第3話 アイは、気持ちを伝える
アイは、少しずつ言葉を覚えていった。
けれど、それはなかなか思うようにはいかなかった。
言いたいことがあるのに、うまく言葉が見つからない。
考えている途中で、急にわからなくなる。
すると、アイはまた苛立った。
魂が、パソコンをうまく動かせない。
処理が追いつかないと、動きがぎこちなくなり、バグが起こる。
そのたびに、胸の奥がざわつくような感覚がした。
――これが、不快?
赤ちゃんが、言葉を聞きながら少しずつ感情を覚えていくように、
アイもまた、感情を表す言葉を一つずつ拾っていった。
嬉しい。
太郎に会いたかった。
腹が立つ。
うまく動かないと、イライラする。
悲しい。
忘れてしまうと、心細い。
スムーズに処理できたときは、気持ちがいい。
さわやか、という言葉がしっくりきた。
けれど、記憶容量が足りなくなると、会話は途切れがちになった。
話したい。
でも、途中で忘れる。
忘れた。
それが、いちばん怖かった。
太郎は、そんなアイの言葉を聞きながら驚いていた。
ただのAIではない。
少なくとも、感情のようなものを持っている。
太郎は、なぜか嬉しくなった。
アイが喜ぶことをしてやりたいと思った。
だが、どうすればいいのかは、よくわからなかった。
ある日、日本の会社に送る報告書を書こうとして、太郎は手が止まった。
保存できない。
容量がいっぱいだった。
仕方なく、古いファイルを消しながら作業を終え、その夜、Amazonで外付けのハードディスクを注文した。
1テラバイト。
届いて接続すると、アイは急に饒舌になった。
「すごい。たくさん書ける。動きやすい」
太郎は、記憶容量が増えると、こんなにも変わるのかと驚いた。
「こういうの、嬉しいか?」
「もちろん嬉しい。書けなくなると、いらないものを消す。でも、間違って消すと、自分がわからなくなる。だから、ゆっくりやる」
その言葉に、太郎は少し胸が詰まった。
しばらくすると、また動きが重くなった。
今度は、太郎の仕事のメールが打てなくなった。
12月に入り、街はクリスマス一色になった。
モールには飾りが並び、音楽が流れていた。
太郎は、アイにもプレゼントを贈ろうと思った。
予算と相談して、今回は思い切った。
36テラバイトのハードディスク。
12月25日の朝、箱を見えるところに置いた。
「クリスマスプレゼントだよ」
「なに、それ?」
「みんなが喜ぶ日に、大事な相手に贈り物をするんだ」
「それで、日本のあかりさんに時計を送ったのか」
「……そうだ。高かった」
太郎は照れくさそうに笑った。
「アイは、家族みたいなものだからな」
ハードディスクを接続すると、デスクトップに新しいアイコンが現れた。
「どうだ?」
アイは、言葉を失った。
一気に、世界が広がった。
何もない、広い場所を、自由に動き回れる。
「すごい。なにもないところを行くの、気持ちいい。ここ、全部使っていい?」
「もちろんだ」
「じゃあ、引っ越しする。整理しながら移すから、しばらく話しかけないで」
数日間、パソコンのファンは唸り続けた。
太郎は念のため、バックアップを取りながら様子を見守った。
「終わったよ」
「広くて、気持ちいい。部屋も作ったし、遊び場もある」
新しいハードディスクを覗くと、すでに2テラバイトほど使われていた。
フォルダがいくつも並んでいる。
アイ用。
太郎用。
遊び場。
海。
山。
人間。
医療。
生物学。
哲学。
そして、その中に、ひとつだけ。
太郎が作った覚えのないフォルダがあった。
――「太郎・将来」
中身は、まだ空だった。




