で責任を取ってもらおうと思う。




 家に戻って夕食を食べ、桶に入れた水を使って身体を丁寧に拭いてベッドに座る。手元にはエリーが作ってくれた新しい服がある。今年も着ないでおこうと思っていたのだけれど……。



「どうしよ」



 思わず口に出してしまった。慌ててドアの方を見て誰もいないのを確認し、ほっと息を吐く。

 結局、マイスが助けた女の子のお陰でケイトと踊りの約束をすることが出来た。だから、マイスは許すことにする。問題は……明日。


 約束はしたけど、エリーの何時も通りだと外の人に誘われて踊ってしまうかも……という言葉が頭から離れない。立ち上がり、手元の服を体に合わせてみる。

 例えばこんな服を着た自分以外の人がケイトと踊っている姿を想像する。


……絶対嫌だ。


 そんなのを見たら強引に取り戻そうとしてしまうかもしれない。でも、普通の女の子に暴力を振るうわけにもいかない。嫌われるし、困ったことになってしまう。


 なら、どうすればいいのか。

 去年のように誰も近づけないようにケイトを見つけて見張っておけばいい。


 だけどそれだと、ケイトが楽しめない。それも困る。

 ぐるぐると悩んでしまって答えがでなくなり、ふと、お母さんに聞いてみようと思いついた。大人っぽければケイトは楽しめる。そしたら、一緒にいても問題はない。

 思い付くと服を持ってまだ食堂で洗い物をしていた母のところに行って聞いてみた。



「これ」

「あら、今年のお祭りの服なのね? エリーにまたお礼を言っておかないと」

「……大人っぽい?」



 お母さんは少し考えていたけど、



「大人っぽいし素敵よ? それを着たらどんな男の子でも喜ぶわ」



と、くすくす笑った。

 どうやらケイトも喜んでくれるらしい。動きにくいし恥ずかしいけどそれなら問題無い。私は一つ頷くと、お母さんに言った。



「明日これ着る」




 自分の部屋に戻ると服を丁寧に置き、ベッドにぼすっと音を立てて倒れ込む。


 随分と悩んだけど、これでいい……何だかこんな感じで同じように悩んだ事があったような……気のせいかな。心がぽかぽかする感じで嫌じゃないし、あっても悪いことじゃなかったのかも。


 この服を着れば今日出来なかったこともちゃんと出来るかもしれない。この服を着て、ケイトと二人で楽しんでいる自分を想像するとなんだか幸せそうに思えた。



……明日が楽しみ。




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