(十四)交差する思い
関西方面のローカルテレビとラジオの仕事で、三日ほど東京を離れていた知成は、お土産を持って、木造平屋建てに住む国次郎宅を訪ねた。
「国ちゃん! 元気~?」
「おう、知成か。座れ座れ」
いつものように、縁側に寝転がっていた国次郎は、知成の訪問を歓迎した。
「なんだ、アパートの彼女のとこに行った帰りか?」
「違うよ、国ちゃんに、土産持ってきたんだよ!」
知成は、国次郎に、一口大のお餅の中にみたらしが入った「みたらしだんご」を渡した。
「大阪の名物なんだって。餅だから、喉に詰まらせないように、ちょっとづつ食べなよね」
爺さんへの土産に「餅」…。
「なにを老人扱いしとる。一口で食ってやるわい」
と、言ってみたが、躊躇し、知成の言う通り少しづつ食べようと思ってしまった国次郎・七十九歳、先日誕生日を迎えた。
「彼女とは、うまくいっとるかい?」
「ん? まぁね。大阪も一緒に行って来た」と、知成は、おもわず言ってしまった。
「なんじゃい、婚前旅行かい。おぬしなかなかやるのぉ。わしなんて、結婚式当日の夜まで、婆さんの裸体は拝めなかったぞ? わしが童貞を失ったのは、二十五歳の初夜じゃった」
「……そう…なんだ…」
知成は国次郎の「初夜」話に頭をかいた。
「今日は彼女のとこに泊まりかい?」
国次郎は、いろいろと想像して訊いた。
現役は去ったようだが、そこは男だ、聞いてみたい、今の若者の現状を。
「泊まんねーよ。これから、家帰って、着替えて、友達と飲み会に行くんだ」
と、知成は言った。
「飲み会? 酒か?」
「うん、友達とね。国ちゃん酒飲める?」
「わしは、日本酒一辺倒だな。今度、一緒に飲もうか。わしは負けんぞ?」
「いいね~。飲もう飲もう」と、知成は嬉しそうに言った。
一時間ほど経ち、知成は腰を上げ、国次郎に「一緒に酒飲む約束忘れないでよ」と、言い残し、マンションに帰った。
マンションに戻ると、玲二がダイニングで、缶詰のみつ豆を食べていた。
「何? 玲二、まだ支度してないの?」
玲二は、パンツ一丁のままだ。
「だってよ、飲み会に来る女って、美也子ちゃんの友達たちだろ?」
今日の飲み会は、美也子が、学生時代の友達を三人連れてくると言う。
一行は美也子に「自分と付き合っていることを友達に隠すと言うことは、おれの存在が無いということになる。おれは美也子のなんなんだ! 彼氏のおれを友達に紹介しろー」と、美也子には嬉しい言葉を言ったが、いざ、会うことが決まると、「おれ一人じゃ恥ずかしい」と気弱な態度になり、知成と玲二が無理やり誘われ、コンパではなく、『ただの飲み会で、おまえらは、おれの付添い人』と言う一行の言葉を信じ、同伴することになった。
「やだなぁ、俺行きたくないよ…」と、玲二はスプーンを、くわえたまま言った。
「まぁな、美也子ちゃん二十一? 二? だっけ? 学生の頃の友達ってことは、同じ歳だな。まっ、一行のお願いだ、あきらめろ」と、知成に言われたが、
「あ~、なんで美也子ちゃん四十一歳とかじゃねーんだ?」
と、玲二は、本気でうなだれた。
「四十一歳…って、おまえ…それは、ちょっと…いくらなんでも」
知成は言葉を失くした。
玲二は、体全身でしぶしぶを現し、しぶしぶ知成に手を引かれ、待ち合わせの飲み屋に行った。
すでに一行と美也子、その友人達は来ていた。
知成と玲二が、挨拶をすると、「ほんもの~」「かっこいい~」などと言われ、知成は愛想笑いをし、玲二は笑わず、というよりも笑えず、会釈で済ませた。
初めて会う若い女の子は、苦手だ。
これが、熟女相手だと、玲二のテンションはレベルMAX、愛想の良い若いお兄ちゃんに変身する。
玲二の場合、ライブや、たまにあるファンクラブのイベントでは、若い女性ファンには、「冷たい感じが好き」と言われ、数は少ないが、三十代の女性ファンには「玲二くんの照れた笑顔が好き、かわいい~」と、感想が分かれる。
そんな玲二のことを知らない若い美也子の友達は、玲二のクールさに心を動かしている。
「なんか、三人とも、テレビとか雑誌とかと、ちっが~うぅ」一人の女が言った。
メディアでは化粧をしているが、普段はノーメイク。
スッピンの三人は、一般人よりは、少しカッコイイ男、という程度だ。
時間が経つに連れ、話さない、人の話もあまり聞いていない手持無沙汰の玲二のタバコの本数が増えていく。
「あれ? いまごろ気づいたけど、玲二くん、タバコ止めたんじゃないの?」
と、美也子が訊いてきた。
「ぁあ? ん、瑛美いねーし、怒るやついねーから」
美也子の質問にはちゃんと答える玲二である。
「ぇえ~? 玲二君ってぇ、彼女いるのぉ?」一人の女が訊くと、
「ううん、瑛美さんって、ホーサイレイのマネージャーさん。すんごく綺麗で仕事ができて、ほんとうにステキな人なの! 私のあこがれの女性」
玲二の代わりに、自慢げに瑛美を褒め称えたる美也子である。
「美也子ちゃん、もしかして瑛美に何か買収されてる?」
知成が笑いながら言った。
「だって、ほんとうのことじゃない。あっ、この間、瑛美さん言ってたよ? 美也子ちゃんの彼氏は一行でよかったね、って。知成や玲二だったら人生の半分、コエダメの中に捨てたようなもんだって~」
美也子はそう言い、「私、一行でよかったぁ~ふふ」と一行の腕を組んだ。
「コエダメ? なんじゃ、そりゃ…」
知成は、訝しい顔をした。
肥溜めではなく、ドブの間違いだ…。
飲み会終了になると、お決まりコースでカラオケに行くことになり、女性陣四人は、全員でトイレに立った。
「……俺、帰っていい…?」
そう言った玲二の顔を、知成と一行が睨んだ。
「……ダメ、だよね」
「玲二が帰るんなら、オレも帰るよ」知成が言うと、
「おれを一人にするな…。美也子、カラオケ行くって張り切っちゃってるし、おまえらが帰って、おれも帰るなんて言ったら、美也子に怒られる…ってか、家賃払ってもらえなくなる…」
一行の涙ながらの訴えに、二人は、少しの同情をし、「しょうがない」と、カラオケまで参加した。
全国チェーンのカラオケ店。
「唄って騒いでハッピー館・六本木店」、美也子の行きつけのカラオケ店の近くに来ると、ちょうど店から出てきたらしい国内外問わずのモデルやファッション業界らしい人間で溢れていた。
美也子の友人二人が「受付してくる」と先に走って、店に入った。
行儀は悪いが歩きタバコで、みんなの後を、しぶしぶしぶしぶと歩いていた玲二が呼び止められた。
「玲二! なに、タバコ吸ってんの!!」
「ぁあ? だれぇ?」
と、不機嫌な声で玲二は振り向いたが、一瞬のうちに顔が強ばった。
「そうやって、いっつも隠れて吸ってたわけ!?」
瑛美だった。
「なんでここに…」
玲二は、すぐにタバコを足元に落とし、もみ消した。
「拾って片付けなさい」
上から目線の瑛美に、玲二は素直に従った。
「おいっ! 知成! 一行!」
玲二に呼び止められた二人が振り向くと、玲二の人差し指が瑛美の顔に向いていた。
「あ~ん、瑛美さーん」美也子がうれしそうに来た。
「あら、偶然~。今日はお外なのに頭大きくないね?」と、瑛美が訊くと
「一行と一緒だし、お店じゃないから」
「うん、美也子ちゃんは、この方がかわいい!」と、瑛美が微笑んだ。
「なんでおまえが、いんだよ」知成が言った。
「ん? お友達とカラオケ大会で、これからクラブに行くの。あっ、耕ちゃん!耕ちゃん!」
店前にたむろっていたモデルたちと来ていた瑛美は、そのモデルの一人・耕介を呼んだ。
「耕ちゃん、ほらほら、いつも話してる本物のホーサイレイだよ?」
瑛美がうれしそうに、耕介に言った。
「いつも瑛美がお世話になっています。みなさんの噂もいろいろと、聞いてます」と、頭を下げたあと、耕介は、知成に目を向け、「あぁ、君は…」と、声をかけた。
「この間はどうも…」
知成が軽く会釈をした。
その様子に瑛美が、不思議な顔をした。
「会ったことあったっけ?」
「違うよ、前に役所の書類届けてくれた事務所の人。ホーサイレイの人だとは知らなかったから。その節はありがとう」また、耕介が頭を下げた。
「あ、いえ…」知成は、二コリともしない。
耕介の腕に絡まり、嬉しそうな瑛美が、知成に向かって、
「カッコイイでしょう。耕ちゃんは、私の自慢の、」
と、言い終わらないうちに、知成は、自分の隣にいた美也子の友人の肩に手を置き、「この子、オレの彼女。かわいいだろ~」と、瑛美に自慢ぽく言い、片方の口角だけを上げた。
知成を囲んでいた玲二、一行、美也子はぽかんとし、知成に肩を抱かれた美也子の友人は、「ぇぇ?」と、驚いたが、嬉しそうにした。
「吉田プロはタレントもミュージシャンも恋愛自由なんだから、問題ないだろ? マネージャーさん?」
キツイ目つきで知成にそう言われた瑛美の指先は、絡ませていた耕介の腕をギュッと掴んだ。
それに気がついた耕介は、瑛美を見た。
「うん、…大丈夫だよ。一行と美也子ちゃんとのことだって事務所は知ってるし、知成が誰と付き合おうと、社長は反対しないよ」
と、瑛美が笑顔で言うが、それとは裏腹に、耕介の腕に瑛美の力が加わる。
受付をしに行った二人が、店の入り口から美也子の名を呼んだ。
「んじゃ、オレたち、これからカラオケなんで~、失礼します!」
知成が耕介に言い、背を向け、彼女の肩を抱いたまま店に向い歩き出した。
「瑛美さん、今度一緒にカラオケ行こうね!」美也子に言われ、
「じゃ、瑛美、あさって」
「寝坊すんなよ」一行と玲二に言われた瑛美は、
「十一時に迎えに行くから」と、力の無い笑みを浮かべた。
みんなが店に入るのを見ていた瑛美は、「耕ちゃん、私、先帰る…」と、俯いた。
そんな瑛美を見た耕介は、瑛美の頭を撫でて軽く抱きしめた。
「一緒に帰ってやるよ、ん?」
耕介に言われた瑛美は、うなづいた。
「ごめん、瑛美が具合悪くなっちゃったから、先帰るわ。悪いね」
近くにいたモデル仲間に、耕介はそう言い、止めたタクシーに乗り込んだ。
店に入った知成は、女の子の肩からすぐに、手を外した。
「知成、何やってんだよ。瑛美、誤解しちゃったんじゃね?」玲二に言われた。
「あはは、ちょっとからかってやっただけ」と、玲二に言い、
「ごめんね…えーと、名前なんだっけ?」と、女の子に訊いた。
「ええ~、ひっど~い。名前も覚えてくれてなーい」
と、美也子の友人は、頬を膨らました。
タクシーの中で、耕介は、窓の外をずっと見ている瑛美の肩に腕を回し、自分の肩に瑛美の頭を付けさせた。
「あいつか、瑛美の好きなやつは…?」
「ん? そういうんじゃないよ。私は知成のマネージャー。代理だけど、managerとtalentの関係な…だけ、だよ…」
「そっか」
耕介はそれ以上なにも訊かなかった。