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(十七)瑛美、結莉の作戦にハマる(1)

 瑛美にとって、マネージャー代理最後の仕事が夜九時に終わり、四人で食事をして帰ろう、と言うことになり、仕事場から車を走らせようとしたとき、瑛美の携帯が鳴った。

「もしもし、結莉? どうしたの?」

 結莉からの電話は、クラブ「W」にみんなが集まっているから来ない?とのお誘いだった。

 ホーサイレイも一緒だと伝えると、「何人来ようが構わないから、暇なら来い」と言われ、四人で「W」に向かうことにした。



「W」二階フロアに入ると、カウンターバーでは、いつものように結莉が一人座り、タバコを片手にテキーラを飲み、店をすべて任されているバーテンダーの山崎と話していた。

 結莉は、いつも大勢の仲間とこの店にやってくるが、ルームにいる時間より、カウンターにいる方が落ち着くと言い、結莉指定の回転式カウンターチェアに座り、たまにクルクル周り、酔いを早めている。


「ゆ、う、り、ちゃん!」

 最後の仕事を終え、淋しいが少しホッとしている瑛美は陽気に結莉の背中に抱きついた。

「あっ、来た。ホーサイレイのみんな、お仕事お疲れ様」

 結莉に言われ、何度か会っている結莉であるが、まだまだ緊張する知成と一行は、かしこまった顔で頭を下げたが、玲二だけはニコニコの顔だ。


「瑛美は、マネージャーのお仕事、おつかれさまでした。あさってからは、内勤になるんでしょう?」

「うん、音楽部で仕事取りのポジション」

「そう。あっ、ルーム3にみんないるわよ、挨拶してきなさい。ご飯食べるなら適当に好きなもの頼んで構わないから」

 結莉に言われた四人は、ルームに向かった。


 カウンターに残った結莉は、頬づえを付き、首を捻った。

「どうしたんですか? 考え事ですか?」カウンター越しの山崎が尋ねた。

「んん? んー、あの二人、絶対好き合っているはずなんだけどなぁ~。なんか、ぜっんぜん進展してないのよ。どう思う? 山ちゃん」

「どう…って…。瑛美ちゃんと知成くんですか? また変なこと考えたら、みなさんに怒られますよ?」

 結莉は過去に何度か突拍子もない作戦を一人で作り、周りの人間を呆れさせているが、何組かのカップルを作っている。

 山崎はその様子をすべて知っているため、心配な顔をした。


「山ちゃん! 変なことって何よ。私の作戦は今まで失敗したことがないでしょ!? あの二人だって私が絶対なんとかして、」

「あっ、ほら、やっぱり何か企んでる」

「……うっ…。コホンッ…」

 ツッコミを入れられた結莉は、言葉に詰まったあと、咳払いをしテキーラーに手を伸ばした。



 しばらく経ち、瑛美がカウンターに現れ、結莉の横に座った。

「ご飯食べたの?」

「うん、いただいたよ」

「ごめんね、四人で最後の晩餐の予定だったのに、誘っちゃって」

 結莉は体を瑛美の方に向けて謝った。

「ううん、知成たちも、ここに来た方がいろいろな人たちに顔広がるし、誘ってもらってよかった」

「なんか、ものすごくマネージャー的な発言。成長したわよね、瑛美も」

 と、結莉は、うれしそうに言った。


「なにか、お飲みになりますか?」山崎が訊いた。

「じゃぁ、カルーアでも飲も、」

 と、言いかけた瑛美を無視し、

「山ちゃん、グラスだけちょうだい。これ入れるから」

 結莉は自分の目の前に置かれているボトルを指差した。

 ボトルの中身は、テキーラだ。

 これしか飲まない。

 結莉のテキーラの消費量は、「人間ではない」と友人知人業界人の間では有名である。


「結莉、私テキーラ苦手だよ~」

 瑛美が、嫌そうな顔をした。

 何かを企んでいる、と察している山崎も、

「結莉さん、テキーラはちょっと…」

 と、言ったが、

「山ちゃん、グラス…」

 結莉は、据わった目つきで山崎を見た。


「じ、じゃ、ジンジャーエールで割りましょう。レモンたっぷりで」

 にらまれた山崎はそう言うと、ロンググラスと瓶入りのジンジャーエールと、半分に切ったレモンを用意した。

「結莉、飲めない人にはテキーラ勧めないんじゃなかったの?」と、瑛美が言った。

「あんたは別~。若いんだから、テキーラくらい飲みなれときなさい。慣れれば水みたいなもんなんだから」

 それは、ありえない。

 テキーラは水にはなれない。


 結莉は、テキーラのジンジャーエール割を手早く作り、瑛美に差し出した。

「はい、瑛美ちゃん、これからも吉田プロで頑張ってください!」

 自分のグラスを瑛美のグラスに当て、乾杯をした。

 グビッとグラスを傾けた瑛美は、レモンたっぷりのテキーラに「これなら飲める」と心の中で思い、笑顔になった。

 そして、結莉もニンマリと微笑み、瑛美を見てから山崎を見た。

 山崎は…俯いた。



 ちゃんとした顔合わせは、林田が退院してからになるが、ホーサイレイとのレコーディングが決まっている結莉の手元には、ホーサイレイの過去の作品が届いており、結莉はそれについて話しだした。


「結構良い曲作るんだよね。もっとロック調なのかと思ったけど、都会的というか……、作曲って、知成くんだっけ?」

 結莉は、そう訊きながら、少し減った瑛美のグラスにテキーラを落した。

「ううん、曲は一行が作ってる。たまに知成も書いてるみたいだけど」

「そう。あっ、詞もなんかいいわぁ~。愛する女性を思う感じ? まぁ、だいたいが振られた失恋の歌詞なんだけど…。作ってるの知成くんだっけ?」

「ううん、作詞は玲二。だって、玲二、女遊びすごいもん。たぶん、いろいろと自分の経験を書いてるのかも」

 瑛美はそう言い、クピクピとテキーラを飲んだ。

 そして、また結莉がテキーラを足す。


「へぇ、玲二くんてモテんだ。で、知成くんは、歌だけ?」

「うん」

「いい声してるよね、知成くん。この間の収録のときも声伸びてたし」

「あっ、結莉もそう思う? 私も知成の声好き!」

「あら~あら~、そう。瑛美、知成くんが好きなの」

「声が!って言ってるじゃないですか…」

「あ、知成くんの声ね、知成くんの声~と」

 やたら、結莉は「知成」という名を連発し、瑛美のグラスが少しでも減ると、テキーラを注いだ。

 その様子を山崎は、黙って見ていたが、「始まってしまった」と、心の中でつぶやいた。


 少し酔い始めた瑛美に、追い討ちをかけるかのように、結莉は、「知成の名連呼&テキーラちびちび落とし」作戦に歯車をかけた。

「で、知成って彼女いんのぉ? 知成」結莉は、すでに呼び捨てだ。

「へぇ? 知成の彼女? あ…」瑛美は口ごもった。


(えっ!? いるんかい!)結莉の顔が歪んだ。


「なんか、最近出来たみたい…」

「(なんだ最近か…昔からの付き合いの女だったら、瑛美の応援は出来ないけど)じゃ、問題ないじゃん…知成」

「ん? なにが?」

 眠たそうな目になってきた瑛美は、結莉の声も遠くに聞こえはじめた。


「本当にその人と知成、付き合ってるの? 知成」

「…ん? わかんなぃ…。たまに知成のマンションに来てる…んじゃ、ないの?」

「泊まっていくの? 知成知成」

「知らないよー、もぉー結莉、知成知成って、う・る・さ・いーーー」

 と、言ったまま瑛美は、カウンターにバタリと顔を伏せて、目を閉じてしまった。

「で、瑛美は、知成が、好きなんだよね?」

 念を押すように、瑛美の耳元で囁いた。

「……」

 返事がないため、結莉は少し瑛美を揺すり、もう一度訊いた。

「で! 瑛美は知成が特別に好きなんだよね!?」

「…ん……好き。…ス…キィ…」

「そっかそっか~。よしよしっと」

 そのまま眠ってしまった瑛美の耳元に顔を近づけた結莉は、しつこく「知成知成」と連呼し、しまいには暗示をかけるように「瑛美は知成が好き」と、二分少々囁き続けた。


 それをずっと見ていた山崎は、

「なんか、僕まで知成くんが好きになってきました」

と、真面目な顔で結莉に言った。

「ぇえええ!! マジ!? だめだよ、山ちゃん!」

「あははは~、冗談ですよ。おもしろいなぁ、結莉さんは」

 山崎は、結莉を愛しく見つめた。


「あっ、山ちゃんさぁ、私の代わりにそこからでいいから、ちょっと『知成』って言い続けてて!」

「はぁ!?」

「私、ルーム行って来るから! いい? わかったわね? さぼるんじゃないわよ!」

「え、ちょっ、ちょっ…結莉…さ…ん」

 結莉は、走って知成のいるルームへ行き、困った山崎は、困りながらも結莉の言いつけを忠実に守った。

「知成…知成…知成……、なんで僕がこんなことを…うっ、…瑛美は知成が好き…」


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