(四)瑛美、初現場
瑛美がマネージャー代理になった翌日、午前十一時からラジオ生放送ゲスト出演の仕事がホーサイレイを待っていた。
林田が取り付けてきたもので、ホーサイレイにとって午前中の仕事は三年ぶりだ。
朝を苦手とする彼らは、ラジオの仕事はいつも午後の収録か夜の番組が多かったが、もう、わがままは許されない。といっても、ラジオ自体、三ヶ月振りの出演だ。
「九時半に迎えに行く」と、前日、瑛美は三人に言っておいた。
一行の住むマンションに着き、チャイムを鳴らした。
ドアを開けてくれたのは、長い髪を金色に近い色に染めたノーメイクつぶらな瞳の若い女性だった。
瑛美は挨拶をし、一行を迎えに来た旨を伝えると、「いつもお世話になっております」と、女性は、丁寧に頭を下げた。
玄関の前で待っていると、のそのそと眠そうな顔の一行がやって来た。
「もう、何やってるの! 早くしてよぉ! マネージャーさんに迷惑かかるでしょ!」女性が急かすように一行に言うと、ふわぁ~と、一つ大きなあくびして「うん、いってきます…」とぼそぼそと言い、瑛美のあとに着いた。
車に乗り込み、玲二と知成が二人で住んでいるマンションに向かう中、瑛美が一行に訊いた。
「彼女なの? あの女性」
「あぁ、美也子っていうんだ。付き合って二年くらい」
「そう、彼女、まだ若いんでしょ?」
「二十一…」
薄い給料のホーサイレイ。一人で生活も大変だろう…彼女を養えるわけもない。
だけど、結構良いマンションに住んでいた。
「ねぇ、生活どうしているの? もしかして、彼女に養ってもらってるとか?」
「うん、おれ給料少ないし、彼女は水商売してる」
「そう」
「こんなおれでも良いのか?って聞いたら、良いっていうから…一緒に住んでる」
「そう…ふふ」瑛美はハンドルを握りながら微笑んだ。
「なに? その笑いは」
「ん~? じゃ、彼女のためにもこれからは頑張ってお仕事しましょうねぇ。スケジュール表真っ黒にしてあげるから!」
「……少し加減してね…。あと午前中とか止めてね」
一行のそんなわがままなお願いが、許されるわけが無い。
一行に道案内をしてもらいながら、車は玲二たちのマンション前に着いた。
「ええー! なんか凄い豪華なマンションなんですけど?」
瑛美は、二十階建てのエントランスロビー付きの高級マンションに驚いた。
「このマンション、玲二が親父に買ってもらったんだ。あいつの家、金持ちだから。おれも一緒に住んでたんだけど、彼女できたからさ、ここ出たんだ」
「ふ~ん。っていうか、あの二人の姿が全然見えないんですけど?」
マンションエントランスで待つように伝えてあったが、いない。
瑛美が携帯を出し、玲二にかけたが繋がらない。
知成にもかけたが全く出ない。
「まだ寝てんじゃないの?」
一行ののん気な言葉に瑛美は、「ちょっと見てくる!」と、持っている合鍵を握り締め、急いでフラットに向かった。
知らされている暗証番号を押し、エントランスに入り、12階でエレベーターをおり、フラットのチャイムを鳴らした。
反応がない。
合鍵でドアを開けると、静まり返っている。
寝室がどこかわからず適当にドアを開けたが、反対側のリビングと続きになっているキッチンの扉であった。
「キ、キッチンが、う、うちの畳部屋より広い…」
気を取り直し、他のドアを開けていくと、キングサイズのベットが置いてある部屋にたどり着いた。
「あっ……、そ、そうだったの…あなたたち。…そんなことより、起さなきゃ」
大きなベットの真ん中で、パンツは穿いているが裸の玲二と知成が並んで寝ていた。
瑛美は少しの勘違いをしたが、そんなことより仕事が一番なので、二人を叩き起した。
二人が、ちゃんと目を覚ますまでに十分ほどかかった。
瑛美の息は切れている。
「つ、つかれた…」
時間もないのに、シャワーを浴びたいと言い出し、二人で風呂場に行ってしまった。
「お風呂も二人一緒かよ…」
リビングのソファに腰を下ろした瑛美はボソっとツッコミを入れた。
シャワーから出てきて、すっかり目が覚めた二人は、支度を始めるが、知成は、ちんたらちんたらと動きが遅い。
「あのさ、もっとパッパッパァーーッと、できないの!? ラジオなんだから服なんてなんでもいいのよ!」イラつく瑛美が、怒鳴った。
「朝からうるせーなぁ。身だしなみは大切だろ?」
「だったら、もっと早く起きて、私が迎えに来たら、すぐに出かけられるようにしときなさいよね!」
「じゃぁ朝からの仕事入れんなよな! 朝弱いんだよ、オレ…」
「朝って、今何時よ、十時過ぎてるのよ! 世間のみなさまはすでに活動してんの!」
瑛美と知成のやり取りを、支度を終えた玲二は、タバコを吸いながら見ていた。
「あっ、玲二! タバコ止めなさい!」
「え? なんで、なんで!?」急に矛先が自分に向いた玲二は、少し体に筋肉に力が入り、おどおどしてしまった。
「体に悪いでしょ! タバコ代もバカにならないんだから!」
「ぇ……、そんなぁ、俺の心の拠所のひとつを…」
玲二のタバコを取り上げ、灰皿に押しつぶしていると、知成が洗面所のある方の廊下のドアを開けようとしていた。
「あーもぅ! 知成っ! どこ行くのっ! 玄関はそっちじゃないでしょ!」
「髪の毛セットしに、」
「セットなんてしてもしなくてもどっちみちイケてないんだから、そんなもんしなくていいの!! 時間がないの!」
瑛美は知成と一行の手を掴み、玄関を出た。
二人を車に押し込むように乗せ、運転席に座った瑛美は、鞄の中からバナナを取り出し、知成と玲二に手渡した。
「はい! これ食べて。朝ごはん」
「オレ、おさるさんじゃないし…」
「文句言わない! バナナパワーの凄さを侮るでない!」
瑛美は、一喝し、エンジンキーをまわした。
「あれ? おまえ、食わないの?」
知成に訊かれた一行は、「すでに食べさせられた…。元気が出ました…」
と、助手席でまっすぐ前を見て言った。
ラジオ局に着いたのは放送開始八分前だったが、完全に遅刻だ。
打ち合わせもちゃんとできないまま生放送は始まり、関係者に平謝りの瑛美は横目で、ホーサイレイの三人が、ちゃんとDJからの受け答えをこなしていることを確認し、ホッとした。
ブース外の椅子に座り、番組が終わるのを待っている瑛美の横に、製作ディレクターの西村が座った。
「夏木、朝からお疲れだな」
「あっ、西村さん、ホントすみません。二度とこのようなことは無いようにしますので、次もよろしくお願いします!」
瑛美は立ち上がり頭を下げた。
「おいおい、時間には間に合ったんだから、今日は大目に見るよ。おまえに頭下げられるとは思わなかった」
「だってしょうがないじゃな~い。マネージャーだし、林田さんの取ってきた仕事に穴あけたら、私、ほんとうに吉田プロ戻れないよ…」
ため口に戻り、肩を落とし、ストンと椅子に座った瑛美に、西村は笑った。
「でも夏木がこの業界でマネージャーねぇ、あはは、笑える」
「まっね~、林田さんの代理だけどね。林田さんもホーサイレイ五年目にして本腰入れて、いざ!っていうときにさぁ、…志半ばであんなことになってしまって…うっ」
瑛美が目頭を押えた。
「おいおい、おまえ、その日本語おかしいから、止めろ。林田さん死んで無いから…」西村は苦笑いだ。
ホーサイレイの曲がかかっている間、DJブースの中の知成がガラス越しの瑛美をチラッと見た。
(えっ、泣いてる? 瑛美…)
西村ディレクターの横で目頭を押えている場面を見てしまった。
(怒られてんのか……。オレたちの所為…?)
西村に怒られているわけではないが、局にギリギリ着いたのは「オレたち」の所為ではなく「オレ」の所為である。
そんなことには全く気づかず、知成は、瑛美を心配した。
一時間の生放送は無事終わり、ブースから出てきた三人を瑛美は笑顔で迎えた。
そんな瑛美を見て(無理に笑ってるんだ…)と、知成の勘違いは増した。