(二)三人と一人(2)
応接室でデリバリーのピザを待っているホーサイレイ三人は、どんよりしていた。
「あの女、なんなんだよ。林田さんの代わりだろうけどさぁ、えらそーじゃん」
知成が唇を尖らせふてぶてしく言うと、玲二がソファにゴロンと寝転がり「林田さん…早く復帰してくんないかなぁ」と天井を見たまま呟いた。
「な~んで手を先に付いちゃうかなぁ、林田さん…」
「運動神経、鈍いんだもん…林田さん」
「あんなに毎日仕事で動き回ってるのに、痩せねーんだよな、林田さん」
居ないとは言え、小太りの林田に対し失礼な発言をする三人である。
林田は、『ひまなバンド・ホーサイレイ』と『最近売れてきているデュオグループ・ウトンブレ』の二組を掛け持ちマネージャーとして仕切っているが、四日前、加山の言付けでスタッフルームの蛍光灯を換えようと、脚立の一番上に立ち、バランスを崩し、持っていた蛍光灯とともに落下した。
その際、先に両手を床につけてしまい、その衝撃で鎖骨を骨折、握っていた蛍光灯が割れ、両掌に傷をおい、現在入院中である。
人気急上昇の「ウトンブレ」は、マネージャー無しというわけにもいかず、別のマネージャーが代理をしているが、「暇なホーサイレイ」は代理マネージャーを付ける必要もないのだが、今回は事情があり夏木瑛美が雇われた。
「でもさ、夏木って子、きれいだよな。モデルみたいだった」一行が、にんまりした。
「あのな、綺麗な女ほど高飛車で偉そうなんだよ。一行、女見る目無しだな」知成が、顎を上に上げ冷たい視線を向けた。
「女のマネージャーって、ヤリづらくね? 若いしさ。俺ら、ずっと林田さんだったじゃん?」玲二が言った。
「まっ、林田さんが戻って来るまでだし、おれたちそんなに仕事入ってないから大丈夫なんじゃない? うん!」一行は一人うなづいた。
一行の言うように、ホーサイレイのスケジュール表は「白い」。
あぶり出し方法でスケジュール表をあぶってみても、文字などは出て来ない。
一枚のコピー用紙内で、月間スケジュールではなく、年間スケジュールが収まる。
「事務所の紙を無駄に使わない、経費削減、吉田プロに貢献、それがホーサイレイ!」などと本人達は、言っているが、それ以上に事務所経費で食事をしている。
しかし、それは今までの話だ。
三十分ほど経ち、瑛美がピザとフライドチキン諸々を持って、応接室に入って来た。
「みなさん、何か飲みますか? コーヒーとか紅茶とか」瑛美に訊かれた。
「じゃ、俺、コーヒー」
「おれも!」
一行と玲二が言い、瑛美が知成に顔を向けると「オレ、コーラー!!」知成が元気に言った。
「コーヒー、とか、紅茶、とか!」
瑛美が少し大きめの声を出し、もう一度訊いたが、
「……オレ、コーラァァアアア」
知成が負けじと答えると、瑛美は何も言わず出て行った。
「なんじゃっ、あの女は。おとなしくコーラー持って来いってんだよ」
知成はムッとした表情で、ブチブチいいながらピザの箱を開いた。
再び瑛美が現れ、一行と玲二の前にはコーヒーが置かれ、二人が礼を言うと瑛美は「どういたしまして」と、初めて微笑んだ。
その美しい笑顔に少々戸惑う、一行と玲二。
だが、知成は「どうぞ」と目の前に置かれたマグカップを覗き込み、ピザを食べる手を止めた。
カップの中には透明の液体が入っている。
「……な、に…、これ…」瑛美を見上げながら訊いた。
「お湯」無表情のまま一言返ってきた。
「…オレ、お湯なんて言ってないぜ? コーラって言ったんだぜ?」
知成は、ムッとした声を出した。
「給湯室にコーラなんてないですから」
「ないんなら買ってこいよ」
「誰が!?」
瑛美のドスの効いた声で怒鳴られ、一瞬、三人はビクッとした。
「……おまえ、買って来いよ」
「どうして!?」
「……オ、オレ、コーラ飲みてーから」
少しドモリながら、知成は反抗的に言ってみたが、「はんっ」と、瑛美が、呆れた笑いにも似た声をだした。
「あなたさぁ、そんなに飲みたいんなら、自分で買ってくれば?」
「ぁあ!? おまえ、マネージャーだろ? 買って来いよ! ピザにはコーラって相場が決まってんだよ!」
「あはは~、あなた、バッカじゃないの? ピザにコーラなんて、悪玉菌貯め込んでどうすんのよ。お湯で充分よ! おゆ、おゆ、おゆー」瑛美は知成を見下げて言った。
一行と玲二は、瑛美にビビりながら二人の会話を見守った。
「テメー、人に向かってバカと言ってんじゃねーぞ! 生意気なんだよ!」
ムカつきが頂点に達した知成はソファから立ち上がり言ってはみたものの、
「あなたさぁ、子供じゃないんだから。わがままもほどほどにしときなさい。暖かいお湯でも飲んでお腹の中に入ったチーズ溶かしておきなさい」
「…………」
全く怯まず、わけのわからない事を瑛美に言われた知成は、何も言えなくなった。
「じゃ! 失礼しまーす」
涼しい顔で出て行こうとした瑛美の背中に向かって、我に帰った知成が怒鳴った。
「おい! 待てよ! オレ、あなたっていう名前じゃねーんだよ!!」
「あぁ、ごめんごめん。ちせい」
「…え?」知成が聞き返した。
「ん? んーと、しせい?」瑛美が言いなおした。
「ぁあ?」
「なによ、名前呼べって言って名前呼んだんだから、返事くらいすればぁ?」
瑛美が怪訝な顔をすると、知成も怪訝な顔つきになった。
「しせい、とか、ちせいってなんだよ。英知の「知」と成功の「成」って書いて『ともなり』だよ!」
「あっ、そう…。意味わかんないけど、ともなりって読むんだ…」
瑛美は、ホーサイレイの資料を見せてもらっていたが、メンバーの名前のところにふりがなは、ふっていなかった。
アメリカで生まれ育ち、二十歳の時に日本に来た瑛美にとって漢字は苦手だ。
「知成」を「ちせい」とそのまま素直に読んでいた。
瑛美は玲二にたずねた。
「えっ、じゃぁ、れいじは?」
「ん? 俺は、れいじであってるよ」
「そう」
「じゃ、」と、一行に顔を向け瑛美は訊いた。
「じゃ、いちぎょうは、いちぎょう?」
「へっ?」
一行は、知成と玲二と顔を見合わせた。
「いえ、おれは、一行と書いて、かずゆきと読みます」
なぜか敬語を使う一行である。
「ふ~ん、えっと? ともなりに、れいじに、かずゆき…ね? あ、そうそう、私も『おまえ』じゃなくて『エイミ』だから。わかった?」
瑛美は一人ずつ指さし確認をし、知成に言い、納得した顔で部屋を出て行った。
「あいつ、もしかして、スゲー頭悪いやつ?」
「なんかこの先、不安」
「林田さ~ん、カンバ~ク」
三人は、夏木瑛美は大丈夫なのか心配そうな顔で瑛美が出て行ったドアを見つめた。