(二十一)そして、すれ違う…
林田復帰の日、ホーサイレイ三人は三時過ぎ、事務所に顔を出した。
音楽部のスタッフルームのドアを開けると、瑛美は自分のデスクに座り、背を向けていた。
「あ、おはようございます。ホーサイレイのみなさん」
そう言った一人の若いスタッフの声に、瑛美は打っていたパソコンのキーボードの手を止めた。
少しだけ、息を吸って振り向き、他のスタッフ同様「おはようございます」と
笑顔で挨拶をし、またデスクに体を向けた。
「社長と林田さん、応接室で待ってるから行きましょう。
瑛美、悪いけどコーヒーお願い」
と、加山に言われ、瑛美は軽く返事をして席を立ち、瑛美を見ていた知成は、声も掛けられずスタッフルームを離れた。
応接室では、すでに瑛美から引継ぎ事項を終えている林田と、明日からのスケジュール確認に入った。
ラジオのレギュラー番組、テレビ出演、新しいアルバムの結莉とのレコーディングなどの仕事が、フルに入っている。
ドアがノックされ、瑛美が人数分のコーヒーを持って入って来た。
知成の視線はずっと瑛美に向けられている。
気がついているが、目を合わせられず、何も言わず、順番にコーヒーを置いていく。
「夏木も座れ」
「はい…」
吉田に言われ、加山の隣に座った。
対角線上には知成の視線がある。
「なんか僕が居ない間にホーサイレイが売れ始めちゃって、
瑛美ちゃんがマネージャーの方がいいんじゃないのか?
おまえらもその方が楽しいんじゃないのか?」
冗談ぽく、少し淋しそうに林田は言った。
「そりゃ、瑛美は綺麗だし楽しいけど、俺らにはやっぱ林田さんがいないと、なっ!」
と、玲二が言った。
「林田さんが一番いいよ」
笑いながら言った知成、マネージャーは林田が一番良いと言うのは本心だが、瑛美のことが気になり、上がっていた口角はすぐに戻った。
「林田くんも退院そうそう、忙しくなって悪いけど、頑張ってくれよ?
結莉との仕事というビッグイベントもある。頼んだよ」
「社長、イベントって。イベントじゃないって、結莉さんに怒られますよ?」
全員で和み笑っていたが、知成の心はここにあらず、愛想笑いのまま瑛美を見つめ続けた。
「今日、七時に予約入れてあるんだろ? 林田くんの復帰祝いの店」
と、吉田は瑛美に訊いた。
「はい、予約済みです」
「結莉も来るんだろ? あいつはテキーラがないと来ないからなぁ、
ちゃんと来るように電話しといてくれるか?」
「わかりました。じゃぁ、今電話してきます」
そう言い、瑛美は応接室を出ると、
「ちょっと、すみません。オレ、トイレ行ってきますっ!」
と、知成は瑛美のあとを追うように席を立った。
「どうした、あいつ。今日は様子がおかしいぞ?」
吉田が、玲二と一行に訊いた。
「昨日から、ずっとあんな感じなんですよ」
と、玲二が言った。
「あらっ、瑛美と何かあったのかしら?」
加山の言葉に、みんなは、
「えええーー!」
と、驚きの声を発した。
「まっ、いっか。うちの事務所は社内恋愛OKだしな。
前例もあることだし。ほっとけほっとけ、好きにさせとけ」
と、吉田はそう言い、ズズッとコーヒーを飲んだ。
社長自ら、のん気な芸能プロダクションである。
スタッフルームに向かう瑛美に、知成は走り寄り、声をかけた。
「瑛美?」
知成の声にビクリと反応したが振り向かない。
「連絡、待ってたんだけど…、どうして、」
「お、覚えてないんだよね…。ほら、私酔ってたから。
なんか、あの日、飲み過ぎちゃってさぁ、記憶ないし…。
知成だって酔ってたでしょう?」
「なに、それ…。オレは酔ってなんか、」
「私は酔ってた! だから、覚えてないから! 何にも覚えてないから!」
そう言い張り、瑛美は歩き出した。
「ははは、酒って怖ぇーよな。もうあんまり飲み過ぎんなよ?
記憶失くして、また変な男と寝て、言い訳すんの大変だろ?」
背中に刺さるような知成の声に、奥歯を噛みしめ瑛美はスタッフルームのドアを開け、知成の視野から消えた。
「ふざけんなよ……。オレのこと好きだって、言ってたじゃない、かよ…。
何、なかったことにしよとしてんだよ!!」
知成は壁を拳で思い切り叩いた。
「おい、なんの音だっ!?」
「道路の工事かなんかじゃないですか?」
「工事のお知らせの紙なんて、入ってなかったわよ」
吉田と林田と加山の会話だ。