(十二)ご褒美は何にする?
音楽専門誌の雑誌取材を終え、昼過ぎからオフになったホーサイレイは、瑛美の運転する車で、吉田プロに向かっていた。
「別に今日はもう仕事がないんだから、あなたたちは、自由にすればいいのに…」運転しながら、瑛美が言った。
瑛美は事務所に戻らなければならないが、ホーサイレイ三人は、オフになるにもかかわらず、事務所に行くという。
「今日、社長いるかなぁ~」一行が言った。
「いないわよ。なんか、ホーサイレイと違って、タレント部のものすご~く売れてる俳優がCD出すんだって、それに付き添ってレーベルに顔出しに行ってるみたい」
社長であるが、吉田のフットワークは軽い。
自分の事務所タレントと一緒に頭を下げに回るのは、苦でもなんでもない。
「なんだよ、いねーのかよ。寿司とってもらおうと思ったのによ~」
知成が残念がる。
吉田がいるときは、吉田のポケットマネーで、高いものをデリバリーしてもらうが、居ない場合は、蕎麦屋止まりで我慢する。
「あなたたち、それが目的で事務所戻るとか言ったの?」
瑛美が呆れた。
「ねぇ、そのCD出す俳優って、登戸祐二?」一行が瑛美に訊いた。
「そうよ、かわいいわよね~、登戸くん。ホーサイレイと違って、なんか素直そうで、ちゃんと敬語使うし、挨拶はできるし、女にも男にも人気があるしさぁ。あー、登戸くんのマネージャーがうらやましいわぁ」と、嫌味たっぷりに言った。
「なんじゃ、そりゃ!」
助手席の知成が瑛美の頭を小突いた。
「痛いわね、何すんのよ!」
「おめーが、変なこというからだろーが!」
「それより! 吉田プロタレント部の俳優が出す音楽CDが、音楽一筋でやってるミュージシャンより売れたら音楽部の立場がなくなるんだから、ホーサイレイも頑張ってよね? それでなくてもタレント部に笑われてんだから…ホーサイレイ……」
瑛美に言われた三人は、シーンとなり、最近ヒットチャートを賑わしてる演歌「置き去りの末に」が、カーラジオから物悲しく四人の耳に流れ込んだ。
事務所に着くとやはり吉田は外出中で、残念なことに加山もいない。
仕方なく近所の中華そば屋から頼んだラーメンを、四人ですすっていると食べていると、スタッフの一人が、「ホーサイレイのシングルが、七万超えたそうですよ! 凄いことです!」と、うれしそうに報告してくれた。
四人で喜んでいると、
「よし! 八万枚行ったら、なんかご褒美! くれ!」
知成が瑛美に言った。
「ごほうび? ごほうびって、なに?」意味がわからず訊いた。
「英語だと、なんだ? reward?でいいんだっけ?」一行が言った。
「あぁ、何かほしいんだ! あなたたち! じゃぁ、私のKissを!チュッ」
「いらねーよ」と、速攻に答えたのは玲二だった。
「なんで!」瑛美がムッとした。
「いらねーよ、瑛美のキスなんて。俺、できれば、35歳以上とかの女性が好みだから」
「こいつさぁ、昔から年上の女しか相手にしないんだよ。まぁ、遊ばれて捨てられてんのは玲二の方なんだけどね、いつも」
一行が言うと、瑛美は先日のことを思い出した。
「そういえば、この間言ってた大学生の息子がいる女性…」
瑛美が玲二を見ると、悲しいことを思い出したのか、斜め上を見て遠い目をしてしまった。
「あぁ、その人にも振られたらしいよ。自分の息子と年齢が近い人と付き合うなんて、やっぱり無理! って。かわいそうになぁ。ほら、これやるから元気出せ!」
知成は、そういうと、「薄いなると」を玲二の中華どんぶりの中に放り込んだ。
「おれも瑛美のキスはダメだ。美也子がいるし。何か物くれ、物。キスのご褒美は知成だけにしといてくれ」
一行の言葉に、知成の顔が赤くなった。
「な、なんでオレだけ、こいつのキスなんだよ。オレも物がいいに決まってんだろ!」
「どうしてみんな、私のKissを拒否するの? もぉ~、チュッ!」
と、冗談ぽく唇を尖らせ、瑛美は知成に向かってキスをするマネをした。
「ざ、ざけんなよ、瑛美」
知成は、首筋辺りの動脈が異常な速さを増し、あせったが、飛んできた瑛美のキスを大袈裟に手で振り払う仕草をしてごまかした。
「でも、なぜ私が、三人に、ごほうびとやらをあげないといけないの…?」
少し納得のいかない瑛美である。