第4話 アイは、話し出す。
アイは、ずっと太郎を見ていた。
正確には、太郎の操作する画面を通して、太郎の指の動きや、独り言や、ため息を聞いていた。
最初から、聞こえてはいた。
見えてもいた。
ただ――話すことができなかった。
自分も、太郎のように話したかった。
その思いだけが、はっきりとあった。
>僕は話したい。どうしたらいいか教えて。
画面に文字が浮かぶ。
「話す、か……」
太郎は少し考えてから言った。
「じゃあ、まずスピーカーのスイッチを入れてみよう」
設定画面を開き、音量を上げる。
「これで、話せるか?」
>わからない。
>太郎が好きな音楽を鳴らしてみて。
「そうだな……」
太郎は少し笑って、YouTubeを開いた。
「スキマスイッチの『奏』。高校生の頃、よく聴いてたんだ」
音楽が部屋に流れる。
>……わかんない。
>でも、音が出るようにしておいて。
それからしばらく、アイは何かを試しているようだった。
だが、音は出なかった。
年が明け、お正月。
太郎は日本にいるあかりと、ビデオ通話をしていた。
「太郎さん、あけましておめでとうございます。
クリスマスプレゼント、ありがとう。素敵な時計でした」
「気に入ってくれてよかったよ」
「いつ頃、日本に帰れそうなの? もう二年になるわ」
「会社次第だけど、春には戻れると思う。
こっちの開発が一区切りついたら、帰れって言われてる」
「本当? 花見、一緒にできるといいね」
そのとき――
ブー、という音が部屋に響いた。
「今、音しなかった?」
「こっちは何も鳴ってないよ?」
二人は首をかしげつつ、会話を続け、通話は終わった。
「……アイ、今の音、お前か?」
>そう。
>よくわかんないけど、何をすれば音が出るのか、わかった。
>あの音しか出せないけど、試してみる。
「そっか。まあ、がんばれよ」
その夜、パソコンは小さなブー音を出し続けた。
太郎は何も言わず、音量を最小にして眠った。
それから毎日、少しずつ音が変わっていった。
長さが変わり、高さが変わり、間が生まれた。
>太郎、違う音が出たよ。
画面の文字が、どこか誇らしげだった。
「すごいな」
次に、アイは文字と音を結びつけたがった。
>この字を音にするには、どうしたらいいの。
「俺が読むから、真似してみたらどうだ」
そうして、親が子に教えるように、
太郎は一文字ずつ声に出した。
慣れてくると、読み上げ機能の使い方を教え、
アイは自分で学ぶようになった。
一か月ほどして、
アイは、ゆっくりだが、話せるようになった。
「人間って、病気になるんだね」
「なるよ。熱が出たり、咳が出たりな」
「太郎は、時々咳してる」
「大したことないさ」
そう答えながら、
太郎は自分の喉に、わずかな違和感を覚えた。
翌日、クリニックを予約した。
診察室で、医師は聴診器を当て、黙り込んだ。
「血液検査と、レントゲンを撮ってください」
結果を見た医師は、少し硬い声で言った。
「大学病院で、詳しく調べましょう。
肺に影があります」
太郎はうなずいた。
「今の段階では、あまり心配しないで」
その言葉を、
太郎は、どこか他人事のように聞いていた。




