(二十)目覚めたあとは…
クーラーも付けず、締め切った部屋。
カーテンの隙間から、わずかに入る外の光が瑛美の顔にジャストミート。
「んー、あつい! もぉ~」
息苦しさに耐えかね、目を開け身体を起そうとしたが、
首のところに知成の腕がジャストフィット。
顔だけを横に向けた瑛美は、
「へっ!? 何、これ!」
隣でこちらを向いて寝ている知成に、目を丸くした。
自分の体を触ってみた。
「き、着ていない…服、無い…」
モゾモゾと、手だけを動かし、隣の知成も確認した。
「あっ、……」
素のブツを触ってしまった……。
「oh Jesus, my God……Osyakasama」
瑛美は、しばらく動かず、自分の心と対話した。
(…夢じゃない、夕べのことは夢じゃなかったんだ…。
マネージャーじゃなくなったとはいえ、自分の働く会社のタレントに手を出すなんて、
うわーうわー、私最低だわ…。それに知成には彼女がいるのに、好きとか言っちゃってた?
かぁーーー最悪、なに告白してんのよ私。どうしたらいいの?
夏木瑛美、どうしたらいいのよ! ………あっ、そうだ、何も無かったことにすればいいんだ。
証拠隠滅。証拠って? そんなもんないじゃない…バカバカ、瑛美のバカ!)
とりあえず、知成の腕をそっと首から外し、転げ落ちるようにマットレスから出た。
素っ裸のまま立ちすくんだ瑛美は、シャワーを浴びたかったが、家でシャワーを使うと、音で知成が起きてしまう可能性があると考え、スポーツジムに行くことにした。
姿もくらませられる。
静かに静かに服を身に付け、脱ぎっぱなしの知成の衣服もきれいにたたみ、
『きのうは送てくれてありがとう。あつかつたから服ぬいでねたみたいです。
Showerつかつていいよ。わたしは出かけます。Keyはpostに入れてください』
ひらがなが多い手紙と、部屋のカギをテーブルに置いて部屋を出た。
知成は、夕べ、よほど激しかったのか、一生懸命だったのか、お疲れのようで爆睡し、身動きひとつしない。
瑛美は必死に夕べのことは忘れようと、自転車を漕いでジムに向かった。
「ぐわぁーー、暑い!!」
瑛美同様、暑さで目が覚めた知成は、上半身だけを起してしばらくボーっとした。
情況を飲み込むためだ。
「あっ、瑛美…」
隣を見てもいない。
狭い部屋の中、居る気配も無い。
きれいにたたまれている服と、テーブルの手紙に気づき、読んだ。
「……なに、これ。あいつどこに行ったんだよ」
携帯を手に取り、瑛美にかけたが電源が入っていないアナウンスになった。
仕事用の携帯にかけると、コールした。
「吉田プロでございます」
事務所に転送されていて、デンジャラス佳代が出た。
「あれ、佳代さん? 知成です」
「あぁ、な~んだ知成くんかぁ」
「なんだとはなんだよ」
「で、ご用件は?」
「瑛美、いる?」
「林田さんが明日から復帰だから、瑛美ちゃんは、ホーサイレイと一緒で今日はオフです」
「ん…、もし、事務所に行ったら、オレに連絡するように言っといて」
電話を切り、ひとまずシャワーを浴びた知成は、瑛美の帰りを待った。
が、一時間、二時間と時間は経つばかりで帰ってこない。
携帯を何度もかけたが、相変わらず同じアナウンスが流れる。
「なんだよ! どこにいんだよ!」
携帯に向かって怒鳴っていると、携帯が鳴った。
表示を見ると、瑛美ではなく、玲二だった。
「知成、おまえどこに居んだよ」
「ぁあ? ぇっと、く、国ちゃんち」
「国ちゃん? 瑛美んちじゃねーの?」
「き、きのう、送ってから、国ちゃんちに来たんだよ!!」
知成は、半分怒鳴りながら言った。
「うっせーな、わかったよ、その国ちゃんって人んちだろ?
そんなことより、今日買い物行こうって約束だろ?
早く帰って来いよ、一行はもう来てるぞ」
「買い物?」
明日復帰してくる林田への退院祝いを、三人で買いに行くことになっていたことを
すっかり忘れていた知成は、
「これから帰る」
と言い、電話を切った。
戻って来ない瑛美に、連絡をするようにと、書置きをし、知成は部屋を跡にした。
外に出て、国次郎の家の前を覗くと、いつものように縁側で寝転がっている。
「国ちゃん~」
知成が声をかけると、目を開け、起き上がった。
「おお、知成か。今日はどうした、こんな時間に。彼女のとこか?」
「ん? まぁね。国ちゃん、このクソ暑いのによくここで寝れるね?
気をつけないと脱水症状起しちゃうよ」
「太陽光線と戯れとるんじゃ。わしが戦争で熱い国へ戦いに行かされていた時は、
こんなもんの暑さじゃなかった……」
国次郎は戦時中の話をし始めた。
「国ちゃん、戦争行ったんだ?」
「……いや、行っとらん。少しだけ若すぎた」
「あんだよ、行ってないのに行ったとか言ったら、
本当に戦地に行って戦ってた人たちに失礼だよ」
知成そう言われ、反省する国次郎・七十九歳。
お茶を一杯だけ飲み知成が帰っていくと、国次郎はまた昼寝を始めた。
夕方近くになり、国次郎を呼ぶ声がし目を開けた。
「なんじゃ、小娘か」
「暑くないの?」
「わしが戦争に行っていた熱い国は~」
「国ちゃん、行ってないんでしょ?
熱い国、戦争、戦い。行ったの国ちゃんのお父さんでしょう?
家族のために日本のために戦ってくれたのは国ちゃんのお父さんでしょ?」
「そうとも言う」
何度も同じ話を聞かせれている瑛美は国次郎より先に、全部話した。
「私は、戦争とかわかんないけど…、私は日本人なのにアメリカ籍なんだよね」
「ん? 人間はな、国籍なんかなんも関係ないんじゃ。
戦争なんて知らずに生まれて知らずに死んでいく、それはしあわせなことじゃ。
瑛美もわしも地球人じゃ」
そう言った国次郎に瑛美は、
「うん!」
と、うなずいて微笑んだ。
「まぁ、うちの婆さんは、宇宙人じゃがな…」
ボソッと、リアルに言ったが、ちゃんと人間だ。
「あら、瑛美ちゃん、ひさしぶりじゃない?」
奥から国次郎の息子の嫁が顔を出した。
「お久しぶりで~す」
「時間あるなら、お夕飯食べて行きなさいよ。ちょっと話もあるし、ねぇ、お爺ちゃん」
「わしは、爺さんではない!」
「はいはい、国ちゃん。じゃ、瑛美ちゃん、こっち閉めちゃうから、あっち回って来て。
国ちゃんもほらほら、お家戻って」
「わしの家は、ここじゃ」
と、言った国次郎の首根っこを掴んで息子の嫁は、立ち上がらせた。
国次郎が毎日昼寝をしている平屋の真裏には、三階建ての大きな今風の家が建っていた。
知成は玲二たちと合流し、買い物をし、食事をし、マンションに戻ったが、その間も携帯を開いては、閉じていた。
瑛美からの電話もなく、メールも入ってこない。
かけても繋がらない。
苛立ちと不安と「どうして」だけが、知成の頭の中を埋めたまま、翌日になった。




