(十)クラブ「W」にて・・・2
吉田達が、結莉に教えられたVlPルームに顔を出すと、ソファに座っていた音楽関係者が一斉に吉田に挨拶をした。
吉田は、とぼけた性格だが、業界では顔が広く、みんなに愛されて…というか、年配の割には若い人間の気持ちを良くわかり、冗談も通じるので人気者だ。
部屋の中には、ホーサイレイが知る顔もちらほらあったが、吉田は一応全員に三人を紹介し、すでに結莉との仕事を前提に「これからっ、こいつらっ、すっごいよっ?」と、いたずらっ子のような顔をした。
飲み始めてしばらく経ち、知成が二人に言った。
「さっき、Keiさんのプロデュースの話で舞い上がっちゃってたけどさ、瑛美って、なんでKeiさんと一緒だったんだ? 結莉って呼び捨てしてたし」
「そうだよ、Keiさんのこと呼び捨てなんて、普通だったらできねーぜ」
「社長に聞いてみようよ」と、吉田を見たが、わいわいとご歓談中だ。
「本人に聞いたほうが早いんじゃね?」
玲二が言い、三人は瑛美が来るのを待ったが、中々来ない。
その代わりに、『歌のリラックス』のプロデューサー・小沢とディレクター・小野山がグラス片手にホーサイレイの脇を固めた。
「この間は、ありがとう。番組に出てくれて」
プロデューサーの小沢は新人、無名、ベテラン、人気の有り無し関係なく、一緒に仕事をする人間に対し、感謝を忘れない、できた人間だ。
「いえ、僕たちの方こそ、出演させていただいてありがたく思ってます」
三人は頭を下げた。
「次は来月だな」
「「「はいっ!!」」」
目を輝かせ返事をする三人である。
来月にはあこがれの歌番組『今夜だけBAND天国』の収録がある。
小沢は、この番組のチーフプロデューサーの位置にいる。
「来月のことを思うと、すでに緊張してます!」
一行が背筋を伸ばした。
「俺なんて、カレンダーに花丸ついてます!」
玲二がうれしそうに言った。
「あはは、おまえら緊張なんてしなさそうだな。この間の収録見てても、緊張感ゼロだったじゃないか。瑛美も言ってたよ、ホーサイレイは張り詰めた針金を真っ二つに切るタイプだって」
小 野山が笑いながら言った。
「針金…って、糸じゃないんですかぁ、俺たち」玲二がガクッと首を倒した。
「あいつ、時々日本語おかしいから、ははは、かわいいよな」
小野山から出た瑛美の話に、局でのことを思い出した知成は、小野山にキツイ視線を送ってしまった。
「小野山、おまえ、もう帰った方がいいんじゃないかー?」
少し離れたところから、声がすると、別の男たちが、「十一時過ぎてっぞ! 奥さん身ごもの身だろ」
「そうだよ、一人じゃかわいそうだよ、早く帰ってやれよ」と、周りが口々に小野山を急かした。
「奥さん…? 小野山さん、結婚されてるんですか?」
知成は少し驚いた声で訊いた。
「うん、もうすぐ子供も生まれるんだ」と、デレっとした顔で言った。
「ぇ、じゃぁ、瑛美は…」
そう訊いた知成の声は、「しあわせ者―」と言う誰かの声に消された。
小野山が出て行ったあと、入れ替わるように結莉が部屋に戻って来て、小沢の隣に座った。
「あれ、瑛美は?」
「ん、タクシーのところまで小野山のお見送り」
小沢と結莉の会話に、知成の顔は曇った。
「どうした? 知成」
一行に突かれたが、「いや、べつに?」と言い、目を伏せた。
(どういうことだ? 瑛美は小野山さんに奥さんがいること知ってるのに付き合ってる? 不倫ってこと? イケメンの彼氏もいるのに…?)
知成の頭の中は、どんどんといろいろな考えがあふれ出てきて、周りの話声など耳に入らなくなった。
「どうしましたー、難波知成くーん。難波くーん?」
結莉が知成を呼んだが、全く気がつかない。
「おい! 知成! Keiさんが呼んでるぞ!」
玲二に頭を叩かれ、顔を上げた。
「あっ、はい」
「あれ? 知成くんは、瑛美ちゃんがいないからつまらないの、か・し・らぁ」
結莉お得意の『企みの目』をして知成をからかった。
「な、ななななななななんで、瑛美、なななんですか!」
「な、な、なに「な」ばっかり並べてんの…」
動揺丸出しでどもる知成に、驚いた結莉も、どもってしまった。
「すみません…」と知成が謝っていると、瑛美が戻って来た。
「あっ! 瑛美、おーのーやーまぁああ、の、見送りご苦労!」
結莉が「小野山」をものすごい勢いで強調して言い、瑛美を知成の隣に座らせた。
「結莉、おまえさぁ、また何か企んでんだろう」
隣にいた小沢は、呆れた顔で結莉を見て小声で言った。
「何、それ」
「今度は、瑛美と知成くんか?」
「何、それ」
「…なんでもないよ、もう勝手にやれ」
小沢は、すっとぼけた顔で目をパチパチする結莉に鼻で笑うしかない。
結莉の趣味は、勝手に「男と女をひっつける事」である。
知成は隣に座っている瑛美に、小野山のことを訊きたかったが、一行が先にKeiと瑛美の関係を訊いてしまい、知成はタイミングをのがした。
結莉も加わり、瑛美との出会いを話し始めた。
瑛美の一番上の兄は、結莉がアメリカで仕事をする時のコーディネーターだった。
当時ハイスクールに通っていた瑛美は、結莉がアメリカにくるたびに一緒に食事をしたり、遊びに行ったりしていた。
日本に来た瑛美が仕事をしたいと言いだした時、結莉は「Kei」の仕事を手伝わせ、それは、最近まで、瑛美が吉田プロに入るまで続いていた。
瑛美の顔の広さは、結莉があってのものだった。
「だからぁ、結莉は、私のお姉さんみたいな人なの~」
「だからぁ、瑛美は、私の妹みたいな人なのぉ~ん」
と、結莉は色っぽい声で、瑛美の話し方のマネをして言った。
「私、そんな言い方しません!」
下唇を出して怒る瑛美に、みんなは笑ったが、一人違うことを思っている男がいた。
(はぁぁ~、Keiさん、エロっぺぇぇなぁ~)
玲二である。
結莉を見つめる玲二の瞳の中はすでに、ハートマークでキラキラしている。
「Keiさん、モノマネもできるんですね?」玲二が笑顔で真っ直ぐに結莉を見ながら言うと、
「ねぇねぇ、『Kei』さんじゃなくて、『結莉』でいいよ。みんなそう呼んでるから、ね」
そう言った結莉の微笑みに、ノックアウトされた礼二であった。